28. 迷宮の魔法都市

 副都セレスヴェールは内陸にありながら、セレステ聖王国を横断する聖大河セントリバーの上に建造された湖上都市だ。

 地上の街道だけに留まらず、船で川を往来することでより広範囲に渡って物資の輸送ができ、それゆえに交易路の中心となっている。

 そんな場所が魔王軍の手に落ちたのだから、国内の流通は滞る一方だった。


 副都を征圧した魔将タルーウィが要求した勇者の差し出し期限は七日。

 期限を過ぎれば、副都は灼熱の炎に包まれるだろう。

 そうなればセレステ聖王国は流通もままならなくなり、致命的な打撃を受けること必至。


 その前になんとしても副都へ潜入し、タルーウィを斃す。

 それが、エゼキエル侯爵が僕達に与えた特命だ。


 それを果たすためにも、途中にある魔法都市でやらなければならないことがある。


「マリオ様。魔法都市が見えてきました」

「うん。話には聞いていたけれど、本当に巨大な墓石みたいな都市だね」


 馬車から見えるのは、枯れた荒野にそびえ立つ真っ黒な建物群。

 曇り空というのも手伝って、その光景はただただ不気味だ。


「胸騒ぎが収まりません。あの都には何か邪悪なものを感じます」

「仮にも勇者の墓所がある都だよ。さすがに考え過ぎじゃ……」


 表情を曇らせるシャナクを見ると、僕まで緊張してくる。


「王都からここまで来るのに一日半もかかってしまった。到着したら、すぐにタルーウィ戦のための準備に取り掛かろう」

「承知しました」


 僕の勘が正しければ、あの魔法都市のどこかに必ず賢聖勇者の墓がある。

 それを見つけだし、僕のギフトで復活させることができれば、副都でタルーウィと戦う際にこれ以上ない戦力となる。


 しかし、残された時間はあと五日半。


 魔法都市から副都まで馬車で二日ほどかかることを考えると、ほとんど時間に余裕はないと見るべき。

 入場後は、すぐに賢聖勇者の墓所を捜索しないといけないな。


「マリオ様、シャナク様。これより魔法都市ゴーンサイドへ入場します――」


 御者台から聞こえてくるのは、ヨアキムさんの声。

 彼は侯爵の命で、僕達を副都まで送り届ける役割を担っている。


「――少々驚くかもしれませんが、危険はありませんので席を離れることのないようにお願いいたします」

「え?」


 ヨアキムさんの言葉が気になった僕は、あらためて魔法都市へと視線を向けた。

 すると、目の前に沼地が現れてギョッとした。

 しかも沼地に浮かんでいるのは鳥や小動物の死骸――これは毒の沼だ!


「ちょ、ちょっと待ってください! このままじゃ沼に落ち――」


 都市の周囲に広がる毒沼は嫌な色の霧まで放っており、近づくにつれて魔法都市を不気味なヴェールで覆っていく。

 街道のすぐ先にある毒沼をどうして避けないのかと思っていると、ひとりでに沼地が除けて道を作るという現象が起こった。


「ご安心ください。周囲の様子は都市側から常に監視されていて、街道に馬車を確認すると、魔法で道を作って中へ招いてくれるのです」

「びっくりした。しかし凄い仕掛けですね、さすが魔法都市……」

「都を護る毒の結界は、バジリスクのそれにも劣らない毒性を持つそうです。現に、魔王軍はおろか、土着のモンスターさえ近付けない完璧な働きをしています。いささか景観には欠けますが、安全面からするとこれ以上ない場所でしょうな」

