35. 剣聖勇者VS賢聖勇者②
シャナクの全身から放たれる無数の光の矢。
対して、ルールデスの顕現した魔法陣から発生する九つの炎の渦。
初撃は互角。
どちらも真っ向から衝突し、互いの技を相殺した。
その衝撃波は周囲に突風を巻き起こし、塔の外観をさらに破壊していく。
「素晴らしいわ、シャナク!
「あなたはこれほどの力をなぜ、人々のために使わないのです!!」
わずかな言い合いの後、二人は距離を取った――
片や、空中に飛び散る瓦礫を足場に跳び回るシャナク。
片や、空を自在に飛翔するルールデス。
――どちらも常軌を逸した動きをしている。
「
「
両者、第二撃。
シャナクは左腕で空を煽り、光の波を起こした。
対して、ルールデスは空中に静止したまま、巨大な火柱を撃ち放った。
光の波と火柱が衝突した時、さらに強烈な衝撃波が周囲を襲う。
あわや僕の体も吹き飛ばされそうになったけれど、緊急事態を察した体が勝手に壁にしがみついてくれている。
二人の技の衝突点では、真っ赤な閃光が際限なく明滅し始めた。
どうやら威力が均衡しているらしい。
「ルールデス! あなたは新たな人生でも同じ過ちを繰り返すつもりですか!?」
「その新たな人生で誰かの奴隷になるのはごめんだわ!」
「マリオ様は、あなたの呪われた生き方に悔い改める機会を与えてくれたのです! それをこんな形で踏み躙るなんて……っ」
「自らが輝くために他者を食い潰して何が悪いの!! 人も、エルフも、誰も彼もが同じ過ちを繰り返しているのに、
シャナクの体に、徐々に火傷や擦り傷が増えていく。
火柱の勢いが少しずつ光の波を破り、彼女の元へ到達しているんだ。
「そんな独りよがりの力に、私は負けないっ」
「負けるのよ! すべてを自由にできる完全なる勝者は常に一人!! その隣には何人たりとも立つことは許されないっ!!」
「哀れな人……たった独りで何かを成して、本当に満足なのですか!?」
「カマトトぶるのはやめなさい!!」
次の瞬間、シャナクは明滅する閃光へと自ら飛び込んだ。
そして、その向こう側へと突き抜けた時、彼女の左拳は眩い光が収束していた。
「
「
立て続けに衝突する第三撃。
シャナクの左拳から放たれる眩い光の拳撃。
対して、ルールデスがその拳を防ぐために放ったのは、暗黒の深淵を収束させたかのような真っ黒い光の渦。
「恐れ入ったわ。その身が傷つくことも
「いかなる脅威も恐れずに立ち向かう――それが勇者というものです!!」
「ますます気に入ったわ! いつの日かあなたを蘇生させて、
「そんな妄想は私を倒した後にしてください!!」
白い光と黒い光――その均衡が崩れた。
「ええ。そうするわ――」
ルールデスの黒い光が、シャナクの白い光を塗りつぶしていく。
「――
ルールデスが新たに顕現した黒い魔法陣から、濁流のように暗黒の闇が吐き出されていく。
それは瞬く間にシャナクの放つ光を侵蝕していき――
「ああああぁぁっ!!」
――彼女の悲鳴と共にその身を飲み込んでしまった。
この目で見ても信じ難い光景。
シャナクが負けた……?
「フフッ。安心なさいシャナク――」
ルールデスが球体に収束していく闇を見上げながら続ける。
「――あなたの魂が離れた後に、あなたの体は
……違う。
まだ決着はついていない。
声は出せないし、体だって指一本すら動かせない。
けれど、僕の目だけはしっかりと
光が消え去った直後に、以前よりも遥かにまばゆい閃光が暗黒の闇を斬り裂いて顕れ始めたのだ。
「この光は……何事っ!?」
勝利を確信して悦に浸っていたルールデスは、一転して驚愕の表情を浮かべた。
闇を斬り裂いて現れたのは、刀身が虹色に輝く聖光剣。
そして、それを右手に握るのは全身に稲光のような煌めきを纏うシャナク。
彼女は後方にまるでマントのような――否。翼のような形を成した光を放ち、見る見るうちに闇を掻き消していった。
「嘘よ! あの闇に飲み込まれたのにどうして!?」
「助けたい人がいる! その想いが、私に無限の力を与えてくれる!!」
「あり得ない!
