13. 大いなる希望

「主の仰っていたグールとは、奴らのことですね」


 グール達に向かって、シャナクが颯爽と歩いていく。


「なんだこの女ぁ。どっから現れやがった!?」

「我が主の命にて、貴様らを排除する」

「主ぃ? 後ろのガキがかぁ~?」

「貴様に教える義理はない」

「そうかよ。なら――」


 ワイズマンが指先を鳴らした。

 すると、僕達を取り囲んでいたグール達が短剣を構える。


 何をするのかと思えば、奴らはそれをシャナクへと一斉に投擲した。

 いや。違う……?


 狙いはシャナクではなく、僕だ!


「――ガキの方から消してやるよ!!」


 十本ほどの短剣が同時に僕めがけて飛んでくる。

 さすがにこれだけの数、僕の身体能力では躱しようがない。


 やられる!

 ……そう思った時、霊園に突風が吹いた。


 僕に向かってきていた短剣はすべて風に煽られ、急激に軌道を変える。

 それらが向かった先は、なんとシャナクだった。


 僕が回避を命じる間もなく、シャナクの体に次々と短剣が突き刺さっていく。

 なんて運のない!

 いくら彼女でもこれは――


「!?」


 ――と思いきや、いずれの短剣もシャナクを傷つけてはいなかった。

 それどころか、すべての短剣が彼女の体に刺さる前に刃を砕かれ、弾き飛ばされている。

 まるで見えない壁にぶつかったかのように……。


 目を凝らしてみると、シャナクの周りにキラキラと光る膜のようなものが見えた。

 あれが彼女を短剣から守ったのか?


「なんだぁ!? 一体何が起こった!! それにその光は……」

「我が身を覆う水晶光壁クリスタルウォールは、いかなる物理攻撃も通さない」

「んだとぉぉ……!!」


 ワイズマンも困惑している。

 周りのグール達も同様だ。


「我が主に殺意を向けるなど許しがたき愚行。死で償え」

「はは。面白い冗談だぁ……。殺せ!!」


 ワイズマンの命令でグール達が一斉にシャナクへと襲い掛かる。

 しかし、彼女は苦もなく奴らの連携攻撃をいなし、すれ違い様にその首を刎ね落としていく。

 それは舞いを踊るかのように華麗な動きだった。


 バタバタと倒れていく仲間を見て、グール達がとうとう足を止めた。


「リーダー! コノ女、ヤバイゾッ!!」

「無駄死ニハゴメンダゼェ!?」


 奴らはすっかり腰が引けてしまい、無造作に歩くシャナクに道を開ける始末。

 ワイズマンの表情にも焦りの色が見える。


「て、てめぇは一体……何なんだぁ!?」

「貴様のような下賤な輩に名乗る名などない」

「くそがっ! この俺を舐めるなよぉぉぉ!!」


 ワイズマンは後ろに大きく飛び退くと、手にしていた大鎌をシャナクに向かって投げ飛ばした。

 しかし、やはり彼女の体に触れる直前に大鎌の刃は砕け散り、ダメージはない。


 勝負あった――否。大鎌はワイズマンの陽動だ。

 奴は今の一瞬で魔力を高めて、魔法を放つ準備を始めていた。


「舐めるなと言っただろう、小娘ぇ!」


 ワイズマンが手のひらをかざすと、空中に赤く煌めく魔法陣が浮き上がる。


「くたばれ! 熱殺爆焼ファイア・ボム!!」


 魔法陣から巨大な火球が放たれた。

 火球は道端に生える雑草を焼き焦がし、一直線にシャナクへと向かっていく。

 しかし、彼女は一向に避ける素振りを見せない。


 火球が目と鼻の先に迫った際、ようやくシャナクが動いた。

 彼女は右腕を掲げるや、無造作に横へと振り払う。


輝ける聖圧の波シャイニングウェイヴ!!」


 直後、シャナクの正面に眩い光の波が起こった。

 それは火球を掻き消し、地面を削り取りながらワイズマンへと迫り――


「ぐぎゃあああっ!!」


 ――奴の腕をも飲み込んで、瞬く間に蒸発させてしまう。

 近くにいたグール達もその余波に巻き込まれ、体をこそぎ取られて即死していく。


 光の波が去ると、霊園は嵐の後のような凄惨な光景が広がっていた。

 墓石は滅茶苦茶になり、そこらじゅうにグールの死骸が飛び散っている。


「ぐおおおっ! くそがぁ、覚えてやがれぇぇぇっ!!」


 次にワイズマンが取った選択は逃げの一手。


 奴は重傷ながら凄まじい俊足で、霊園を囲む針葉樹を突っ切って丘の下へと下って行ってしまう。

 わずかに生き残ったグール達も同様、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「シャナク、まずい! 奴らに村民を人質に取られたら――」