「……そして、意図せぬ脱出を拒む壁、というわけですか」


 僕は怪物の口の中に飛び込むような心境で、毒沼が除けていく道を見据えた。





 ◇





 侯爵家の馬車に乗っていたためか、僕達はあっさり正門を通された。


 薄暗い中、そこらじゅうに鉄の杭が刺さった場所を進んでいく。

 しばらくすると人の往来する通りへと出て、徐々に活気が感じられるようになってきた。

 さすが魔法都市と言うべきか、往来する人々には魔導士の姿が多く、道端には杖や指輪が並ぶ露店ばかり見られる。


「ヨアキムさん。僕とシャナクは市場を巡ってきます」

「それでは、私は宿を探しに参ります。六時に正門前広場で落ち合いましょう」

「わかりました」


 僕が馬車から降りると、客車の椅子に残してきた鞄が激しく揺れ始めた。


 ……マリーめ。

 自分も連れて行けってか。


「デク、その鞄をこっちに」


 僕の命令でデクが鞄を抱えた瞬間、鞄は急に大人しくなった。


「デクは馬車に残って、ヨアキムさんを手伝ってあげて」


 デクは無言のままこくりと頷き、僕に鞄を渡してすぐ客車に引っ込んでいった。

 小言の多いマリーと離れるチャンスだったのに失敗したな……。


 馬車を離れようとした僕にヨアキムさんが話しかけてくる。


「マリオ様。急かすようで申し訳ありませんが、この都にあまり長く留まることはお勧めできません」

「はい。タルーウィの期限までもう猶予がないですから、急いで必要な物を集めます」

「それもあるのですが、もう一つ懸念がございます」

「懸念?」


 ヨアキムさんが渋い顔を見せながら続ける。


「シャイン様の後釜を狙う聖家の勇者候補達――彼らが勇者評議会の決定を待たずに、独自に動きだす可能性を侯爵閣下は危惧しているのです」

「勇者候補……」

「勇者として認められるには確かな実力を示すことが必須。しかし、各聖家の代表は、シャイン様よりも大きく実力が劣ると評価され、結果として当代勇者の地位を得るに至りませんでした。今回の件は、そんな連中が再起する絶好の機会だと考えかねません」