「それがあなたには無い力です、ルールデス!!」
シャインが翼をはためかせてルールデスへと迫る。
一方、ルールデスは前面にひと際巨大な魔法陣を顕現した。
「させるものですか――
瞬時にルールデスの周りをガラスのような多面体が囲い込んだ。
明らかに高位の防御魔法だとわかる光景――しかし、シャナクは構わずに剣を振り下ろしていく。
「いかなる攻撃も跳ね返す絶対領域よ! 自分の技を受けて果てるがいいわ!!」
「そんなものぉぉぉぉ!!」
シャナクの振るう剣は、美しい虹色の軌跡を作った。
切っ先が触れた瞬間に多面体の防御は砕け散り、ルールデスは無防備なまま虹色の輝きの前に晒される。
「そ、そんなっ!?」
「今一度、その生き方を悔い改めなさい!!」
一瞬の後に、虹の光が魔女へと至った。
「
筆舌に尽くし難いほどに美しい輝きが視界を覆う。
その光に耐えかねて
目を開けてみると、光に胸元を焼かれたルールデスが僕の足元にめりこんでいた。
「う、うそよ……わ、らわ、が……敗北……?」
彼女は愕然とした表情で赤い空を見上げている。
そして、僕の目の前に降りてきたのは――
「ただいま戻りました、マリオ様」
――満身創痍で微笑むシャナクだった。
「……おかえり」
二人が飛び上がってから一分。
僕に掛けられた魔法は解けていた。
◇
鎮魂塔の形が変わってしまった。
心なしか少し傾いているようにすら感じる。
「……いい眺めだね」
「はい。素敵な景色です」
地平線の彼方に沈みゆく赤い夕日が、魔法都市を照らしている。
あれだけ不気味に映った沼地も、無機質な街並みも、赤く照らされているだけで美しく感じるから不思議だ。
玄室だった部屋は、今は見る影もない。
床はすべて崩落してしまい、真下に一階の広間が見える。
今、僕とシャナクはわずかに残った壁際の足場に身を休めている。
すぐ傍で横たわっているルールデスと共に。
「どうして
ルールデスは生きていた。
元が死体だから生きていたというのは変な話だけれど、とにかく意識は残っている。
しかし、ダメージが大きいようで動くことはできないらしい。
「マリオ様。あなたが望めば、私が彼女を――」
「いや。それはやめよう」
僕の言葉を聞いて、シャナクが聖光剣を鞘へと納めた。
「理由をお聞きしても?」
「魔王を斃すため――直近で言えば、魔将タルーウィを斃すために、ルールデスの力が必要だ」
「本当の理由を聞きたいのです」
「……いやまぁ、復活させちゃった以上、僕としても責任を取らないと……」
「なるほど。たしかに責任は取らなければなりませんね」
シャナクがくすりと笑った。
ちょっとばつが悪い理由だけれど、結果として僕の都合でルールデスを復活させたことは事実。
せめて彼女には、僕と共に来るか、それとも遺体に戻るか――その選択は選ばせてあげたい。
後者の場合、遺体は焼却処分とするのがいいのだろうけれど……それは先人達の意に沿うことなのだろうか。
「ルールデス、きみはやっぱり魔女だよ。見た目は女神のように美しいけれど、その性格は邪悪で醜悪だと思う」
「……この凡夫は、
「でも、600年前に疫病の大悪魔を斃して世界を救ったことは事実なんだろう。きっと多くの人がきみに心から感謝したはずだ」
「今さら何を……」
「他に無茶苦茶したみたいだけれど、みんなの心に感謝の気持ちがあったからこそ、暗殺までされたきみの遺体が大切に弔われて
「……」
「僕と一緒にもう一度やりなおさないか? 誰かのために悪い奴をやっつけて、誰かに認められる旅をしよう。魔王討伐はまたとないチャンスだと思うんだ」
