シーズン2
14. 彼女との触れ合い方
グール達の襲撃から一週間ほど経った。
リース村は王国兵の応援もあり、なんとか再建が始まったところだ。
僕は立場上、王国兵に存在を知られるわけにはいかない。
マヨイ婆さんは僕が訳ありだと察してくれたようで、詳しいことは聞かずに僕を匿うことを村のみんなと合意してくれた。
グールを撃退したのは、たまたま村に居合わせた旅の冒険者パーティーということにしてもらい、僕が関与した事実は王国に伏せられた。
嫌味な婆さんだと思っていたけれど、僕のために骨を折ってくれるなんて実は懐が深いんだなあの人。
まぁ、村のみんなは僕の存在を気味悪がって、関わり合いになりたくないというのが本音のようだけれど。
村の若者の件に加えて、マリーの首を抱えていたのがまずかったな……。
「ご主人様、もっと心を込めて床を拭いてくださいっ」
「わかってるよ!」
今、僕は四年ぶりに足を踏み入れた我が家で忙しなく働いている。
じいちゃんが亡くなってから一年間も放置されていたので、とても人が住める状態じゃなくなっていたから。
しかも、扉の施錠は壊され、窓は割られ、屋内はめちゃくちゃに荒らされていた。
村の人の仕業か、それともよそ者の盗人か……。
金目の物があるとでも思って盗みに入ったんだろうけど、マヨイ婆さんは形見分けする物もないほど、何もない家だったって言ってたからなぁ。
多分、実際に盗られた物はないと思う。
「デク、もっと効率よく物を運びなさい! ゴミ出しだけで日が暮れちゃいますよ
!?」
マリーがテーブルの上から指示を飛ばしている。
それはともかく、デクは破壊されずにまた僕の元に戻ってきた。
また再会できるとは思っていなかったので、素直に嬉しい。
あれからまた一週間も動かす機会に恵まれたので、今では普通の人間並みに荷物運びは行えるようになっている。
怒られているのは、マリーの要求が無駄に高いせいだ。
「ご主人様も、もっとテキパキ動いて!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はい」
……まったく。
主人をこき使う人形なんて聞いたことがない。
マリーはメイド人形だけあって、大の綺麗好き。
でも、首から下がない今は自分で掃除ができないので、僕とデクに指示を出して家の掃除をさせている。
これがなかなか細かくて、掃除なんてしたことのない僕には非常にキツイ。
しかも、デクを動かしているのは実質的に僕なので、彼女の意に沿う働きをさせるにもけっこう神経を使うのだ。
「慣れないことするもんじゃないな……」
床の水拭きを終えて、僕はその場にへたりこんだ。
無理な姿勢でずっと床を拭き続けていたから腰が痛くなってきた。
「さすがにご主人様にゴミ出しをさせるわけにはいきません。しばらく外で休んでいてください」
「はい……」
ようやく
家の前には天然の花壇があって、冬の花がこれ見よがしに咲き乱れている。
家はボロボロなのに、花々は昔と変わっていない。
誰の手入れもされていなかったろうに、自然というのは凄いと思う。
そして、そんな花々を独りポツンと眺めている者がいた。
剣聖勇者――シャナク・リース・ワルキュリーだ。
「やぁ」
声を掛けると、シャナクは僕に向き直るや即座にひざまずいてしまった。
「おいおい。そんなことしなくていいってば」
「そうは参りません。私はあなた様の所有物。なんなりとご命令ください」
「……やりにくいなぁ」
死体とは言え、目の前にいるのは人形というよりも生きている人間そのもの。
しかも、肉体的には同い年の女の子だ。
ここまで低姿勢で接されると、庶民の僕としては反応に困ってしまう。
「ご命令を。我が主」
お約束の言葉が出た。
僕がシャナクに話しかけると、ひざまずいた後にこのセリフを言うのが一連のルーティーンになっている。
「それじゃあ……僕のことを我が主って呼ぶのはやめてくれないかな」
「では、何とお呼びすればよろしいでしょうか」
「そうだなぁ。……マリオでいいよ」
「承知しました。マリオ様」
「様はつけなくていいって」
「そうは参りません。私はあなた様の所有物。呼び方ひとつでも、立場を明確にしておく必要がございます」
「真面目だなぁ」
この一週間、シャナクとはこんなチグハグな会話をしているだけだったけれど、真面目で実直な性格だということはわかった。
でも、その一方で彼女は非常に人形的だ。
命令しなければいつまでも突っ立ったままだし、僕以外が話しかけても無反応。
しかし、それは決して彼女の本質ではないはず。
きっと〝
すでに死んでいるとは言え、人間らしさを取り戻してあげられないものか……。
