33. 600年の悲願
「名前を聞かせてくれないかしら?」
「シャナクと申します」
「良い名ね。どうやら
幽霊は石棺の周りを音もなく歩き始めた。
半周回って棺の向こう側へたどり着いた時、彼女はあらためて僕達に向き直った。
「
ルールデス……。
高名な魔導士の名前は何人か知っているけれど、聞いたことがない。
シャナクが目配せしてきたので、僕は首を横に振った。
「……知らない名です」
「やっぱりね。大悪魔を討伐した英雄に対して、その名を伝えないどころか、このような薄汚い場所に閉じ込めるなんて酷い話だと思わない?」
「閉じ込める……とは?」
「この塔は
「いいえ」
「
ルールデスの表情がにわかに怒気を孕んでいく。
「――大地から魔力を回収できなくなった
彼女の声に反応するかのように、ランタンの火が激しく揺らめく。
それにしても、大地に自然の魔力が巡っているなんて知らなかった。
もしかしてシャナクの遺体が瑞々しい状態だったのは、その魔力が体へと流れ込んでいたからなのか?
シャナク――その当人は、小さく溜め息をついた後に話を続けた。
「仲間の裏切りに遭ったというのは同情します。ですが、それはあなたの生前の行いが招いたものではありませんか?」
「疫病を撒き散らす悪魔どもを皆殺しにして世界を救って差し上げたのよ。それどころか、エルフの集落をいくつも滅ぼして伝説級の武具や
「……なんて人」
邪悪だ。たしかに邪悪だ。
とびっきり邪悪だぞ、この女……!
同族の集落を滅ぼしたとか、信じられない。
その後の時代にエルフが少なくなったのは、まさかそれが原因!?
「しかもあ奴ら、
今度は玄室の壁や天井が軋み始めた。
しかも、手前にある石棺には亀裂まで……。
これは俗に言うポルターガイストというやつだな。
と言うかこの人、味方に殺されたのか。
でも、今までの言動から察するに、そうなったのも
「……はぁ。
鬱憤を吐き出したからか、ケロッと元通り落ち着いた表情へと戻った。
彼女の情緒の不安定さが怖い……。
「一つ、聞きたいことがあります」
「あなたの質問になら喜んで答えるわ、シャナク」
「なぜそこまでして何百年もの間、肉体の維持に努めたのです。まるで復活を見越したかのような行動に感じますが」
「よく聞いてくれたわね。そう、その通りよ――
「死んだ人間を蘇生させる魔法や奇跡など聞いたことがありません」
「それはそうでしょう。しかし、死者蘇生の魔法はたしかに存在するのよ。ネクロマンサーどものような不完全な形ではなく、真の黄泉返りがね!」
「そんな……まさか……」
「その魔法に必要なのは、世の
ルールデスが声を荒げると、玄室の床が輝き始めた。
否。巨大な魔法陣が床に刻まれていて、それが光を放っているんだ。
「これは……反転の魔法陣!?」
「博識ね。正解よ!」
ルールデスが暗闇へと姿を消した。
それからすぐに激しい震動が玄室を揺らし始める。
地震? 否。まるで足音のような……。
間もなくして、彼女が消えた暗闇から巨大な石人形が現れた。
「ゴーレム!?」
僕の知っているものとは姿かたちは違うけれど、セレステ王国軍の魔導ゴーレム部隊で使われているものに武装が似ている。
右手に巨大な槍を、左手に巨大な盾を持つ、攻守一体のナイトゴーレム。
さっき話題に出た人形使いが使っていた人形か!
「そのエネルギーは、勇者の魂を爆発させることで現世に顕現するのよ!!」
ルールデスの声がゴーレムから聞こえてくる。
まさか彼女がこれを操っているのか!
さすがの賢聖も、幽霊の状態では攻撃魔法を使えないらしい。
その代わりが戦闘用のゴーレムというわけか。
でも、こんな石人形程度ならシャナクに掛かればイチコロだ。
「シャナク! 奴を――」
「マリオ様……か、体が……っ」
「どうした!?」
シャナクが膝をついて苦しそうにしている。
一体何が起こっているんだ!?
「さっそく効いてきたようね。勇者専用の反転魔法陣が!」
「シャナクに何をした、ルールデス!!」
「可哀そうなシャナク。こんな無能を傍に置いていたせいで、素晴らしい力がありながら何の抵抗もできないなんて」
「僕の質問に答えろ!!」
「知性薄弱の下男にも教えてあげるわ。勇者の一族には魂の共通項があるのよ」
「共通項!?」
「それは
「なんだって!!」
なんだその無茶苦茶な魔法は!
と言うか、勇者一族に影響がある魔法なら、ルールデス自身が何ともないのはおかしいじゃないか!!
「お前も勇者だろう! だったらどうしてこの魔法陣の中で動ける!?」
「黙りなさい、下男。いつ
「え? だ、だって……」
「そんな称号、600年前に殺した勇者から奪い取ったアクセサリの一つに過ぎないわ。
勇者を殺して奪い取った?
それじゃルールデスは正式な勇者ではなく、その名に
邪悪だ! 醜悪だ……!
この女、正真正銘の魔女だ!!
「あなたが死んだ瞬間に爆ぜた魂こそが、死者蘇生に至る唯一のエネルギー! それを利用すれば、
「あ、あなたが裏切られた理由、わかり、ました……っ」
「自らが輝くために他者を食い潰して何が悪いの!!」
ルールデスがゴーレムの腕を動かし、シャナクの体を鷲掴んだ。
彼女は抵抗を試みるも、本当に普段の力が出せないようでまったく歯が立たない。
「蘇生魔法も、反転魔法と共に魔法陣で発動中よ! あとはあなたが死ねば
狂気じみた宣言をするルールデス。
もしかして、僕は魔王よりも危険な存在を蘇らせようとしていたんじゃ……!?
