勇者サイド 7
魔将タルーウィの要求期限が迫る中、シャインとベルナデッタは副都セレスヴェールへと通じる街道を急いでいた。
傍にジジの姿はない。
彼女はすでに姿を消し、今や勇者パーティー〈暁の聖列〉は二人だけになってしまった。
「まさかジジがわたくし達を裏切るなんて! あれだけシャイン様にご恩がありながら……絶対に許せませんわ!!」
「何も考えてないようで、抜け時を計ってやがったな。食えない女だぜ」
「パーティーの最高戦力だからと自由を許していましたが、甘やかし過ぎでした。申し訳ありません、シャイン様……っ」
「〈暁の聖列〉はもう終わりだな」
シャインの内では、ジジに対する耐えがたい怒りの感情が沸き立っていた。
しかし、それを表に出すようなことはしていない。
心身湯立つほどの怒りがありながらも、一方でそれを超える充足感があったのだ。
シャインの両腕には、人形技師グッドラックの名作と断じるに何の疑いもない義手が装着されていた。
それは彼の元の腕と何ら遜色のない機能を持ち、手首や指先に至るまで精密に動かすことができるほどの精巧さと、並みの防具よりも遥かに優れた強度と柔軟性を備えている。
その新しい腕が、シャインに自信を取り戻させつつあった。
自分に煮え湯を飲ませたシャナクという女に対する復讐のため、自分を見限った勇者評議会やエゼキエル侯爵に対する当てつけのため、シャインはどす黒い復讐心に燃えていたのだ。
しかし、
その漠然とした不安もあった。
「シャイン様!!」
べルナデッタがシャインを後ろから抱き止めた。
直後、二人の前方の街道が爆発し、巨大なクレーターを作った。
「これは……!」
シャインが周囲を見回すと、街道の横道から二人の男女が歩いてくるのを認めた。
一人は、ライトアーマーを装備し、魔法銀製のショーテルと盾を持つ騎士風の男。
もう一人は、ドレス姿の軽装だが、魔法銀製のレイピアを手にした女。
その二人の顔を見て、シャインは彼らの素性を看破した。
「アマテラス家の兄妹が、今さら俺に何の用だ?」
言いながら、シャインはグッドラックから
「ずいぶん安っぽい剣を使っているな、シャイン。どこの馬の骨とも知れない者に敗れ、聖光剣を失ったというのは事実だったか」
「……貴様っ!!」
男の挑発的な言葉に、シャインは押さえ込んでいた憤怒が爆発しそうになる。
「勇者候補!! な、なぜ奴らがこんなところに!? わたくし達の居場所は誰にも悟られていないはずなのに!」
ベルナデッタは、自分の体が小刻みに震えていることに気が付いた。
震えが止まらない――明らかに自分達に近づいてくる二人の男女に怯えてのことだった。
黒い髪に、にわかに幼さを残す特徴的な顔立ち。
目の前の二人が極東の島国の血を引く聖家の一族だと、彼女はすぐに察した。
勇者氏族序列二位――アマテラス聖家。
それは、シャインのルクス家に勝るとも劣らない勇者の一族である。
「別におかしな話ではないだろう、ベルナデッタ女史。あなたの古巣は、今やあなた達を危険因子として監視対象にしているんだぞ」
「なっ!?」
「お前達の居場所を突き止めたのは教会の連中だ。セレステ教の眼はどこにでも開いていて怖いな?」
「くぅ……っ!」
ベルナデッタは奥歯を噛んだ。
セレステ教の監視網を見くびっていたことを心の底から悔やんだ。
それ以上に、シャインの足を引っ張ってしまったことに耐えがたい自責の念を覚え、涙すら流した。
「申し訳ありません、シャイン様! わたくしのせいで……っ」
「黙ってろ、ベルナデッタ。奴らが来てくれたことは俺にとって幸いだ」
「えっ!?」
「
シャインの表情を見て、ベルナデッタは身を強張らせた。
彼の表情が今まで見たこともない笑みを浮かべていたからだ。
その表情に宿るのは、明らかに狂気だった。
「久しぶりだな、シャッコウ。それに、妹のシャクヤクも相変わらず能面みてぇに不愛想な顔をしてやがるな」
「外道が……! 妹の名を口にするな!!」
「ははっ!
