敵の目的


 カエデの懇願により、ハルはメイリアが進んだ先である、鉱山内部へと足を運んでいた。

 

 鉱山の中は思ったより明るかった。道中の所々に炎の魔石が入れられたランタンらしきものがつるされている。

 鉱山内部は入り組んでいるという話だったが、比較的新しい鉱山道なのか、幸いにも一本道であった為迷うことはなかった。


 それにしても、とハルは隣を歩くカエデの恰好を改めて眺めてみる。

 白地に黄色い差し色が入ったエプロンドレスのようなメイド服。元の世界での、いわゆるブリブリのメイド服という感じではなく、中世の給仕服というような感じだ。


 そして、そんな恰好で薙刀振り回して襲い掛かってくるというのは、なんともミスマッチな組み合わせで違和感が拭えない。



「メイドが薙刀って、どこのラノベだよ。しかも爆発させて来るって、殺意高すぎるぞ、何度死を覚悟したことか」


「へっへん、カッコ可愛いでしょ?」


「うーん・・・?」



 ハルは何とも言えない顔で首をかしげる。

 操られている間のことは、何となく覚えているらしい。夢うつつ、というか、意識しても体が勝手に動いてしまう、というような感覚だったらしい。

 なので、戦っている相手がハルだという認識はなかったという。



「ハルにいこそ、世界初の黒の染色魔力なんでしょ? しかも白の染色魔力もあるって、SSRじゃん、神引きだね!」


「いや、ガチャじゃねえから。それに白の染色魔力の方はまだ魔装具も出せてないし。なんとなく自分の中にあるのは解るんだが、なんか掴めそうで掴めないというか・・・」


 ハルの染色魔力は黒と白。黒の『黒闇こくあん』の魔法は徐々に使えるようになってきているが、白の『白光はっこう』に関してはその片鱗すらまだ見出せない。


 そもそも魔法を使うようになってから、まだ月日が浅い。まだまだ感覚で使っているからか、魔法そのものに対して理解力が足りていない気がする。

 もし必要なら、ジュード達が通っているという魔法学院へ通うことも考えなければならないか。



(まぁ、リッカを見つけてからの話だが・・・)



 そんな話をしながら歩いているうちに、大きく開けた場所に出た。

 周りにはいくつもの大岩が転がっており、天井には一部穴が空いており、青空が見えている。


 その空の下、ひと際大きな岩の上に、赤紫髪の女―――メイリア・ビースターが寝そべっていた。

 その岩のすそ部分には狼型の魔獣、ラピッドウルフも同じように伏せた状態で目を閉じており、その側には金髪に長身瘦躯な美麗な青年、だが身に纏っている豪奢な服は薄汚れており、その両目はカエデの時と同じく光を映していなかった。



