勇者サイド 3

 マリオ・ルーザリオンがリース村に帰還したのと同じ頃。

 ある荒野にて、勇者パーティー〈暁の聖列〉に波乱の一幕があった。









「ヤン! なぜ最後に手を緩めた!?」


 勇者シャインの怒声が青空の下に響き渡った。

 その怒りの矛先は、ぐったりとへたりこんでいる人形使いヤンに向けられている。


「む、無茶言うないヨ……。ちょと休ませて」


 ヤンは目の下に隈を作り、頬もげっそりとこけていた。

 明らかに疲弊している様子の彼女を、シャインは無遠慮に怒鳴りつける。


「ふざけるな! ようやく魔将を追い詰めたのに、お前が人形どもを操り損ねるから取り逃がしたんだぞ!!」


 魔将――それは、魔王軍実働部隊の最強戦力である。

 三人いるがゆえに三魔将と呼ばれており、単騎でセレステ聖王国の一個大隊を上回る戦闘力を誇っている。

 具体的には、勇者であるシャインですら単独での討伐は困難なほどの強敵。

 そのため、彼はパーティーの戦力を増強し、王国の精鋭を捨て石に使う計略をもって討伐作戦に打って出た。


 しかし、結果は惨憺たるものだった。

 討伐軍に多大な犠牲を払いながらも、シャインは魔将を仕留めることができなかったのだ。


「俺とジジが奴を削り続けてようやく作った隙を無駄にしやがって! あのタイミングなら、ウルファーの魔法で奴にトドメを刺せただろうがっ!!」

「無茶言うネ! フェンサとウルファ、人形二つ動かすのどれだけ神経削る思てる!?」

「王国最高峰の人形使いが情けないこと言うんじゃねぇ! お前が加わってからパーティーの戦力が下がってるんだ、もっと体を張りやがれ!!」

「ワタシ、アナタのために無理して〝人形支配マリオネイト〟使てきた。もう心身ボロボロ。これ以上、無茶を要求するカ!?」

「口答えするかよ!」

「あぐっ」


 憤怒が燃え上がったシャインは、怒りに任せてヤンの胸倉を掴み上げた。

 襟が彼女の首を締めつけ、その小柄な体が地面から浮き上がる。


「ガッカリさせてくれるぜ。このまま絞め殺してやろうか!?」

「や、やめ、苦し……っ」


 シャインの指先にますます力がこもっていく。

 それはもはや仕置きのレベルを逸脱していて、殺意すらこもっていた。


 ヤンは呼吸できない苦しみの中、自らに向けられる殺意に心底恐怖し、人目もはばからず失禁までしてしまう。


「お前が足を引っ張ったせいで、俺の経歴に傷がついたんだぞ? 常に完璧でなければならないこの俺の経歴がだ!!」

「シャイン様、兵達が見ています。ここは気をお静め下さい」

「く……っ」


 ベルナデッタに諫められたことで、シャインはヤンから手を離した。


 無様に尻もちをついたヤンは、まるで蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れず、ただじっとシャインの顔を見上げて震えていることしかできなかった。


「この馬鹿女が。次の戦いまでに、フェンサーとウルファーをまともに併用できるようにしておけ。次また同じミスを繰り返したら、死んだ方がマシだと思うような目に遭わせてやる」

