青の騎士団


 ハルが魔導研究所を後にしてから早数日。


 ハルの滞在先は、そのままジュードの家にいさせてもらうこととなり、調理や家事等はほとんど丸投げされることとなった。

 といっても、元々祖父との二人暮らし。家事スキルは人並み程度にはこなしてきたので、そこまで苦にはならなかった。

 ジュードの親の許可なしに勝手に決めていいのか、とも思ったが、いつの間にやら許可を取り付けてきたらしく、問題ない、との判断だったという。


 魔導研究所所長から、ハルが腕輪を魔装具化できるまでジュードとアイリスにフォローを頼んでおり、元からそのつもりだったのか、二人は二つ返事でOK。

 その為アイリスも毎日のように顔を出し、まだまだこの世界の知識が足りていない為、基本的にはどちらかと共に行動していた。


 魔導研究所から具体的な研究協力は、ハルが魔装具化に成功し、魔法が使えるようになってから、方針が決まるらしい。

 どのような魔法が使えるか、現時点では全く分からないため、できることがない、とのこと。

 では、魔装具化の為に何が出来るかと考えた結果、とりあえず戦闘訓練でもしてみるか、とジュードから提案があり、今日に至る。



「はあ、はあ……」



 縦横無尽に水の玉が飛び回り、ハルに襲い掛かる。

 ハルは訓練用の木剣で、その全ての水玉を打ち落とす。

 打ち落とせなければ、頭の先から足の先までびしょびしょになるという訓練だった。



「ふっ! せい!」



 一つ、また一つと打ち落とし、計十個の水玉を斬ったところで、水玉はなくなった。

 パチパチ、と拍手がハルに贈られる。



「すごいですね、ハルさん。体裁きがなめらかで、淀みがないです。最初は慣れなくてびしょ濡れになってたのに、今ではもう見切られちゃってます」


「はは、うん、多少は剣術を学んできたおかげかな」



 祖父から剣術を叩きこまれただけのことはあり、基本的な体裁き、足の運び方、剣の振り方は問題ない。

 ジュードからも簡単に立ち合いをしてもらったが、同意見だった。



「なんだか面白い動きしますね、ハルさん。跳んだり跳ねたり、動きを捉えられなかったりで。魔獣を相手にしているような気がします」


「おっ、そう思ってくれたなら嬉しいな。俺が学んできた剣術は動物の動きを参考に作られたって聞いてるんだ」



 ハルの祖父曰く、戦乱の世の将軍家に仕えていた剣術指南役が開祖の流派という。

 その動き、体裁きはあらゆる獣の特徴を参考にし、剣術に取り入れた流派。

 獅子に様に激しく、鳥の様に速く。主の行く手を阻むもの全てその一刀のもと切り伏せてきた。

 というような逸話を稽古が終わる度に祖父は語っていた。

 祖父曰く、極めれば数メ―トル先の標的をも切り伏せることができるという。



(まあどこまで本当のことだか分からないが)



 へえ、と感心したようにうなずくアイリス。


 しかし今は剣術がどうのこうの、というより魔装具化を進めなければならない。

 ハルは二つの腕輪を見比べるが、全く変化が見られなかった。

 両腕の腕輪は無色のまま、色づく気配はない。



「う―ん、見切られてきちゃったということは、もっと訓練強度を上げなければなりませんかねぇ。それとも精神修行なんかの方が近道だったりするのかなぁ……」


「アイリスはあの水玉、あとどれくらい出せるんだ?」



 訓練強度を上げる、ということは単純に水玉の数が増えるということだろうか。

 そんなことを考え、マックスがどのくらいなのか、聞いておこうとハルは思った。



「えっと、数えたことはないですけど、あと百個くらいは出せると思います」


「ひゃく……」



 流石にその規模の攻撃を、全方位から放たれてしまうと捌けない。

 瞬く間にびっしょびしょのぐっしょぐしょである。


 だが、何でもないように言うアイリス。

 え、それくらい出来て当然なのか、とハルは面食らった。



「アイたんが特別なだけだぞ」


「おおっ!?」



 背後から声が聞こえ、のけぞるハル。

 またもや突然ジュ―ドが現れたが、徐々に慣れてきたのか前より驚かなくなっている気がする。


 ジュードもそう感じたのか、何やら不満げだった。



「貴様、反応がつまらないぞ! いいのか、それで!」


「別にお前を楽しませる為にリアクション取ってねえ。それに毎回ワンパターンだぞ、流石に慣れてくる」


「なん………だと………!?」



 分かりやすく、ガーン、という表情をするジュード。

 そんな様子を全く気にする様子を見せず、ハイハイ、とアイリスが手を叩く。



「それで、どうしたの?朝からいなかったけど」


「そう! それ!」



 ジュードは仰々しく両手を天に掲げた。

 いちいち大袈裟な奴だな、とハルは呆れる。



「ハルよ! 喜べ! 正式に俺とアイたんが、魔導研究所と協力してハルのバックアップをしていくこととなった!」


「……?」



 ジュードの言っている意味がよくわからなかった。

 ジュードとアイリスは今までも協力してくれていたが、それが正式に、とはどういうことなのか。

 同じように話が見えていないような、アイリスもジト目でジュードを睨む。



「私、何も聞いてないけど。ちゃんと説明して」



 ジュードは、ふふん、と得意げに前置きして口を開く。



「今日、研究所の所長と一緒に、青の国の国王、ライオネス・ブラウ・クリアス陛下に、白と黒の染色魔力保持者が現れたことを報告した」



 お前のことね、とジュードはハルに視線を送る。



「ハルの希望をできる限り叶える代わり、白と黒の染色魔力の研究に最大限協力するようお言葉を頂戴した。つまり研究に協力さえすれば、国がお前の後ろ盾になってくれる、ということだ!」