「―――っ、隠れろ」



 ハルはカエデの手を引き、近くの大岩の陰に隠れる。

 一瞬、気配を感じ取ったのか、ラピッドウルフが顔を上げるが、特に異常なしと判断したか、再び地に伏せた。



「どう、グランディーノ様いた?」


「多分。金髪の王子様っぽいイケメンがいるけど・・・」


「グランディーノ様だ!」



 どうやらハルの見立ては合っていたらしいが、それを言うや否や、カエデは考えもなしに飛び出そうとした。

 しかし、慌ててハルはその腕を引く。



「ばかっ、今出ていったところで助けられるわけないだろ。ただでさえ、今お前魔装具持ってないんだから―――」


「―――あ~? どうしたぁ?」



 ハルとカエデは、ハッと息をのんで自分達の口を手でふさぐ。

 魔獣が一瞬反応したことに気づいたか、それともハル達の気配に気づいたか。

 メイリアがあくびをしながら起き上がった。魔獣もメイリアを見上げ、ガウッと一鳴き。


 ハルとカエデに緊張が走る。



「なんだよ、ゲラルトが戻ったかと思ったけど、違うのか。ったく、さっさと『黄の魔核』持って来いよな」



 メイリアは大きく伸びをし、固まった首をポキポキ鳴らしている。



「『黄の魔核』? さっきも『青の魔核』とか言ってたけど、何なんだ? カエデは聞いたことあるか?」


「え?ううん、聞いたことないよ」



 まさか王都の襲撃もそれが狙いなのだろうか。

『黄の魔核』というものを得る為に、大量の魔獣とゲラルト・ヒュノシスが黄の国の王都を襲っている、という状況なのかもしれない。


 どちらにせよ、魔獣を止める為には、ここにいるメイリアを捕まえなければならないが、ハル達だけでは荷が重すぎる。



「カエデ、やっぱりジュード達と合流した方がいい。俺達だけじゃ、あいつに勝てないかもしれない」



 カエデの魔装具を破壊してしまった為、実質ハルしか戦える者はいない。

 敵の力は未知数だが、少なくともハルだけでメイリアと魔獣の相手をするのは流石に無謀でしかない。



「でも、グランディーノ様を助けださなきゃ! それに戻ってくるまでに、あいつ、どっかに逃げちゃうかもだし」


「それはそうかもしれないが、だからといって考えもなしに飛び出したところで、返り討ちになるだろ。相手はテロリストだぞ!」



 小声で言い争いをするハルとカエデ。

 カエデの言いたい事は解るが、あまりにも危険。


 だが、ハルがこのまま動かなければ、カエデ一人でも突っ込んでいきそうな勢いである。流石にそんな真似をさせるわけにはいかない。



「外の奴らも帰ってこないし、やっぱあたしは待つのは性に合わないわ。この王子サマももう必要ないんだし、あたしも襲撃に参加しに行くか・・・」



 メイリアが立ち上がった気配がした。

 やはりジュード達を連れてくる余裕はない。となりのカエデは今にも飛び出していきそうな様子がうかがい知れる。

 仕方ないか、とハルは覚悟を決めるが―――



「―――なぁ、来るならさっさと来いよ」



 突然、頭上から声が聞こえてきた。

 弾かれたようにハルとカエデは顔を上げると、獰猛な笑みを浮かべたメイリアが、二人が隠れている大岩の上からのぞき込んでいた。


 ハルはカエデを背に隠すように、咄嗟に刀の魔装具を構えて大岩から離れる。



「うっひゃひゃ、コソコソしたところで意味はないんだよ! 魔獣は鼻が利くってこと、知らないのか?」



 メイリアは隣に控えているラピッドウルフの鼻をトントンと指で叩きながら笑う。

 どうやらここに来た時点で既に気づかれていたよう。

 少し考えればわかりそうなものだと、ハルは自分の浅はかさに苛立った。

 それでもカエデはひるまずに、一歩前に出る。



「グランディーノ様を返して!」


「あぁ? まぁ、今となっちゃ、もう必要ないから返してやってもいいんだが・・・、それじゃ面白くないだろう?」


 メイリアはしゃがんだ態勢のまま、頬杖をつき、意地悪い笑みを浮かべている。

 必要ないとは言うが、素直に返してくれるわけではない様子。



「お前たちの目的はなんだ!? 『魔核』を手に入れることか!?」



 これまでメイリアが言っていた言葉で推測するに、『魔核』というものを手に入れる為に、この騒動を起こしたものと思われる。


 だが『魔核』というものが何なのか、何故カエデ達を洗脳する必要があったのか、肝心なところが分からない。



「まぁ、ここまで来れたご褒美ということで、いいぞ。答えてやるわ」



 どこか楽し気に、どこまでも飄々としながら、メイリアは口を開く。



「小僧の言う通り、あたしら『異彩の黎明』の目的は、六色の魔核を手に入れることさ。それぞれの国に一つずつ、どこかにあるはずなんだが、『黄の魔核』に関しては王族が管理してるって話だ」


「その為に、魔獣を侵攻させたのか?」


「そうだな。そこの王子サマが、黄の国の軍略に深く関わってるって話じゃないか。そいつがいなければ、騎士団は上手く機能しないだろうねぇ」



 メイリアは顎をしゃくり上げてグランディーノに向ける。

 ハルはまだ残る疑問を口に出した。



「前に、青の国の魔獣の森にお前がいたのも、その『魔核』を探す為か?」


「そうそう、理解が早いじゃないか。『青の魔核』が、森の中の湖にあるかもと思って調べてたんだが、これがハズレだったわけだ」



 以前、ハルが初めて魔法を使った時、上空から魔獣の森の大きな湖を見たことがあった。恐らく青の湖の事を指しているようだが、不発だったらしい。やれやれとメイリアは肩をすくめる。


 だが、ハルが聞きたいのはその件だけではない。



「リル・・・、青の国の王女を、賊に襲わせたのも、お前か?」


「あー、そうだな。青の国の王女サマは頻繁に王都に現れるって話を聞いてたからな。王女サマなら何か知ってるんじゃないかって、その辺にいた適当な奴らにあたしの家族を仕込んだわけさ。まぁ結局戻ってこなかったから、死んだんだろう」



 あっけらかんと、メイリアが殺したようなものなのに、どうとも思っていないような態度。そんなメイリアにハルは嫌悪感を抱いた。

 やはり青の国の第三王女を襲った賊も、メイリアの手引き。

 黄の国同様、青の国でも魔核に関しては、その国の王族が何かしらの情報を持っているということなのだろうか。



「治療院を襲ったのもあなた!? 何で襲う必要があったの!?」



 ハルの後ろから、カエデの怒りの咆哮。

 黄の国の治療院にも現れた、強個体のラピッドウルフ。

 それもメイリアの仕業かと、カエデは問いかけたが、これに関しては、いいやとメイリアは首を振る。



「あれはゲラルトに貸し出しただけ。あたしは関わってない。なんでも、王族の護衛の力量を図る為だとか抜かしてたけど」


「そんなことで・・・」



 カエデは絶句。

 それだけの為にどれほどの人が傷ついたのか、想像に難くない。



「ま、あいつの考えてることなんて、あたしにゃ理解できないけど。お前らを洗脳にかけたのだって、青の国から余計な邪魔が入った時の盾くらいにはなるか、っていう程度だしな」



