愛しき死体と人形使い

17. 不幸を呼ぶ女③

　ザリーツに向かって、シャナクが両手に握るロングソードを構えた。

　二刀を扱えるのか？

　そう思った瞬間、シャナクは左手の剣をザリーツに向かって投擲した。

「むっ!?」

　その剣はザリーツの左腕によって弾き飛ばされてしまう。

　しかし、その時すでにシャナクは奴の目の前まで迫っていた。

　ザリーツが反撃に転じるより速く、シャナクは剣を斬り上げた。

　奴の筋骨隆々な胸板がぱっくりと割れて、黒い血が飛び散っていく。

　勝負あり!?

　否。奴はよろめくどころか、シャナクを見下ろしながら黄ばんだ歯を見せる。

「くっく」

「……浅いか！」

　ザリーツの右腕が突如、巨大な剣へと変化した。

　すんでのところでその一撃を躱したシャナクは、地面を蹴って後退する。

「やるな！　前に戦った勇者よりも身体能力は上か」

「褒めるのはまだ早い――」

　間合いを取ったシャナクが行ったのは、無手の左腕を振り下ろす所作だった。

「――我が剣に迷いなし（インファリブル）!!」

　シャナクがその言葉を発した直後、ザリーツの喉へと剣が突き刺さった。

　それは数秒前に弾き飛ばされたはずのロングソードだ。

　意識外からの不意打ちを受けて、さしものザリーツも顔色を変えた。

「がふっ！　なんと老獪な……っ」

　ザリーツが喉から剣を引き抜こうとした瞬間、再びシャナクが動いた。

　目にも止まらぬ速さでザリーツの間合いに飛び込むや、剣の刀身を輝かせる。

「聖なる光の剣閃（シャイン・グリント）!!」

　シャナクの渾身の一撃がザリーツへと直撃する。

　大量に黒い血が飛び散るのを見て、僕はさすがに勝負がついたと思ったが、そうではなかった。

「……!!」

　シャナクのロングソードが、根元から粉々に砕け散ってしまっている。

「凄まじい膂力よ。しかし、残念なことに得物が貴様の力についていけておらぬ！」

　ザリーツは胸に深い傷を負いながらも、シャナクへと掴みかかった。

　あわやのところで、シャナクは奴の膝を蹴ってその間合いから脱する。

　身体能力も凄いが、周囲への洞察眼も凄まじい。

　あんな戦い方、シャインがしたところを見たことがない。

「戦闘経験が半端ではないな。その若さで大したものよ」

「……」

「これほどの腕で名が知られていないはずがない。名乗れ。貴様を殺した後、その名を我が記憶に刻みつけておいてやる」

「……」

「名乗らぬか。自らの名を吹聴せぬとは、妙な勇者よな」

　ザリーツは首に刺さった剣を引き抜くや、その刀身を踏み砕いた。

　さらに、筋肉を隆起させて胸の傷を閉じてしまう。

　一方、シャナクは腰に差していた鞘からロングソードを抜き放つ。

　あれはゴブリンから奪った剣で、グール達の持っていた物と大差ないはず。

　大丈夫なのか……？

「まぁよい。完全とはいかぬが、我も少しは傷が癒えた。思う存分、相手をしてやろう！」

「……」

「くっくっく。その無表情、いつまで貫けるかな？」

「……」

「釣れない娘よな!!」

　ザリーツが左腕をも剣に変え、シャナクへと走り出した。

　でかい図体のくせして、なんて俊敏な動き。

　奴は瞬く間にシャナクの距離を詰めてしまった。

「食らえっ!!」

　ザリーツの振り下ろした腕（剣）をシャナクは難なく躱した。

　しかし、その傍からもう片方の腕（剣）が躱した先へと振られてくる。

　シャナクはその連撃を巧みに躱し続けていくも、反撃とまではいかなかった。

「どうした、逃げるばかりか！」　

　改めてザリーツの剣が空を切った時、シャナクが反撃に転じた。

　剣を潜り抜け、奴の下腹をロングソードで斬りつけたのだ。

「……っ!!」

「無駄だ無駄だ!!」

　その腹筋はまったくの無傷。

　あわや反撃を食らいそうになり、シャナクは横に跳んで斬撃を躱した。

「悲しいな。何が悲しいかと言えば、貴様の持つ得物のことよ」

「……強度が足りない」

「そうだ！　本気で腹筋を固めれば、その程度の刃では我が肉体を傷つけること敵わぬ!!」

　やはり手強い。

　シャナクの剣技は凄いけれど、武器が貧弱なせいで奴には通用しないんだ。

「……」

　シャナクは無言のまま、傍に落ちていたグールの剣を拾い上げた。

　再びの二刀――でも、それはきっと通用しない。

　なんでいつまでも剣での勝負にこだわっているんだ？

「どうした？　そろそろ使ってくれて構わんぞ。勇者の闘技とやらを」

「……」

「もしや他に技はないのか？　貴様ほどの者がそんなはずはなかろうが」

「……」

　……まさか。

　シャナクが剣での戦闘を続けるのは、僕が破壊を控えめにと命じたから？

　そのせいで彼女は本来の力を発揮できないんじゃ……。