「つまり各聖家が独断でタルーウィ討伐に乗り出すと?」

「あくまで可能性です。しかし、万が一にも実力の伴わない者が勇者を名乗って副都に押しかければ、それこそ取り返しのつかない事態になり得ます。ですから、何卒お急ぎを」

「……わかりました」


 ヨアキムさんの馬車を見送りながら、僕は深い溜め息をついた。

 たしかに世間的に勇者が不在とされる今、聖家が我先にとタルーウィ討伐に乗り出す下地は整っている。

 でも、シャインでさえ後れを取った魔将に彼らが敵うとは思えない。

 なんとしても聖家が暴走する前に、僕達でタルーウィとの決着をつけないと……。


「さぁ、ご主人様! さっそく私のボディを探しましょうっ!」

「……マリー、話聞いてた?」

「侯爵閣下からお金はいっぱい貰っているじゃありませんか。市場で魔法銀製のボディでも見つかれば、私も戦力として期待できますよ!?」

「お前はメイド人形なんだから戦闘なんかさせないよ。そもそも、そんな物探している時間はないんだからな」

「そんなぁ~!?」


 お約束とも言える僕とマリーのやり取りを見て、シャナクがくすりと笑った。





 ◇





「……迷った」


 魔法都市は僕が考えていた以上に、広く複雑に入り組んだ構造になっていた。

 と言うか、もはや迷宮だ。

 賢聖勇者の墓所を中心に町が築かれていったとは聞いていたけれど、どうやら本当に突貫工事で無理やり区画を拡張していったらしい。


 通りや建物に一定のルールなどなく、都市の中心に向かえば向かうほど、道幅は狭くなって足場も見晴らしも悪くなってくる。

 挙句の果てに、露店で買った地図もまったく役に立たない。


「また行き止まりですね」

「これで七度目だよ! 地図に描かれた道がなんで建物に塞がれているんだ!?」

「マリオ様。その地図、隅っこに1254年版と書かれています……」

「……50年以上前の地図かよ……っ」


 僕は地図をくしゃくしゃに丸めるや、建物の間から覗く空を見上げた。


 ただでさえ曇っていた薄暗い空が、いよいよ真っ暗になりつつある。

 教会があるのかすらわからないこの都では、鐘の音で時刻を判断することもできそうにない。

 もうとっくに六時を過ぎているかもしれないし、どうしたものか……。


「どうするんです、ご主人様? このままではヨアキム様との合流時間に間に合いませんよ」

「そんなこと言ったって……」

「ヨアキム様のことだから、きっと素敵な宿を見繕ってくれたでしょうに」

「仕方ないだろ、初めて来る町なんだからっ」


 マリーの小言が再三耳に届いてきて、うんざりしてくる。


 なんとかしたいのは山々だけれど、待ち合わせの正門前広場ですらここからどう行けばいいのかわからない。

 まさかこの歳で迷子になるなんて思いもしなかった。


「マリオ様……」


 シャナクまで不安げな表情で僕を見てくる。

 マリーはともかく、シャナクにそんな顔をされると心が痛い。

 なんとか挽回しなければ……!


「と、とにかく来た道を戻ってみよう! 人のいる通りにさえ出られれば、なんとかなるだろうから」

「レディを前に頼りないですね。もっとシャキッとしましょう、シャキッと!」

「うるさいなっ」


 マリーの突っ込みに堪えかねて鞄の口を閉めると――


「兄ちゃん、誰と話してんだ?」


 ――路地から顔を出している男の子に話しかけられた。


「……きみは?」

「兄ちゃん達、迷ったんだろ。行き先はもしかして賢聖勇者様の墓所かい?」

「そうだけど」


 男の子はにこりとほほ笑むと、こちらに向かって歩いてきた。

 首からは方位磁針コンパスを下げており、手には火の灯るランプを掲げている。


「この町の地図は古いもんばっかだから、当てにしちゃダメだよ。あそこに行くんなら案内屋をつけなきゃ」

「案内屋?」

「目的地まで確実にお客様をご案内するお仕事さ。お望みなら、オイラが勇者様の墓所まで案内してあげるよ!」


 案内屋なんて仕事があったのか。

 そう言えば、ここまで来る途中でも方位磁針コンパスを首に下げた人と一緒に歩いている連中を見かけたな。


「いくらだい?」

「500ゴルトでどう?」

「……道案内にしては法外だな」

「んじゃ他を当たる? 兄ちゃん達、急いでるみたいだから声を掛けたんだけど」

「くっ。わかったよ、500ゴルト払うから墓所まで案内してくれ!」

「まいどっ」


 確実に足元を見られているな……。

 でも、これで墓所まで行けるなら安いものか。


「墓所はこっちさ、ついてきなっ!」


 お金を渡した途端、案内屋の男の子が通りを走って行ってしまった。

 このまま逃げられたらたまったもんじゃない!


 僕とシャナクは男の子を追いかけて狭い通りを駆け出した。





 ◇





 ようやく男の子が足を止めたのは、高い建物に囲まれた広場だった。


「案内屋くん。どこに墓所があるのさ?」

「へへっ」


 男の子は僕に向き直ると、急に手のひらを叩き始めた。


「旦那方! 約束通り、例の女の人を連れてきたよ!!」

「? 例の……?」


 僕が困惑していると、どこからともなく広場に人影が現れた。


「よくやったな、小僧。謝礼はあとで支払ってやるよ」

「何あれ。魔法銀製の鎧なんて着ちゃって、羨ましい~」

「ふぅん。美人じゃん。その上、あんな剣まで持っちゃって、ムカつくじゃん」


 その影は三つ。

 広場の中央に歩いてくるうち、男の子の持つランプに照らされてその姿が露わになる。


 男が一人に、女が二人。

 それぞれ剣とライトアーマーを装備して武装している。


「誰だ、あんた達!?」


 僕が叫んだ頃には、三方向から取り囲まれていた。

 僕とシャナクが背中合わせに警戒するも、彼らは剣を抜いて臨戦態勢に。


「どこの聖家か知らねぇけどよ。その剣はてめぇにゃ相応しくねぇんだよ」

「そうそう。侯爵に気に入られたからって、ウチらが認めるわけじゃないんだよ?」

「腹立たしいじゃん。悔しいじゃん。さっさとあのクソ女から聖光剣取り上げようじゃん!!」


 三人の体から黄金色の光が放たれ始めた。


 まさか……どうしてこんなところに!?

 こいつら、勇者候補だ!!

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