21. 王都探索
王都の表通りでそこそこの宿を見つけた僕達は、デクを部屋の留守番に置いて、闇市を探しに出かけた。
王都の中心に近づくほど、通りは混雑してきた。
しかも、この狭い道を無理やり馬車が横断していくものだから危険極まりない。
久しぶりの王都ということもあって、僕はあやうく
一方、王都の人達は手慣れたもので、速度を落とさずに走ってくる馬車を難なく躱している。
慣れって凄い……。
「まさか宿の浴場が修理中とはね」
「仕方ありません。夕方には直るそうですから、その時にゆっくり入りましょう。お背中お流しします」
「いやいや! 混浴禁止の浴場だったでしょ」
「そうでしたね。私としてはご一緒しても構いませんけど」
「バレたら追い出されるから!」
「そうなったら公衆浴場で続きをしましょう」
「それは……ダメだ」
僕は、シャナクの胸に大きな傷跡があることを知っている。
その傷が僕以外の人の目に触れるのは
「そうですよ、シャナク様。ご主人様のお背中は私が流すんですから」
「でも、マリーは首から下がないでしょう」
「ご主人様に人形技師を見つけていただければ、すぐにボディも復活します!」
「ふ~ん。別に復活しなくてもいいのに」
「なんですって!」
人前ではあまり喋るなと言っておいたのに、マリーはそれをすっかり忘れて普通に会話している。
鞄の中から声が出ているなんて不自然だから少しは自重してほしい。
「マリー、静かに。これ以上、僕を困らせるなら次からデクと一緒に留守番させるぞ!」
「そ、それはご勘弁をっ! デクったら口がないから一緒に居て退屈なんです」
「口があってもここまでうるさいのはお前くらいだよ……」
そんな会話のさなかも、僕は通りをすれ違う人々の観察を続けていた。
王都の闇市は王国兵の摘発を避けるため、実に様々なところで行われている。
通りの道端や、酒場の一角、公衆浴場の中だったり、果ては移動中の駅馬車の上なんてこともある。
「闇市――私の時代にも王都で行われていました」
「そうなんだ。シャナクの時代にはどんな物が扱われていたの?」
「一番多かったのは、モンスターの肝や赤ん坊の死体などですね」
「えっ!? ど、どうしてそんなものを……?」
「今はどうかわかりませんが、当時はそういったものが良く効くポーションの素材とされていたのです。品質はともかく、あの頃はとにかくポーションが必要とされましたから」
「邪竜戦争の真っただ中だもんな……。大変な時代だったんだね」
「はい。でも、あの戦いの先にこの時代――今、私が見ている人々の平穏があるのなら、精一杯生きた甲斐がありました!」
「……そう」
通りを歩き始めてからというもの、シャナクはあちこちに目移りしている。
背の高い建物、屋台に並ぶ飲食物、道行く人々の衣装など――僕にとっては当たり前の光景でも、彼女からすれば400年後の世界を見ているわけだから興味が湧いて当然か。
その姿を微笑ましいと思う反面、生前は勇者の使命を孤独にこなしてきたのだから同情を禁じ得ない。
そこまでして使命を貫くなんて大したものだ。本当に。
……僕を切り捨てたシャインも、強い使命感ゆえのことだったのだろうか?
「マリオ様」
「ん? どうかした?」
「今の時代、アンブロシアは合法なのでしょうか?」
「アンブロシア? それなら――」
アンブロシアとは俗にゾンビ薬と呼ばれる肉体増強剤で、かつて冒険者の間で流行った代物だ。
その効能は服用した人物の戦闘力を飛躍的に高める反面、筋肉や内臓を痛めて寿命を縮めてしまうという厄介な副作用がある。
効果が切れた後の禁断症状が酷く、依存性が高いこともあって、国が所持や売買を禁止したほどだ。
もう何十年も前から取り扱っている商店は存在しないはず。
「――ずいぶん前に禁制品として取引が禁止されているよ。それがどうしたの?」
「今すれ違った商人と思わしき男性。彼が背負う
「えぇっ!?」
シャナクが指さす先には、たしかに商人っぽい見た目の男性が歩いている。
と言うか、どうしてシャナクにそれがわかるんだ?
