勇者サイド 6

 王都から遥か離れた山麓の村。

 その村にはある高名な人形技師が隠棲しており、過去の経歴を捨てて別人の顔でひっそりと暮らしていた。


 しかし、セレステ教の眼はどこにでも開いている。


 過去に神官庁から提供された情報を頼りに、勇者パーティー〈暁の聖列〉がその村を訪れたのは必然であった。


「ようやく見つけたぞ。かの天才人形技師ハードラックの師――グッドラックさんよぅ」

「……何者だ」


 人形技師の住まう家を訪ねたシャイン達は、無遠慮に屋内へと押し入った。

 中には、突然の来訪に驚く老人と少女。

 シャインの目当てはその老人――人形技師であった。


「俺達のことを知る必要はない。あんたは俺の頼みごとを聞いてくれればいい」

「人形技師は引退した身だ。もはやわしに全盛期のキレはない。頼むなら他を――」

「うるせぇ!!」


 シャインが激昂すると、少女が怯えて壁に背中をぶつけた。


「金ならくれてやる。あんたは俺の言われるままに、俺の腕の代わりを作りゃいいんだよ!!」

「見たところ冒険者のようだが、その腕はモンスターにやられたのか?」

「……ああ。とびっきりの化け物にやられたのさ。おかげで飲み食いすら一人じゃできねぇ。俺は名声だけじゃなく、人としての尊厳までも奪われたんだ」


 老人はシャインの両腕を見て目を細めた。

 相手の要求を受けるにしても、この場にある素材だけではとても彼が満足いく腕を作ることはできないと判断したからだ。


「残念だが、わしには無理だ。近くの大きな町にわしの弟子が何人かおる。その者達に紹介状を――」

「だから勝手なことほざくんじゃねぇっ!!」


 声を荒げて老人の言葉を遮ったシャインは、もはや普通ではなかった。

 無精髭を生やして髪もボサボサ、目は赤く血走っており、その姿は以前の彼を知っている者が見れば驚きを隠せない変貌ぶりだろう。

 それほどまでに今の彼は追い詰められていた。


「なぁ、頼むよグッドラックさんよぉ! あんたの技術なら、俺の腕を作れるんだろ? アリスとかいう人形を作った男の師匠なんだからよぉ!?」

「ハードラック――クリエのことか。あの男は特別だ。たった数年でわしを超えて独立していったよ。七人のアリスのことは知っておるが、あやつの技術体系はわしとは異なる。それと同じものを期待しておるのなら、とても期待には答えられん」

