19. ゾンビ勇者も人肌恋しい

 〝災禍再結アンラッキーリユナイト〟――


 それは絶えず不運を呼び寄せ続けるという恐るべきギフト。

 しかも、ギフトの持ち主だけでなく、その周りにいる人々すらも不運の影響下に置いてしまう。

 発動とか解除とかの概念もなく、コントロールなどできるはずもない。


 ――もはや神の悪戯としか言いようのないギフトだ。


 神官庁秘蔵の書――ギフト目録の写本を持ち出して調べても、たったそれだけのことしかわからなかった。

 何せ、セレステ聖王国700年史上、たった二名しかギフトの持ち主を確認できていない超レアなギフトだというのだ。

 しかも、いずれの持ち主も人生を儚んで自害したという有り様。

 これ以上のことは調べてもわからないという結論に至った。


 教会でお偉いさんを招いた晩餐を済ませた後――この時も司祭が食中毒で倒れた――、僕達は町長の厚意で宿泊先を一等級宿に変えてもらった。

 そこでは僕とマリー、そしてシャナクの二部屋を用意してもらっている。


 鑑定が済んでからずっとシャナクは元気がなかった。

 部屋に送り届けた時もしょんぼりしたままだから、何かあれば僕の部屋を訪ねてくるように言ってあるけれど、心配だ……。


「シャナク様、落ち込んでいましたね」

「そりゃそうさ。自分のギフトが災いを振りまくものだとわかったんだから」

「不幸を呼び寄せ、あまつさえ他人にも不幸を被せてしまう――そんなギフト、誰だって欲しいとは思いませんよ!」

「怒ったって始まらない。シャナクにとっては辛いギフトだけれど、魔王を倒すためには彼女の力が必要なんだ。ギフトのリスクは受け入れるしかない」


 今になって思い出したことがある。

 リース村でグールに囲まれた時、僕は奴らから短剣の一斉攻撃を受けた。

 その時、突風が吹いて僕を狙った短剣がすべてシャナクの方へと向かってしまった。

 あれこそまさに不運を呼び寄せるギフトの能力だったに違いない。 


 重要なのは、僕が被るはずだった不幸を、土壇場で彼女が引き受けたという事実。


 それを鑑みるに、〝災禍再結アンラッキーリユナイト〟が呼び寄せる不幸は、最終的に必ず彼女自身に収束することになるのでは?

 つまり――もしかするとだけれど――、何らかの方法で不運をシャナク・・・・にだけ・・・向かう・・・ように・・・制限できれば、最悪、他人に不幸を被せることは防げるんじゃなかろうか。


 シャナクがもっとも気にしているのは、周りの人間を不幸にすること。

 それさえ解決できれば、彼女の心はきっと晴れるだろう。


 ……そんな方法があるのかはわからないけれど。


「もう夜も遅いです。そろそろ休みましょう、ご主人様」

「そうだね」


 僕はマリーの頭をキャビネットの上に置き、ベッドに入った。

 柔らかいベッドにふかふかの布団――これほど気持ちいい寝心地は久しぶり。


 ちなみに、デクは頭がほとんど傷ついていなかったので、マリーが取りついていた体に戻してある。


「私の体も近いうちに直してくださいね」

「お金が貯まったらね」


 やっぱりマリーは体がないことを気にしていたみたいだ。

 それにしたって、デクの体に取りつくとは……。


 僕との会話でもすぐに主導権を奪うし、彼女はどうにも〝人形支配マリオネイト〟の常識を超える人形だ。

 人間そっくりの人形はどれもこんな風になるのだろうか?


「おやすみなさい、ご主人様」

「おやすみ、マリー」


 部屋を照らしていたランプを消して、僕は眠りについた。





 ◇





 ……僕は夜中に目を覚ました。

 ぐっすり寝つけていたのに中途半端な時間に目を覚ましたのは初めてだ。


 窓を見ると、鎧戸から差す星の光がわずかに部屋に差し込んでいる。

 その光を目で追っていくと――


「!?」


 ――部屋の扉の前に誰かが立っていることに気が付いた。

 あまりにもびっくりし過ぎて、声も出なかった。


 物取りか?

