青炎 対 緑風


 物陰から突然現れたハルに、メイリアは訝しげに振り向いた。



「あ~ん?なんだお前。赤頭達と一緒にいた小僧じゃないか。なんだよ、色男もメイドのおチビちゃんも大して使えないねぇ」


「カエデ!カエデ!!俺が分からないのか!?」


「・・・」



 ハルがいくら呼びかけようとも、カエデは一切の反応を示さない。

 やはり、アレン、ベルブランカと同じく、敵の洗脳下にあるということか。



「俺の家族に何をした!?カエデを元に戻せ!!!」



 ハルは刀の魔装具の切先をメイリアに向け怒号を飛ばす。

 だが、メイリアはうんざりしたように、顔をしかめた。



「家族?あ~、そうなのか。でも、なんかいい加減めんどくさくなってきたな。もうそいつはいいわ。片づけておいて。あたしは奥で寝てるからー」



 メイリアはまるでハルの言葉を意に介さず、興味も示さず、あくびを噛み殺しながら鉱山内部に入っていってしまう。



「ま、待て!」



 ハルは急いでメイリアの後を追おうと駆け出すも、当然のようにカエデがそこに立ちふさがる。

 その手には、魔装具と思われる薙刀。その切先がハルに向けられていた。



「カエデ!頼む!目を覚ましてくれ!」


「・・・」



 ハルがいくら叫ぼうとも、カエデは眉一つ動かさない。

 やはり洗脳を解くには魔装具を破壊しなければならないか。


 これまで何度もカエデとは竹刀と薙刀で試合を繰り広げてきた。

 それほど時間が経ったわけではないはずなのに、ずいぶんと昔のことの様に思う。

 またいつか、カエデと試合が出来る日々を待ち望んでいたのに。



「どうして、こんなことに・・・、っ!?」



 ハルの迷いを隙と見たか、カエデは魔装具を振るう。

 咄嗟にハルはこれを受け止めるも、以前と比較にならない程の膂力で腕に衝撃が走る。そしてさらに、受け止めた薙刀の魔装具の刃が紫に輝き―――爆発。



「ぐあっ!?」



 ドオン、と爆発音とともに、弾き飛ばされた。

 ハルは地面に転がされながらも、すぐに態勢を整え立ち上がる。



(爆発する斬撃!?それがカエデの魔法か!)



