青水 対 黄土


 無人となった鉱山の町アルパト。


 その町の通りで対峙する少女が二人。

 透き通るような青い髪を持つ少女―――アイリスは杖の魔装具を構え、自身の周囲に水の玉をいくつも浮遊させている。


 対するはダークブロンドの髪を持つ少女―――ベルブランカ。

 敵の洗脳下にあるベルブランカは、両腕に手甲の魔装具を身に着け、アイリスが展開させている水の玉を搔い潜りながら接近。


 しかし、水の玉の一つから水の槍がベルブランカに向けて放たれると、体をねじってこれを回避。

 その隙をついて水の玉を操りベルブランカの捕縛を試みるも、素早く後退することで再び距離を取る。



「埒が明かない・・・」



 この攻防を繰り返すこと、早十数回。

 水の魔法で捕縛し動けなくしたところで、魔装具を破壊しようと試みているが、縦横無尽に動き回るベルブランカの姿を中々捉えられない。



「早くしないと・・・!」



 予想以上に危険な任務になってしまった為、ハルにテラガラーの王都へ行くよう促すも、何を思ったか王都とは別の方向へ行ってしまった。

 敵の異彩魔導士、メイリア・ビースターが逃げた方へ。


 恐らく、幼馴染を探すという自身の目的よりも、ラピスラズリの任務に協力することを優先したのだろう。

 武の心得があるとはいえ、ハルは魔法を習得して日が浅い。


 もし敵に見つかってしまったら、相手はテロリスト。ハルの身が危ない。

 ジュードもどのくらいで追い付いてくるか分からない状況。やはり早々に決着をつけなければならないが。



『打ち抜け石弾、ストーンバレット』



 一度距離が離れると、石の弾丸を飛ばす魔法を連発。それも前後左右、高速移動しながら絶え間なく撃ってくる為、反撃の糸口が掴めない。

 そもそも、あんなに動きづらそうなメイド服を着ているのに、どうして速く動けるのか。



『アクアバレット』



 魔装具から、アイリスの覚えている中では最速の魔法、水の弾丸を放ち、迫りくる石の弾丸を弾き飛ばす。

 アイリスは無詠唱での魔法の行使が可能な為、発動速度においては右に出る者はいない。


 しかし速さはあっても威力が足りない。

 ベルブランカの姿を捉えても、『ストーンバレット』で相殺されるか、魔装具で撃ち落とされる。

 その攻撃の一瞬の隙をついて、再びベルブランカは接近。



「っとと!?」



 展開していた水の玉を、ベルブランカの死角から殺到させるが、またもや紙一重のところで躱されてしまい、振出しに戻る。

 これではどちらかが、魔力切れを起こすまでの消耗戦になってしまう。



「これは、交流試合を思い出すね・・・」



 クリアスとテラガラーの王族同士の交流の場で、ジュードとアレンのいざこざがあり、護衛同士の交流試合が開かれたことがあった。


 ジュードとアレンの試合は泥試合化した為、急遽アイリスとベルブランカの試合も行われたのだが、結局それも今の様に膠着状態に陥り、時間切れで決着つかずという、二試合連続でしょっぱすぎる幕引きとなってしまった。


