覇導流剣術


 青の国クリアス、王都アクアリアから黄の国テラガラーへ向かう街道の途中を外れた場所に、鬱蒼とした森が広がっている。

 森には魔獣が住み着いており、人々からは魔獣の森と呼ばれ、忌避されている。

 こちらから刺激しなければ、魔獣の森から魔獣が出てきて人を襲うということはほとんどなく、それを知る人はあえて森の中に入ろうとはしなかった。


 しかし、ここのところ、森から魔獣が出て、被害が増えてきている、との情報が相次ぎ、襲ってきたのは普段とは違う姿の魔獣だった、と。

 森に入っていないのに、森から出てきて人を襲う魔獣を放置するわけにもいかず、その調査の為、青の騎士団特務隊『ラピスラズリ』にその指令が出された。


 ハルの魔装具化を進める為、『ラピスラズリ』の隊長であるジュードの提案でハルも同行することとなったわけだが。



「ここは……」



 ハルは顔を引きつらせる。

 初めてこの世界に来た時に、狼(仮)に襲われた森だった。


 どうやら最近見かける魔獣というのが、ハルを襲った狼(仮)であるようだった。

 ハルは吹き飛ばされた時の痛みを思い出し、訓練用ではない刃が付いた鉄剣を握る。



「よし。じゃあ目的を再確認するぞ」



 森の入口で足を止め、ジュードはハルとアイリスに振り返る。

 普段とは違い、真面目な表情。自分達のことをパシリ、と言っていた割には、与えられた任務には忠実である様子。



「森に、新たに出現するようになった魔獣、『ラピッドウルフ』の特異体の索敵と巣の調査。何体生息してるか分からないが、可能な限り討伐する」



 ハルが狼(仮)とずっと呼んでいる魔獣の正式名称は『ラピッドウルフ』。

 基本的に複数で行動し、獲物を見定めた時は息をひそめ、影に身を隠し、素早い動きで仕留める。気づいた時にはやられている、という青の国では最も被害が多い魔獣。


 だが、ハルが遭遇したのは一体。

 それに通常個体よりも巨体で、膂力も遥かに高い。加えて隠れるそぶりも見せず、獰猛。

 通常個体は慎重で森から出てきて人を襲うということはないのだが、そういった『ラピッドウルフ』の特異体がここ数日目撃情報が相次いてでいる、とのこと。



「あれか……」



 嫌な記憶が蘇り、苦々しく顔を歪ませるハルを見て、ジュードはふっと、笑う。



「心配しなくても、いきなりラピッドウルフの相手をしろ、なんて言わねえよ。俺は奥まで潜って調べてくるから、二人は入口付近で他の魔獣の警戒と対処をしておいてくれ。ハルの魔装具化も忘れずに」


「了解」


「わ、わかった」



 ある程度訓練も積んだし、どんな魔獣が出てくるかも、あらかじめ聞いている。

 元の世界で剣術を学んでいたといっても、人相手であったし、当然命のやり取りではなかった。


 この世界でいきなり出くわしたのが、ラピッドウルフ、それに思い切りぶっ飛ばされた為、果たして人外相手にうまく立ち回れるか、自信がなかった。


 そんな様子を見てか、アイリスは励ますように、グッと両手で握りこぶしを作る。



「大丈夫ですハルさん。ハルさんの訓練も兼ねているので、全部私が、というわけにはいきませんが、背中は任せてください」


「はは、は……、割とスパルタだよな、アイリス」


「え? そうですかね……」



 自覚がなかったのか、意外そうなアイリス。

 そんな普段通りのやり取りをして、少し落ち着きを取り戻したハル。



(うん、大丈夫そうだ)



