シーズン3

27. 新しい朝

 シャインとシャナク。

 二人の新旧勇者対決は、シャナクの圧勝に終わった。


 終始圧倒されていたシャインのあの無様な姿。

 笑ってしまう――ような気持にはなれなかった。


 憎しみはあるけれど、仮にもシャインは僕が一度は憧れた男だ。

 それが、あんな無惨に敗北する姿を目の当たりにするなんて、やるせない気持ちになる。


 あの戦いから明けて翌日。

 僕とシャナクはエゼキエル侯爵に温かく迎え入れられ、今は食客としての待遇を受けている。


 アリス達を操ってうんぬんの話は、僕がシャナクの後見人――ということにしてある――と知った侯爵が自ら不要と断じてくれた。

 おかげで僕は新しいトラウマを抱えずに済んだ。


「ただいま戻りました。マリオ様」


 テラスで庭を眺めていると、シャナクが声を掛けてきた。


 彼女は侯爵に勇者と認められ、正式に聖光剣を授かった。

 剣を受け継ぐにあたって鞘を新調し、今はその鞘に剣を納めて腰から下げている。

 衣装も勇者然としたデザインのものに替わり、軽装ながら防御魔法を施された魔法銀製のライトアーマーを纏っている。


「似合っているよ。シャナク」

「ありがとうございます」


 気恥ずかしそうに笑うシャナクが可愛く見える。


「侯爵に何か言われたかい?」

「いいえ。侯爵閣下は、我々の立場を尊重してくださっているようです」

「そう」


 侯爵には僕達の多くを話していない――


 僕が死体を〝人形支配マリオネイト〟の対象にできること。

 シャナクがリース村の地下祭壇に眠っていた遺体だということ。

 そして、七人のアリスの製作者が僕の父さんであること。


 ――無用なトラブルを避けるためにも、それらは吹聴するべき話じゃない。


 侯爵に伝えたのは、魔王討伐という旅の目的と、その過程まで。

 僕がシャイン達に切り捨てられ、かろうじて生き延びた末に偶然・・出会った・・・・シャナクの後継人となり、旅の途中に立ち寄った町で魔将ザイーツを倒した――その経緯を侯爵は評価してくれた。


「てっきり聖家との対談でも指示されるかと思ったよ」

「侯爵閣下は私がワルキュリー家の人間だと知り、他の聖家に存在を知られないよう配慮してくださるそうです」

「そう。勇者の一族は、聖家同士で凄く仲が悪いらしいからね……」

「聖家――勇者の一族は、今は十二家あるそうですね。ワルキュリー家は、経緯は不明ですが他家によって貶められ、没落してしまったと聞きました」

「もしも末裔が生きていたら、会いたいかい?」

「……どうでしょう。少なくとも、マリオ様のお傍を離れてまで捜そうとは思いません。ワルキュリー家は、私にとってすでに過去の存在ですから」


 庭を眺めるシャナクの横顔に悲しんでいる様子はない。

 でも、自分の一族の血筋が絶えてしまったことを知って、まったく気にせずにいられるものだろうか。

 表情に出さないだけで、内心は落胆しているかもしれない。


 ちょっと空気が重くなってきた。

 話題を変えよう。


「それにしても、侯爵が想像以上に真っ当な人物で驚いたよ」

「そうですか?」

「うん。見た目があんなんだからさ、僕はてっきり放蕩貴族に輪をかけた悪徳貴族かと思ってたよ。趣味もアレだし」

「見た目で人を判断してはいけませんよ。大切なのは心ですから」

「はは。そうだね」


 シャナクに諫められてしまった。

 彼女もいよいよ人間らしい反応をするようになってきたな。

 これで心臓が動いていないなんて信じられない。


「侯爵閣下のことと言えば――」


 シャナクが聖光剣の鞘を撫でながら言う。


「――この剣について説明を受けたのですが、所有者のギフトを補助する性能が備わっているそうです」

「ギフトの補助? 伝説級の武器にはそういう性能が付与されているって聞いたことがあるけれど、その剣がまさにそうなんだ」

「はい。刀身にギフトの効力が集約し、指向性を与えることができるとか」

「それってつまり、ギフトの効力をある程度コントロールできるってこと!?」

「おそらくは。もっとも、私の〝災禍再結アンラッキーリユナイト〟にまで対応してくれるかはわかりませんが……」

「よかったじゃないか! それって、まさに僕達が探し求めていた魔道具マジックアイテムそのものだよ!!」

「は、はいっ」


 僕は興奮のあまりシャナクの両肩を掴んでしまった。

 彼女が戸惑うのを見て、我に返る。

 気安く女性に触れるなんて非常識だった!