 見ようによっては両者の実力が拮抗している、と取れるが、お互いに次に戦う時があれば、ちゃんと決着をつけよう、と話をしていたのだが。



「それがこんな形になるなんて・・・」



 ベルブランカがどう思っているか分からないが、勝手に良き友人であり、ライバルだと思っていた。

 実力も折り紙付きで、そう易々と洗脳にかかるような人ではなかったはず。きっと何か理由があるはずだが、想像もつかない。



「でも今回は、時間はかけられない!」



 魔力量には自信があるアイリスだが、時間切れを待っている状況ではない。

 こうしている間にも、ハルに危険が迫っているかもしれないと思うと、徐々に余裕がなくなってきてしまう。

 いっそのこと、相打ち覚悟で全ての水の玉を攻撃に回してみるか。

 その焦りを的確に察知したか、無数の水の玉の間を縫うように『ストーンバレット』が放たれた。



「痛っ!?」



 石弾はアイリスの右肩に着弾。

 一瞬。そのほんの一瞬、水の玉のコントロールが乱れた。

 もう何度目かになるか分からないほど繰り返された、ベルブランカの接近。


 これまでと決定的に異なるのは、アイリスがダメージを追ったことにより、迎撃が間に合わないことだった。



「しまっ―――」


「―――大気揺るがせ、『土撥天掌どはつてんしょう』」



 防御の為の水の玉は間に合わない。

 咄嗟に魔装具でベルブランカの掌底を防ごうとするも、それすらも間に合わない。

 一瞬の後に、衝撃がアイリスの腹部を貫いた。



「っぁ!?」



 意識が遠くなる感覚とともに、はるか後方へと吹き飛ばされた。

 アイリスは背後にあった家の扉を突き破り、壁に激突。

 そして意識を失うまでには至らずとも、崩れ落ちるようにうずくまった。



「っ~~、流石に痛い・・・げほっ!」



 ベルブランカの掌底による一撃で、どこかの家の中まで吹き飛ばされたアイリス。

 ひときわ大きな屋敷。どうやら町長の屋敷の、玄関ホールの中のよう。


 吹き飛ばされながらも咄嗟に背中に水の玉を出していた為、衝撃は吸収されていたことが功を奏した。

 ズキズキと痛む腹を押さえ、杖の魔装具を支えに何とか立ち上がる。



「・・・ベルブランカさん、前より速くなってるなぁ。いつもの魔法じゃ捉えられない」



 操られているだけなので、出来ればあまり傷つけずに捕らえて、無力化した後に、魔装具を破壊したかったが、そう上手くはいかないらしい。


 破壊された屋敷の入口の方から足音が聞こえ、差し込む光を遮る影が一つ。

 隠れて不意打ちの一つでも、とアイリスは考えていたが、それすらも許さないと言われているかのよう。



「これは、ちょっと無理かな・・・」



 ベルブランカは止めを刺す為に、再び高速で接近。

 先程のように水の玉を展開させても、また掻い潜られてしまう可能性が高く、流石にもう一打受けてしまえば、もう立ち上がる自信はない。



『ポルカドソーン』



 それでもなおアイリスは、水の玉をいくつか展開。だが、先ほどよりも明らかに数が少ない。

 難なくベルブランカは、それに触れることなくアイリスに肉薄しようとした瞬間、水の玉から一斉に水の棘が飛び出した。


 ベルブランカは勘が働いたのか、すんでのところで後ろに思いきり飛び退く。

 結局アイリスのどんな魔法も、ベルブランカには届かず、このままではいずれどこかで致命的な一撃をもらってしまう。



「・・・できればこの手は使いたくなかったけど」



 ベルブランカと距離が開いたことで数秒余裕が出来た為、懐から手のひら大の青い石を取り出すアイリス。

 それを握りしめると、可視化できるほどの青い魔力がユラユラと石から立ち上り、アイリスへと吸収されていく。


 相手が何をしようとも、ベルブランカの行動は変わらず。

 開いていた距離を一瞬で埋めるように駆け出し、再び掌底を繰り出す為に腕を引く。

 止めの一撃まで、あと数秒。だが、その拳が放たれる前に、突然―――世界が変わった。



『シーベッド・アクアリウム』



 ―――そこは光も通さない海の底。

 暗く、音もなく、体の自由も効かず。

 突然、海の底に転移させられたように、周りの景色が一瞬にして水の中に変わった。



「っ!?」



 あまりに突然の出来事に理解が追い付いていない様子で、ベルブランカは足をばたつかせ、もがき苦しんでいる。



「ごめんなさい、苦しいですよね。手早く終わらせますね」



 不気味なほどに無音の中で、アイリスの声だけが響き渡る。

 そして次の瞬間、衝撃がベルブランカの体を突き抜けた。



「っ!」



 衝撃で肺の空気が口から洩れる。

