16. 不幸を呼ぶ女②

 グールに町が襲撃されている。

 リース村を襲った連中とは別の集団か?

 今回見るグール達は、武器も服装もそこそこ上等なもののようだ。


 となると、奴らのリーダーは手強そうだな……。


「どうしますか、ご主人様?」

「どうするって言われても――」


 その時、隣の部屋から大きな音がしてきた。

 何やら言い争う声まで聞こえてくる。


「お隣が騒がしいですね。何でしょう?」

「嫌な予感がする……」


 僕が言った直後、壁の奥から悲鳴が聞こえてきた。

 加えて家具が破壊される音、そして窓ガラスが割れる音。


 窓の外に目をやると、通りに血まみれの人間が落ちていくのが見えた。

 ぐちゃり、と地面に叩きつけられたその人は、ピクリとも動かない。


 間もなくして、ドンドンと乱暴に部屋の扉が叩かれた。


「……来たか。これはどう考えてもグールの仕業だな」

「ど、どうするんです、ご主人様っ!?」


 マリーが慌てる一方で、僕は落ち着いていた。

 グールの襲撃があってもシャナクがいれば何も問題はない。

 でも、今外で捕まっている町の人達は違う。


 仮にシャナクでグール達の制圧に乗り出したとしても、人質を取られでもしたら犠牲者は免れない。

 犠牲者を出さず解決するには、奴らにこちらの存在を悟られないことが大前提。

 ……なのに、こういった時に僕は適切な作戦が思い浮かばない。


「シャナク、僕は街の人達を助けたい。策はあるか?」

「承知しました。私に考えがあります」

「本当かい!?」

「私に任せていただけますか?」

「うん。信じるよ」

「……はい!」


 シャナクが笑みをたたえて頷いた。


 その直後、グールが扉を蹴破って部屋に乗り込んできた。

 数は二匹――生意気にも鋼の鎧スチルアーマーを着ており、手には血の付いたロングソードを握っている。


「外ニ出ロ!」

「抵抗スレバ死ヌコトニナルゾ!!」


 グール達が僕を睨みつけた瞬間。

 扉の裏に隠れていたシャナクが飛び出して、手刀で二匹の首を落とした。

 さらに、首のない体が倒れる寸前、彼女は二匹の手からロングソードを引っ手繰った。


「では、行ってまいります。マリオ様」

「あ。ちょっと待って」

「何でしょう?」

「その……あまり建物や物を壊さないように。色々と問題が出ちゃうからさ」

「承知しました。他には何か?」

「もうない。頑張れ!」

「頑張ります!」


 シャナクは廊下に飛び出していった。

 しかも、その時の彼女は足音がほぼ聞こえなかった。

 相変わらず凄い身のこなし(?)だ。





 ◇





 僕とマリーが窓から外を覗いていると、ボロボロのマントを羽織った人物が広場に現れた。

 奴が噴水の縁に腰かけると、グール達がその周辺にひざまずき始める。


 その姿はモンスターを見慣れた僕からしても異形だった。

 人の形こそしているものの、頭や肩から生えた角、背中にある一対の翼、尻から伸びる鉤型の尻尾――明らかに人間とは違う生き物だ。

 もしや、あれが噂に聞く悪魔とやらだろうか。 


 しかし、どうも様子がおかしい。

 全身に生々しい傷が残っていて、片足を引きずってもいた。

 まるで命からがら戦いから逃れてきたような様相だ。


「あれがグール達のリーダーっぽいですね。なんだかボロボロです」

「見るからにヤバいな。できれば関わりたくない相手だけれど」


 その時、悪魔の尻尾が伸びて近くにいた男の人を捕まえて引き寄せた。

 何をするのかと思えば、奴はその首へと指先を突き刺した。


 男の人はすぐさま干からびていき、まるでミイラのようになってその場に倒れた。

 逆に、悪魔の方は腕まわりの怪我が多少癒えたように見える。

 まさか人間の血を吸って回復をはかっているのか!


「ご主人様、このままじゃ広場の皆さんが!」

「わかってる。でも、シャナクがきっとなんとかしてくれるはず……」


 僕自身に戦う力がないのが悔やまれる。

 ただシャナクの働きを期待するしかないなんて。


 その時――


「コンナトコロデ何ヲコソコソヤッテイル?」

「うわっ!?」


 ――突然、片言の言葉が耳に届いた。

 驚いて振り向くと、廊下からグールが一匹入ってきた。


 しまった。

 仲間が戻ってこないと思って、新手がやってきたのか!


 グールは床の上に倒れている同胞の死体を一瞥した後、僕を睨みつけた。


「貴様ノ仕業カ!?」

「そ、それは……どうだろう」


 グールが一歩踏み出した際、デクが僕と奴の間に割って入った。

 とっさに僕の身を案じてかばってくれたのだ。


「邪魔ダ!!」


 デクはグールの一振りで首を斬り飛ばされてしまった。

 人形の体をなさなくなったデクは、それによって〝人形支配マリオネイト〟の効果が途切れて倒れてしまう。


「くそっ。なんてことを……」

「フン。人形使イカ。ナラバ、貴様自身ニ戦闘力ハアルマイ」


 抵抗する間もなく、僕はグールに組み伏せられてしまった。


「ご主――」

「痛い! 乱暴するな!!」


 マリーが喋ろうとしたので、僕はとっさに叫んで彼女の存在をごまかした。

 結果、腹を殴られて胃の中の物を吐き出しそうになったけれど……。


 心配そうな表情をするマリーを横目に、僕はグールに宿から連れ出された。





 ◇





 ……大ピンチだ。

 僕は今、広場に連れてこられて悪魔の前にひざまずかされている。


 奴の周囲にはすでに何人もの人々がミイラとなって転がっていた。

 何が犠牲者を出さないように、だ。

 僕自身、何もできずに犠牲者を作り出してしまっているじゃないか……!


