31. 墓所の真実

 シャナクは聖光剣を鞘へと納めた。

 すでに鎧も装着していて、普段の彼女の姿へと戻っている。


「お待たせしました、マリオ様」

「お疲れ様。三人から事情を聞こう」

「はい」


 勇者候補達は三人揃って正座していた。

 素直に敗北を受け入れて、態度を改めたらしい。


「僕達を襲ってきた目的を話してもらおうか」

「「「……」」」


 三人とも僕の質問を無視している。

 あれ。負けを認めたんだよな?


「あなた達、マリオ様の質問に答えなさい」


 シャナクが言った傍から、三人とも露骨に嫌そうな顔をする。


「あんた、それだけ強ぇのになんでそんなヒョロガリに従ってんだ?」

「ヒョロガリ!?」


 シャリアがいきなり暴言を吐いた。

 僕ってそんなに痩せっぽちに見えるんだろうか……。


「私の主に礼を欠くと、顔の腫れがさらに倍になりますよ」

「や、やめてくれ! 悪かったよっ」


 彼はシャナクの脅しに即座に屈した。


 まぁ、シャリアは特にコテンパンにやられたからなぁ。

 顔の半分が大きく腫れあがっているし、鼻は曲がって、前歯なんて上下とも折れてしまっている。


「あんた達、俺らが勇者候補だってことはもうわかってんだろ?」

「当代勇者が失脚して、勇者の席が空いたでしょ。後任として認められるには、聖光剣を手に入れることが手っ取り早いと思ったの」

「ウチらは勇者評議会のジジイどもに過小評価されてるじゃん。その不当な評価を改めさせるために、どうしても聖光剣が欲しかったんじゃん!」


 シャリア、シャーリィ、シャッテが素直に話し始めた。

 でも、その視線は三人ともシャナクに向かっている。

 彼らが負けを認めたのは、あくまでシャナクであって僕じゃないってことか……。


「評議会には、すでに別の勇者が立ったとエゼキエル侯爵から伝わっているはずです。仮に聖光剣を奪い取ったとして、評議会が認めるものですか?」

「その別の勇者――つまりあんたのことだが、過去の経歴もどこの聖家かすらも公表されていない。あんたのことは評議会の連中も訝しんでるんだ。本当の意味では、まだ認められちゃいないんだよ」

「……なるほど。では、私が魔法都市にいることがなぜわかったのです?」

「偶然、聖光剣を持つあなたを見かけたのよ。あたし達はもともと、タルーウィ討伐のため副都へ向かう途中でここに立ち寄っていたから。三人で行動していたのも、あの化け物を斃すために協力関係を結んでいただけ」

「あなた達以外にも同じことを考えている者は?」

「ウチらみたいに勇者候補が立ってる聖家はそうじゃん? 勇者特権が得られれば、親族にだってすっごい恩恵あるからね」


 話を聞いて、三人の動機はおおよそわかった。


 彼らは結局のところ、勇者の権威を得たいがために行動していたわけか。

 聖光剣を手に入れるのも、タルーウィを討伐するのも、すべては評議会に当代勇者として認められるのが目的。

 世界の人々のため――という理由が開口一番に出てこない時点で、勇者の風上にも置けない奴らだ。


「マリオ様。他に聞きたいことはありますか?」

「いや。もうないよ」

「では、この三人をどうします?」

「……放っておくと、また僕達に危害を加えそうだよね」


 僕が三人に向き直ると、彼らは高速で首を横に振った。


 そんなことはないって?

 ……さすがに信用できないよなぁ。


「シャリア、シャーリィ、シャッテと言いましたね」

「おう」「はい」「じゃん」

「あなた達はまだ若い。そして発展途上の原石です。過去の歴史から勇者の本質を学び、本当に戦うべき時が来るまで心身を鍛え上げなさい」

「「「……」」」

「あなた達にも、富や名声の他に守りたい人達がいるでしょう?」

「ああ」「ええ」「別に」

「勇者の力は、大切な人を守る時にこそ真の力を発揮します。誰かのために命を燃やせる覚悟が勇者の力の源泉。己の欲を満たすままに力を振るうだけでは限界があります。あなた達には、次代のためにそれを学んでほしい」