「できねぇってのか?」

「残念だが……」


 その答えを聞いて、シャインは不気味な笑みを浮かべた。

 ズカズカと室内を歩き出し、壁際で怯えている少女へと近づいていくや――


「答えが違う」


 ――怯える彼女の肩に手を回した。


「正しい答えが出てくるまで、大事な孫娘をあんたの目の前で犯してやらなきゃダメか?」

「よせっ!!」

「ならよぉ!!」


 とっさに立ち上がろうとした老人を、シャインが怒声で静止した。


「答えは決まってるよなぁ!?」

「……」

「あんたのことは知ってるぜ。自分の作った人形を与えた人形使いが、ことごとく魔王軍に殺されちまって自信をなくして引きこもったってなぁ」

「……何者だ、おぬしら」

「あるいは、出来過ぎた弟子に才能の差を見せつけられたのも原因か?」

「……」

「あんた、ハードラックが現れる前は最高の人形技師だって言われてたんだろ。だが、ハードラックが頭角を現して以降、あんたの名は陰に追いやられた」

「何が言いたい」

「見返したいとは思わねぇのか? てめぇより後からポッと出た奴に、てめぇの栄光を奪われて! はらわた煮えくり返らねぇのかよぉっ!?」

「お前さんの両腕で、その気概を示せと言うのか」

「そうだ! あんたが俺に最高の腕を作る! その腕で俺がグッドラックの技術が最高だってことを証明する!! 最高のウィンウィンだろうがっ!?」


 老人は目の前にいる男に圧倒されていた。

 事情は皆目見当もつかないが、この男は心に狂気を宿している。

 その狂気が自分の技術を必要としているのなら、あるいは地に落ちた自分の名を再び世に知らしめてくれるかもしれない。

 とっくに諦めていたささやかな望みが、老人の萎れた心に火を灯していった。


「……わかった、やってみよう。ただし、わしの言う通りの素材をおぬしらが集められるのならばだ」

「正しい答えを聞けてよかったぜ。大丈夫だ、素材はなんだって用意してやる」

「それと、もう一つだけ言っておく――」


 老人は机の上から取り上げたのみを構えて、シャインを睨みつける。


「――孫から離れろ。その鼻を削ぎ落されたくなければな」


 老いさらばえた老人の恫喝――さりとて、熟練の職人が放つ殺気にも似た威嚇は一瞬ながらシャインを怯ませた。

 その隙を見てシャインから逃げ出した少女は、半泣きで老人の背に隠れる。


「枯れたジジイの目じゃねぇな。憎悪がみなぎってるよ……今の俺みたいにな」

「おぬしは腕を手に入れて何を望む」

「決まってんだろ。取り戻すんだよ――この俺の誇りを!!」


 シャインの怒声に怯える孫娘を抱きしめながら、老人はある種のシンパシーを感じていた。

 何も知らない男の裏側に挫折と悔恨を見て、自分の過去を重ね合わせたのだ。

 人生の終わりに差し掛かった折、今一度自分のすべてを費やす作品を作るのもまた良しか――老人は自然と納得していた。


「必要な部位は左右の前腕部だな。いつまでに必要だ?」

「今晩から五日以内に作ってもらう」

「それは難儀な注文だな。だが……やってみよう」

「いいね。それも正しい答えだ」


 話がついた。


 次に動いたのは、じっと二人のやり取りを見守っていたベルナデッタだった。

 彼女は鞄から取り出した袋を三つほど机の上へと置いた。

 袋の口からこぼれ落ちたのは、大量の金貨――つまり手付け金である。


「全部で30万ゴルトほどあります。もちろん素材はこれとは別に、我々が取り揃えることをお約束します。代わりに、我々はあなたの名声に恥じぬ作品を望みます」

「よかろう。この老体に残された最後の力で、最高の義手を作ってやる」

「懸命な選択、感謝いたします」


 老人は椅子から立つや、奥の扉を開いた。

 もう数年はまともに使っていない小さな工房だが、そこは彼が培ってきたすべての技術を発揮できる場所でもある。


「名無しの男よ、ついてこい。まずは腕の寸法を決めねばならんからな」


 工房に入っていく老人の後についていくシャイン。


 その目には、ようやく希望を見出したゆえの狂気が宿っていた。

 復讐に心が支配された悪魔――勇者であった頃の本懐など、今の彼には微塵も残されてはいない。





 ◇





 翌朝、小屋の外でベルナデッタはジジにメモ書きを渡していた。


「これがグッドラック様の所望する素材です。手段は問いません、すべてを手に入れてきてください」

「……それはいいけどさぁ、義手なんて作ってる場合かな」

「どういうことです」

「あの金、あんたの法衣を売ってまで作ったもんでしょ。これからの逃亡資金に使うんじゃなかったの?」

「逃亡資金? 何を言っているんです、ジジ。もう逃げる必要なんてないじゃありませんか。もうすぐシャイン様が元に戻られるんですよ」

「元にって……別に腕が生えてくるわけじゃないでしょ。義手だよ、義手!」

「そう、魔力で意のままに操れる義手です。シャイン様の新しい腕ですよ。いずれ再び聖光剣を握るための御手となるでしょう」

「でも、その後は……」

「その後は、副都セレスヴェールを征圧した魔将タルーウィを滅ぼすのです。期限当日までに義手が完成すれば、あなたの魔法ですぐにでも飛んでいけるでしょう。その時こそ、侯爵やマリオ、そしてあの化け物に、シャイン様のお力を知らしめるのです!」

「……あっそ」


 ジジは恍惚な笑みを浮かべるベルナデッタを見て、表情を曇らせた。

 彼女もまたシャインに似た狂気を孕んでいる。


 シャインもベルナデッタも、一度に多くの物を失って狂ってしまった――


 シャインは勇者としての資格を剥奪され、富も名声も失った。

 ベルナデッタは神官庁からの出頭命令を無視したことでセレステ全土の教会から追われる立場となり、その未来を棒に振った。


 ――すべて侯爵邸での愚行による結果ではあるが、二人はそれを不服としてマリオや侯爵への復讐を望んでいる。

 〈暁の聖列〉において、正常な思考力を持っているのはもはやジジだけだった。





 ◇





 お使いを命じられたジジは、箒で朝焼けの照らす空を飛びながら現状を思案する。


 〈暁の聖列〉はもうダメだ。

 せっかく当代勇者として認められたルクス家の長男に取り入ったのに、今や勇者の称号だけでなく、富も名声も失った狂人になり果てた。

 おまけに、伴侶同然のベルナデッタまでシャインに引きずられて危うい状態に。


 このまま落ち目の勇者などについていっても再起は望めない。

 ならば、つく相手・・・・を変えるしかない――


「マリオと一緒にいた女勇者。あいつに取り入れば、あたしはまた浮上できる!!」


 ――それがジジの本心だった。

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