王都侵攻


 その日、黄の国王都、テラガラー城にて。

 三つの凶報が城内を揺らしていた。


 一つは鉱山の町アルパト町長がもたらした、アルパトへの大量の魔獣による襲撃。

 運悪く、第一王子が訪問中に魔獣の襲撃に遭い、その後護衛数名も含め、消息不明。


 二つ目は、青の国との友好の象徴であるブロウ砦もまた、魔獣の襲撃に遭い、壊滅状態にあること。


 三つ目は、その砦、アルパトの町を襲撃した魔獣の集団が、この王都へ大挙として押し寄せているということ。


 今、テラガラー城内会議室では、黄の国の女王を中心に、大臣や騎士団長がアルパトの町へ第一王子救出の為と王都防衛の為の騎士団の編成に、時には冷静に、時には罵倒するように激しく話し合い、混乱の極みに達していた。



「殿下の救出を最優先に、精鋭を速やかに派遣するべきだ!」


「王都が陥落すればすべてが終わりです。騎士団の主力は王都防衛に徹する必要があります」


「青の国に助力を求めるのは? ブロウ砦を襲撃されたのだから、向こうでも他人事でも済まされまい」


「あの地は共同統治。まだ深刻な被害は、青の国には及んでいない。現状で青の国の騎士を招き入れることは、内政干渉を許すことになる」



 国の危機がそこまで迫ってきているというのに、未だ纏まりを見せない国の中枢。

 普段は国防や外交に関しては、第一王子が最終的な方針を決めることがほとんど。

 女王は基本的にはあまり第一王子の決定について口を出すことはなく、見守っている、ということが多い。


 しかし、今現在危機に瀕しているこの状況で、決定権を持つ者は黄の国テラガラー女王、テレージア・アスファル・テラガラーのみである。



「静まりなさい」



 静かに、しかしはっきりと。その場にいる誰しもの耳に届くほど。


 そして、誰しもが驚く。これまで軍事防衛の会議の場では、女王が発言するのは意見を求められた場合のみ。今回もそうなることだろうと、誰もが思ったからである。

 それに加え、普段の温柔な気質とは違い、凛とした佇まいに全員が息をのんだ。



「アルパトの町の住民はどうされましたか?」


「町長曰く、魔獣の襲撃に合わせて、近隣の都市、町への避難は間に合ったようです」


「そうですか、それは行幸でした」



 住民の被害は無かったのが、不幸中の幸い。第一王子とその側近の安否だけが分かっていない状況ではあるが。

 テレージアは目をつぶり、大きく息を吐いた後、ゆっくりと目を開ける。



「王子のことは問題ありません。今考えるべきは、魔獣の大規模侵攻への対処。王都防衛網を早急に築くことです」


「しかし!筆頭執事とメイド長のロイヤルガードが付いていながら全員消息不明というのは異常事態です! 魔獣程度に後れを取るとは思えません。もしや藍の国の者が関わっているのでは・・・」



 そう意見を述べたのは、王子の救出を強く推していた大臣の一人。

 今回の件に関して、藍の国の関与を疑っているが、その証拠は現時点では無い。


 しかし、本当にそうだったとしても、今は出来ることは少ない。



「大丈夫です。王子はそんなに軟ではありません。私達は、私達に出来ることをすべきです。騎士団長」


「はっ!」



 テレージアは守護騎士団『トパーズ』、騎士団長へと目を向け、騎士団長は敬礼で返す。



「王都の城壁の防護を強化させてください。一般市民にも避難勧告を速やかにお願い致します。それと、青の国へ救援要請を」


「はっ、・・・しかし、今から救援要請を出しても間に合うとは・・・」


「それでも、お願い致します」



 既に魔獣の大群はテラガラー王都へ迫ってきている。

 城壁を閉じて籠城戦をしたとしても、町一つと砦を滅ぼす程の大規模侵攻。

 青の国からの救援が可能だったとしても、それまで守り切れるかどうか。


 女王から指示を出された騎士団長はバタバタと慌ただしく、他の騎士に指示を出していく。



(グラン・・・アレン・・・ベル・・・)



 内心、テレージアは消息不明となってしまった第一王子やその護衛のことを心から、その身を案じていた。

 それに、異世界から突然現れたという少女のことも。



(カエデ・・・)



 それでも、女王として為さねばならないことがある。

 だからこそ、心の中で祈る。



(どうか・・・無事で・・・)