「お、おう……?」



 ズビシ、と効果音が付きそうなほどに、勢いよく指をさされる。

 すごいことが起きているのだろうが、スケールが大きすぎて理解が追い付かない。



「白と黒の染色魔力でどんな魔法が発現されるか、どんな現象が確認されるか、目下の急務だが、どんな危険があるかも分からない。被害は出さず、成果を出せ、というのが俺とアイたんへの、騎士団の指示でもある」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」



 ハルはまだ理解は追い付いていない。

 一旦整理の為に、ジュードにストップをかけた。



「王様とか国とか、ちょっと話がデカすぎて良くわかっていないが、そもそもジュードとアイリスはただの学生っていうわけじゃないよな。何者なんだ?」



 前々から思っていたことではあったが、自分の置かれた環境を理解するのにいっぱいいっぱいだったため、詳しくは聞かずにいたが、明らかに一学生の関わる範疇を超えている。

 ジュードとアイリスはお互いに目配せし、アイリスが頷く。



「私とジュードは立場的には一介の学生ではありますが、この国の青の騎士団所属の特務隊に所属してます」



 王都アクアリア、青の騎士団。

 青の国クリアスにおいての騎士団は一つ。それぞれ部隊が枝分かれになっており、各々に役割が与えられる形となっている。


 王族を守護する近衛隊『サファイア』、王都内の治安維持に務める王都防衛隊『タンザナイト』、他国の侵攻、外敵から守るため、国内各地に配置される国防隊『アクアマリン』で構成されている。


 ジュードとアイリスが所属する、通称『ラピスラズリ』。

 形式的にはジュードが隊長でアイリスが副隊長となっている。


 ただ、まだ学生の身ではある為、正式な騎士となっているわけではない。学院を卒業し、希望すれば正式に騎士として登用されるという。


 隊といっても、隊員はジュードとアイリスの二人のみ。

 主な業務は、魔導研究所附属魔法学院へ通学する第三王女の護衛。

 他に国内における事件や異変の調査、同盟国との連絡調整役等、緊急即時的に行動できる遊撃隊としての側面もあり、いわゆる何でも屋的立場、とのこと。


 ハルがジュードに助けられた一件も、森で未確認の魔獣を調査するという任務の最中のことであった。


 アイリスは続ける。



「元々は学院内での王女殿下の護衛役が必要という話が出たことがきっかけだったようです。ジュードのお母様が近衛隊『サファイア』の隊長兼、青の騎士団総団長という立場でして、その方の推薦もあって私とジュードが務めることになったのです」


「総団長って、めちゃめちゃ偉い人じゃないか?」



 アイリスはそうですね、と頷くが、当の息子は渋い顔をしている。

 ハルの居候もあっさり許可が出たのも、そういう背景があったのであれば納得。



「まあ、それなりに使えて、即座に動かせる都合がいいパシリがちょうど欲しかったってところよ」



 珍しくジュードがぞんざいに吐き捨てた。

 選ばれた時にひと悶着でもあったのか。てっきり自分の立場を誇示してドヤ顔を披露するのかと思ったが。



(まあ、確かに、総団長っていうと厳格なイメージだし、奔放なジュードとは合わないってことなのかな)



 ハルは何とも言えない表情でジュードを見るが、ススッとアイリスがハルの耳に口を寄せる。



「……ジュード、お母様に頭が上がらないんです。仲は良いのですが、全然逆らえないようで」


「ほう、それは以外」



 ヒソヒソとアイリスは耳打ち。

 自由奔放、唯我独尊的言動なジュードにも苦手なものがあったとは。

 面白いことを知った、とハルはニヤリと笑う。



「とにかく! まずはハルの魔装具化が最優先だ! 訓練だけじゃ、煮詰まってきたとこだろう!」



 このくだりを早く終わらせたいのか、ジュードは唐突に話を変えた。

 ジュードの母親の話はまた今度聞くとして、言うことは尤もである。

 数日訓練を終えたが、ハルの腕輪は魔装具になる気配を一向に見せなかった。



「まあ、そうなんだが……」


「はいそこで、ラピスラズリに新たな指令が出されたのだ!」



 ビシッとジュードは指さす。

 ハイハイ、早く説明して、とおざなりにアイリスは先を促す。



「どうやら、また森に例の魔獣が確認されたみたいなんだわ。そこで、また俺達に調査と駆除、可能であれば原因究明を、ということだってよ」


「うん、それが俺とどう関わってくるんだ?」



 ニヤリと今度はジュードが笑う。



「いざ、実戦!」

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