「シャナク。これからはマリーや他の人に話しかけられた時にも返事をしてあげてほしい」
「承知しました」
「素っ気ない態度はダメだよ?」
「承知しました」
「……」
命令を受けたから従う――実に人形的な反応。
でも、それじゃダメなんだ。
製作者の取扱説明書のある人形と違って、彼女にそんなものはない。
400年も昔の人間である以上、その性格や戦い方を詳しく書き残している書物だって少ないだろう。
いくら僕でも、
シャナクには自我を取り戻してもらう必要がある。
命令だけを単純に聞くだけじゃない、感情を吐き出す生き物――
そのためにどうすればいいかは、今のところ皆目見当がつかない。
とりあえず地道に接していくしかないな。
「……」
「……っ」
シャナクの真っすぐな視線を受けて、僕は圧倒されてしまう。
しかも超美人だし、見つめられると気恥ずかしい……。
何か話題を切り出さないと、なかなかに気まずい状況だ――僕が。
「と、ところでシャナクのギフトって何?」
「知りません」
「え?」
「申し訳ありません。私は自分のギフトについて何も知らないのです」
「そんなことあるの? だって、400年前にも教会で成人の儀式はあったでしょ?」
「ありました。しかし、私は儀式を受けておりません」
「どうしてだい?」
「……」
一瞬、シャナクが言葉に詰まった。
僕はそれが
「私は、昔から周りの人間を不幸にしてしまう人間でした」
「周りの人間を不幸に?」
「私の行く先々でいつも良くないことが起こるのです。いつしか人々は私を避けるようになり、私も誰かといることを避けるようになりました」
「それで儀式を受ける機会がなかったと……」
「はい」
「そんな……! だってきみは勇者じゃないか」
「当時、私には仲間がいませんでした。勇者と呼ばれるようになっても、私が徹底的に他人を避けたからです」
「まさかたった独りで邪竜と戦っていたのか!?」
「はい。しかし、使命は果たしました」
表情を変えることなく、シャナクは淡々と喋り続けた。
あれほどの力がありながら、これほどの使命感を持ちながら、彼女はずっと孤独の中で生きていたのか。
しかも、その最期は宿敵との相打ち……。
誰も傍で看取ってくれる者はいなかったのだろうか。
帰りを待っていてくれる人はいなかったのだろうか。
あまりにも哀れ過ぎて、僕は涙が滲んできた。
あるいは、自分と彼女の境遇を重ね合わせたからだろうか……。
「シャナク。これからはもう一人じゃない」
「え?」
「僕がいる。マリーもいる。それに、言葉は喋れないけれどデクもいる。みんなきみの仲間だよ」
「仲間……私の……」
「困った時は助け合おう。僕も後方支援くらいはできるようにするからさ。マリーとデクは……さすがに戦闘参加は無理だけれど」
「……」
シャナクの表情が変わった。
今はとても驚いたような顔をしている。
その変化は、明らかに感情の動きを感じさせた。
「マリオ様。私は……私は……」
「何?」
「私はずっと独りでした。誰にも寄りかかることができず、頼れる仲間もおらず、使命だけが私を支えていました。私はあなた様を……頼ってもよろしいのですか?」
「もちろんだよ。仲間ってそういうものなんだから」
「……はいっ!」
シャナクが笑った。
まるで太陽のような天真爛漫な笑み。
綺麗。可愛い。美しい。
人形にはとても表せない感情の成せる業――やっぱりシャナクは人間だ。
「一緒に魔王を倒そう。僕には――いや。世界には、きみの力が必要なんだ」
「あなた様と共に戦えるなら、私は何にでも挑みます!」
僕はシャナクに手を差し伸べた。
彼女は少し考えた後、僕の手を取って立ち上がった。
シャナクの手は冷たい。
でも、彼女には温かい心がある。
心があるなら、それは人間として生きているということ。
彼女を人間に
「僕達の目標は魔王討伐。差し当たり、きみのギフトを鑑定しに行こう。自分のギフトを知れば、魔王討伐の大きな力になると思う」
「承知しました!」
おや。
言葉に感情がこもってきたんじゃないか?
もしかして、今の会話がきっかけになって……?
「改めて、マリオ・ルーザリオンだ。よろしく」
「こちらこそよろしくお願いいたします。シャナク・リース・ワルキュリー、喜んで魔王討伐の旅に同行させていただきます!」
喜んでいるのは僕の方だよ、シャナク。
ようやく僕は出会うことができたんだ。
本当の意味で心から信頼できる真の仲間に。
共に戦おう――魔王を倒すその日まで。
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