22. 天才人形技師の遺産

「五十年ぶりに発掘されたアンブロシアの実、残りあと二つとなりました!」

「ネクタル酒1200年物はいかがです? 一時的に魔力量が2倍となる逸品です」

「東方の仙薬ありまぁす! 不老不死になりたい方はぜひにぃ~」

「バジリスクの毒を噴射する暗器を取り揃えていまっせ!」


 そこかしこから怪しい謳い文句が聞こえてくる。

 どれもこれも過去に禁制品に指定された品物で、表じゃ絶対に取り扱えない類のものばかりだ。


 そんな中、闇市のある一角に異様な人だかりができていた。


「なんだろう。ずいぶん注目されている品があるみたいだ」

「マリオ様。覗いてみませんか?」

「そうしよう」


 シャナクとその人だかりに混ざってみると、混雑の原因がわかった。

 そこには、まるで人間と見まごうばかりの人形が三体置かれていたのだ。


「ご主人様! あれはもしや!?」

「……うん」


 鞄の覗き穴から人形を見たマリーが興奮している。

 暴れるなと言いたいところだけれど、彼女の気持ちは僕にもわかる。


「まさか父さんの人形が他にも残っていたなんて」


 客の注目を集めているのは、見目麗しい美少女人形達。

 いずれも令嬢のような煌びやかなドレスを着せられ、澄ました表情でたたずんでいる。

 容姿端麗という共通項の他、髪型、体格、顔つきに違いがあり、それぞれが非常に個性的な外見を有している。

 何も知らない人が見たら本物の人間だと勘違いするだろう。


「こちらに並ぶ少女型人形は、伝説の天才人形技師ハードラックの遺作とされている七人のアリス・・・・・・の三体でございます!」


 人形を持ち込んだであろう黒服の商人が話し始めた。


「ハードラックの死が伝えられた後、彼の渾身の作とされる七人のアリスは、大陸各地へと散逸してしまったとされています。過去に闇市でもう二体が売買されるも、王国軍の摘発によって接収され、その行方は知れず。残りの二体に関しても消息不明であり、現存を確認できるのはこの三体のみと言ってよろしいでしょう!」


 七人のアリスか……。

 懐かしい響きだな。


 僕が物心ついた頃、父さんは僕を連れてリース村へと帰ってきた。

 そして、家に閉じこもってずっとこの人形達を作っていたっけ。

 じいちゃんと毎日のように喧嘩しては、まるで何かに憑りつかれたように人形に心血を注ぐあの人を、僕は近寄りがたく思っていた。


『取り戻す。取り戻すんだ。この先にきっと、彼女がいる……!!』


 そんなうわ言を繰り返すあの人の背中を見ながら、僕は育った。

 父親らしいことはほとんどしてもらえなかったけれど、それでも何かに打ち込む情熱の素晴らしさだけは教えられたように思う。


 でも、人形が完成した途端――七人のアリスと共に父さんは消えた。


 その訃報が村へと伝わったのは、それからしばらくしてのこと。

 そして、訃報を伝えに村へやってきたのが、七人のアリスのうちの一体――ゴールドマリーだった。

 彼女が僕の身のまわりの世話を焼くようになったのは、それからのこと。


「懐かしい顔ぶれですねぇ。あんな綺麗な服を着せられて、羨ましい」


 マリーが久々に再会した姉妹達に感嘆としている。


「本物で間違いないか?」

「間違いありません。現に、型式と名前も正しい表記ですから」


 人形達の胸元にはそれぞれ値札が付けられており、値段の他に型式と名前が記載されている。


 赤髪の人形は、A-3 ルビーハート。

 青髪の人形は、A-4 サファイヤクール。

 緑髪の人形は、A-5 エメラルドレイン。


 マリーが指摘した通り、確かに僕の記憶とも一致する。

 ちなみに、マリーの型式はA-1で、アリス達の長女に当たる。


「喉には人口声帯が備え付けられており、人形使いが操れば言葉を発することも可能とのことです。子飼いの人形使いがいらっしゃいますれば、お屋敷の侍女としてご利用いただくと箔がつくかと存じます!」