「恥ずかしながら、私も何度かアンブロシアを服用したことがあるのです」
「そうなの!?」
「そうしなければ打開できない状況がありました。当時からその危険性は囁かれていましたが、冒険者の間では必需品の一つだったのです」
「邪竜戦争の真っただ中、だもんなぁ……」
時代が違えば、毒も薬に。逆も然り。
昔は、
アンブロシアの服用も、400年前と今ではまったく重みが違うんだろう。
今じゃ服用がバレたら即禁固刑だからな……。
「で、あの商人がアンブロシアを持っているとして、それが一体……」
「この時代、禁制品を扱う商人がいるとしたら、それは――」
「闇市か!」
「そういうことです」
商人が路地へと入ってしまったので、僕達は急いでその後を追いかけた。
彼は路地の奥へ奥へと進んでいき、薄暗い裏通りをさらに歩き続け――
「ここは……酒場か」
――一見すると廃墟のようにすら見える酒場へと入っていった。
「シャナク。これから中に入るけれど、何が起こるかわからないから気を付けて」
「承知しました」
「もし攻撃されるようなことがあっても、反撃は控えめに」
「大丈夫です。騒ぎが大きくなるような真似はいたしません」
シャナクがニコリと笑いかけてくる。
なんだかホッとする笑顔で、とても心強い。
「よし。行こう!」
僕が扉を開くと、酒場の中は――
「……!?」
――客が一人もおらずにガランとしていた。
「お客さん、ちょっと早いね。ウチは日が暮れてからだよ」
奥のカウンター席では、酒場の店員らしき男性がプカプカと煙草を吸っている。
室内に漂う煙からは甘い香り――大麻の類だな。
「すみませんね。でも、せっかく来たんだし一杯くらいダメですか?」
「ウチはガキに出せるようなジュースはないよ」
要約すると、さっさと出ていけってところかな。
闇市の手がかりを掴んだのに、簡単に引き下がるわけにはいかない。
「マリオ様。足元――おそらくは床下から、人の声が聞こえます」
「え? 声?」
僕にはまったく聞こえない。
アンブロシアの臭いといい、シャナクは嗅覚や聴覚が優れているみたいだ。
「アンブロシアの他にも、様々な刺激臭の香りがしてきます」
「となると、地下への入り口でもあるのかな」
僕達が小声で話していると、カウンター席から店員が出てきた。
「坊や達、デートならもっと明るい場所でしな」
デート……デートッ!?
男女二人での王都探索、たしかに考えようによっては……。
いや、何を考えているんだ僕は。
それよりも、明らかに僕達のことを煙たがっている。
ここの地下で闇市が行われているのなら、入り口に居座る僕らは邪魔者以外の何者でもないってわけだ。
ここはもう単刀直入に行こう。
「闇市に参加したいんです」
「……何の話だ?」
「ここの地下で闇市が行われていることは知っています。ぜひ参加させてください」
「何を勘違いしてるんだか。ここはしがない酒場だぜ、坊や?」
「またまた。さっき常連さんも入っていたじゃないですか」
「何のことやら」
なかなか口が堅いな。
王国兵の取り締まりが厳しいから慎重になっているのかな。
「マリオ様。ここは私が」
「えっ」
シャナクが唐突に僕と男の間に割って入った。
「私の眼を見なさい」
「あ?」
彼女は男の顔を見つめるや――
「
――何かをつぶやいた。
「私の質問に答えなさい。ここでは闇市が行われていますね?」
「……はい」
突然、男の態度が変わったので僕は驚いた。
「私達を闇市に参加させなさい」
「わかり……ました……こちらへ……」
男は夢遊病患者のようにフラフラと室内を歩き始めた。
彼が足を止めたのは、酒が並べられた棚の前。
その棚を横に動かすと、なんと地下へ続く階段が現れた。
「闇市は……この下で行われて……います……」
「どうもありがとう」
棚の前に突っ立っている男の様子はおかしいままだ。
突然こんな素直に秘密を教えてくれるなんて、一体どういうことだ?
「シャナク、あの人に何をしたの?」
「彼を催眠状態にしました。簡単な命令なら、このように強制できるのです」
「そ、それはまた……便利だね」
勇者ってこんな催眠術(?)まで使えるのか!?
シャインはまったく見せたことのない技だけれど、シャナクの代から400年の間に失われでもしたのだろうか……?
と言うか、こんな技があればなんでもやりたい放題だな。
「案内ご苦労様。私達が下りた後、今あった出来事は忘れなさい」
「わかり……ました……」
シャナクが僕の手を引いて階段へと向かい始める。
なんだか、すっかり立場が逆転している気分。
「ご主人様。少しは女性をリードしないと」
「うるさいなっ」
マリーが余計な世話を焼いてくるので、僕は鞄の口を閉めた。
◇
階段を下っていくと、ちょうど酒場の床下あたりに大きな地下室があった。
部屋に入った瞬間、そこかしこから大麻の臭いが香ってくるものだから、僕は思わず鼻をつまんでしまうほどだった。
「賑やかですね」
「うん。闇市って感じだ」
天井から吊るされたいくつものランプに照らされる広い部屋。
雑多に敷き詰められたテーブルの上には、いかにも訳ありな感じの商品が並べられており、いかにも訳ありな客人達で賑わっている。
最初に訪れる闇市としては、想像以上に大規模な場に当たった。
ここならもしかしたら僕の目当ての品があるかもしれない。
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