「貴様のような下衆が勇者と認められていたことが、そもそもの間違いだったのだ。しかし、ようやく晴れて貴様を断罪することができる」
シャッコウは殺意を宿した眼光でシャインを睨んだ。
隣に立つシャクヤクも同様に。
「大方、評議会のジジイどもに命じられて俺達を粛清しにきたってところか。目的は今も変わらず魔王討伐なんだがなぁ?」
「王都への出頭を拒んだんだ。背信行為と捉えられても仕方あるまい?」
「だが、お前は喜び勇んで飛んできたんじゃないか? シャッコウよ」
「そうだな。聖家序列一位のルクス家の凋落が約束されたんだ。おれが引導を渡さずに、誰がその役を担う」
「序列二位の貴様らが俺に敵うとでも? 当代勇者に選ばれし者と落伍者の間には、覆しがたい差があることを忘れたか!!」
「過去の栄光にしがみつくなよ、シャイン。
アマテラス兄妹は、シャイン達とある程度距離を保って足を止めた。
その間合いは彼らの刃圏というわけではない。
もっと別のものを警戒してのことだった。
「!! もしや、彼らもわたくしのギフトのことを!?」
「ああ。知ってるだろうな。教会も今や俺達の敵だ」
ベルナデッタのギフト〝
先ほどの不意打ちからシャインを守ったのも、そのギフトで一度時を巻き戻したからである。
しかし、ある程度の距離が保たれると時を巻き戻すタイミングが読めなくなる。
非戦闘職であるベルナデッタにとって、自身のギフトを警戒した相手にはなす術がないのだ。
元勇者と勇者候補の二人は、互いに黄金色の光――聖闘気を纏っていく。
両者が臨戦態勢に入ったことを察して、ベルナデッタは慌ててその場から離れた。
シャインもアマテラス兄妹も、互いに向かい合ったまま動きを見せない。
攻め方を探り合っているのだ。
「どうした。掛かってこないのか、シャッコウ!? 恨みを晴らしたくないのか、シャクヤク!?」
痺れを切らせたシャインが二人を煽る。
「自惚れるなよ、シャイン――」
シャッコウの聖闘気が、彼の持つショーテルへと伝わっていく。
「――おれは貴様に煮え湯を飲まされてから、勇者の闘技の会得に努めた。すでに
「そうか。
「強がるな。聖光剣を失い、しかも義手に頼らざるを得なくなった貴様は、もはやおれには勝てん」
「そうか? 良い義手だぜ、これ。妹の穴に今度はこいつを突っ込んでやるよ」
直後、シャクヤクの聖闘気が一気に膨れ上がった。
その表情は激しい怒りに歪んでいる。
「兄様! あいつを……今すぐあいつを!!」
「わかっている」
シャッコウの聖闘気も妹に共鳴するかのようにして膨らんでいった。
「忘れたわけではないだろう、シャイン! おれ達のギフトを!!」
「〝
「そうだ。おれのギフト〝
「偉そうに……。俺のギフトの劣化版に過ぎねぇくせによ」
「加えて、我が妹のギフト〝
「なるほど。劣化版でも、二つ合わせれば本家を超える――そう言いたいのか」
シャッコウのショーテルが、シャクヤクのレイピアが、それぞれ目も眩むほどの聖闘気を輝かせている。
その余波で大地が震撼するほどである。
「覚悟しろシャイン! 勇者という称号は、貴様のような外道が背負ってよいものではないのだ!!」
「悪魔め! 殺してやるっ!!」
シャッコウが盾を投げ捨て、ショーテルを両手に握った。
「御託はいいんだよ、かかってきやがれ! 負け犬どもがぁぁぁっ!!」
シャインが猛った直後、兄妹が並んで走りだした。
彼らの構えは、どちらも
「傲慢の果てに散るがいい! 今から真の正義の一撃を
◇
大地には一直線に深い裂け目ができていた。
シャインが構えを解いた時、手にしていたロングソードは柄から崩壊し、砂のように手元からこぼれ落ちていく。
「……感謝するぜ、アマテラス家。てめぇらのおかげで、
シャインは足元にあるショーテルを拾い上げた。
そのすぐ傍には、上半身が消失したシャッコウの遺体が倒れている。
「さて。兄貴はこの様だが……まだやるかい?」
「ひっ」
兄の遺体の傍で腰を抜かしていたシャクヤクは、シャインに睨まれて尻の下を濡らした。
彼女は全身の震えが収まらず、もはや立つこともままならない。
「その気があるなら相手してやるぜ。どうする?」
「ひいいぃぃあああぁぁっ!!」
シャクヤクは奇声を上げた後、自らのレイピアで首を掻っ切った。
血しぶきをあげながら、彼女は倒れた。
「……シャイン様。やり直しますか?」
「いや、いい。こんなつまらん女に興味はない」
ベルナデッタの申し出を却下したシャインは、晴れ晴れとした表情をしていた。
その顔はシャクヤクの返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。
「ついに
完全に自信を取り戻したシャインを見て、ベルナデッタは涙を流した。
ようやく自分の愛する勇者が帰ってきた――彼女はそう確信して疑わない。
「行くぞ、ベルナデッタ。この俺を侮った愚か者どもを、すべて平伏させてやる!!」
「はい。どこまでもお供しますわ、シャイン様」
〈暁の聖列〉は死すとも、シャインは死なず。
堕ちた勇者の復讐が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます