23. 侯爵家の誘い

 ……しまったな。


 摘発のリスクは頭の隅にはあったけれど、いきなり遭遇することになるとは。

 さっき慌てて走ってきた客は、このことを報せに戻ってきたのか?


 何にせよ、このままじゃ僕まで拘束されてしまう。

 取り調べで素性を隠し通せるか、正直自身がないぞ……。


「この市場で取り扱っている品物をすべてあらためさせてもらう! 全員、身を伏せよ!!」


 リーダーらしき王国兵が叫んだ直後、入り口から仲間がなだれ込んでくる。

 それを見て、この場にいる商人も客も反射的に身を屈めた。

 僕も例外じゃない。


「おい、貴様! 身を伏せよと言った!!」


 なのに、リーダー兵が僕に向かって叫んでいる。

 否。彼の目線は僕の隣に向いている……?


「あ……!」


 僕はシャナクが身を屈ませていないことに気が付いた。


「貴様、命令に逆らうかぁ!!」

「……」

「おのれ!!」


 シャナクはリーダー兵の命令をガン無視している。

 ヤバい。

 こんな時に、僕以外の命令はきかないという〝人形支配マリオネイト〟の弱点が出た!


「シャナク、座――」

「身を伏せよぉぉぉぉ!!」


 僕の声を遮って、リーダー兵が怒声を上げながら迫ってきた。

 彼は剣を手に取り、それを鞘に納めたままシャナクへと振り下ろす。

 しかし、彼女に触れる寸前、鞘が中に納めた剣ごと粉々に砕け散ってしまう。


「な、何ぃっ!?」


 剣が振り下ろされた瞬間、にわかに光の膜が煌めくのが見えた。

 あれは水晶光壁クリスタルウォールとかいう勇者の闘技に違いない。


「貴様、何をしたぁ!!」


 突然の武器破壊に驚き、リーダー兵が飛び退いた。

 どうやらシャナクが水晶光壁クリスタルウォールを展開したことには気付いていないみたいだ。


 彼女に怪我がないのはよかったけれど、結果として状況は悪化の一途をたどる。

 周りの兵達が一斉に抜刀し、シャナクへと切っ先を突きつけてきたのだ。


「不審な女め! 取り押さえて素性を洗いざらい吐かせてやるぞ!!」


 リーダー兵が顔を真っ赤にしてシャナクに絡んできた。

 こうなると王国兵は乱暴だから、この場はもう穏便には済まない。

 どうする……?


「お待ちください!」


 地下室に響き渡る新たな声。

 その声はついさっき僕と話していた、執事風の男性のものだ。


 彼は立ち上がるや、屈んでいる客達の隙間を縫ってリーダー兵に歩み寄る。


「何だ貴様は!?」

「その者達は我が主の客人でございます。どうか平にご容赦を――」


 彼はリーダー兵に何やら耳打ちを始めた。


「……」

「よろしいですね?」

「ああ。行け」


 ……行け?

 なんだ、どういう意味だ?


「さぁ、参りましょうか」

「えっ!?」


 男性は僕に手を差し出してきた。

 思わずその手を取って立ち上がったものの、リーダー兵を始め、周りの人々の目が痛い。


「そちらのお嬢さんもご一緒に」


 そう言うと、彼は入り口に向かって歩き出した。

 しかも、僕についてくるように目配せまで。


 王国兵達は、そんな彼の言動に突っかかることもなく見過ごしている。

 なんだか異様な光景だ……。


「そうそう。三体の人形につきましては、本日中に屋敷までお届け願います」


 途中、男性は思い出したように人形商へと告げた。

 人形商は突然の事態に混乱しているようで、返事もできずにいる。


「シャナク、行こう」

「承知しました」


 僕とシャナクが階段を登り始めたところで兵達が部屋の捜索を再開する。

 怒鳴り声や悲鳴が聞こえてくる中、あんな荒々しい連中に文句一つ言わせない男性の正体に非常に興味が湧く。


 彼は一体何者なのか?

