29. 勇者候補の実力

 男が馬鹿でかいツーハンデッドソードを振り回しながら言う。


「ホーリーウッド家勇者――シャリア・ゲイル」


 さらに、レイピアを垂直に構えた女性が。


「オルレアン家勇者――シャーリィ・ウェヌス」


 最後に、両手のダガーを交差させつつ少女が。


「アンタレス家勇者――シャッテ・シオン」


 それぞれ名乗りを上げた。


 やはり三人とも聖家の人間、しかも勇者候補だ。

 すでに臨戦態勢を取っていて、話し合いが通じる状況じゃない。


「マリオ様。お下がりください」

「シャナク!?」

「彼らの目的はこの私。ならば、受けて立ちます」

「……殺しちゃダメだ。聖家の人間を手にかけたら、厄介なことになる」

「承知しました。生きたまま戦闘不能にします」


 シャナクが鞘から聖光剣を抜くと、全身がにわかに黄金色の光に包まれ始めた。


 四人の放つ光が暗かった広場を照らしていく。

 勇者候補達の視線はシャナク一人に釘付けとなり、もはや一触即発の気配。

 僕はその場の張り詰めた空気にはじき出されるようにして、シャナクから後ずさった。


 直後、僕の目の前で三つの光が動いた。

 シャナクに向かって、三方向から流れ星のように勇者候補達が突っ込んでいく。


 最初の一撃は、シャリアの大剣。

 剛腕から繰り出される彼の初撃をシャナクが弾き返し、次いで真横からシャーリィがレイピアを突いてくる。


 シャナクは聖光剣の腹でその一撃を受け流し、シャーリィの背中を蹴りつけた。

 するとその背後に隠れていたシャッテが二本のダガーを振り回してくる。


 それすらも巧みに受け止めたシャナクに対して、シャッテは舌打ちをしながら飛び退いていく。


「こいつ、やるじゃん」

「てめぇら、俺にちゃんと合わせろよ!」

「は? 何リーダーぶってんの? キモイんだけど」


 聖家の中が悪いことは聞いていたけれど。

 いきなり喧嘩を始めたぞ、この三人。


「シャーリィ、てめぇこのクソ女! なんでギフトを使わねぇんだ!?」

「は? ちゃんと使ってるし。使った上であんたに報告する必要ある?」

「犯すぞてめぇ! オルレアン家ごときが俺に意見するんじゃねぇクソブスが!!」

「は? 引き千切るわよ、チンカス野郎」


 ……なんて下品な罵り合い。

 聖家の顔とも言える勇者候補なのに、これほど品のない言葉を使うなんて。

 勇者としては外面の良かったシャインの方が幾分マシだ。


「オッサン、オバサン。やる気ないなら帰ればいいじゃん?」

「「あぁっ!?」」


 おそらく一番年下であろうシャッテに言われて、シャリアとシャーリィが激怒の表情に変わる。


「クソガキ、てめぇから死にてぇか!?」

「序列を考えてモノ言いなよ、アンタレス家のお嬢様?」


 二人の敵意の矛先が、シャナクからシャッテに向かっていく。

 このチームワークの無さは致命的だな。

 どうして一緒に行動しているんだ、この三人……。


「あなた達、やる気はあるのか!!」


 そんな三人に対して、シャナクが声を荒げた。


「敵を前にして言い争うなど、なんと愚かな! 仮にも勇者を名乗る者として、恥ずかしくない振る舞いをなさい!!」

「あぁ? 偉そうに俺に説教するんじゃねぇよ」

「ムカつくなぁ。侯爵のお気に入りだかなんだか知らないけど、調子乗り過ぎよ」

聖光剣それ、自分のものだと思ってんじゃん? 気に入らないじゃん」


 シャナクの挑発(?)が効果てきめんだったのか、三人の敵意が再びシャナクへと注がれ始めた。


 まったくシャナクは真面目過ぎるな。

 あのまま仲違いしているところを攻めることもできただろうに……。


「あなた達は自分の力を過信している。私との力の差がわからないのであれば、勇者を名乗ることはやめなさい。そんなことでは魔王軍と戦うなど無理でしょう」


 その言葉がさらに彼らの怒りを買ったみたいだ。

 三人揃って、もはや勇者とは思えない殺意満々の表情を向けている。怖い。


「おい、クソ女ども。あのゲロクソ女を殺すまでは生かしといてやる」

「仕切んないでくれる? でかいクチ叩いて足引っ張ったら先に殺すから」

「殺してやるじゃん」


 三人の体を包む光が一層強くなる。

 一人一人の実力はどうやらシャナクに劣るようだけれど、彼らの所持するギフトによっては逆転もあり得る。

 注意が必要だぞ、シャナク……!


「くたばるといいじゃん!!」


 シャッテがダガーを投擲した。

 それを難なく弾くシャナク――しかし、一投目のダガーに隠れて、もう一本のダガーが投げられていた。


「っ!!」


 シャナクが間一髪でそれを躱す。

 直後、体勢が崩れたシャナクへとシャリアが斬りかかった。

 彼女は一瞬早くその一撃を避けるも、直後にシャーリィの声が響く。


「左に避ける!」


 まるでその言葉に従うかのように、シャナクはシャリアの剣を左に躱した。

 とっさにシャリアは剣の軌道を変え、横薙ぎの剣閃が彼女を追いかける。


「くっ」


 あわやのところでその一撃を捌いたのも束の間。

 今度は背後に回り込んでいたシャーリィがレイピアを突き出してくる。


 さらにそれを横へ跳んで躱すシャナク――否。躱せない!