 高邁こうまいな理想に聞こえるけれど、シャナクが言うと説得力がある。

 しかし、シャリアは彼女の言葉に納得しかねている様子。


「もっともらしいことを言うけどよ。あんたが言うように甘いもんじゃねぇぞ」

「なぜ?」

「評議会から聖家が多過ぎるって話が出てること、知らねぇのか? 今回の魔王討伐で貢献できなかった家は取り潰されるって噂もあるくらいだ」

「そうなのですか……」

「聖家は他の貴族よりも税金から何から優遇されるからな。魔王の侵攻が長引いてきて、いよいよ国の財政もヤバいって時期に、十二も特別扱いされる家があっちゃ迷惑なんだろうよ」

「取り潰された聖家はどうなるのですか?」

「王宮の庇護下で暮らすか、近しい親族に吸収されるんじゃねぇか。大昔は抹殺されたなんて話もあるらしいが……」


 抹殺とは穏やかじゃないな。

 シャナク自身、ワルキュリー家が謎の断絶を遂げているからそんな話を聞いたら気が気じゃないだろう。


 会話が途切れたところで、今度はシャーリィが質問してくる。


「ねぇ、あなた一体どこの聖家の人なの? それほどの力があって、どうして当代勇者になれなかったわけ?」

「それは……」


 シャナクが僕に視線を向けてきた。


 シャナクの素性やシャインとの経緯を明かすには、この三人は信用に足りない。

 ここは質問をスルーするのが無難だ。

 とは言え、名前くらいなら教えてもいいのかな……?


「名前くらいならいいんじゃない」


 僕が答えると、シャナクがニコリと笑う。


「私はシャナク。……大昔の聖人にあやかってそう名付けられました」


 抜け目がないと言うべきか、400年前の勇者であることがバレた時に備えて、ごまかす理由まで用意してくれた。


「で、どこの聖家の人?」

「答える理由はありません」

「なんで」

どこの誰が・・・・・魔王を斃すかなど些末なことです。重要なのは、勇者が・・・魔王を斃すことですから」

「達観してんね……。マジで何者なの、あなた」


 ……話は終わり。


 シャナクは三人の勇者候補に家へ帰るように告げ、解放を命じた。

 三人とも何か言いたげではあったけれど、彼女の言葉に従って広場から去っていく。


「急ごうか、シャナク」

「はい」


 タルーウィの期限までもう時間がない。

 すぐに魔法都市のどこかにある賢聖勇者の墓所を見つけないと。


「さて、今度こそ正しい道案内を頼もうか? 案内屋くん」

「ひっ!!」


 広場の陰に隠れていた案内屋の男の子が、恐る恐る顔を出してくる。


「あ、あははは……。いやぁ~凄いっすね、お姉さん!」

「坊や。次にまたマリオ様を謀るような真似をすれば――」

「しないしない!! あの人達に捕まって仕方なく協力してただけなんだよっ! 今度はちゃんと墓所に案内しますから……っ」

「お願いします」


 彼もシャナクの強さを目の当たりにしたのだから、また僕達を騙すようなことはないだろう。


「――オ様っ! どうなりました!? マリオ様ぁ~!」


 どこかからマリーが叫ぶ声が聞こえてくる。


 ……あっ。

 そう言えば、マリーの入った鞄を投げ捨ててそれっきりだった!





 ◇





 僕とシャナクは、案内屋に連れられて魔法都市の中心へと向かっていた。


 この町の不思議なところは、中心に近づけば近づくほど、迷宮のような複雑な道になっていくという点だ。

 現に、進むにつれて記憶困難な道筋になっていくし、すれ違う人はおろか、店すら見なくなってきた。


「この道を抜ければ、都市の中心――鎮魂塔のある区画だよ」

「鎮魂塔?」

「賢聖勇者様の墓所のこと」


 彼の言う通り、道を抜けた先に巨大な塔が見えた。

 魔法都市は背の高い建物が多かったけれど、あの塔は格別に大きい。

 頂上まで何mあるのか――見上げてしまうほどの高さだ。


 塔の側面には、切り抜かれたような四角い入り口が開いている。

 手前に献花台のような物は見られるけれど、一輪も花が置かれていない。

 それに、見張りが一人もいないのは違和感がある。


 観光地化してもおかしくない場所なのに、なぜだろう……?