「本気を出せ！　そんなナマクラよりも、よっぽど素晴らしい威力の技が使えるはずだ!!」

「……」

「やれやれ。強情な娘よ」

　呆れたように言うと、ザリーツは右腕の剣を空へと掲げた。

　しかし、奴はそれをシャナクへ向かって振り下ろすことはしなかった。

　あらぬ方向へと振り下ろしたその一振りは衝撃波となり、地面を割りながら広場を走っていく。

　人々を斬り刻みながら……。

「何をする!!」

「くっくっく。我らの戦いにちと邪魔かと思ってな」

「何てことを……！」

「貴様が本気で戦わなければ、我はこの町の人間どもを殺し尽くすだけだ。勇者ともあろう者が、それを見過ごすわけにもいくまい？」

「貴様……!!」

「よい顔をするではないか。憎しみに満ちたその表情、美しいぞ！」

　このままじゃマズイ！

「シャナク！　本気で――」

「黙レ!!」

　本気を出すように伝えようとした途端、いきなり誰かに組み伏せられた。

　見れば、それは酷い手傷を負ったグールだった。

　まだ生き残っていた奴がいたのか！

「オトナシクシテナァ！　ヨケイナコトスルンジャネェ」

「ぐっ」

　地面に顔を押し付けられているせいで喋れない。

　こんな状態なのに、皮肉にもシャナク達が対峙する姿はよく見える。

「その命を捧げよぉぉぉ!!」

　ザリーツは両腕の剣を一気に振り下ろした。

　飛び退いてその攻撃を回避したシャナクだったが、奴の一撃が地面を砕いて巨大な裂け目を作ったことで、さらに後退を余儀なくされた。

「どうしたどうしたぁ!?」

　奴は両腕の剣を振り回しながらシャナクを追いかけていく。

　速度、威力、精度ともに、彼女ですら避けるのがやっとの様子。

　数秒の後、シャナクは建物の壁へと追い詰められてしまった。

「逃げるだけでは勝機はあり得ぬ!!」

　壁を背にしては、もうザリーツの攻撃からは逃れられない。

　そして、奴はこの状況を狙って作り出したみたいだ。

「死ぬか!?　それとも魅せてくれるか!?」

　隙のないザリーツから繰り出されるさらなる一撃。

　それは高速の突きで、シャナクの剣ではとても捌きようがない威力だ。

　しかし、彼女はその一撃を思いがけない方法で突破した。

　受けるでも躱すでもなく、突きの方向へ向かって跳んだのだ。

　シャナクは皮一枚のところで攻撃を躱し、あろうことか奴の腕（剣）を踏み台にして跳び上がった。

「何ぃっ!?」

　ザリーツもそれには驚いて目を丸くした。

　直後、シャナクの二刀が奴の両目へと深々と突き刺さる。

「うぐああああっ!!」

　そのダメージに、さすがのザリーツものけぞった。

　一方、シャナクはその場から離脱せず、弓なりに反った奴の真上に留まったまま。

　固く握った右拳に全身の光が集中していく。

「はあああぁぁぁ――」

　シャナクの表情は一層険しく。

　拳に纏う光は遥かに眩しく。

　振りかぶっていた腕を、一気に仇敵に向かって振り下ろした。

「――神なる聖拳（セイクリッドブロウ）!!」

　拳はザリーツの頭を砕き、強靭な体を引き裂き、それでも威力は衰えず地面を砕いて岩盤を吹き飛ばし、遂には竜巻のように土くれを空へと巻き上げた。

　その衝撃は地面を伝って町中へと轟き、広場に亀裂を走らせていく。

　それだけに留まらず、近くの建物を倒壊までさせてしまう。

　これぞリース村でも見せた彼女の全力の一撃だ。

「うわぁ……」

　砂煙が晴れた頃、僕の目に留まったのは隕石が落ちた跡のようなクレーターだった。

　斜面を登って姿を現したのは――シャナク。

　彼女はいつもの澄ました表情に戻っている。

　そして、その手には無惨な姿となり果てたザリーツの亡骸を引きずっていた。

「ヒッ！　ヒイイィィッ」

　シャナクに睨まれ、僕を押さえつけていたグールが怯え始める。

「マリオ様を離せ」

「近ヅクナァッ！　コイツヲブッ殺スゾォ!?」

　グールが短剣の腹を僕の首筋へと当ててきた。

　僕を人質にでもして逃げるつもりか？

　その時――

「ほあたああぁぁぁっ!!」

「グゲェッ!?」

　――突如、グールの顔面が潰れて吹っ飛んだ。

　シャナクは何もしていない。

　一体何が起こった……!?

「ご主人様に刃物を突き立てるなんて、許しませんよっ!!」

「マリー!?」

　見上げると、奇妙なポーズを取っているマリーが僕の目に映る。

　前に披露してくれたグァラーテの構えだ。

　それとは別に、僕は彼女の姿に目を丸くした。

「一体どうしたんだ、その恰好!?」

「お恥ずかしい。緊急事態でしたので、動けないデクの体を借りたのです」

　なんとマリーの首から下はデクの体だったのだ。

　顔と胴体のあまりのギャップに、僕は唖然とするしかなかった。

　そして、その姿を見たシャナクがくすりとしたことに、僕はもっと驚いた。