 騒がしくなった会議室の中で、ただテレージアは窓の外を眺めていた。



―――――――――――――――――――――


 同刻。

 青の国王都、クリアス城内、青の騎士団王族近衛隊『サファイア』の執務室にて、怒号が響き渡った。



「ラピスラズリとハルがいなくなっただとっ!?」



 机を叩き割りそうな程の勢いで拳を叩きつけるのは、青の騎士団総団長、兼王族近衛隊隊長、エア・ローゼンクロイツ。


 ブロウ砦を襲撃した魔獣の大群は、その後黄の国の王都へ向かっている、という情報を得た。

 ジュードとアイリスが所属する、青の騎士団特務隊『ラピスラズリ』には、一旦青の国の王都アクアリアで待機、という指令を出そうと、使いの騎士を出したものの、戻ってきた騎士の報告を聞き、その額に青筋を立てている。

 使いの騎士はとばっちりもいい所だが、初めてのことでないのか、涼しい顔をしている。



「あいつら・・・まさか・・・」



 エアは、先日のハルの探し人が黄の国にいるかもしれない、と聞いた時のやり取りを思い出していた。

 放っておけば自由奔放なジュードのことである。勝手な行動をとる可能性は考えていたが、ラピスラズリは副隊長のアイリスがしっかり者である為、馬鹿な真似はしないだろう、と考えていた部分はある。



「ちっ・・・勝手なことを・・・」



 恐らく、というより確実に、黄の国に向かったのだろう。

 こういう時のジュードは悪知恵が働く。新たな指令を出される前に、ブロウ砦の調査にかこつけてハルを連れて行ったに違いない。アイリスもなんだかんだ、押しに弱い。

 さて、如何様にするか、とエアは頭を悩ませる。



「外まで聞こえてきましたよ、エア」



 そんな時に、執務室の扉が開かれ、青の国第三王女、リーレイス・ブラウ・クリアスがヒョコッと顔を出してきた。

 青銀色の髪を揺らしながら可愛らしく小首をかしげる。だが、その愛らしい容姿に侮ることなかれ。好奇心旺盛で周囲の者が振り回されることも日常茶飯事。だが流石に今回の件に関して言えば、関わって欲しくはないのだが。


 エアのそんな思いがあからさまに顔に出てしまっているが、リーレイスは優雅に口元を手で隠しながら笑みを浮かべている。



「まあ、そんなに嫌な顔をしなくても良いではありませんか」


「いいえ、元々です、姫殿下。何か御用ですか?」



 眉間の皺をそのままに、迷惑そうな雰囲気を隠そうともしないエア。

 言われた第三王女は、にこやかな笑顔から一転、凛々しく真面目な表情で、エアを見据える。



「黄の国王都へに魔獣の侵攻があると伺いました。どうなさるおつもりですか?」



 ブロウ砦を襲撃した魔獣の大群は、今度は黄の国王都へ侵攻している、という情報もある。他の町には目もくれず、ただ真っ直ぐに。

 それは十中八九、例の魔獣を使役する異彩魔導士の介在があるということだろう。


 そういった情報を一体どこで聞いてくるのか。

 リーレイスの問いに関しては、未だに方針が決まっていない。


 黄の国から救援要請がないまま、騎士団を動かしてしまえば、内政干渉と捉えられ強い批判を受ける可能性がある。そうなってしまえば、これまで築き上げてきた青の国と黄の国との同盟関係が水泡に帰してしまうかもしれない。



「・・・現状、我が国から出来ることは何もありません」



 そう、答えるしかなかった。

 だが、リーレイスはその答えには納得せず、更に強い瞳でエアに迫る。



「我が国の友人達が危機に晒されているのです。何もしなくて良いわけ、ないではありませんか」



 半ば予想していた返答だったのか、深くため息をつくエア。

 エアも真っ向からリーレイスの強い視線を受け止めるように、貫きそうな程に鋭く目を向ける。



「事が起きているのは、あくまでも黄の国内の領土。正式に向こうの王室から要請がなければ騎士団は動かせません。理由がないのです」


「では、理由があればいいんですね?」


「は?」



 ニコリと微笑みを浮かべるリーレイスに、気の抜けた返事をしてしまうエア。

 そして、次に口にする言葉に、更に頭を抱えることとなる。



「サファイアは王族近衛、ですね。立場上、王族を守護しなければなりませんよね?」


「・・・」



 エアはまさか、と嫌な予感がした。



「わたくし、今後の魔石の輸出入の件でこれから黄の国へ行かなければならないのを思い出しました。その途中で、もし魔獣と遭遇しても、サファイアの皆さまは守ってくださいますよね?」



 リーレイスは片目をパチンとつぶって可愛らしくウインクして見せた。

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