 いつだったか、カエデが出来るようになるかもしれない、と言っていた爆発攻撃。

 まさかこちらの世界でカエデの戯言が実現されようとは思っていなかった。

 カエデは更なる追撃の為、魔装具を振りかぶり、上段に構えた。


 驚きの連続で理解が追い付いていなかったが、とにかく現実を受け入れなければならない。

 カエデの状態は、先のアレン、ベルブランカと同じく催眠状態に陥っている様子。ならば魔装具を破壊できれば元に戻るはず。



「ふぅー・・・、待ってろよ―――」



 ハルは動転していた心を、一息で落ち着かせる。

 魔法は心に強く影響を受ける。それは、これまで培ってきた剣術にも通じるところがある。

 カエデを救う為には、ハルも本気で魔装具を振るわなければならない。



「―――必ず助ける!」



 ハルも魔装具を上段に振り上げ、駆け出した。



 ―――――――――――――――――――――


 ブロウ砦は既に砦としての体を成していなかった。


 砦の門は既に跡形もなく破壊され、かろうじて柱が残っている程度。

 他の建物も、焦がされ燃え尽きていたり、屋根を吹き飛ばされ、壁に穴が空いていたり、被害は甚大な状況であった。


 砦が落ちた原因の大部分は魔獣による襲撃であったが、追い打ちをかけた要因となっているのは、二人の男の戦いの余波だった。



「どりゃぁあ!!!」



 ジュードは大剣の魔装具を振るう。

 魔装具には青い炎が纏われ、その軌跡も青を描く。炎は大気を焦がし、草木を焼き、ジュードの体を青い炎が鎧のように迸り、周り一切を燃やし尽くす。

 その姿はまるで炎の化身。近づけば火傷では済まない程の熱気が辺りを埋め尽くしている。


 しかし、対峙する相手はそれを理解しているのか、一切近づいては来ず一定の距離を保ち、ジュードの攻撃全てを躱していた。



「アーレーンー!!いい加減目を覚ましたらどうだー!?」


「・・・」



 アレンの様子が以前と違うことには気づいていた。

 人を小馬鹿にしたような、おちょくっているような発言を普段ならしてくるはずなのに、今日は全く喋らない。

 人を人形の様に操る異彩魔法があるということを、アイリスからは聞いていた。

 恐らくはそういった類の魔法にかかっているのだろう。



「大方、女に騙されてそんなことになってるんだろう!?」



 アレンが関わっている事件には、大抵女絡みだと、ベルブランカから聞いたことがある。今回もそんなところだろう、と。


 だが、操られているなら、本来の実力ではないはずなのに、一向に決めきれない。

 一対一になってからは、徹底して遠距離から矢を射るか、風魔法でジュードの体力を削りにかかってくる。

 何とか接近して一撃入れようにも、その全てを躱されて距離を取られる、というイタチごっこに陥っていた。



「あ~!イライラするぜ!男なら真っ向からかかって来いよ!」


『君の猪突猛進ぶりには頭が下がるよ。森に帰ったらどうだい?』



 そんな幻聴が聞こえてきそうな気がするジュード。

 実際、以前にも同じようなことを言われたことがあり、洗脳状態でなくとも、そんな返答が帰ってきそうだと、ジュードは思う。

 当然、今のアレンに真っ向勝負と言っても、素直に応えるはずもなく、返答は風の矢で帰ってきた。



「ふんっ!」



 魔装具による一閃で矢を叩き折るも、またアレンは建物の屋根に上に飛び乗り、距離を取られる。



「最初に戦った時も、こんなだったなあ!アレン!」



 アレンと刃を交えるのは初めてではない。


 ジュードとアレンが初めて会ったのは二年前の地霊祭にて。

 青の国クリアスと、黄の国テラガラーが同盟を結んでから、初めて行われた地霊祭。

 第三王女の初の国際交流ということもあり、ジュードとアイリスは護衛として、同行していた。


 クリアス第三王女と、テラガラー第一王子の初対面時、互いの主から紹介された。

 そしてアイリスが名乗る前にいきなり、アレンはアイリスの手を取り―――



『―――おお、麗しの水の乙女。可憐で儚げな花を守るように、貴方も僕の手で守らせていただきたい。どうでしょう、今宵貴方の水で乾いた僕を潤していただけませんか?』


『ハァ?ちょっと何言ってんのか分かんねえ。人の言葉で喋ってもらえますかぁ?あと、気安く触るなし』



 ジュードはバシッとアレンの手を叩いて、アイリスの前に出て、ガンを飛ばす。

 アレンはやれやれと、首を振り、肩をすくめた。



『全く、野蛮な猿がどうしてここにいるのか。誰か、この野生動物をつまみ出してくれるかい?』


『ああ!?誰が猿だ!喧嘩売ってんのか!?』


『失礼。猿じゃなくゴリラだったね』


『上等だ、表出ろぉ!!』



 お互いの国の王族がいる前で、売り言葉に買い言葉をしてしまった為、ジュードはリーレイスに、アレンはグランディーノに謝罪させる羽目になり、それぞれのドツキ役に制裁を与えられ、その場は収まった。


 だが、その後も年に数回ある国際交流の場で顔を合わせる度に、同じようなことを繰り返し、そんなに喧嘩したいなら交流試合をしたらどうか、と話が上がった。


 接近戦を得意とするジュードに対し、遠距離戦を得意とするアレン。

 追いかけるジュードに、逃げるアレン。


 結果的には、ジュードの魔力切れで戦闘継続が出来なくなり、アレンの逃げ勝ちという、なんともクソつまらない事態に陥り、第二戦として急遽、アイリスとベルブランカの試合が行われることにもなってしまった。