 なぜか彼女は、レイピアが突き出されてくる先へと身を投じていた。


「なっ!?」


 レイピアの刃がシャナクの横腹をかすめた。

 致命傷じゃない。

 けれど、シャナクの動きが読まれたことに僕は驚きを隠せなかった。


「ミスってんじゃねぇか、だっせぇなぁ!!」

「うるっさいんだよ!!」


 シャリアとシャーリィが言い合ったのは一瞬。

 すぐに二人はシャナクへと追撃を始める。


「オラオラッ、逃げてんじゃねぇぞぉ!!」

「その綺麗な顔に一生消えない傷をつけてやるから!!」


 突然息を合わせ始めた二人の連携に、さすがのシャナクも防戦一方。


 ……いや。明らかにシャナクの動きがおかしい。

 攻撃を躱そうとした先に、必ずシャーリィのレイピアが先んじている。

 まるで相手がどう動くかわかっているかのように。


「……っ!?」


 シャナク自身、困惑していることが表情から見て取れる。


 その時――


「どいてよ、オッサンオバサンッ!!」


 ――やや離れたところにいたシャッテが、皮袋の中身を空へとぶちまけた。

 何かと思えば、中から飛び散っていくのは撒き菱だ。


 撒き菱を警戒して身構えるシャナクとは異なり、シャリアとシャーリィは真っ先に落下範囲から飛び出していく。

 大量の撒き菱とは言え、上から撒いただけでは大したダメージにもならないはず。

 どうしてあの二人は一目散に逃げだしたんだ?


「!!」


 降りそそぐ撒き菱を見上げて、シャナクはとっさにその場から飛び退いた。

 彼女が明らかに焦った様子で躱すのを見て、何か普通の撒き菱とは違うのかと思ったけれど、それらは普通に地面へと転がっていくばかり。


「……死の気配を感じました。あなたのギフトは死に寄ったものですね」

「なんだ、バレバレじゃん。侯爵が認めるだけはあるってこと?」


 シャッテは得意げな顔で、背中に背負うリュックから撒き菱の詰まった皮袋を取り出した。

 そして、それをシャナクの周囲へとばら撒いていく。


「ウチのギフトは〝全撃確殺ワンダーキルストライク〟。ウチが敵意を持って放った物質はどんな物であれ触れたら即死! 最強のギフトじゃん!?」


 即死ギフトだって!?

 そんなもの反則じゃないか!


「でかいクチ叩くなら、一発くらい当てろよクソガキ」

「うっさいじゃん! 足を潰してやったんだから、後はあんたらでさっさと片付けるといいじゃん!?」


 まずい!

 付近に大量の撒き菱を撒かれたことで、シャナクは広く足場が使えない。

 離れたところから勇者の闘技で攻撃されたら圧倒的に不利だ。


「そんなこと言われても、俺は飛び道具持ってねぇぞ」

「準備不足ね。火薬銃くらい持ってないの?」


 シャーリィはレイピアを鞘に納めると、代わりに懐から小さな小筒を取り出した。

 ……あれは火薬銃?

 でも、あんな小さなタイプは見たことも聞いたこともない。


「それ、もしかして火薬銃かよ!?」

「そうよ。ウチの家はガンパーダーの商人と貿易してるからね。最先端の火薬銃はこんなに小型で、しかも連発可能な仕組みになってるのよ。えぇと、リボルバーとかいうタイプだったかしら」

「よくぞまぁそんなもんを発明したもんだ。攻撃魔法いらずだな」

「隣国には魔法使いなんて少ないからね。まぁ、それはそうと――」


 シャーリィが火薬銃の引き金を引いた。

 花火のような音と共に銃口から発射された弾は、一瞬にしてシャナクの横をかすめていく。

 僕が見たことのある火薬銃とは弾速が桁違いだ。


「――あたしのギフトとの組み合わせは最強。ほら、動いてみなさいよ」

「……」

「でないと狙い撃ちよ?」


 銃口をシャナクに向けたまま、挑発を繰り返している。

 命中精度も高いようだけれど、だからってシャナクに当てられるとは限らない。

 彼女ならきっとあの弾速も見切っているはず……。


「バン!!」


 火薬銃から再び弾が放たれる。

 シャナクがそれを躱そうと身を捻った瞬間――


「あうっ!」


 ――なんと弾がシャナクの肩を貫いた。


 また・・だ。

 今度もシャナクは弾の飛んでくる先へと身を躱そうとした。

 彼女に限ってなぜそんなミスを……!?


「あら? 血が出ないわね。かすめただけかしら……大した反射神経だわ」

「私の動きを読んだとか、そんなレベルじゃない。もしやあなたのギフトは……!」

「察しがついた? そうよ、あたしのギフトは〝未来指針ライトヴィジョン〟――この目に映る光景の未来を見通す最強のギフトよ!!」


 未来を見通すギフト!?

 またそんな反則級のギフトなのかよ!


「即死ギフトに、未来予知ギフト、ですか……」


 撃たれながらも姿勢を正したシャナクに焦りの色は見えない。

 ある意味でシャインよりも厄介なギフト――それらを相手に勝機はあるのか!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る