黒闇 対 紫炎


 刀の魔装具と薙刀の魔装具がぶつかり合い、火花を散らす。

 元の世界でハルとカエデは、剣術と薙刀術による異種試合を幾度となく行ってきた。


 だがそれは、護身術、スポーツの範疇で腕を磨いてきたにすぎない。

 決してこの時の為に修めてきたわけではない。



「でああああああ!!!」



 カエデの魔装具の一撃に合わせて、ハルも魔装具を振るう。

 一合、二合と打ち合う度に、カエデの魔装具が紫に輝き、小規模な爆発による衝撃がハルを襲う。

 痛みで魔装具を手放しそうになってしまうが、カエデを助ける為に気合で握りなおす。


 カエデの魔法は恐らく異彩魔法。紫色に輝き、雷の魔法でない所を見ると、『紫炎しえん』の異彩魔法だろうか。


 だが、ハルもただ手をこまねいているわけではない。

 黒闇の魔法により魔装具にかかる重力の方向性を操作。カエデの魔装具に向けて落ちるように指向性を持たせ、魔装具のみにダメージが行くよう出来る限りコントロールしていた。



「つっても、難しいな!」



 魔法が使えるようになってまだ日が浅く、重力操作が可能な魔法とはいえ微細なコントロールはまだ難しい。

 気を抜けばカエデの爆破で魔装具が弾き飛ばされそうになってしまう。

 薙刀のリーチを活かして遠くの間合いからの連撃。


 そして、その一撃一撃を受ける度に爆発による衝撃がハルを襲い、徐々に痛みと痺れで両手の感覚が無くなってきた。


 受けるだけでは、いずれ致命傷を負うのは必至。

 下手をするとこっちの魔装具が破壊されてしまう。どこかで攻撃に転じ、魔装具を破壊できるだけの一撃を与えなければならない。


 ハルは自身にかかる重力を操作し、背後にあったコンテナへ落ちるように跳び、距離を取った。



「じいちゃんから習った剣術と、『黒闇』の魔法を組み合わせた新しい型を見せてやる」



 覇導流はあらゆる獣の動きや特徴を参考に、敵を一刀のもとに切り伏せる。

 獅子の様に激しく、鳥の様に早く、覇を導くという名の通り、主の行く手を阻むもの全てを排除するという流派。


 だが、ハルには主もいなければ、剣術で覇道を進む理由もない。

 大切な家族を取り戻し、いつか元の世界に帰る為、魔法を学び、知識を経るという意味も込めて―――



『―――魔導一刀まどういっとうの二 無重・隼斬り』



『覇道一刀の二 隼斬り』。本来であれば高所から敵を狙い斬る奇襲の一撃。

 重力操作により、あらゆる方向から対象に向かって落下。その勢いのまま斬撃を放つ技へと昇華。

 ハルはコンテナからカエデに向かって平行に落ちていき、魔装具を叩きつけた。



「っ!?」



 ギイン、と火花を散らすカエデの魔装具。

 渾身の一撃を以て振るったものの、カエデの魔装具を破壊すること叶わず。



「まだまだ行くぞ!」



 ならば二度でも、三度でも、繰り返そう、とハルは再び跳ぶ。

 文字通り飛んでくる斬撃に、カエデは迎え撃つ為の一閃を放つ。


 ぶつかり合う重力の斬撃と爆発する斬撃。お互いに吹き飛ばされることはなく、魔装具も破壊される気配もなく、力は拮抗していた。



