18. シャナクの秘密

 魔将ザリーツを倒し、キャンディケインの町は救われた。

 ……いや。これ本当に救われたと言っていいのか?


 僕の視界にはまるで天変地異でも起こったかのような光景が広がっている。

 広場にはいくつも亀裂が走り、岩盤がひっくり返って、倒壊した建物もちらほら。

 しかも、何十名も被害者を出してしまった。


 担架で運ばれていく遺体を見ると、やるせない気持ちになる。

 こんな僕が勇者に変わって魔王を倒すなんて言う資格があるのだろうか……。


「ご主人様。守れなかったものを嘆くより、守りきったものを誇りましょう」

「マリー……」

「ほら。みんなの顔をご覧になって」


 マリーの指さす方向を見ると、町の人々が互いに抱き合っている。

 助かった者達の喜ぶ顔、安堵した顔、様々だ。


 でも、どうしても僕はもう一方の人達に目を向けてしまう。

 家族か、恋人か、友人か――遺体の前で泣き崩れる人々の姿に。

 僕がもっと強ければ、彼らも助けられたかもしれない。

 そう思うのは自惚れだろうか……?


「マリオ様」

「シャナク……」

「まず初めに、命令を無視したことをお詫びさせてください」


 シャナクは僕の前でひざまずくと、深々と頭を垂れて謝罪し始めた。


「誠に申し訳ございません。私が至らないばかりに、町に多大な犠牲を出してしまいました。人々の死はもはや償いきれるものではありません。ですが、どうか……どうかお許しください!」


 その表情は今にも泣き出しそうなほど不安に満ちていた。


 邪竜を独りで討伐するほどの勇者も、僕と同じ悔恨の念を抱いている。

 否。他人に不幸が及ぶのを避けていた彼女だからこその感情なのか。


「……いいんだ。それよりも残りのグールを掃討しよう」

「民家に入り込んだ者達もすでに排除済みです」

「え? 全部?」

「はい。この町のグールはすべて排除いたしました」

「そ、そう……」


 いくらなんでも仕事が早すぎる。

 僕が命令してから捕まるまで、ほんの数分程度だったのに。


「それと、念のためこの外道はまだ生かしてあります」

「えぇっ!?」


 シャナクが僕の前にザリーツを寝かせた。


 ザリーツは顔半分が吹き飛び、下半身が千切れて上半身のみかろうじて残っている状態だった。

 これで生きているって……本当か?


「み、見事だ……」


 うわぁ。本当に生きてた。

 虫の息だけれど、まだ口も利けて意識もあるのか。


「魔王について何か情報を聞きだせればと。……余計でしたか?」

「とんでもない! 気を利かせてくれて助かる」


 シャナクが命令以外のことを自らの意思で行うなんて驚きだ。

 でも、同時に彼女の変化を表しているようで嬉しい。


「娘よ。我を倒した貴様の名、教えてくれぬか……」


 ザリーツの懇願にも似た問いを受けて、シャナクは僕の顔を見た。

 僕が頷くと、彼女が名乗りを上げる。


「シャナク」

「そうか。……シャナクよ、例え我が万全の状態であっても貴様には及ばなかっただろう。それほどの力を貴様は持っている」

「……」

「我の死は、主である魔王陛下に伝わる。貴様らは斃すべき存在として、陛下に認識されることだろう」


 魔王に目をつけられる、か。

 側近中の側近である魔将の一人を討ち取ったんだ。

 むしろ当然と言える。


 もしも魔王が自ら僕達への制裁に乗り出したら……シャナクだけで勝てるのか?


「シャナクよ。貴様の力は陛下に匹敵する。しかし、決して勝てはせぬ。それだけは確信を持って言えるのだ」

「教えろザリーツ。魔王の本拠地はどこにある?」

「貴様には話しておらんぞ、人形使い」

「僕はシャナクの仲間だ。質問する権利はあるだろう」

「……言うわけがあるまい。答えは自分で探してこそ……冒険者で……あろう……」


 ザリーツの声がかすれてきた。

 息絶えるのも近い。


「最後に一つ聞かせろ。お前は勇者シャインと戦ったな? 彼らはどうなったんだ」

「当代……勇者とは……痛み分け……に終わっ……」

「ザリーツ?」

「……」


 ザリーツの言葉が途切れた。

 どうやら息絶えたらしい。


「ご主人様。どうしてシャイン様のことを?」

「どうしてって……どうしてだろう?」


 もしかして僕はあいつの心配をしたのか?

 僕を切り捨て、フェンサーとウルファーを奪い、マリーを破壊した、あんな身勝手で傲慢な勇者を。


 ……そんなはずない。

 あいつに先んじて魔王討伐を果たすため、〈暁の聖列〉の動向を知りたかっただけだ。


「マリオ様。シャインとは?」

「当代の勇者だよ。魔王を倒すため、彼もどこかで魔王軍と戦っているはずなんだ」

「当代勇者……家名はなんというのでしょうか?」

「クルス伯爵家だね。彼のフルネームはシャイン・ルクス・クルス。何か心当たりはある?」

「クルス……? いいえ、私の記憶にはありません」

「そう」

「申し訳ございません」

「謝らなくていいって!」


 シャナクは些細なミスでも謝ってくる。

 ここらへんはそのうちどうにかしたいなぁ……。


「でも残念でしたね、ご主人様。魔王の本拠地はずっと不明とのことでしたから、その手がかりが得られればよかったのに」

「そうだな……って、待てよ?」


 確実に情報を聞き出す方法があるじゃないか。

 僕の〝人形支配マリオネイト〟は死体も効果対象だ。

 ザリーツの死体を操れば、シャナクのように僕に忠実な状態になるんだから、魔王の情報を聞き放題だぞ!