「ご心配には及びません。この近辺に存在するグールは、これより完全に排除いたします」


 シャナクは右腕を掲げた後、人差し指を立てて天を差した。

 全身に煌めく光が、指先へと集まっていく。


煌めく星々の矢シューティングスター!!」


 目も眩むほどの閃光が彼女の指先から炸裂した。

 天に向かって無数の光の矢が放たれ、次第に弧を描いて四方へと散っていく。

 数秒の後、村の各所に光の矢が落ち、爆発音と共に断末魔の悲鳴が聞こえてきた。


「何とまぁ。あの子、凄まじい力の持ち主ですよ!」

「ああ、凄い。余りにも圧倒的過ぎる。あれが邪竜を滅ぼした勇者の力なんだ」


 シャナクが踵を返して戻ってきた。

 彼女はいくつもの技を披露したのに、息一つ乱していない。

 シャインですら、勇者の闘技を連発すれば体力を消耗していたというのに……。


「ご命令通り、この村にいるすべてのグールを排除いたしました」

「……うん。ご苦労様」

「労いの言葉、ありがとうございます」


 喜んでいる? ……ようには見えないな。

 シャナクはわずかな微笑を浮かべているものの、その表情にはほとんど感情の動きが見られない。

 まるで人形のようだ。


「本当に凄かったですよ、シャナク様っ!」


 ……どこかの人形とは大違い。


「これからもご主人様を守ってあげてくださいね!」

「……」

「あの、もしもし?」

「……」

「もしも~し」

「……」

「ご主人様! この子、私のことを無視しますっ」


 僕の言葉には反応するのに、マリーはガン無視。

 本当に〝人形支配マリオネイト〟で操っている人形と同じだな。


「はっ」

「? どうした、シャナク」

「申し訳ありません。一匹、討ち損じた者がいます」

「えっ」

「すぐに始末をつけます!」

「ちょ、ちょっと待っ――」


 僕が命令する前に、シャナクは一足飛びで針葉樹を飛び越えて行ってしまった。


「あの子、どうやら人の話を聞かないタイプですね」

「そうみたいだ……」

「石棺の碑文には苛烈って書かれていましたが、ご主人様がちゃんと手綱を引かないとまずいんじゃないでしょうか?」

「わかってるよ! そんなことより、すぐに追いかけないと……っ」


 僕は地面に落ちていた長柄――おそらく大鎌の破片――を拾い、杖代わりにしてシャナクを追いかけた。

 彼女が霊園の地面を削り取ってしまったので、歩きにくくて仕方ない。


 その時――


「あー」


 ――針葉樹の向こうで、爆発音と共に眩い閃光が照った。





 ◇





 丘を下っていくと、すでに僕の知っているリース村はなかった。


 通りの家屋は軒並み倒壊し、地面には大地震でも起きたのかと思うような地割れがそこかしこに出来上がっている。

 真っ黒こげの死体――グールであることを願う――がいくつも転がっているし、グールの殲滅に成功しても村を滅茶苦茶にされては意味がない。


「お前さん、何者じゃあっ!?」


 入り口の方からマヨイ婆さんの声が聞こえてきた。

 見れば、バリケード前でマヨイ婆さんと村民達がシャナクを睨みつけている。


 その一方で、シャナクはマヨイ婆さん達をまったく意に介していない。

 傍に転がっているグールの遺体を見下ろしたまま、突っ立っているのみだ。


「あれ、マヨイお婆様ですよ! 無事でよかったぁ!!」

「ああ。よかった」


 マヨイ婆さんが無事だとわかって、肩の荷が下りた気分だ。


 僕はマリーを抱えたまま急ぎバリケード前へ向かうと、マヨイ婆さんに話しかけた。


「彼女は味方ですよ、マヨイ婆さん」

「んん!? おお、マリ坊かい! 無事でよかっ――」


 僕の方を向いた婆さんが急に顔を青くした。


「? どうしたの?」

「あばばばばばば……っ」


 彼女はいきなり泡を吹いて倒れてしまった。

 それだけでなく、僕を見た村民達が一斉に悲鳴を上げる。

 中には腰を抜かしたり、逃げ出す者まで。


 みんな何を怖がっているんだ?