 どこからか、何かしらの攻撃を受けたが、現状の把握が出来ないベルブランカ。

 徐々に目が慣れてくると、どうやら場所は変わっておらず、町長の屋敷、玄関ホールのまま。


 だが、その場所を埋め尽くす程の大量の水が、外にあふれ出すことなく留まっている。


 これはアイリスが行使できる上位魔法。『シーベッド・アクアリウム』。

 ある程度の閉鎖空間内であれば、まるで海の中に引きずりこむ様に、その場所全体を水で埋め尽くし、空間を水中と化す魔法。


 水中にできる範囲は魔力量に応じて変化し、維持させる為の魔力量も尋常ではない為、自身の魔力を底上げする水の上位魔石を、アイリスは使用した。

 魔石は基本的に使い捨て。次の上位魔石の支給を受けてしまうと、数か月は隊への支給金がしばらく削られることになる為、出来る限り使用は控えたかったわけだが。

 それはともかく。



「っ!」



 水の中では自慢の機動力も発揮できず、満足に土の魔法も撃てず、八方ふさがりになってしまうベルブランカ。

 とにかくこの場を脱出しなければ、と屋敷の外に泳いで向かう。


 だが、そんなベルブランカの周りを縦横無尽に動き回る人影が一つ。

 その姿はまるで人魚。幻想的で美しい姿と魅了する歌声で、人を水底に引きずりこんでしまうという幻獣。


 実際は水の魔法操作により、高速で移動しているのではあるが、アイリスのそれは無駄なく美しい。

 外から光が差す光景は、まさに海底に差し込む光のよう。


 アイリス自身はそう呼ばれることをひどく嫌がるが、この魔法を目の当たりにした人からは、アイリスを『水玉みずたま人魚姫にんぎょひめ』と呼んでいる。



「では、これで―――」



 アイリスはベルブランカの前に回り込み、魔装具を向ける。


 点の攻撃では避けられる。であるならば、避けられない環境を作ってしまえばいい。

 底上げした膨大な魔力量に物を言わせた策ではあるが、これでベルブランカの動きは封じられた。


 魔装具の先から小さな渦が発生。それは徐々に大きく、勢いが増していき、やがて荒れ狂う水の竜巻と化していく。



「―――終わりです。『メイルストロム・ノア』」



 激しく渦を巻く水の竜巻が放たれた。それは全てを飲み込み押しつぶす奔流となる。周りの水をも取り込み、さらに巨大化していき、巨大な水の龍と化す。


 ベルブランカは両腕の魔装具で防御の構えを取るも、まるで意味を為さず飲み込まれた。

 怒涛の勢いで流されていき、ベルブランカの体全体に衝撃が突き抜ける。

 そのまま壁に衝突、崩れ落ちるとともに、両腕の魔装具も砕け落ちた。


 アイリスは水中維持の魔力を解き、ザバーッと大量の水が屋敷外へと流れ出していく。

 天井も壁も、辺り一面水浸し。そんな状況と、ようやくベルブランカの魔装具を壊せたことにホッと一安心。


 近づいて様子を見てみると、大きな怪我はなく、魔装具を破壊したことによる一時的な意識消失状態になっている様子。



「これでベルブランカさんの洗脳は解けたはず、だけど・・・」



 そっと使用済みの上位魔石をポケットから取り出してみる。

 鮮やかな青色だった魔石は、既に色を無くし無色となっている。



「はぁー、また隊の懐が寂しくなる・・・」



 上位魔石の補充と、この町での戦闘行為における町の損害、それと恐らく派手に戦っているであろうジュードがもたらすブロウ砦の損害。

 全部が全部、ラピスラズリに対して責任を問われることはないだろうが、そもそもハルを連れ出したことによる命令無視もある。


 どこまで責任を負わされるか、戦々恐々としてしまう。



「・・・とりあえず、今は早くハルさんに追い付こう」



 後々の責任を考えるのは後にして、まだ問題は山積み。

 ジュードの方は放っておいても何とかなるだろうが、ハルの方の心配が尽きない。

 単身でこの騒動の元凶を追って行ってしまっている為、いち早く追いかけなければならないが。



「っと・・・」



 体が少しふらついてしまった。

 魔法の大量展開、上位魔石の使用しての上位魔法の発動、と著しく魔力を消費した為、一時的な魔力欠乏に陥ってしまっているよう。



「ちょっと休まないとダメかな・・・」



 このまま無理をしてもろくに動けない。

 とにかく回復に集中しようと、気絶しているベルブランカの隣に腰かける。



「ハルさん・・・どうか無事で・・・」



 心の中でハルの無事を祈りつつ、ついでにジュードが自分よりも早くハルに追い付いていることに期待しつつ、アイリスは深呼吸しながら目を閉じた。

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