15. 不幸を呼ぶ女
村の中に王国兵の数が増えてきた。
霊園の地下で発見された大昔の遺跡――シャナクの遺体が安置されていた場所――の発掘調査が始まるためだろう。
「マヨイ婆さんから聞いたけれど、王都から偉い学者がくるらしい」
「まぁ。そんなに凄い遺跡だったのですか?」
「400年前の遺跡だからね。国からしたら文化的価値があるんだろうな」
「本来ならご主人様が発見者となれたのに、残念ですね」
「それは仕方ないよ。でも、こんなことなら棺の中のお宝を回収しておけばよかったな。これから旅で入り用だってのに」
「それはダメですっ」
マリーとの会話中、家の扉をノックする音が聞こえてきた。
僕の家に訪ねてくるなんて、きっとマヨイ婆さんだな。
「わぷっ」
僕は慌ててテーブルに置かれたマリーに毛布を掛けて、隅の棚へと移動させた。
マヨイ婆さんが扉を開けたのは、ちょうどその時だった。
「なんだ、いるのかい。いるなら返事しなよ、マリ坊!」
「返事する前に入ってきたんじゃないか」
「嫁はどうしたんだい?」
「嫁じゃないから! ……彼女なら奥で旅の準備をしているよ」
嫁というのは、シャナクのことだ。
どうやら婆さんは僕達の関係を誤解しているようで、あの子を冒険者仲間だと思っているらしい。
「ふん。それよりもずいぶん綺麗になったもんだね。扉まで付け替えて」
「父さん譲りでそこそこ器用ですから。転職するなら大工あたりがいいかも」
「……」
「マヨイ婆さん?」
「いや、なんでもないよ。あんたの親父が亡くなったって便りを受けてから、もう何年になったかね」
「五年かな。早いものですね」
マヨイ婆さんはどこか遠い目をしていた。
「あ、そうだ。僕は明日の朝には村を出るので、しばらく家の管理を頼めませんか?」
「もう行くのかい。王国兵が増えた途端出ていくなんて、やっぱりあんた何かヤバいことして国に追われてるんじゃ――」
「いやいやいや! そういうんじゃないからっ」
「ふぅん。まぁ別にいいさね。あんた達は家族揃って勝手ばかりするから、今さら驚きゃしないよ」
「はは……」
きっとじいちゃんや父さんのことを言っているんだろうな……。
僕もしっかりルーザリオン家の男ってことだ。
「マヨイ婆さん、色々ありがとう。お世話になりました!」
「改まってなんだい、今生の別れでもあるまいし」
「素直にお礼を言ったんだけど……」
「ふん。どうせ暇だし、家の面倒くらいは見てやるよ」
婆さんは抱えていた包みをテーブルの上に置くや、踵を返した。
「これは?」
「近々旅に出るのはわかってたからね。冥途の土産と思って持っていきな」
「そんな物騒な……」
包みを開いてみると、僕の好物の蜂蜜パンが入っていた。
「あ、ありがとうっ!!」
「余り物で作ったからね。腹壊しても文句言われる筋合いはないよ」
「十分ですよ!」
「必ずまた村に戻ってくるんだよ。あんたには、あたしの墓を守ってもらわにゃならないんだからね」
「だから僕は墓守には……まぁ、先の話はわからないから、一応頭の隅にとめておきます」
「それでいいよ」
終始ムスッとしていたマヨイ婆さんが、最後に笑顔を見せてくれた。
◇
翌日早朝、僕はリース村を発った。
マリーは鞄の中に入れ――本人の要望で覗き穴を開けて――、荷物持ちはデク、護衛はシャナク、というメンバー構成だ。
冒険者が見たら、ちょっと異色のパーティ―に映るだろう。
「ご主人様、どうして駅馬車をお使いにならないんです?」
「節約だよ。村長から礼金を貰えたとは言え、まったく余裕はないんだ」
「でも、教会のある町まではちょっと遠いですよ。徒歩だと、道中モンスターに遭遇する可能性も上がりますし」
「先立つものがないんだから仕方ない。それに、モンスターならシャナクがいるから大丈夫さ」
街道を歩くさなか、僕は先頭を行くシャナクの様子を観察していた。
シャナクは少しだけ人間っぽい振る舞いを見せるようになった。
命令がないと一切動かないということもなくなり、周りによく目を向けるようになった気がする。
でも、僕以外が話しかけても簡単な受け応えをする程度で、まともな会話は成立しないのが現状だ。
コミュニケーションを取っていけば、もっと人間性が表れてくるかな?