「貴様、人形使いだそうだな。この辺りの冒険者といったところか」

「……」


 僕には奴らに抵抗する力はない。

 けれど、屈服はしない。


 僕は目の前の悪魔を睨みつけることに努めた。


「くっく。そう睨むな」

「あんたは何者なんだ? どうしてこの町の人達にこんな惨い仕打ちを!?」

「我が名は渇求のザリーツ。と言っても、こんな辺境の冒険者は知らぬか」

「……っ」


 渇求のザリーツ?

 その名はたしか魔王軍の三魔将の一人じゃないか……!


 この傷……もしかして〈暁の聖列〉と戦ったのか?

 こいつが生きてここに居るということは、シャイン達はどうなったんだ!?


「我は癒しを求めている。この地の民は我に選ばれたのだ。ありがたくその命を捧げるがよい」

「なんだと!?」


 自分の傷を癒すために人々を犠牲にするつもりか。

 許せない。やっぱり魔王軍は殲滅しなければいけない存在だ。


「この期に及んで敵意を見せるか。面白い、気に入った。貴様を殺すのは最後にしてやる」


 そう言うや、ザリーツは尻尾を伸ばしてまた別の町民を捕まえた。

 それは赤ん坊を抱いた女の人だった。


「や、やめてください! どうか、どうかお慈悲を!!」

「怯えるな。我が血肉となることこそが慈悲と知れ」

「あああっ! どうかこの子だけでもお助けを!!」

「人間の赤子か。これだけ体が小さいと我が傷の癒しにはならぬな」

「そ、それではこの子だけは助けていただけるので!?」

「うむ。救済を与えよう」

「ああっ。ありがとうござ――」


 その刹那、ザリーツが赤ん坊の体をデコピンで吹き飛ばした。

 粉々に飛び散った肉片が女性の全身に振りかかる。


「あ……ああぁっ」

「救済を与えたぞ。死という救済をな」

「あああぁぁぁぁーーーーっ!!」

「うむ。心地よい絶望に満ちた悲鳴だ」


 ザリーツの指先が女性の喉元に突き刺さった。

 見る見るうちに彼女は干からびたミイラとなり果てていき――倒れた。


「絶望が深いほどその命は美味くなる。人間とは素晴らしいものよな、人形使いよ」

「この……外道がっ!!」

「貴様のその敵意が諦念と絶望に変わった時、さぞや甘美なる味となろう」


 奴はいやらしい笑みを浮かべている。

 心底、人の命をなんとも思っていない――まさに悪魔の所業。


 こいつは絶対に生かしてはおけない。

 どんな犠牲を払っても、こいつだけはこの場で確実に殺さなければ!


「シャナク! 今すぐ出てきてこいつを殺せ!!」


 僕が叫んだ直後、民家が爆発して倒壊を始めた。

 砂煙が舞う中、真っ黒こげになったグール達が何匹も広場に転がってくる。


「御意に」


 煙を割って現れたのは、金色の光に包まれたシャナク。


「人形使いの仲間か。何者だ?」

「お前に裁きを与える者だと思え!!」

「なるほど。面白い」


 ニヤリと笑うザリーツ。

 その邪悪な笑みを見て、僕は身震いを抑えられなかった。


 恐ろしい悪意を感じる。

 これが魔将――なんて存在感だ。


「美しい娘だ。さぞやその命も美味かろう。死なない程度に痛めつけ、我が前にひざまずかせよ!!」


 ザリーツが指示するや否や、広場にいたグール達が一斉に動き出した。

 リース村を襲ってきた連中とは動きが違う。

 明らかに修練された連携で、シャナクへと攻撃を仕掛ける。


 一方、シャナクは迎え撃つ素振りも見せないまま歩き続け――


輝ける我が剣の領域シャイニングフィールド!!」


 ――自分を取り巻いていた光を、瞬時に周囲へ拡げていった。


 グール達はその光に触れた瞬間、無数の剣閃に斬り刻まれてなます切り・・・・・された大根のようになっていく。

 不思議なことに、その光に触れた人々にはなんの影響もない。


「私が敵意を向けた者だけを斬り刻む聖なる断罪の剣。その身に刻み、地獄で泣いて詫びるがいい」

「くっくっく。こいつは面白い」


 広場に集まっていたグール達はすべて皆殺しにされた。

 地面にぶちまけられた奴らの死体からは酷い臭いがするが、それを気にしている余裕もない。


 ザリーツが腰を上げて、シャナクと向き合ったのだ。

 奴もまた光に触れて全身を滅多切りにされていくが、その傷は皮膚一枚を斬り刻む程度――まるで堪えていない。


「本当に面白いな。貴様、勇者の血を引く人間だな?」

「外道と問答するつもりはない。死ね」


 シャナクは明らかに憤っていた。

 殺された人々を見て湧き起こった怒りが、今再び彼女の感情を揺り動かしたに違いない。

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