研究所所長との面談


 所長室の前で、ようやくハルは解放された。

 ソフィアは扉をノックし、どうぞ、と許可を得て三人を招き入れる。

 

 部屋には男が一人、作業机で書類を眺めている。

 精悍な顔つき、顎髭が特徴的な40代半ばの程と思われる男が、書類から顔を上げた。



「君が白と黒の染色魔力の少年か。私はこの研究所で所長をしている、ベアル・スティードという。よろしく」



 ベアルは立ち上がり握手を求めてきた。

 身長は2メ―トルを越えようかという大男。研究者というより、格闘家といった方がしっくりきそうな雰囲気だった。

 一瞬気圧されかけたが、慌ててハルは手を握り返した。


 かけてくれ、とソファに座るよう促され、ハルとジュード、アイリスはベアルの対面に座った。ソフィアはベアルの後ろに控えている。



「さて、話はジュードから聞いている。なんでも君は、異世界からこちらに召喚された、とか」


「あ、はい、どうやら、そうみたいで……」


「それと因果関係があるか不明だが、染色魔力は白と黒に色づけられた、と……ふむ」



 顎髭を触りながら、見透かされるような視線で、ハルを見る。



「ここは、その名の通り魔法研究を主としている研究所でね。コントラクト・カラーリングはもちろん、魔装具化の支援や附属する学院の教員として、兼任する者も所属する」



 ソフィアの様に、と付け加え、ソフィアは微笑んで手を振る。



「世界で最も魔法の研究が進んでいると自負している。もちろん召喚魔法の研究部署もあり、君がこちらの世界に渡ってきた理由も分かるかもしれない」


「っ!」



 最も知りたい情報はリッカとカエデがこちらの世界に来ているかどうか、だが、もちろん元の世界に帰る方法があるのか、それもとても重要だった。



「その、召喚魔法で呼ばれた人を、元の場所に帰る方法はあるのですか?」



 ベアルは表情を変えないまま口を開く。

 それは否定も肯定もしない内容だった。



「ある、と言いたいところだが、経緯を聞く限り、通常の召喚魔法とは異なるプロセスを辿っているようだ。通常、召喚魔法で呼び出された者は、召喚者に一時的に力を貸し、役目を終えれば自然と帰還する」



 だが、とベアルは続ける。



「君の場合は近くに召喚した者がいなかったようであるし、何よりここまで長期間召喚されたままということは、召喚者からの魔力はとうに途切れているはずだ。にも関わらず元の世界に戻らないということは、通常の召喚魔法とは違う形でこちらの世界に来たのだと思われる」



 つまりは、元の世界に帰る方法は分からない、というのが正確だ、ということだった。

 ない、と言われるよりもマシではあったが、結局何も分からずじまい。

 そんな気持ちが顔に出てしまったためか、ベアルが一つ咳払し、少しだけ前のめりになり、ハルを見据える。



「歴史上ひも解いてみても、白と黒に染まった者はいない。それがどのような魔法、現象を引き起こすのか、全くわからないのだ。ジュードから聞いていると思うが、それらの研究にぜひ協力願いたい。その代わり、この研究所が君の人探しを全面的に協力する。もちろん、この王都で生活していく上で必要な支援も約束しよう」



 右も左も分からない土地どころか、世界で、それは願ってもない申し出だった。

 ハル自身、初対面の人たちに言われるまま、されるがまま、信じても良いものか、悩むところではあったが、だからと言って当てがあるわけでもない。


 それに研究過程で元の世界に帰る方法も分かるかもしれない。


 ふと、ジュードとアイリスに視線を向ける。

 ジュードは相変わらずのニヤリ顔、アイリスは微笑みながら頷く。



「そう、ですね。ぜひお願いします」



 ここまで助けてくれた、励ましてくれた、ジュ―ドとアイリスのことは信用できる、と、ハルはそう思っている。

 よし、とベアルはわずかにほほを緩ませ、立ち上がる。



「今後の予定は追って知らせる。まだ各所確認しなければならないことがあってな。それまではローゼンクロイツ家で世話になるといい」


「いいのか?」


「ああ、流石にほっぽり出すわけにもいかないし、ウチはオカンとの二人暮らしだが、仕事でほとんど家を空けているしな。部屋も余ってるし、気にすんな」



 問いかけるハルに、ジュードは手をヒラヒラさせながら笑った。



「それと、あの団体には気をつけろ」



 ベアルが自分の席に座りつつ、腕を組む。


「各国に、魔力をもたらした女神と、女神を生んだ魔の神そのものを信仰する、『原色教団』なる宗教団体が蔓延っている。元々は定期的な教会での祈りや、各地の自然が溢れる場所での修行をするなど、健全なものだったのだが……」