 商人の言葉に、貴族らしき客連中がざわつく。


 貴族は見栄っ張りで、食器でも何でもブランド力の高い物を欲しがる。

 特に王都の貴族にはそれが顕著で、奢侈しゃしを尽くした屋敷に馬車では飽き足らず、護衛の武装にまで一流を求める始末。

 わざわざ闇市に顔を出しているのも、掘り出し物を得る機会を期待してのことだろう。


「ご主人様、ぜひあの三体を買い戻しましょう!」

「無茶言うなよ。値札の数字、何桁だと思っているんだ……」

「でも、私の姉妹なのですよ!?」

「たしかに同型なら頭をお前に取り換えるのは簡単だろうな」

「そのために買いたいんじゃありません! ご主人様は、お父様の形見を取り戻したいと思わないのですか!?」

「……そうは言ってもなぁ」


 僕はチラリと隣に立つシャナクの顔を見た。

 すぐにその視線に気付いた彼女は、僕に向き直る。


 キャンディケインで司祭から貰った褒賞の他、道中でやっつけたモンスター達の戦利品を売っぱらってそこそこのお金はある。

 しかし、さすがにアリス達をまとめて買うような額はない。

 一体分だって足りないくらいだ。


 僕がそれらを購入する手段があるとしたら、もうズルをするしかない。


「マリオ様。あの人形が欲しいのですか?」

「そうなんだけれど……お金がちょっとね……」

「このマギアソードを売れば、少しは足しになるかと」

「剣士が武器を手離すものじゃないよ。それに、さすがに魔法剣を売っても人形を買うまでには及ばないと思う」


 ……言えない。

 仮にも勇者であるシャナクに、商人を催眠術に掛けてアリス達を僕に譲渡させてくれなんて。


「諦めよう、マリー。そもそも僕の目的は人形じゃないんだ」

「えぇ~!」

「旅の目的を果たせれば、恩賞でアリス達を全部取り戻せるよ。きっと」

「わかりました……。ご主人様、ササッと旅を終わらせちゃいましょうね!」


 旅の目的は魔王討伐だってこと、わかっているのかな……。


 その時、一人の紳士が商人へと近づいた。

 貴族――というよりは、屋敷勤めの執事といった風貌の男性だな。

 仮面で顔を隠してはいるけれど、その所作からも気品さを感じさせる。


「おや。お買い上げですかな?」

「ええ。我が主がこういった精巧な人形を愛でておりまして。ぜひとも引き取らせていただきたい」

「そうですか! 三体ともですか!?」

「もちろんです。もし他に購入を希望される方がいるのなら、ご相談をさせていただきたく存じますが――」


 彼が周りを見回しても、誰も名乗りを上げる者はいなかった。


「――いらっしゃらないようですので、三体とも私が引き取らせていただきます」

「お買い上げありがとうございます!!」


 興奮冷めやらぬ様子で、商人が男性と商談を始めた。

 人形達に色々とおまけを添えて値札の額を吊り上げる魂胆か。

 さすが危険を冒して闇市に出店するだけあって、商魂たくましいな。


 人形の買い手がついたことで、その場に集まっていた連中は散り散りになっていく。

 さて、僕も目当ての品――ギフトの効力を高める魔道具マジックアイテムを探さないと。


「彼女達のこと、買い主が大事に扱ってくれるといいですね。マリー」

「ありがとう、シャナク様。あの子達にきっとまた会えると信じることにします」


 シャナクがマリーを慰めるような声を掛けている。

 たまに喧嘩もするけれど、すっかり仲の良い姉妹って感じだな。





 ◇





 闇市の商品を一通り見てみたけれど、僕が望む品は見つからなかった。

 すでに誰かに買われたというわけでもなく、そもそもこの場に持ち込まれてはいなかったらしい。


「見つからなくて残念でしたね、目当ての品」

「いきなり見つかるとは思っていなかったからね。他にも闇市はいくらでもあるから、きっといつか見つかるよ。見つけてみせる――きみのためにも」

「ありがとうございます、マリオ様。わざわざ私のために骨を折っていただけること、感激しています」


 シャナクが深々と頭を下げてくる。

 そんな丁寧なお辞儀をされると、かえって恐縮してしまう。


「と、当然のことだからっ。シャナクは僕の最高戦力だし!」

「はい。この身に代えましても、マリオ様の目的を果たすために全霊を尽くします」


 彼女の真っすぐな眼差しには相変わらず圧倒されてしまう。

 本当なら、シャナクは僕みたいな日陰者と一緒にいるような存在じゃない。

 僕が勇者パーティーを解雇されていなければ、もっと不自由のない環境で彼女の存在が尊ばれただろうに。

 ……って、解雇されたからこそ僕は彼女と出会えたんだよな。


「人の出会いはわからないもんだなぁ」

「はい?」

「なんでもない。独り言」


 その時、客の一人が慌てた様子で走ってきて僕とぶつかった。

 とっさのことで踏ん張りが利かず、僕は床に尻もちをつくはめに。

 その上――


「ぎゃふっ」


 ――鞄からマリーの頭が転がり出てしまった。


「えっ」

「きゃっ」

「生首?」


 マリーの頭に周囲の注目が一気に集まる。

 ……ヤバい。


「あー! こ、壊れた人形の頭が転がってしまったー!」


 その場を取り繕おうとしたものの、わざとらしい棒読みセリフになってしまった。

 こんなんで誤魔化しきれるか……?


「なんだ、人形の頭か」

「珍しい死体の標本かと思いましたわ」

「いやはや、獣人やエルフの後頭部だったら興味を引いたのですがねぇ」


 ……この場が闇市だということを忘れていた。

 こんな場所に集まるような連中は、大なり小なりまとも・・・じゃないんだった。


 僕は慌ててマリーを拾い上げ、鞄へと押し込んだ。


「おぷっ! ご主人様、もっと優しくっ」

「うるさい、黙って押し込まれてろっ」


 こんな時に喋るなよ、まったく。

 頭だけで動いている人形なんて、人形使いだってびっくりするんだぞ?


「もし」


 いきなり背後から話しかけられて、僕は思わず飛び跳ねそうになった。

 振り返ると、そこには――


「今の人形の頭、よく見せてもらってもよろしいでしょうか?」


 ――先ほどアリス達を購入した男性がにこやかに話しかけてきた。


「あー。た、ただの人形の頭ですよ?」

「存じております。しかし、本物の女性と見まごうほどに精巧な出来だったように見えましたもので」


 あの一瞬で、この薄暗い地下室を転がるマリーの顔が見えていたのか!

 この人、ただ者じゃなさそうだな。


「これはそんな大層な人形じゃありませんよ?」

「まぁそう言わず。ぜひとも拝見したい」

「いや、本当に――」

「ぜひに!」


 退かないな、この人。

 かといってこれ以上拒んでも怪しまれるだけか?


 その時、鞄がわずかに揺れた。

 マリーから見せていいよ、というメッセージか。


「……わかりました。どうぞお確かめください」


 頼むから一切動くなよ?

 そう思いつつ、彼にマリーの頭を渡そうとすると――


「全員動くな!!」


 ――なんと地下室に王国兵が押し入ってきた。

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