「ご、ごめんっ」

「いいえ。別に……気にしていません」


 シャナクが頬を染めたまま笑い返してくれたのを見て、僕はホッとした。


「お二人でイチャイチャしているところ悪いのですけど――」


 会話が弾んできたところに、テラスの柵に乗せていたマリーが割り込んでくる。

 なんだよもうっ。


「――侯爵閣下に頼んで、私のボディを用意していただくなどいかがでしょう?」

「マリーは昨日からそればっかりだな」

「だって、もう一人の姉妹と再会して、ますます首から下が恋しくなってきてしまったんですものっ」


 もう一人の姉妹と言うのは、侯爵が以前から所有していたもう一体のアリスだ。

 A-2 パープルオーブ――紫色の髪をしたそのアリスを拝見したけれど、間違いなく父さんの形見のアリスだった。


 マリーを含めると、侯爵邸に五人のアリスが揃ったことになる。

 これは本当に七人のアリス勢揃いもあり得るかもな。


「マリーの体の件は……また次の機会だね」

「そんな! 酷いっ!」

「アリスタイプの体はさすがに値が張り過ぎるよ。それを侯爵にお願いするのは、さすがに気が引けるから……」


 マリーが頬を膨らませて不貞腐れてしまった。


 なんだかシャナクが加わってから、マリーのワガママな一面が見えてきたな。

 今までは僕と二人っきりで無理をしていたんだろうか。

 心に余裕ができて、素の自分を見せられるようになったのかも。

 ……まぁ、人形のマリーに心なんてないはずだけれど。


 その時、シャナクがマリーの頭を抱きかかえた。


「大丈夫。マリーは頭だけでも、とても頼りになるお姉さんですから」

「シャナク様!」

「それに持ち運びやすいし、一緒に眠る時も抱きしめやすくてちょうどいいサイズなんです」

「私はご主人様の目覚ましも兼ねているんです。あまり独占してはダメですからね!」


 ここ最近、マリーはシャナクと一緒に寝ている。

 僕としてはいくら人形とはいえ、人の顔――しかも頭だけ――を抱きしめて寝るのはどうも寝心地が悪いからやらないけれど……。

 二人が仲良くやってくれているのは、歓迎するべきだな。


「! マリオ様、マリーを鞄へ」

「どうした?」

「誰かが廊下を走ってきます。この足取りは……ヨアキムさんです」


 シャナクが言うので、僕はマリーの頭を受け取って鞄へと放り込んだ。

 それから間もなくして、ヨアキムさんがテラスまで入ってくる。


「マリオ様、シャナク様! こちらにいらしたのですかっ」


 クールなヨアキムさんらしくなく、ずいぶんと慌てているな。

 何かあったのだろうか。


「どうしました?」

「至急、執務室へお越しください! 大変なことが起こっておりまして……」

「大変なこと?」

「詳しくはあちらにて!」


 僕とシャナクは、半ば強引に執務室へ連れて行かれてしまった。





 ◇





 執務室に入ると、侯爵が気難しい顔をして机に頬杖をついていた。


「来たか!」

「一体何があったのですか?」

「説明の前に、あれを見てくれんか」

「あれ?」


 侯爵が指さす方向に向き直ると、鏡台の前にある椅子にパープルオーブが腰かけているのが見えた。

 しかも、背中を広く開けた露出度の高いドレスを着せられている。

 なんで執務室に人形が置いてあるんだ……。


「あのアリスが何か?」

「違ぁう! 鏡の方を見んか、鏡の方をっ」

「鏡って……あ」


 鏡に目を向けると、鏡面に何か文字が浮かび上がっているのが見えた。

 その文字は明らかにインクで書いたものではなく、不気味な輝きを放っている。


「あれはなんです!?」

「鏡面通信の魔法じゃ。かつてはセレステや他の国々が連絡を取り合うために使っていたが、今はもう途絶えてしまった文化じゃ」

「そんなものが……。通信と言うと、手紙のようなものなんですか?」

「その通り。あの文章には送り手がおる――つまりメッセージなんじゃよ」

「それが僕達を呼んだ理由ですか」


 侯爵は渋い表情で話を続ける。


「副都セレスヴェールを魔将タルーウィが征圧した。奴は勇者を差し出さなければ、副都の人間を皆殺しにすると鏡面通信で宣言しているのだ」

「なんですって!?」

「タルーウィは積極的に都市部を襲撃する性格の上、つい先日も大きな町を焼き尽くしておる。脅しではあるまい」

「副都には有名な冒険者ギルドがいくつもあるはずでは!?」

「副都を防衛する王国軍と冒険者ギルドは全滅。領主の貴族も腹心ともども殺され、国民はグールどもの支配下にあるという」

「そんな……っ」

「この通信は侯爵邸ここだけでなく、セレステ各地の為政者の元へと送られているようだ。シャインが失脚した今、勇者評議会がタルーウィに対抗できる勇者候補の選抜を始めているが、そんな猶予はない」


 侯爵の視線がシャナクへと向いた。

 彼はタルーウィの討伐をシャナクに命じるつもりなのだ。


「シャナクならタルーウィを斃せると……?」

「彼女にはシャインを超える実力を見せてもらった。あやつにできなかったタルーウィ討伐を果たせるとしたら、シャナクをおいて他にはおらん」

「……」


 三魔将最強とされるタルーウィ。

 戦うとなれば、手傷を負っていたザリーツのようにはいかないだろう。

 果たして今のシャナクだけで勝機はあるのか……?


「行きましょう、マリオ様。悪に苦しむ人々がいるのなら、私はその人達を助けるために戦います」

「……わかった。一緒に戦おう」

「はい!」


 シャナクの覚悟は決まっている。

 その傍にいるのなら、僕も同じ覚悟を決めなきゃならない。


「僕達にお任せください。全霊を賭してタルーウィを討ってみせます」

「そう言ってくれると信じていた」


 侯爵は安堵した顔で背もたれに寄りかかった。


「旅に必要なものは提供する。だが、わしに用意できるものは限りある。王都から副都に向かう途中には、強力な魔道具マジックアイテムを扱う魔法都市があるから、そこで戦いの準備を整えると良い」

「魔法都市ですか」

「うむ。元は賢聖勇者・・・・と呼ばれた古の大魔法使いが眠る墓所じゃ。その勇者を称え、多くの魔法使いが集まって町を築いたためそう呼ばれておる」

「賢聖勇者……!!」


 その名を聞いた瞬間、僕は閃いた。


 賢聖勇者――それはおそらくシャナクと同格の聖人。

 とするならば、その遺体は魔法都市のどこかに綺麗なまま残っているのでは?


 もしも遺体を発見できれば、シャナクの時と同様、僕のギフトで復活させられるかもしれない。

 剣聖勇者と賢聖勇者が揃えば、絶対タルーウィに勝てる!

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