「ははっ!なんだか懐かしい気がするな!」



 ハルは切り結びながらも、無意識に笑みがこぼれる。

 ほんの少し前まで、よく竹刀と薙刀の異種試合をしていたのに、もうずいぶんと前のことの様に感じる。


 今日まで過ごしてきた日々がとても濃密で、話したい事、聞きたい事がたくさんある。こんな形で再会するとは全く思っていなかったが、でもこれで心配事の半分は無くなった。

 あとはカエデを助けて、こんな状況を作ったメイリア・ビースターを捕まえられれば御字だ。


 カエデの表情は何も変わらない。だが操られながらも薙刀を振るう動き、細かい癖は以前と変わらない。

 何度も何度も繰り返されてきた、決められた型をなぞるように、剣舞のように淀みなく。


 やがてカエデは大きく距離を取り、腰を落とし、出来る限り姿勢を低く、一点を貫く構えを取る。



「そういうところも変わらないな」



 追い詰められた時に、カエデが放つ最も得意な技。

『覇導一薙の一 猟豹突き』

 突きの姿勢から深く踏み込み、一足に渾身の力を込めて貫く『覇導流薙刀術』最速の突き技。

 カエデがこれで決める、という、いつも息巻いて最後に持ってくる技だった。


 ハルは一つ息をつき、上段に魔装具を構える。



「なら俺も、全力で迎え撃つ!」



 その言葉はカエデに向けた言葉だが、同時に自分自身もこれで決めるという、覚悟をもつ為のものでもあった。


 両者、構えたまま一歩も動かず。

 ハルが狙うのはただ一つ。魔装具の破壊のみ。


 カエデの持つ魔装具の切先は、ただ真っ直ぐハルの心臓を狙い澄ましている。

 耳に届くのは風の吹く音と、自身の心臓の鼓動。

 無心で、ただ見据えて、集中、集中、集中。


 どこかで岩が崩れる音がした刹那―――



「―――っ!」



 ドンッ、と踏み込んだ足音と同時に、爆発音も響き渡った。

『覇導一薙ぎの一 猟豹突き』は踏み込む一歩を大きく、強くすることで、素早く獲物の懐に潜り込み、穿つ為、何よりも速さを求めた突き技である。


 ここに、カエデの『紫炎』の魔法の特性を乗せ、魔装具の柄の先端を小爆発させることで、突進力を文字通り爆発的に高めた高速の刺突と化していた。


 普通であれば、初見で見切ることなど不可能。

 防御も回避も間に合わない神速の一撃。


 だが、防御も回避もするつもりはない。ただ、魔装具を振り下ろすのみ。



『魔導一刀の一 重剣・大猩々』



 それは上段から下段へと振り下ろされる袈裟切り。

 小細工など一切しない、膂力を最大に、一刀のもとに叩き伏せる力の一撃。

『黒闇』の重力操作により、魔装具にかかる重力を加重。破壊力を高めた黒の一閃。

 タイミングだけは難しい状況だったが、ただハルは予想していた。


 というより、もし爆発する攻撃なんてしてくるものなら、どういった使い方をしてくるだろうか、と何となく直感じみたものだったが、以前よりもさらに早く突いてくるのではないかという考えがあった。