 そのおかげで、王都襲撃に大多数の魔獣を向けられたわけだけど、とメイリアは付け足す。

 実際、メイリアと接敵しなければハル達はそのまま黄の国の王都へ向かっていただろう。そうなれば、魔獣の侵攻の規模がどの程度か不明だが、黄の国の王都防衛の為に行動していたはず。


 黄の国側からの救援要請が出されるよりも早く、青の国が介入できたかもしれない。そうまでして、メイリア達、異彩の黎明は何をしようというのか。



「お前達は、魔核を使って何をしようっていうんだ? そもそも魔核って何なんだ!?」


「うっひゃひゃ! さて、それはー・・・、教えてあげないよ、じゃん!」



 メイリアは馬鹿にしたように舌を出した。

 肝心な部分はぼかされたまま、話は終わりだというように立ち上がった。



「それじゃ、冥途の土産に色々教えてあげたわけだし、そろそろいっぺん死んどくか!」


『グルアアアアアアアアア!!!』



 それが合図となって、メイリアに付き従っていたラピッドウルフが低く唸り声をあげ、牙をむいた。

 ハルは魔装具を握りなおす。



「くそっ! カエデ、離れてろっ!」


「う、うん!」



 ラピッドウルフが大岩から跳躍し、ハルに襲い掛かった。



―――――――――――――――――――――


 ハルにとっては、ラピッドウルフとの戦闘は三度目。


 一度目はこの世界に来て初めて襲われ逃げることしかできず、二度目は初めて魔装具を出せた時の不意の一撃のみ。

 まともに戦うのはこれが初めてだが―――



「―――おおおおおおお!!」



 ラピッドウルフの牙を受け、爪を弾き、冷静に魔獣の攻撃に対処していく。

 魔装具を得て、『黒闇』の魔法を使えるようになり、更には実戦を経たことで、明らかにハルの戦闘時術が向上している。

 元々剣術を修めていた為、武術の基礎はできていたこともあるが、そこに自身の魔法の理解度が進み、カエデと再会できたことによる精神的な負担が減ったことも関係している。


 結果、終始魔獣に対して優位に立ちまわれていた。



「ふーん、そこらの有象無象よりは腕が立つってやつ?」



 メイリアは大岩の上から動かず、ハルとラピッドウルフの戦闘を傍観していた。

 舐められているのか、観察されているのか分からないが、この場で戦えるのがハルしかいない以上、二体一で襲ってくるわけではないなら、ありがたい。

 魔獣の攻撃を防ぎながら、一太刀、また一太刀と傷を負わせていき、警戒を強めたラピッドウルフは一旦ハルから距離を置く。


 だが、それすらもハルの間合いの中である。

 ハルは刀の魔装具を背に隠すように、背後に引き、空いている方の左手をラピッドウルフに向け、まるで見えない綱を引っ張るように手を引き寄せた。



『魔導一刀の三 麒麟きりん重鞭じゅうべん



 するとラピッドウルフの巨体は、ハルに引き寄せられるように抵抗空しく飛び込んでいく。

 ハルは後ろに引いた魔装具をしならせるように一閃。魔獣を一刀のもとに切り伏せた。



『ガ・・・ァ・・・』



 ハルの一閃は、魔獣の牙を砕き、肉を切り裂き、鮮血が滴り落ちる。

 致命傷を負ったラピッドウルフは、やがて四肢に力が入らなくなり静かに横たわった。

 そして次は、とハルはメイリアに目を向ける。

 だが、既にメイリアの顔に笑みはなく、ただ冷たい視線をハルに送るのみ。



「・・・お前、染色魔力は何色だ?」


「・・・黒だ」



 秘匿すべき染色魔力を、ここで素直に答えるのは一瞬ためらったが、魔法を行使する際にはその色に輝く。今の状況的に隠しきれるものではない。

『白光』の魔法はまだ使えないから、それだけ答えたが、その言葉を聞いた途端メイリアは狂気じみた笑い声をあげた。



「あっひゃひゃ! ひゃーっはっはっはっは! そうか! そうかそうか!! お前がそうなのか!」



 メイリアが笑う意味が分からない。

 黒の染色魔力について、メイリアは何か知っているということだろうか。



「なんだ?俺が黒の染色魔力だから何だってんだ!?」


「いや、何でもない。何でもない―――が」



 笑い顔から一転。次に視線が合った時には、既にその双眸には冷酷な殺気が宿っていた。



「―――お前はあたし等の敵だ」



 メイリアはおもむろに指を鳴らした。

 すると突然、鉱山全体を揺らす程の地響きが起こり、地面が隆起しだした。



『グオオオオオオオオ!!!』



 地面からいくつもの大岩や鉄鉱石が飛び出し、黄色く光る大岩を中心に、結合し形作られていく。

 そして、十メートル以上はあろうかという鋼鉄の巨人が、くぐもった咆哮をあげながら姿を現した。メイリアはその巨人の肩に乗り、笑みを浮かべながらハル達を見下ろしている。



「さあ、アイアンゴーレム! 小僧どもを捻りつぶしな!」


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