 そんな経緯があったことを思い出しつつ―――



「―――今度は逃がさねえ!」



 ジュードは魔装具を担ぐように振り上げ、魔法の詠唱を開始する。



『燃えよ、広がれ、炎の剣。敵を焼き裂く刃となれ。フレイムティアー』



 それは炎の斬撃そのものを飛ばす魔法。

 魔装具の振り下ろしと共に、青い炎の刃がアレンを目指して飛来する。

 しかし、アレンは再び跳躍し、これを回避。炎の刃は屋根を焼き壊し、建物を倒壊させた。



『疾風怒濤の剛爪。肉を切り裂き、骨を砕き、その一撃で風に消えよ。ゲイルクロウ』



 アレンは回避と共に詠唱を開始し、着地と同時に魔法を放つ。

 放たれたのは三本の切り裂く緑の風の爪。暴風を纏わせ、空を切り、お返しとばかりにジュードに襲い掛かる。



「ぐっ!?」



 横っ飛びでジュードも回避しようとするも、躱しきれず炎の鎧ごと、肩口を斬られてしまった。



「まだまだぁ!」



 しかし、それでも隙を見せるわけにはいかず、歯を食いしばって痛みを我慢。

 続けざまにジュードは『フレイムティアー』の魔法を放っていく。


 だが威力はあっても速度はない。

 アレンは次々に屋根から屋根へ飛び移り、その間も風の矢と魔法で、ジュードに手傷を追わせていき、その度に炎と血しぶきが宙を舞う。



「だあああああ!!!」



 それでもなお、繰り返すジュード。

 その間も傷は増えていき、いずれはアレンに止めを刺される状況に陥ってしまうことは誰の目にも明らか。



「っ・・・」



 そしてアレンは気づく。

 付近の目に付く建物は、ジュードの魔法により全て倒壊させられ、お互いに遮蔽物が何もない状況を作り出されてしまう。



「さあ!これで真っ向勝負だ!逃げんなよ!」



 まっさらな地平であれば、後は力と力のぶつかり合い。

 およそ力技ではあるが、これで逃げられない、避けられない状況になった。

 ジュードは全力の一撃を放つ為、魔装具を振り上げながら、詠唱を始める。

 で、あるならば、迎え撃とうと、アレンも詠唱を始める。



『始まりのともしび、いずれは燃え立ちほむらとなりて、星火燎原せいかりょうげんに一切を塵滅じんめつせよ』



 ジュードの魔装具から青い炎が爆発的に巻き起こり、ジュードの纏っていた炎の鎧すらも巻き込んで、空へと昇る。それはまるで青い炎の龍のように、爆炎を伴って現れた。



『吹けよ、荒れよ、風よ、嵐よ。風の女神が行く道の、森羅万象しんらばんしょう吹き飛ばせ』



 アレンは弓を引き絞り、これまで以上の風をその矢に集めていく。

 旋風を纏い、暴風を巻き起こし、周りの倒壊している瓦礫も吹き飛ばされ、お前の炎など、吹けば消えてしまう、と言わんばかりに嵐を巻き起こす。



『青炎龍の怒号・絶火』


『テンペスト・ペネトレイト』



 ジュードから放たれた青炎の龍は、襲い来る風を飲み込み、その龍が通った後は塵すら残さず焼き尽くす。

 対して、アレンから放たれた矢は烈風を伴い、地をえぐり、炎を打ち消しながら青炎の龍を迎え撃った。


 そしてぶつかり合う、青い炎と緑の風。

 炎は風を喰らいながらさらに大きく燃え上がり、風は炎を吹き飛ばしながらさらに勢いを増していく。


 炎と風はお互いに喰い喰われ、その勢力を増していきながら、やがてジュードとアレンすらも飲み込んだ。

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