 ―――結果、ハルの心臓を狙ったカエデの一撃は届くことなく、ハルの一刀により防がれた。

 ぶつかり合い、火花を散らす、刀の魔装具と薙刀の魔装具。

 たった一瞬、けれどもスローモーションのようにゆっくりと流れていくよう。


 そして砕け散ったのは、カエデの魔装具の方だった。



「あっ・・・」



 カエデの魔装具は刃から柄が粉々に砕けちり消滅。

 魔装具を破壊されたカエデは、そのままスピードを殺すことなく、爆発的な突進力を携えたまま、ハルに突っ込んだ。



「ぐぼあっ!?」



 当然、そんな勢いのまま飛び込んできたカエデを上手に受け止められるはずもなく、地面にぶっ飛ばされてゴロゴロと転がる羽目になった。

 なんとも締まらない結果になったが、まるで憑き物が落ちたかのような顔で眠るカエデを見て、ようやくホッと一安心。



「いてて・・・はぁー、人の気も知らないで、のんきに寝てやがる・・・」



 数か月ぶりに再開した幼馴染に向け、安心半分、呆れ半分というようにため息。

 ドッと疲れが襲ってきて、このまま一緒に眠ってしまいたくもなるが、まだこの騒動の元凶が野放しになっている。



「とりあえず、カエデが目を覚ますまで一休みだな・・・」



 未だにスヤスヤ眠る幼馴染の頭をそっと撫でる。

 カエデはいい夢を見ているかのように、笑みを浮かべていた。



 ―――――――――――――――――――――


「はっ!?朝の掃除の時間だ!」



 突然、ガバッとカエデは体を起こして、キョロキョロと周りを見渡す。



「あれぇ?いつもの部屋じゃない・・・ていうか外!?え、野宿?誘拐?あれ、何してたんだっけ!?」


「起きたか、カエデ」



 ハルは混乱の極みにありそうなカエデに声をかける。

 バッとカエデは振り返り、目が合ったものの、こんなところにハルがいるわけない、とでも言うように、訝し気に顔を歪ませている。



「はっは~ん、まだ夢の中だね。寝なおそ」


「寝るな。夢じゃない」


「ぎゃす!?」



 ハルはバシッとカエデの額にデコピンを放った。



「痛ったいよ、ハルにい!いきなり何・・・する・・・のさ・・・」


「久しぶり。カエデが無事で何よりだ」



 夢うつつから覚めたカエデはようやく、目の前のハルが本物だと気づいた。

 カエデの目に段々と涙が溜まっていき、大粒の涙を流しながら再びハルに抱き着いた。



「ハルにぃ!ハルにぃ、ハルにぃ!!!うぇえええん・・・会いたかった・・・うぐ・・・会いたかったぁぁぁぁ!!!うわぁあああん!!!」


「うん、頑張ったな」



 周りに誰も知っている人がいない異世界に一人きりで、大変だった、辛かった。それが痛いほど解るハルは、ただ黙ってカエデの背を撫で続けていた。


 ようやくカエデが泣き終えたのは、それから十分程度経ってからだった。

 お陰でハルの服は涙と鼻水でぐっしょり。だが、まあ仕方ない、とハルは気にしないことにした。



「それで、ハルにい。いったい今までどこにいたの?」


「ああ、俺は青の国ってとこなんだけどさ・・・」



 それからハルとカエデはお互いにこの世界に来てからの出来事を話し合った。

 お互いに別々の場所に飛ばされたわけだが、運よく人に恵まれて、何とか今日まで過ごすとが出来たのだと、改めて自分たちの運に感謝した。



「そうか。じゃあカエデもリッカがどこにいるかは知らないんだな」


「うん・・・てっきりハルにいと一緒にいるもんだと思ってたよ」



 こうしてハルとカエデがこの世界に来ている以上、あの場にいたリッカもこちらの世界に来ていると思った方が良いだろう。

 青の国、黄の国でも、自分たちと同じ境遇の人がいるという情報は得られなかった。

 ということは、他の国にいることになるのだろうか。



「まあ、私達も無事だったわけだし、きっとリカねえも大丈夫だよ!」


「・・・ああ、そうだな」



 変わらない持ち前の明るさで、笑顔を見せるカエデに、ハルは頷く。

 久しぶりのやり取りに思わずほほが緩む。



「とりあえず、カエデ。俺の仲間の所に―――」


「―――あっ、いけない!グランディーノ様!」



 バッと弾かれた様に、急にカエデは立ち上がった。



「ハルにい!ここに来るまでグランディーノ様、見なかった!?」


「グランディーノって、黄の国の王子様だっけか?特に見なかったけど・・・」


「じゃあ、あの女の人が知ってるはず!」



 そう言って鉱山の中へと駆け出そうとしたところを、慌ててハルは肩を掴んで止める。



「待て待て待て待て!一人で敵陣に突っ込んでどうする。敵が素直に教えてくれるわけないだろ?」



 それに敵がメイリア・ビースターだけとは限らない。

 魔獣の戦力は黄の国の王都へ向けているとはいえ、まだ余力がないとも限らず、カエデ達を操ったというゲラルト・ヒュノシスもいるかもしれない。



「でも!捕まってるかもしれないの!操られている間、どこにも見かけなかったもん!お願いハルにい!一緒に来て!」


「いや、でもなあ・・・」



 たった二人、それに片方は丸腰。

 もし見つかりでもしたら、どう転んでもタダでは済まされない。

 やはりジュードとアイリスの所に行って、合流してからの方が良いだろう。


 だが、この世界に来て助けてもらった、世話になった恩に報いたいという気持ちはとても理解できる。逆の立場だったら、同じように行動するだろう。

 実際ハルも王都に向かうよりも、メイリアを追ってこちらに来た。



「・・・分かったよ」


「やった!ハルにい、ありがとう!」


「でも危険だと思ったら、無理やりでもお前を連れてすぐ逃げるからな!言うことちゃんと聞けよ!」


「あいあいさー!」



 カエデはにこやかに敬礼。

 果たして本当に言うことを聞くだろうか、と疑惑の目を向けてしまうが、とやかく言ってもしょうがない。

 ハルは密かにため息をついて、カエデと共に鉱山の入口から中に入っていった。

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