「くそっ」
僕はシャナクが取り落とした聖光剣を取って、ゴーレムの指へと刀身を叩きつけた。
しかし、指には傷一つつかない。
「知性の欠片も感じられない行動はやめなさい!!」
ゴーレムの拳に小突かれて吹き飛ばされた。
床に叩きつけられ、意識が飛びそうになった刹那――
「ご主人様、しっかりっ!」
「ぐぎゃっ!!」
――真上から落ちてきたマリーから強烈な頭突きを食らった。
それが気付けとなり、なんとか意識を持ち直すことができた。
「話は聞いていました。なんとかシャナク様を助ける方法はないのですか!?」
「む、無茶言うなよ……。今の僕には戦闘用の人形がないんだぞ!」
「だからって愛しの彼女を見捨てるつもりですかっ!」
「わかってるよ! なんとか……なんとかしないと……っ」
落ち着けマリオ。
冷静になって突破口を見つけるんだ!
五体満足でない白骨死体は僕のギフトの対象外。
抵抗する力を失ったシャナクは、今まさにルールデスの憑りついたゴーレムによって握り潰されようとしている。
この状況で僕にできることは……?
魔法陣の破壊だ!
反転魔法とやらがそれで発動しているのなら、石床に刻まれた魔法陣の形を変えてしまえば魔法効果は途切れるはず。
陣を形成する紋様の一部をぶち壊してやる!
「うりゃあああ~~!!」
僕は傍にあった白骨死体の骨を取り上げて、全力で床に叩きつけた。
しかし、思いのほか石床は硬く、骨の方が砕け散ってしまう。
「これじゃダメだ!」
もっと硬い物を探して周囲を見回すも、死体の武装はいずれも錆びついたり風化してしまったりで、まるで使い物にならない。
となると――
「? ご主人様?」
――この場でもっとも頑丈な物は、マリーの頭しかない!
「きゃあっ!」
マリーの頭を掴むや、僕は思いきり振りかぶった。
「ちょ! まままま、待ってくださいっ!」
「ごめんマリー! 後で破損部は必ず直すから!!」
「ダメダメダメダメ! 絶対砕け散っちゃう! ダメですぅ~~!!」
「うわっ。あ、暴れるなマリー!」
マリーがジタバタするものだから、力がこめられない。
「ごご、ご主人様! 私に名案がっ」
「はぁ!? 他にどうしろって言うんだよ!?」
「冷静に! クールに! 考えて! みてくださいっ!」
「早く言えっての!!」
「ご主人様はここに何をしにきたんですかぁ~~っ!!」
「……あ」
焦っていてすっかり忘れていた。
この場にきた目的――それは僕のギフトで勇者を復活させることじゃないか。
「そうだった!」
「ぎゃんっ」
僕はマリーの頭を放っぽりだして、石棺へと走った。
ルールデスが遺体の当人(魂?)であるのなら、僕の〝
そうすれば、少なくともゴーレムの脅威は無効化できる!
しかし、僕の動きはルールデスにとっくに気取られていた。
「凡夫の分際で、まだ
ゴーレムが棺の向こう側からこちらに向き直った。
それどころか、右腕を掲げて槍を投擲しようとしている。
あんな
かと言って、僕の足では奴が槍を投げるより早く棺にたどり着くのは不可能。
なんとしても躱さなければ……!
「邪魔者は爆ぜなさい!!」
ゴーレムが槍を飛ばしてきた。
それは瞬く間に僕の目の前まで迫ってきて、回避が不可能だと悟らされた。
ヤバい。死ぬ――
「ぎゃっ!!」
――そう思った瞬間、足に何かが引っ掛かって僕の顔面は床に叩きつけられた。
直後、槍が壁を砕き割る音が聞こえ、僕の背後から赤い日の光が差し込んだ。
とっさに足元を見た時、そこには冒険者の白骨死体が。
まるで助けられたみたいだ。
「なんて悪運の強い男。でも、荷物持ち如きに何ができるのかしら?」
「僕は……荷物持ちじゃないっ」
再び棺へ向かって走りだす。
義足が悲鳴を上げているけれど、知ったことか!
「いいでしょう。もっと近づきなさいな。ゴーレムの拳をお見舞いしてあげる」
ゴーレムが拳を握り込んだ。
その攻撃範囲には棺も十分に含まれそうだ。
でも、行くっきゃない!
「僕にだって! シャナクの主としての意地があるっ!!」
「見苦しい……。これだから男は嫌いなのよ!」
棺まであと数歩の距離に達した。
ゴーレムが拳を高く振り上げ、同時に僕は床を蹴って棺へと飛び込んだ。
そして、僕の伸ばした左手が――
「〝
――一瞬速く遺体へと触れた。
僕に向かって振り下ろされた石の拳が、頭上でピタリと止まる。
「な、何が起こったの!? 幽体が……ゴーレムから引き剥がされるっ」
困惑するルールデスの声。
見上げると、ゴーレムの胸から青白い光が浮き上がってくるのが見えた。
その光は目の前の遺体へと吸い込まれるようにして消えていく。
それから間もなくして、魔法陣の輝きも止んだ。
「や、やった……!」
間に合った!
ルールデスの〝
「この凡夫が……っ」
「え?」
「
遺体が憤怒の表情を浮かべて起き上がった。
その時、僕は自分の手が彼女の豊満な胸を掴んでいることに気が付いた。
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