「マリオ様。およそ1kmほど先に町の影が見えました」
「わかった」
なんて視力だ。
僕には地平線の彼方にかろうじて黒い影が見える程度だっていうのに。
さすが勇者だけあって、身体能力がずぬけているな。
……それに、横顔も綺麗だ。
「!! 四時の方角からモンスターが近づいてきます!」
僕がシャナクに見惚れていると、その雰囲気をぶち壊す事態が起きた。
振り返ってみると、たしかにモンスターがこちらに走ってくる。
「ゴブリンライダーだ!」
現れたのは、四つ足の獣にまたがるゴブリン達。
奴らは弱い旅人ばかりを狙う街道の脅威――盗賊だ。
「ギヒヒッ。女イル、高ク売レソウ」
「グヒヒッ。
「ゲヒヒッ。仕事ニカカルゾッ!」
ゴブリン達は手にした剣を振り回しながら、僕達に襲い掛かってきた。
僕が身構えるよりも早くシャナクは動きだして――
「失せろ下郎!!」
――ゴブリン達を一人残らず手刀で叩き斬ってしまった。
その間、実に一秒。瞬殺だ。
「マリオ様」
「は、はい」
「私は曲がりなりにも剣士です」
「そうだね」
「腰に剣がないと落ち着きません。ゴブリンどもの残した剣を使ってもよろしいでしょうか?」
「もちろん。戦利品として町で売れそうな物は貰っていこう」
「承知しました」
シャナクはロングソードを鞘ごとゴブリンから奪い取ると、腰に備え付けた。
女剣士か――剣が加わるだけで、とても様になるな。
シャナクが荷物袋に残りの戦利品を詰めている様子を眺めていると、鞄の中からマリーの声が聞こえてきた。
「ご主人様。女の子にばかり仕事をさせる気ですかっ」
「わ、わかったよ……」
女の子と言ってもシャナクは勇者で剣聖で護衛なんだけどな。
そう思いながら、彼女の手伝いに加わった。
「マリオ様がこのようなことまで――」
「いいんだ。手伝わせてよ」
「……はい」
シャナクは申し訳なさそうな顔をしている。
うん。人間っぽくていいぞ。
ゴブリンの持っていた袋を取り上げようとした時――
「痛っ」
――指先に突然の痛みが生じた。
どうやら袋の中に入っていた刃物(?)で切ってしまったらしい。
「どうしました!?」
「うわっ! だ、大丈夫。指を少し切っただけ」
シャナクが突然顔を近付けてきたので驚いた。
主人の心配をしてくれるのは嬉しいけれど、ちょっと過敏過ぎやしないか?
「傷を見せてください」
「大したことないって」
そう言いつつも、僕はシャナクに傷口を見せた。
その時、指先を目にした僕は顔が引きつる。
傷口付近の皮膚が紫に変色していたのだ。
これは――
「毒です!」
――ですよね。
シャナクが袋をひっくり返すと、中から抜き身の短剣が転がった。
刀身が湿っていて、どうやらそれが毒だということに気付いた時、僕は全身に寒気を感じて立っていられなくなった。
指先の痛みよりも、全身に広がっていく疲労感と寒気がヤバい。
「ご主人様? どうかしたのですか? おーい、外が見えませーん」
僕の気も知らないで、マリーが呑気なことを言っている。
今僕を心配してくれているのは、シャナクだけだ――顔を見ればわかる。
「症状からしてこれはバジリスク種の毒です! マリオ様、気をしっかり持って!!」
「ごめん、それ、無理、そう……」
僕の顔を覗き込むシャナクの実に人間らしい慌てぶり。
見ていてちょっと微笑ましい。
「ごめんなさい! 私の不幸がマリオ様にまで及んでしまった。やっぱり私は――」
不幸……?
そう言えば、シャナクは自分が周りの人を不幸にするって言っていたっけ。
この状況もその不幸とやらの影響なのか?
単に僕の不注意なのだから、彼女には思いつめないでほしい。
ああ、でも、しまったな。
まだ旅は始まったばかりだって言うのに。
もうシャナクの声は聞こえない。
視界がぼやける。
意識が遠のく。
こうして僕の冒険は終わりを迎えた――
◇
――なんてことはなく。
目覚めた時、僕は見慣れない天井を見上げていた。
どうやらベッドに寝かされているようだけれど、ここは一体どこだろう。
「ご主人様!」「マリオ様!!」
直後、耳元にマリーとシャナクの大きな声が届いて、鼓膜が破けそうになった。
「び、びっくりした……。ここはどこ?」
「キャンディケインです。街道の先に見えた町ですよ」
僕が真横を向くと、枕の隣にマリーの頭が置かれていて二度びっくり。
僕はマリーの頭を抱えて、ベッドから身を起こした。
その際、短剣で傷をつけた指先に包帯が巻かれていることに気付いた。
「……僕が倒れている間、何があったんだ?」
「倒れたご主人様を背負って、シャナク様がキャンディケインの教会を訪ねたんです。そこで司祭様にお願いして、毒の治療をしてもらいました」
「そうか、迷惑かけてごめん。謝礼を要求されただろう。いくら渡したんだ?」
「ほぼ全額ですね」
「だよなぁ……。教会の奇跡は庶民にはキツイよなぁ」
まさか旅に出た初日で所持金が底をつくとは。
しかもここは宿屋のようだし、宿代も支払わないといけないのか……。
いきなりつまづいた感じだ。
「もし宿代払えなかったらどうなるんだ?」
「王国兵に突き出されるでしょうね。でも、今はそれ以上に悪い状況になっちゃってまして」
「? どういうこと?」
「窓の外をご覧ください」
マリーに言われて、ベッドから降りて窓の外を見てみると――
「な、なんだよあれ!?」
――広場には、後ろ手に縛られた人々が大勢集められていた。
しかも、そこにはグール達の姿までも。
目が覚めて早々、こんな大事件に遭遇するとは……。
申し訳なさそうな顔をしているシャナクを見て、僕は周りの人間を不幸にする、と言っていた彼女の言葉を思い出した。
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