 憂鬱そうに一つため息。



「異彩魔導士が現れるようになってからか、本来の色ではない属性の魔力を有する者を排斥しようという活動を行う輩が現れるようになった」



 ベアル曰く、排斥運動といっても、各国の研究所に抗議の手紙を送りつけたり、デモ活動をしたりする程度だという。

 近年では落ち着いているが、昔は異彩魔導士に対して心無い言葉を投げつけたり、嫌がらせをしたり、行動がエスカレートすることもあった、と。



「……」



 ぼそっと、誰にも悟られないほど小さく、アイリスは怒気を含んだため息をついた。



「今回、君が現れたことを知られれば、教団に取り込まれ、担ぎ上げられ、異彩魔導士との衝突が過激化する恐れがある。可能な限り秘匿する方が良いだろう」



 え、怖、とハルは顔をひきつらせた。

 原色を生んだ白と黒の染色魔力を持つハルの存在を知られれば、確かにトラブルは必至。

 特段吹聴する気はないが、できる限り自分の染色魔力については言わないでおこう、とハルは決めた。


 とはいえ、まだ魔装具も使えず、魔法も使えない現状では、白と黒の染色魔力だ、と言っても虚言にしかならないが。


 突然ジュードが腕をハルの肩にかけた。



「まあ、強くなってそんなのは蹴散らしてしまえば問題ない!」


「……そうですね。まずは自衛ができるくらいにならないとですね」



 ジュードの言葉に珍しく同調するアイリス。

 確かにまずは自分の中の力を把握しなければならない。使いこなせなければ、単なる宝の持ち腐れでしかない。

 ハルは肩をすくめながら、苦笑。



「また世話になるが、よろしく頼む」



 頷く二人に、ハルは思う。

 いつか恩を返さなきゃな、と。



―――――――――――――――――――――



 青の国クリアス、その王都であるアクアリアの中心には大きな湖がある。


 元々その湖を、六魔の賢者の一人、青の賢者クリアスが痛く気に入り、湖を中心に町を作ったことが、王都アクアリアの始まりであった、と伝わっている。


 そして、その湖に浮かぶように建てられた城がある。

 湖に浮かぶ美しき城。自国の民ならず、他国からもそう評される、青の賢者クリアスの血筋となる王族が住まう城――クリアス城である。


 クリアス城の庭園は色とりどりの花々が咲き誇り、王族、貴族がお茶会をするにはうってつけの場所となっている。


 そんな庭園をよく利用するのが、クリアス第三王女、リーレイス・ブラウ・クリアスである。

 煌めく銀に青を溶かし入れたかのような美しい髪を腰まで伸ばし、紅茶を嗜むその姿はまるで絵画の様な美しさ。


 一つ一つの動作が優雅かつ気高さを感じさせる端麗な王女、それが内外における第三王女の評価だった。

 そんな彼女が紅茶のカップをカチャンとテーブルに置き、眼下の街並みを眺めてため息一つ。



「退屈ですね……」



 普段は魔導研究所附属の学院に通学しており、立場の違いもあるため友人はそれほど多くはないが、同年代と触れ合いは、彼女にとって新鮮で楽しい日々であった。


 だが、昨今の藍の国と黄の国との軋轢の影響で、学院自体が休校となってしまった為、外出が自由にできない彼女にとって、城での缶詰生活はストレスがたまるものだった。



「だからと言って、また査察の名目で勝手に外出なさらないで下さい」



 側に控えていたメイドは紅茶のお代わりを注ぎながら、そう嗜める。



「もう、アンネ。わたくしが勝手に外出するわけないじゃないですか。ちゃんと、許可を頂いてます」



 サファイアのように美しく青い双眸が、抗議をするようにメイドに向けられる。

 アンネと呼ばれたメイドは肩をすくめながら、恐れながら、と続ける。



「置手紙を残したのみでは、許可を得たとは言いません。姫様がいなくなる度に、血眼になって探す私の身にもなってください」


「大丈夫。これまで何もなかったのですもの。アクアリアの治安の良さは世界一ですね」


「昨日までは無事でも、次はわからないではないですか」



 何を言われてもどこ吹く風、とでも言うように、アンネの言葉は響いていない様子。

 ところで、と第三王女はポンと手を叩く。



「研究所が何か大きな発見をした、と小耳に挟んだのですが、アンネ、何か知っているかしら?」


「いえ、内容までは。ただ、研究所から陛下に謁見の許可申請がきていたようなので、恐らくその件かと」


「へえ、いつでしょう?」


「そこまではわかりかねます」



 研究所が陛下に謁見してまで、報告したい大きな発見とは、何なのか。

 退屈していた第三王女にとって、これほど興味をそそられることはなかった。



「これは王族として、見届けなければなりませんね」



 第三王女は立ち上がり、嬉々として城の中へ戻ろうと足を向ける。

 そして残される王女お付きのメイド。



「勝手に外に出られるよりはマシですね」



 アンネは食器を片づけながら、独り言ちる。

 しばらくは城内で大人しくしていてくれることだろう、と。

 だが、そんなメイドの願いは打ち砕かれることになることを、まだ誰も知る由はなかった。


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