 闇市に居て王国兵から見逃されるなんて、絶対にただ者じゃない。





 ◇





 酒場の外に出ると、にこやかな表情で男性が待っていた。


「先ほどはあなたのおかげで助かりました。あなたは一体……?」

「私はヨアキムと申します。エゼキエル侯爵閣下に仕えるバトラーでございます」

「エゼキエル侯爵!?」


 どこか良いところの執事じゃないかとは思っていたけれど、まさかあの侯爵・・・・のところのバトラーだったなんて……。


 エゼキエル侯爵は、勇者パーティーのパトロンもしていたセレステ屈指の大貴族だ。

 王国兵があっさりと引き下がるのも当然だった。


「僕はネイト、彼女はクシャナといいます。冒険者として各地を旅しています」


 即興で考えついた偽名だけれど、ここはなんとか素性を誤魔化したい。

 さすがに侯爵の関係者に本名なんて名乗れない。


「私のような者が闇市に訪れるのは意外でしたか?」

「そりゃもう……」

「閣下より、散逸したアリスを集めよというご指示を受けておりまして。手が空いた時に、こうして闇市を巡っているのです」

「でも、どうして見ず知らずの僕達を助けるようなことを?」

「そちらが理由です」

「あ……」


 ヨアキムさんが視線を向けたのは、僕の背負っている鞄だった。

 彼はマリーを拝見したいと言っていたけれど、まさかそのために僕達を助けてくれたのか。


「この場ではなんですので、お屋敷へご招待します。中身はそちらで拝見させていただければと」

「僕のような素性の知れない冒険者を連れ込んでよいのですか?」

「ご心配には及びません。私、人を見る目はあるのです」

「はぁ」


 ふわっとした理由だな。

 王国兵から助けてくれたのは感謝するけれど、このままついていって大丈夫なのだろうか。


 その時、鞄の中でマリーが動いた。

 ……ついていけ、というメッセージだろうな。


「茶菓子くらいはお出ししますよ」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 僕が承諾すると、ヨアキムさんはにこりと笑った。


 次に、彼は両の手のひらをパンパンと叩いた。

 やや間を置いて、通りに大きな影が現れる。

 何かと思って見上げてみると、真上には巨大なモンスターが羽ばたいていた。


「ド、ドラゴン!?」

「ご安心を。あれはドラゴンではありません」


 ヨアキムさんはそう言いながら、通りに着地したドラゴンへ近づいていく。

 彼はドラゴンじゃないなんて言うけれど――


 長い首の先に角と髭のある頭。

 手足のある巨大な体。

 一対の巨大な翼。

 そして、太く長い尻尾。


 ――どこからどう見てもドラゴンじゃないか!