 ちゃんと施錠はしていたはずなのに、どうやって入ってきたのか……。


「マリオ様」


 その声を聞いて、僕はそこに立っているのがシャナクだと気が付いた。


「シャナク? どうしてここに……!?」


 僕が身を起こすと、彼女がベッドに近づいてくる。


 一歩踏み出した際、外から差し込む光に照らされてその姿が露わに。

 なんと彼女は衣服を不自然にはだけさせていた。


「なな、何をっ!?」

「寒い」

「え?」

「寒いのです、物凄く。凍えるように寒くて、耐えられないほど……」

「寒い……?」


 たしかにセレステの季節は冬だけれど、もう春も近くなってきてそれほど寒いという時期でもないはず。

 現に、僕も町の人達も厚着をせずに過ごしている。


 しかし――


「まるで……極寒の中にいるようなのです……っ」


 ――彼女の身震いは冗談とは思えなかった。

 腕も脚もガタガタと震えていて、身を丸めるその姿は見ていて痛々しいほど。


「温めて……ください……」

「は?」

「凍えるように寒い時、人肌で温め合うと良いと聞いたことが――」

「ちょ、ちょっと待って!」


 僕が慌てふためく前で、シャナクは上着を落とし、スカートまでも脱ぎ捨ててしまう。

 腰回りと胸元を隠す下着だけが残り、妖艶な肢体がさらけ出される。

 見てはダメだと頭ではわかっていても、視線を反らすことはできなかった。


「マリオ様、助けて」


 シャナクがいよいよ僕のベッドに乗り上げてくる。

 間近で見る彼女の表情は頼りなく、年齢よりも幼く見えた。


「シャナク……」


 僕の心臓は激しく鼓動を繰り返していた。

 胸が熱い。体が熱い。

 異性にこんな気持ちを抱いたのは初めてのことだった。


 シャナクは僕に吐息がかかるほど近くまで来るや、上着を剥ぎ取ろうとしてくる。

 抵抗しようにも彼女の力が強すぎてどうしようもない。

 僕はあっという間に上半身の服をひん剥かれてしまった。


 そして――


「あっ。温かい……」


 ――彼女の頬が僕の鎖骨に。両の手が僕の背中に。その豊満な胸が僕のお腹へと押し付けられる。

 冷たい。彼女と触れている場所がひんやりとする。

 でも、僕の体温は下がるどころか、急激に上がったようにすら感じる。


「うっ。うぅ……これが……人肌の温かさ……っ」


 シャナクが泣き始めてしまった。

 彼女の頭は僕の顎のすぐ下にあって、ちらりと目線を下げるだけでその顔が目に入る。


 心底安らいでいるかのような表情だった。

 今まで見たことのないほどに緩やかにほほ笑む彼女を見て、僕は胸が熱くなるのと同時に、左手を彼女の背中に回してしまった。

 生身の女性の肌に触れるのは初めてだったので、緊張してしまう。


「シャナク、暖かい?」

「暖かいです。マリオ様の温もりが……伝わってきます」


 シャナクと夜を迎えるのは初めてじゃない。


 リース村に一週間ほど滞在した時は、間取りの都合で同じ部屋で寝ることになったけれど、まったく寒さを訴える様子はなかった。

 それどころか、部屋の隅で座り込んだまま夜を明かしていたほどだ。


 なのに、今夜に限ってどうしてこんなことに……?


「急に……どうしたんだ?」

「私にもわかりません。突然、寒くなったのです。自分の体がこんなに冷たいなんて、今まで気づきませんでした……」


 彼女が僕に寄り添ってしばらく。

 鎖骨に触れていた頬が、僕の首に。顎に。頬に。少しずつ肌をこすりながら上ってくる。

 そして、とうとう目線が合った。


「マリオ様、もっと。もっと強く私を抱きしめてください」

「でも……」

「私をこの寒さからお救い下さい」


 シャナクの胸元を隠している下着は現代のブラジャーと違って――前にマリーがつけているのを見たことがある――、非常にお粗末な出来だった。

 400年前のものだからか、生地も痛んでボロボロ。

 それが僕の体と触れ合ううちにずり落ちて、豊満な二つの山が露わになっていた。


 暗がりに目も慣れてきたから、僕にはその姿がよく見える。

 ……また体が熱くなってきた。 


 僕は右手も彼女の背中へと回し、ぎゅっと抱きしめた。

 やはり冷たい。

 でも、心なしか少しずつ彼女の体温が上がってきたような……気がする。


 そして―― 


「シャナク!!」


 ――僕は彼女を押し倒した。


 毛布の上に横たわるシャナクの裸体を見て、僕は息を飲んだ。

 二つの膨らみ――その中央に尋常でないほど大きな傷跡があったからだ。


 僕はそれが邪竜との戦いで負った傷なのだと察した。

 そして、彼女が勇者であることを思い出し、我に返った――のも束の間。


 僕の理性は、胸元から視線を上げたことですぐに霧散してしまう。

 潤みきった瞳、だらしなく開いた唇――その表情は、僕の熱を高める一方だった。


「もっと」

「え?」

「もっと温めてほしいです」

「もっとって……ど、どうやって?」

「それは……きっと同じです。400年前も……今も……」


 シャナクが両肘を畳んで胸元に寄せていく。

 そのせいで、たわわな胸元がより一層膨らんだように感じた。


 僕は考えるよりも早く、両手で二つの膨らみを揉みしだいていた。

 やはり彼女の体温は低いままで、心臓の鼓動も聞こえてこない――けれど、恐ろしく心地よい揉み応えに、僕はただただ夢中になっていた。


 途中、シャナクの表情をうかがってみたけれど、嫌がっている様子はない。

 それでホッとした一方、僕の手は胸元から腹、腹からさらに下へと、彼女の肌を伝っていった。


「……っ」


 それまでずっと結んでいた口をシャナクが開いた。

 ……くすぐったかったかな?


 腰回りの下着を剥ぎ取ってすぐ。

 僕もまた余計な衣服を脱ぎ捨て、彼女の上にまたがる姿勢となった。


「マリオ様……」

「シャナク……」


 左手を彼女の手のひらに重ねた。

 間もなくして、互いの指と指が絡み合う。


 右手でも同じことをしたかったけれど、今の僕にはそれはできない。

 だけど、彼女は僕の右腕を優しく撫でてくれた。

 その行為がたまらなく嬉しくて、愛しくて、僕はなぜだか涙が出てきた。


「マリオ様、きて、ください」

「いくよ、シャナク」


 僕が熱を帯びた体で彼女に圧し掛かろうとした時――


「ウフフッ」


 ――不気味な笑い声が聞こえてきた。


「ウフッ。頑張れ、ご主人様っ」

「……」


 暗闇の中、こちらを見つめる視線。

 それはキャビネットの方から感じられる。


 僕は脱いだばかりのズボンを声のする方へと放り投げた。


「わぷっ!?」


 声は途切れた。

 視線も感じられなくなった。


 僕は再びベッドに横たわる彼女へと意識を戻す。

 そして――


「まだ、寒い?」

「少しだけ」


 ――僕達は体を重ねた。

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