「さぁ、着いたよ! これで500ゴルト分の仕事は果たしただろ!?」

「ありがとう、坊や」


 シャナクが彼に笑いかけるのを見て、僕はふと思い立った。


「こんな迷路みたいな道だったのに、迷わなかったのって変だよね?」

「あっ。それはたしかに……なぜでしょう?」


 シャナクのギフト〝災禍再結アンラッキーリユナイト〟は不運や不幸を引き寄せるもので、その対象は傍にいる僕や案内屋も含まれる。

 なのに、一度も道に迷わないなんて不自然だ。


「きみ、あんな複雑な道をよく間違えずに来れましたね?」

「そりゃ僕ら案内屋は〝不迷ノ糸アリアドネ〟のギフトを持ってるからね」

「〝不迷ノ糸アリアドネ〟?」

「目的地がわかっていれば絶対に道に迷わないギフトだよ」

「へぇ。そんなギフトもあるのですね」


 なるほど、それなら理屈が通る。

 でも、勇者であるシャナクのギフトより、一案内人に過ぎない彼のギフトが勝るなんてことがあるのだろうか。


 考えているうちに、僕はシャナクの腰にある聖光剣に目が留まった。

 あの剣は、ギフトの効力に指向性を与えることができる代物だったな。


 もしやシャナクの引き寄せる不運や不幸は、すべてあの剣に集約しているんじゃなかろうか。

 だとしたら、彼女が全力で剣を振るった時にはどうなるのだろう。

 下手すれば大怪我もあり得る不運や不幸――その蓄積による一撃となれば、それこそ恐るべき威力を発揮するんじゃ?


 ……あれで殴られたシャリアのことが心配になってきた。


「それじゃ、僕はこれでっ」


 案内屋は挨拶を済ませるや、さっさと踵を返してしまう。

 まるで逃げ出すような態度を見て、僕は不審に思った。


「ちょっと待った!」

「な、なんすかっ!?」

「なんでそんなに慌てて帰るのさ」

「お兄さん達、本当に墓所のこと何も知らないで来たの!?」


 彼は本気で青ざめている。

 怖がっているのか? ……この場所を。


「案内ついでに墓所のことを説明してもらいたいな。500ゴルトも払っているんだから、そのくらいはいいだろう?」

「……ここには幽霊が出るんだよ」

「幽霊?」

「そう。僕は見たことないけど、すっげぇ美人の女の人の幽霊なんだってさ」


 女の幽霊ねぇ……。

 子どもの頃、リース村の霊園をじいちゃんとよく見回ったけれど、一度も幽霊なんてお目にかかったことないぞ。


「よくある怪談の類か、魔導士の悪戯じゃないの?」

「そんなわけないよ! 知り合いの案内屋にも見た人いるしっ」

「仮に幽霊が出るとして、何が問題なの?」

「……っ」


 案内屋が黙ってしまった。

 え? 本当に何かヤバい感じの幽霊なの……?


「魂を吸い取られるんだ」

「魂を!?」

「そう。賢聖勇者様にあやかろうと墓参りに来た人は、例外なくその幽霊に魂を吸い取られて死にかけてるんだよ!」

「そんな危険な存在がいるのに、どうして放ったらかしなんだ?」

「その幽霊を退治するために冒険者へ依頼したこともあったそうだけど、みんな返り討ちにあったんだって。誰も解決できないもんだから、当時この町を観光地として誘致しようとしてた計画がご破算になったとか……」

「それ本当?」

「本当」


 冒険者すら返り討ちにする幽霊って何だよ!?

 この町がそんな危険な場所だったなんて思いもしなかった。


 ……いや、違うな。

 思えば、この町に入る時からそんな雰囲気が漂っていた。


 町を囲む毒の沼と言い、中心に向かうほど入り組む道筋と言い、外からの侵入を阻むと言うより、中から外に出さないための仕掛けだったんじゃないか?

 それらが幽霊を閉じ込めるために先人達の造り上げた一つの結界だとしたら――


「墓所に立ち入るのはあんた達の自由! 僕はここまで! それじゃっ!!」


 ――なんて考えているうちに、案内屋は脱兎のごとく来た道を戻って行ってしまった。

 めちゃくちゃ足早いんだな、あの子……。


「そ、それじゃシャナク。墓所に入ろうか」

「はい」


 シャナクはまったく動じていない。

 今の話を聞いて、何とも思わなかったのだろうか。


 ……って、邪竜と戦っていた勇者が、人間の幽霊なんかを怖がるわけないか。

 そもそも彼女は死んでいる身だし。


「ご安心ください、マリオ様。何が出たとて、私があなたを守ります」

「あ、ありがとう……」


 ニコリを笑って僕を先導してくれるシャナク、格好いい。


 いやいや、守られるばかりじゃ男として情けないぞ。

 しっかりしろ、マリオ!

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