34. 剣聖勇者VS賢聖勇者

 絶世の美女が僕の目の前に。

 しかし、その表情には激しい怒りを滾らせていた。


「ルールデス……」

「凡夫がよくも気安くわらわの名をっ」


 ルールデスが僕の眼前に手を開いた。

 その手のひらを中心に、真っ赤に輝く魔法陣が展開していく。


「消えなさい!!」


 まさか〝人形支配マリオネイト〟が効かない!?

 否。シャナクがそうであったように、動く死体は言葉で命じる必要があるんだった!


「攻撃をやめろ!!」


 僕が命令を口にした瞬間、彼女の動きは止まり、魔法陣も消えた。


「!? な、なぜわらわは魔法を止めた!? いや、それよりもこれは……わらわの肉体? なぜ……動いて……!?」


 ルールデスが困惑している。

 自分の魂が遺体に戻されたことに今頃気が付いた様子。


「ルールデス、よく聞くんだ。僕は人形使い――けれど、死体も支配対象にできる」

「なんですって?」

「きみはもう僕の支配下にある。よって僕に危害を加えることはできない」

「馬鹿な! 死体を支配する人形使いなど聞いたことが……っ」


 ……だろうね。

 僕も自分自身で半信半疑だったけれど、シャナクに続いてルールデスまで支配できたということは、そういうことなんだ。


「あ! ごめんっ」


 胸を触っていたことを思い出して、僕は慌てて彼女から手を離した。


 ルールデスは顔を赤らめながら、慌てて胸元を隠した。

 さらに、僕のことを睨みつけている。


 ……とりあえず手出しできないようでホッとした。


「マリオ様!」


 シャナクはゴーレムの拳を力任せに開き、石棺の横に飛び降りてきた。

 直後、僕は彼女に抱き着かれて、強引に石棺の外へと引っ張り出されてしまう。


「今すぐこの者の処罰をご命令ください!!」


 言いながら、シャナクはルールデスへと聖光剣を突きつけた。


「シャナク、剣を下げて!」

「しかし」

「下げるんだ!」

「……はい」


 シャナクはしゅんとした様子で剣を鞘に納めた。

 彼女には悪いけれど、ようやく支配下におけた新たな勇者を斬って捨てるわけにはいかない。


「お前達、一体何者なの!?」

「あらためて自己紹介しようか、ルールデス。僕の名はマリオ・ルーザリオン。魔王討伐を目的に旅している人形使いだ」

「魔王……」

「シャナクもきみと同じく、過去の時代の勇者だ。僕のギフトで復活した後、魔王討伐の旅に同行してもらっている」

「その旅にわらわも同行しろと?」

「それが僕の望みだ。ここにはきみを迎えるために来た」

「……」


 ルールデスは黙り込むと、僕から視線を切った。


 彼女は自分の体を眺めた後、両の手で全身を撫で始めた。

 半裸の体を伝う艶めかしい指の動きに、思わず視線が誘われる。

 スカートがめくり上がってもそのままにしているので、目のやりどころに困ってしまう。


「……なるほど。心臓は止まっているけれど、体の感覚や動作には支障ないようね。意識も変わりないし、記憶も元のまま。どうやら魔力も操れる。不思議だわ」

「きみの力は生前と同じままのはずだ。シャナクと違って目覚めた時点で自我があるのは、きみが魂のまま動き回っていたからだと思う」

「この状態はいつまで継続するの?」

「それは……僕がギフトを解除するまでかな」

「お前のギフトの最長発動時間は?」

「特に制限はないよ。シャナクも動き始めてから半月くらい経つし」

「非常識なポテンシャルを持った人形使いね……」

「他に質問は?」

「つまりわらわがこの姿で動けるのは、お前が生きている間だけというわけね?」

「まぁ、そうなるかな」

「しかもその間、わらわはお前に絶対服従。命令一つで、慰み者にも甘んじなければならないと」

「そ、そんなことしないって!」

「それを信用しろと?」


 ルールデスは不機嫌そうな面持ちで棺から這い出した。


 棺の外に出るや、彼女は溜め息をつきながら長い髪をたくし上げた。

 露わになる鎖骨やうなじを目にして、僕は息を飲んだ。

 一挙手一投足が蠱惑的とすら感じる。


 シャナクとはまた違う大人の女性の色気と言うか――いやいや。何を言っているんだ、僕は!?