「良い出来でしょう。これはドラゴンの姿を模倣した運搬特化型ゴーレムです。戦闘向きではないですが、人や物を運ぶ上ではこれ以上のものはありません」

「ゴーレム……!」


 ゴーレムと聞くと、王国軍の人形使いが使っている戦闘特化型の人形がまず最初に思い浮かぶ。

 でも、人の手で・・・・再現された・・・・・もの・・というのがゴーレムの正しい定義だ。

 人だろうと、動物だろうと、モンスターだろうと、人形使いが操る前提で造られた人工物は等しくすべてゴーレムと言える。


 そして、そんなものを操るこのヨアキムという人物も……。


「ヨアキムさん。あなたも人形使いだったんですね」

「昔の話です。しかし、過去の経歴が今こうしてバトラーとしての役割に活かせていることは、幸運と言う他ありませんな」

「狼や馬までなら見たことがありますが、こんな大型のゴーレム――しかもドラゴンモデルなんて初めて見ました」

「どうぞ背中へお乗りください。噛みついたりしませんから、ご安心を」


 僕がドラゴンに向かう一方、シャナクは動こうとしない。


「どうした?」

「……」

「シャナク?」

「いえ、なんでもありません」


 シャナクはそう言うと、僕の後に着いてきた。

 その表情はどうにも冴えない。


 ……まずかったかな。

 邪竜戦争を戦った彼女にとって、ドラゴンは乗り物として割り切れるものじゃないのかもしれない。





 ◇





 その後、僕達はドラゴンの背に乗って束の間の空中遊泳を体験した。

 上空から見下ろす王都の街並みは、まるで小人達の住まう小さな町を眺めているかのようだった。

 空を飛ぶのは心地いい――なんだか鳥になったみたいだ。


 しかし、そんな気分も長くは続かず。

 僕達はすぐに侯爵邸の庭へと降りることになった。


「来賓の間にご案内いたします」


 屋敷に到着して早々、ヨアキムさんは僕達を豪勢な客間へと案内した。


 僕とシャナクがふかふかのソファーに腰を下ろすと、メイド服を着た木偶デク人形――僕のデクより遥かに出来が良い――がテーブルに茶菓子を置いていく。

 見るからに美味しそうな焼き菓子、そしてフルーティーな香りのする紅茶(?)を前にして、あまりの場違い感に居心地が悪い。


「では、さっそく例の物を見せていただきましょうか」


 テーブルを挟んで対面のソファーに座ったヨアキムさんが、僕の鞄に視線を向けている。

 ここまで良くしてもらって、今さら見せない選択肢はないな。


「どうぞ」


 僕は鞄からマリーの頭を取り出し、テーブルの上に置いた。

 ヨアキムさんはさっそく身を乗り出して彼女の顔を覗き込む。


「失礼します――」


 彼がマリーを手に取って観察する間、僕は何事も起きないようにと祈った。


「――素晴らしい。なんと美しく精巧な造形でしょうか」


 褒めちぎりながら、彼はマリーをテーブルの上に戻した。

 何も起きずに済んでホッとした。


「これは七人のアリスのうちの一体ではありませんか?」

「えっ」

「お譲りいただきたいとは申しません。ただ、教えていただければと」


 やっぱりバレるよな……。

 さて、どうやって誤魔化したものか。


「詳しくはわかりません。昔、田舎町の骨董屋で見つけた代物ですから」

「その田舎町とはどこでしょう?」

「王都の東にあるティンセルという町です」

「三年前、魔王軍の襲撃で焼かれた町ですな。たしかにあの町は人形技師が多く暮らしていたと聞きます」


 僕が実際にマリーを見つけたのは、リース村の実家だ。

 フェンサーとウルファーについても同様。

 でも、その事実を誰かに話したことはない。


 人形使いを生業としてから、あの人形達をいつどこで手に入れたのかと何度聞かれたことか。

 事実を明かせば村にどんな輩が押し寄せるかわからないので、僕は必ず裏の取れない嘘を答えるようにしている。

 それが、今は亡き町ティンセルの骨董屋で手に入れた、という回答だ。


「頭だけだったので、僕のような若輩者でも安く手に入れられました。出来の良い造形でしたから、胴体を作って売却しようと考えていたのです」

「ほう。売却する気だったと」

「はい」

「自分で使うおつもりだったのでは?」

「え?」

「あなたは人形使いですよね?」

「えぇっ!?」


 な、なぜバレた……?

 僕は冒険者としか言っていない。

 同じ人形使いとは言え、動く人形を連れていない僕を同職だと看破するなんてできるわけが……。


「ネイト様は私に対して、あなた人形使いか、とおっしゃいました。それでピンときたのです」

「あ~」


 しまった。

 なんて初歩的なミスを……。


「図星のようですね」

「す、すみません! 真っ当な人形を持っていないもので、人形使いを名乗るのが気恥ずかしくて……っ」

「そうでしたか。闇市には人形をお探しに?」

「……はい」


 余計なことを言うと詮索されそうだから、ここは相手の話に乗るしかない。


「冒険者ギルドに所属経験は?」

「ありません。ずっとフリーで……」

「お得意の人形はどういった系統でしょう?」

「人型です。木偶デク人形や、戦闘用のゴーレムも一応……」

「なるほど」


 なんだか面接みたいになってきたな。


「ネイト様。私から一つご提案があるのですが」

「何です?」

「侯爵家専属の人形使いとして働いてみる気はありませんか?」

「……はえ?」


 まさかの申し出に、僕は変な声が出た。

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