「な、仲間を、脅すのカ……!?」

「俺が仲間と認めるのは使える人間だけだ。使えなければ切り捨てる。お前はどっちだ、ヤン?」

「ひ……っ」


 シャインは怯えるヤンから視線を切り、キャンプへと向かった。

 その背中をベルナデッタとジジが追いかけていき、その場にはヤンだけが残される。


 生き残った兵達が撤退作業を続ける傍ら、シャインは焦燥に駆られていた。


「くそがっ。こんな失態、軍将や侯爵にどう報告しろってんだ!?」


 今回の討伐作戦のために、王国兵の精鋭五百名が駆り出されていた。

 しかし、戦いが終わって生き残ったのはそのうちの二割程度で、討伐軍は事実上の壊滅状態という有り様だった。

 この大敗北の原因は、シャインの采配ミスによるところが大きい。


 一つは、想定よりヤンの力量が拙かったこと。

 マリオをクビにしてその替わりにとパーティーへ加入させたヤンは、マリオのように二つ以上の人形を動かす精度が低く、また長時間のギフト発動も困難だった。

 かと言って、彼女が使い慣れている魔導ゴーレムはフェンサーやウルファーに比べて人形としての質が劣るため、戦力としては論外だった。


 もう一つは、魔将にギフト〝天命作用ラッキーストライク〟の効果が発揮されなかったこと。

 それはシャインにとっても初めてのことで、その原因は不明。

 ジジとベルナデッタの援護、そして王国兵達の犠牲のおかげでなんとか魔将に手傷を追わせて逃走せしめたものの、勇者の沽券に関わる異常事態だった。


 シャインはその超越的なギフトと常勝を誇るパーティーの存在によって、国から常軌を逸した恩恵――俗に言う勇者特権――を受けていた。

 そのどちらかでも失えば、盤石だった彼の立場は瞬く間に瓦解する――


 セレステ聖王国には、勇者の血筋を持つ家柄が多数存在する。

 同世代の中でもっとも優れたギフト才能を持つ者が、真の勇者の証である聖光剣クンツァイトを授けられ、当代勇者としての権威を得るのだ。


 しかし、勇者になれなかった者達に日の目が当たらないわけではない。

 当代勇者の戦死や失脚が起こった時には、次点の者が新たなる勇者として起つ。

 セレステ聖王国には、古来からそのような暗黙の掟があった。


 一見、非合理なその掟も、遥か昔から在り続けた勇者という称号――その格を保つため、王族も貴族も庶民ですらも受け入れてきた不文律だった。

 ゆえに、勇者は王に次ぐ権威を誇り、神のように人々から尊ばれる。


 ――シャインにとって、勇者それは絶対に譲ることのできない地位なのだ。


「シャイン様さぁ、あんなこと言っちゃって大丈夫なの?」

「……なんのことだジジ」

「ヤンのこと。ああは言っても、あの人がセレステ最高の人形使いには変わりないでしょ。軍将のお墨付きなわけだし」

「だが、期待外れだったことは事実だ。ああ言って尻に火が付けば、もう少しマシになるだろ」

「でも、人形の立ち回り方もマリオに劣ってるし、正直なとこ連携もしにくいのよね。あいつがいた時の方が、よっぽど魔法を使いやすかったもん」

「その名前を出すな! 死んだ奴のことなんてどうだっていい」

「あ~あ。こんなことなら、あいつを切らなきゃよかったじゃん!」

「ジジ、もう黙れ」


 シャインはますます苛立ちが募った。

 何がもっとも腹立たしいかと言えば、今ジジが口にしたことをシャイン自身もまざまざと実感していることにある。


 しかし、今になってもその現実を受け入れることができない。

 使えないと判断して切り捨てた――その選択が誤りだったことを、完璧であると自負するシャインは認めることができないのだ。


「その件は仕方ありませんよ、ジジ。それよりも五人目、六人目の仲間を加入させることで戦力強化をはかるべきです」

「マジで言ってんの? パーティーメンバーが四人より増えたら、成果報酬・・・・の枠・・が足りなくなるじゃん」

「背に腹は代えられませんよ。ねぇ、シャイン様?」


 ベルナデッタがシャインの同意を求める。


 ジジの口にした成果報酬の枠とは、国王が勇者パーティーに約束した魔王討伐時の報酬のことである。

 シャインを含めたパーティーメンバー最大四名に対し、セレステ聖王国に新たな侯爵の地位を設け、土地と共にそれを贈呈するというものだった。


 伯爵家であるシャインの一族にとっては念願の地位。

 ベルナデッタにとってはセレステ教での地位を盤石なものにするための名声。

 ジジにとっては堂々と貴族を名乗れる唯一無二の手段。


 魔王討伐には、三者三様の望みが懸けられているのだ。


「……検討はする」

「よしなに。ですが、判断は早い方がよろしいですわ。魔王が刺客を送ってくる可能性もありますから」

「わかってる。もう二度と選択は誤らねぇよ」









 この一月ほど後、勇者パーティーは瓦解する。

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