「マリオ様?」

「あ、いや、別にそういうつもりじゃ!」

「……?」


 シャナクがキョトンとした顔で僕を見ている。

 なんだろう、この後ろめたい気持ちは?


「いいでしょう。お前の旅に同行するわ」

「本当!?」

「本来願った形ではないけれど、元の体に戻れたことは幸いよ。何より、このつまらない場所からようやく解放されるもの」

「歓迎するよ、ルールデス!」


 念願の賢聖勇者が仲間に!

 これでタルーウィ戦に臨むにあたって何の不安もない。

 シャナクとルールデスの二人がかりなら、必ず奴を倒せるぞ!!


「マリオ様」

「ん?」

「本当に彼女を仲間にするおつもりですか?」


 シャナクが訝しげにルールデスを見据えている。


「どうしたんだよ、シャナク。元々その予定だっただろう」

「お言葉ですがマリオ様、彼女は危険です」


 ……そりゃそうか。

 彼女にしてみれば、ついさっきルールデスに殺されかけたのだから警戒するのは当たり前だ。


「シャナクが不安に思う気持ちはわかるよ。でも、ルールデスの力は魔王討伐に必要だろう?」

「それはそうですが……」

「600年も魂だけで活動できていたのは驚嘆に値するし、シャナクを無力化できる魔法なんて現代の魔導士には絶対真似できないよ!」

「それが心配なのです。万が一、彼女がマリオ様を裏切るようなことがあれば、私で対抗できるかどうか」

「う、裏切りっ!? そんなこと……まさか……」


 僕達がセンシティブな話をしている間、当の本人はしれっと自分の爪を眺めている。

 まるで気にも留めていないといった様子だ。


「彼女は勇者を殺し、さらに同族まで手に掛けるような人物です。信頼に足ると本当にお思いですか?」

「うっ」

「塔の建造者が石棺に刻んだメッセージを思い出してください。彼女は解き放つべきではありません。然るべき措置をした後、〝人形支配マリオネイト〟を解除するべきです!」


 シャナクの言うことはもっともだ。

 動く死体である彼女達は、通常の人形と違って僕の口から命令を下さなければならない。

 シャナクとは付き合いが長くなってきたから、命令がなくとも僕の意図を汲んで行動してくれるけれど……ルールデスはどうだ?

 目覚めた直後も魔法で頭を吹き飛ばされそうになった。

 今も僕を殺そうと虎視眈々と命を狙っていたりして……?