「この時代における人類の仇敵が魔王ならば、それはきっと一朝一夕で斃せる輩ではないでしょう。お前の進む道は、絶望へ向かう旅かもしれない」
「かもね。でも、もう決めたんだ」
「そこまでして、お前は何のために魔王を斃そうと言うの?」
「何のために? それは――」
初めは復讐のためだった。
僕を切り捨て、大切なものを傷つけ、奪った勇者シャインへの復讐。
でも、今はどうだろう。
マリーに励まされて、シャナクと一緒に旅をして。
人に感謝されることもあって、僕を認めてくれる人とも出会って。
今までの冒険の日々には、少なからず満足している。
そして、侯爵邸で目の当たりにしたシャインの無様な姿……。
あんなことがあっても、僕は気分すっきりなんて気持ちにはなれなかった。
……今気付いた。
僕はきっと認められたいんだ。
勇者シャイン――かつて誰よりも憧れた男だからこそ、僕は彼に認められたいと思って分不相応な旅を続けている。
仮に魔王を斃しても叶うかわからない希望だけれど……。
「――たくさんの人に認められたい。やっぱりそれに尽きるかな」
「……まるで子どもね」
ルールデスには呆れられたみたいだ。
「誰かのために戦う――素晴らしいことではありませんか。私は、そんなマリオ様にどこまでもお供いたします」
「シャナク……ありがとう」
シャナクには感謝している。
彼女との出会いがきっかけで、僕の新しい旅が始まったのだから。
「
「助かるよ、ルールデス。……ちなみに目的って何?」
「言ったでしょう。
「……あそう」
「お前も付き合うのよ? それが責任という言葉の重みなのだから」
「はい……」
あれ。このままだと、僕はとんでもないことに巻き込まれそうな気がする。
そっちの目的は騙し騙し進めていくしかないな……。
「それと、道中あまりにも
「きみにもいつか認められてみせるさ。
「期待はしないけれど、一応覚えておくわ。マリオ」
ルールデスに名前を呼ばれて、少し距離が近づいた気がする。
でも、今後この魔女と付き合っていくに当たって、果たしてどれほどの心労がたたるのか……今から怖くなってくる。
魔王より危険かもしれない新たな仲間。
果たして僕にコントロールできるだろうか……。
「……さて。もう六時は回っちゃってるだろうから、急いで下に降りてヨアキムさんと合流しよう」
「そうですね。ところでマリーはどこに行ったのでしょう?」
「あっ! また忘れてた……」
玄室にはマリーの頭が見当たらない。
もしかして、瓦礫と一緒に階下にまで落ちて行っちゃったのか?
「そのマリーというのは何かしら?」
「もう一人のと言うか、もう一体のと言うか、あるいはもう一個の? と言うべきか……とにかく、私達の仲間です」
「三人目の仲間がいたの? そんな人間は見当たらなかったけれど」
「あとで紹介しますよ。無事に見つかればですけど……」
さすがにそろそろマリーにも体を用意してあげなきゃな。
頭だけだと、いざという時に見つからない。
「よし、行こう!」
「まだとても動けないわ。
「あ、はい。すみません……」
結局、塔から降りてマリーを見つけることができたのは、夜になってからだった。
魔将タルーウィの提示した期限まで、残りあと四日。
賢聖勇者――厳密には勇者じゃないけれど――ルールデスを仲間に加え、こちらの戦力は整った。
あとは副都セレスヴェールに向かって戦いに臨むのみ。
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