「ちょっと下がっていて、マリー」

「はい?」


 僕はザリーツの死体――と言っても頭だけだけれど――に触れて、人形となるように念じた。


「……」


 念じ続ける。


「……」


 さらに念じ続ける。


「……」

「ご主人様?」


 これだけ念じているのに反応がない。


「……」

「ご主人様ってば!」


 マリーが揺さぶってきたので集中力が途切れてしまった。


「なんだよ!?」

「さっきから何しているのですか?」

「ザリーツを操れないか試していたんだ」

「まぁ。……で、どうだったのです?」

「ダメみたいだ」


 結果は失敗。

 ザリーツは二度と動きだすことはなかった。


 なぜ失敗したんだろう?

 シャナクの時のように五体満足じゃなかったから?

 それとも悪魔は僕の認識としては対象外?

 ……まだ死体を操る力は謎が多いな。


「あ、あのぅ~」

「少し考えさせてくれよっ!!」

「ひぃっ!」

「……あれ?」


 話しかけてきたのは、マリーだと思ったらまったく違う人だった。


「ご、ごめんなさい! てっきり……」

「いえ、こちらこそ話の最中に割り込んで申し訳ない」

「えぇと……何のご用でしょうか?」

「わたくし、キャンディケインの教会で司祭をしております。この度は、我々の町をお救いいただき感謝の言葉もありません」

「でも、俺達の力不足のせいで犠牲者が……」

「それは仕方のないことです。むしろ、あんな怪物どもに襲われたのに、町が滅ぼされなかったことが奇跡のようなもの」

「そう言っていただけると……」


 チラリとシャナクの様子をうかがうと、彼女は暗い顔をしていた。

 司祭の話を聞いて、自分を責めているんだろうな。


「道や建物は直すことができます。しかし、人はそうは参りません。ありがとう……あなた方はまさに救世主です」

「そんな……」

「我ら一同、命を救われたお礼をさせていただきたいのです。お名前をお教え願いますか?」

「僕はマリオです。彼女はシャナク。それと……この変なのはマリー」


 変なのと言ったことが気に障ったのか、マリーはムッとした顔をしている。

 一方、シャナクは無表情に戻って司祭を見つめている。


「冒険者様とお見受けしますが、旅の路銀をいくらかご用意します。他に必要なものがあれば、そちらも可能な限り――」


 司祭の申し出を聞いて、僕は思い出した。

 そもそもこの町にはシャナクのギフトを鑑定するために来たんだった。


「路銀はありがたくいただきます。それともう一つ、ギフト鑑定をお願いできますか?」

「ギフト鑑定ですか? あなた方のご年齢を見る限り、すでに成人の儀式は終えているのでは」

「事情があって、彼女だけ儀式に参加していないのです」

「承知しました。教会にお越しください。お食事も用意いたしましょう」


 その後、町の人々から再三お礼を言われた後、僕達は教会へ向かった。


 シャナクは多くの人々から感謝されて、反応に困っていた。

 一方、マリーはチグハグな外見が気味悪がられて誰も近づくことはなかった。

 教会に着く前に、マリーにはマントでも羽織らせておこう……。





 ◇





 セレステ聖王国の国民は、満十三歳になると教会で自分のギフトを確認する機会を与えられる。

 この儀式によってギフトの内容が判明するため、子ども達にとっては人生の指針を決める重要な要因となるのだ。

 しかし、無料で鑑定できるのは儀式の一度のみで、以降は高額の寄付をしなければ鑑定は不可能となる。


 今回、司祭の厚意でシャナクのギフトを無料鑑定してもらえることは、僕にとって幸運だった。


「こちらが当教会の神眼の間でございます」

 

 教会に着いて早々、僕達は奥の間へと通された。

 さすが神官庁の施設と言うべきか、物凄く奢侈しゃしを尽くした立派な部屋だ。

 ステンドグラスからは太陽の日が差し込んで、中央にある台座の上――神眼のゴブレットを美しく照らし出している。


「シャナク様、どうぞこちらへ。ゴブレットにお手をおかざしください」


 司祭に促された際、シャナクは僕に視線を向けてきた。

 頷いてあげると、彼女はゴブレットへと向かった。

 僕とマリーもその後についていき、一緒にゴブレットを覗き込む。


 ゴブレットには水が一杯に注がれている。

 シャナクがそれに両手をかざすと、水面が微妙に波立ち始めた。


 しばらくして――


「あっ」


 ――水面に光る文字が現れる。


「……〝災禍再結アンラッキーリユナイト〟……?」


 シャナクが口にしたその言葉こそ、神眼のゴブレットが明示した彼女のギフト。

 でも〝災禍再結アンラッキーリユナイト〟なんて聞いたことがないな。


「これは……まさかこんなことが……!?」

「司祭様はこのギフトをご存じなんですか?」

「は、はい。これは非常に稀有なギフトでございます」

「一体どんな能力が?」

「ありとあらゆる不運を自分に呼び寄せてしまうギフトです」

「えぇっ!?」

「副作用として、周囲にいる者も不幸を被るという、恐るべき――いや、失礼。そういったギフトなのです」


 なんてこった。

 まさにシャナクが言っていた通り、彼女の人生を物語るギフトじゃないか。


「ギフト目録を持ってきましょう。詳しい内容をばぁぁぁっ!!」


 突然、司祭が裾を踏んで転んでしまった。


「はがが……っ」


 顔を上げた司祭は、顔面を打ち付けて前歯を折ってしまっている。

 ……もしやこれもギフトの効果か?


「マリオ様……わ、私は……私はやっぱり……」


 シャナクから再び泣きそうな表情を向けられた。

 彼女のこの不安を、僕は一体どうすれば解消できるんだ……?

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