「……その然るべき措置って何?」

「遺体を焼きます。そうすれば、彼女が幽体のまま現世に留まる理由はなくなるでしょうから」

「そ、それはあんまりじゃないかな!?」


 不意に、ルールデスと目が合ってギョッとした。


「安心なさい、下男。お前を殺すつもりはないわ」

「ルールデス! マリオ様のことはちゃんと名前でお呼びしなさい!!」

「下々の人間の名など覚える気はないわ」

「あなたね……っ!!」


 シャナクが剣を抜こうとしたので、僕は慌ててその腕を押さえた。


 ここまで感情を露わにしたシャナクは初めて見る。

 僕のために怒ってくれているのはわかるけれど、なんだからしくないな。


「釣れないわね、シャナク。この男を殺せば、あなたまで動かなくなってしまうのでしょう。せっかく対等に付き合える存在が現れたのに、そんな勿体ないことはしないわ」

「あなたが対等に付き合うべき相手は、私ではなくマリオ様です!」

「ふぅん。あなた、本気でこの男に肩入れしているのね。……惚れたの?」

「あ、あなたには関係のない話ですっ!」

「何よ、自分で言っていたじゃない。私のすべてを捧げると誓ったお方――だったかしら?」

「や、やめてください……っ」


 シャナクが顔を赤くしてうつむいてしまった。


 そう言えば、そんなこと言っていたっけ。

 僕も今さらながら顔が熱くなってくる。


初心うぶねぇ。可愛いじゃない」

「馬鹿にしているのですか!?」


 シャナクとルールデス。

 二人は性格的に相性が悪いみたいだ。


 話し合うにしても、この場には長居したくない。

 それに、ヨアキムさんの待つ宿にも向かわなきゃだし。


「二人とも、話の続きは塔を降りてからにしよう」

「ですが……」

「シャナク」

「承知しました……」


 僕はシャナクの背中を押しながら階段へと向かった。

 後ろからはルールデスがついてくる。


「シャナクもルールデスも、もう仲間なんだから仲良くしてほしいな」

「もちろんシャナクと親交を深めるのはやぶさかではないわ」

「ならいいさ。あ、そう言えばマリーを拾っていかないと――」


 マリーを捜して玄室を見回した時、視界の端にルールデスの不気味な笑みが見えた。

 ぞわりと全身に寒気が走った瞬間――


「それには、お前が邪魔ね?」


 ――彼女は指先に小さな魔法陣を輝かせながら僕の額を小突いた。


我が従順なる奴隷スレイラヴァー!!」


 突然、全身へと甘い痺れが広がり、思考が鈍り始める。

 体の動きが鈍い――否。まったく動かせない。

 ……何が起こったんだ?


「マリオ様?」

「残念だったわね、シャナク。すでにこやつはわらわの奴隷よ」

「な……っ」

命令通り・・・・危害は・・・加えていない・・・・・・わ。ルールは守らなければね?」


 ルールデスは僕に寄り添って、豊満な胸を押し当ててくる。

 途端に僕の心には不思議な高揚感が生まれていく。

 なんだ? 僕は一体どうしたんだ?


「マリオ様に何をしたの!?」

「脳神経を支配したのよ。こやつの意思はわらわの手の内――ギフトの解除などできる状態ではないわ」

「洗脳魔法か!」


 洗脳魔法だって?

 まさか僕はルールデスに魔法をかけられたのか?


「この男、魔法耐性が著しく低いわね。これほど簡単に術中に落ちるなんて、あなたとはまったく釣り合いの取れていない存在よ」

「すぐにマリオ様を解放しなさい!」

「なぜ? これであなたも自由の身になれるのよ。こんな凡夫の命令に従って、新しい人生をふいにすることもないでしょう」

「それはあなたが決めることじゃないっ!!」


 シャナクの全身から黄金色の光がほとばしる。

 臨戦態勢に入るなんて、彼女はルールデスと戦うつもりか……。


「さぁ下男。シャナクに命じなさい――未来永劫、わらわに身も心も捧げて忠誠を誓うように、と」

「なんですって!?」


 僕の口は意思に反して動いていく。


「シャナクに命じる。これからはルールデスに身も心も捧げて、忠誠を誓うんだ」


 なんてことだ。こんな意図しない命令を……。

 でも、ルールデスの命令には逆らうことができない。


「フフッフフフフ! これでもうお前は用済み。もう少し魔力を流し込んでやれば脳機能を破壊できる。生きたまま永遠に眠り続けなさい」

「やめてぇぇぇーーーっ!!」


 突然、目の前で爆発が起こった。

 僕の体は弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「がはっ!」


 背中が死ぬほど痛い。

 けれど、僕の意識は平たんなままぼんやりとしている。

 まるで夢の中にいるみたいだ。


「あなたは自分が何をしようとしたのか、わかっているのですか!?」

「残念! どうやらわらわの意思が介入した命令では、人形側への強制力が働かないようね?」


 ……僕の命令は幸いにも不発だったか。

 でも、これでもう止められない。


 シャナクとルールデスが石棺の前で向かい合った。

 一方は黄金色の光を、もう一方は紫紺色の禍々しい光を纏っている。

 二色の光が衝突を繰り返すうち、その余波は玄室に凄まじい震動を起こし始めた。

 石棺は砕け散り、床は裂け、壁や天井は崩れて夕日がそそいできた。


「マリオ様の魔法を解きなさい! でないと――」

「あと一分もすれば勝手に解けるわ。でも、その間にわらわを倒せるかしら?」

「それが必要ならば、是も非もあらず。あなたを斃します!!」

「本当に残念だわ。あなたとは良いお友達になれると思ったのに」


 二人の姿が消えた。

 否。穴の開いた天井から空に飛び上がったのか。


 彼女達が跳躍した衝撃で、玄室の床は抜けて階下へと落ちて行ってしまう。

 幸いなことに、僕のいる壁の隅までは床の崩落が届かずに済んだ。


 二人は――


煌めく星々の矢シューティングスター!!」

九つ頭の炎蛇の鞭舌フレイム・タンズ・ヒュードラ!!」


 ――空中で互いの技をぶつけ合っていた。

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