 ここでキッチリ魔装具化を達成して、できることを増やして、早くリッカとカエデを見つける。そう決めたら力が湧いてくるようだった。


 よし、とジュードは、青い腕輪を大剣の魔装具に変化し、背中に担ぐ。



「じゃ、任務開始」



 そう言って、森の奥に駆け出して行った。

 続き、ハルとアイリスは周囲を警戒しながら、ゆっくりと森に足を踏み入れていった。



―――――――――――――――――――――



 森に入って初めて出くわしたのは、イノシシだった。


 といってもハルが知っているイノシシではなく、その魔獣には一本角が生えており、その魔獣の近くの木には貫かれたような跡の穴がいくつも開いている。

 どうやらその魔獣の突進によるもののようで、かなり殺傷力が高そうなイノシシだった。



「なんだ、アレ?」


「スティングボアですね。あの角は薬の材料になったり、肉は食用にしたり、と割と重宝される魔獣です」



 角さえ気を付けていれば大丈夫ですよ、と何でもないように言ってのけるアイリス。



「最初にエンカウントするモンスターにしては、おっかなすぎないか……?」



 最初はスライム辺りなのがセオリーではないか、と考えても、そんなに都合よくいかないのが現実。

 そうこうしているうちに、魔獣がこちらに気づいたようで、興奮した鼻息が聞こえてきた。



『ブルァ!』



 そんな叫び声とともに突進。鋭い槍にも似た一角がこちらを目がけて飛んでくる。



「っ! 危ない! アイリス!」



 咄嗟にハルは魔獣とアイリスの間に立ち、迫りくる角を受けようと、鉄剣を構えるが――



『――バブルウォ―ル』



 魔獣の角がハルに届くことはなかった。


 ハルと魔獣の間に水の泡が大量に発生、それが壁になり、魔獣の角を受け止めた。

 何度か後ろに下がり、その度に突進するも柔らかく受け止められるだけで、泡の壁を貫くことはできていない。

 振り返るとアイリスが青い杖を手に笑顔を見せている。



「ありがとうございます、庇おうとしてくれて」


「いや、全然そんな必要なかったな」


「いえいえ、嬉しいですよ」



 ハルは少し恥ずかしくなって、頬をかく。

 魔獣は、突進することをあきらめて、低く唸り声をあげながらこちらを睨んできている。

 さて、ここからどうするか。



「アイリス。壁、消してもらっていいか。やってみる」



 ここには魔装具化を果たす為に来た。アイリスにばかり、頼り切るわけにはいかない。

 ハルは右手の、未だ無色の腕輪をそっと撫でた。



「ん、わかりました、お気をつけて」



 アイリスが魔装具を下げると、泡の壁が消えていった。

 目の前の障害が消えたため、再び魔獣は鼻を鳴らして、ハルに目がけて駆け出した。

 初めて目の当たりにする、人外の獣からの殺意。

 ハルの体は緊張で固くなってしまうが。



(……大丈夫! 自分の剣術を信じろ!)



 そう言い聞かせるように、ハルは腹に力を入れる。

 しかし、元の世界でも、獣と戦う経験などしたことはない。人とは異なる獣の迫りくる槍のような角を迎え撃った。


 薄汚れた牙をむき出しに、スティングボアはハルの首を目がけて飛び跳ねる。

 咄嗟に鉄剣を横に薙ぎ、迫りくる角を弾く。


 ガキィン、と甲高い音を立てて初撃を防ぐ。多少よろめくが、再び鉄剣を正眼に構え、魔獣の再びの突進。


 だが、同じ攻撃に少し慣れたか、今度は突撃に合わせて鉄剣に力を込めて、はじき返す。

 ブヒィと鳴き声を上げながら地面に転がるスティングボア。


 魔獣としての力と鋭い角は脅威ではあるが、常に直線にしか攻撃できず、スピ―ドも速いわけではないので、慣れてしまえば対処は容易であった。


 スティングボアは転がされて怒りを増したか、更に興奮しながらハルに向け突進。



(まだカエデの突き技の方が速い……!)



 カエデの薙刀を思い出しつつ、スティングボアの突進を回避。

 ハルは剣を上段に、一見すると無防備に見えるように体を晒す。

 これを好機と見たか、スティングボアは再度ハルを指し貫こうと突進。



覇導一刀はどういっとういち――』



 それは祖父から学んだ剣術の型。

 流派の名は、覇導流剣術。


 祖父曰く、戦国時代の将軍家に仕えていた剣術指南役が開祖の流派という。

 その動き、体裁きはあらゆる獣の特徴を参考にし、剣術に取り入れた流派。

 獅子に様に激しく、鳥の様に速く、覇を導くという名の通り、主の行く手を阻むもの全てその一刀のもと切り伏せてきた逸話がある。


 初めはリッカやカエデを守れるくらいに強くなりたいと始めた剣術。

 守りたい二人は今は隣にいないが、いつか必ずまた会う為に、為さねばならぬことを、全力で。その気持ちを剣に乗せる。


 ハルは振り上げた鉄剣に渾身の力を込め、全力で振り下ろす。



『――剛剣・大猩々おおしょうじょう



 それは、敵の武器ごと破壊する、剛力の一撃。


 元は別の動物を参考にした剣の型だったが、ハルの祖父がゴリラを目にして改良。

 ただ力を入れての一撃ではなく、敵の武器、防具までも破壊する一撃に昇華。


 現代日本のどこで、そんな技を使うのか甚だ疑問だったが、まさかこんなところで活かせるとは。


 そんな考えを巡らせながら、高速の槍と化した角ごと、ハルの剣が打ち砕く。

 ブヒィ、と弱弱しく鳴き声を上げながらスティングボアが地に倒れ、しばらく経っても起き上がってこないのを見て、ハルは力を抜く。



「ふう……」



 鉄剣を鞘に納めながら、無事に初めての戦闘を終えられたことに安堵。

 パチパチ、と後ろから手を叩く音が聞こえ、振り向くとアイリスが拍手していた。



「お見事です。最初はちょっとヒヤッとしましたが、ご無事で何よりです」



 アイリスは周囲に展開していた水玉を消し去る。

 どうやらいざという時は、即座に助太刀できるよう準備をしてくれていた様だった。



「ああ、ありがとう。とりあえず何とかはなったけど・・・」



 左右の腕輪を見るも、特に変化はない。この程度の戦闘ではダメだということだろうか。

 はぁ、とため息つくハルを見て、アイリスは苦笑。



「まぁ、この調子でどんどん行ってみましょう」



 そうアイリスに促され、ハルは更に森の中を進んでいった。

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