「あの、ご主人様」

「なんだよマリー」

「私を抱えて彼らの前に出るのはまずかったのでは……」

「あっ」


 傍から見れば、僕は女の生首を抱えている不審者。

 そりゃ倒れもするか……。


 シャナクが僕に気付いた。

 彼女は傍に倒れているグールの頭を掴むや、なんと首を捩じ切って取り上げてしまった。

 それを見て、村民達から再び悲鳴が上がる。


 それから僕の前に跳んでくるや、ひざまずいてグールの頭を差し出してきた。

 その頭はワイズマンのものだった。


「敵将を討ち取りました。この首、どうぞお受け取り下さい」

「……いや、僕はもう別の首を持っているからいい」

「そうですか……」


 シャナクは残念そうに言うと、ワイズマンの頭を地面に置いた。


 彼女には悪いけれど、本物の生首なんて持ちたくない。

 それに、ワイズマンに〝人形支配マリオネイト〟が発動したら嫌だし……。


「マヨイ婆さんをどこか落ち着ける場所に運んであげてくれないかな」

「あの老婆のことですね。承知しました」


 シャナクは、すぐに婆さんを担いで堀の手前にあるベンチへと連れて行ってくれた。

 本当に僕の命令はなんでも聞いてくれるんだな。


「あの子、従順ですねぇ」

「うん。どこかの人形とは大違いだよ」

「次からはもう少し周囲の破壊を控えるように言った方がいいかと」

「たしかに」

「でも、あんなとんでもない子を支配してしまって、これからどうするんです?」

「……これから、か」


 シャインに対する怒り、憎しみ、恨み。

 心の奥底に押し込めていたはずのどす黒い感情が蘇ってくる。


 あいつは僕から多くの物を奪った。

 父さんの形見の人形、魔王討伐の夢、五体満足の体、そして名声。

 やっぱりどうしても許せない。

 僕の受けた苦しみを、何倍にもしてあいつに返してやりたい。


 無理だと思っていたその報復が、今は実現可能なのだ。

 ならば……これからやることは決まっている。


「シャナクがいれば、あいつに――シャインに復讐できる!!」


 僕とシャナクの出会いは、神様がそのために与えてくれた奇跡に違いない。


 報復してやる!

 あいつの大切な物を奪って、壊して、僕と同じ屈辱を味わわせてやる!!


「ダメです」

「えっ」


 マリーがいつもと違う声色で僕を否定した。


「復讐なんて後ろ向きなことはやめましょう」

「……な、何言ってんだよ。僕がシャインにどんな仕打ちを受けたか――マリーだって酷い目に遭わされたじゃないか!」

「もう済んだことです。それに私達、今もこうして一緒じゃないですか」

「僕の中の怒りはどうしろって言うんだ!? あいつに好き勝手やられたまま、泣き寝入りしろって言うのか!」

「それも一つの選択かなぁと」

「冗談じゃない。あいつを倒せるほどの戦力を手に入れたのに、小汚い実家の掃除でもさせてろって言うのか!? 人形のお前に僕の気持ちがわかるもんかっ!!」

「……」


 思わず興奮して本音を吐き出してしまった。

 マリーをけなすつもりはなかったのに、とっさに口から出てしまった言葉に自己嫌悪が凄い。


「……どうしても復讐したいんですね」

「なんだよ。復讐なんて虚しいだけだって言いたいのか? 説教はやめろっ」

「どうせ復讐するなら、前向きで建設的なものにしましょうよ」

「?」

「ご主人様が魔王をやっつけちゃえばいいんです!」

「……はい?」


 マリーから思いもよらない提案を受けて、僕は混乱した。


「魔王を先にやっつけることで勇者様に復讐するんです。あの人は名声を奪われ、ご主人様は名誉を回復、さらに魔王討伐という夢も叶って、世界中の人々ともウィンウィンの関係じゃないですか!」

「そ、そんなこと考えもしなかった……」


 僕が魔王を倒す?

 シャインよりも先に?

 シャナクがいれば、それも可能か……?


「せっかく大きな希望を手に入れたんです。だったら世のため人のために使いましょう。仮にもシャナク様は勇者なんですから」

「……そうか。そうだな。そう、だよな……」


 マリーの言葉を聞いているうち、僕の中のどす黒い感情が薄れていく気がした。

 同じ復讐でも、自己満足の復讐より人々のためになる復讐を、か。

 なるほど。たしかに前向きで建設的だ。


 そして、それは勇者として世界を救ったシャナクの矜持を、僕の都合で踏み躙らなくて済む。


「どうです、ご主人様?」

「いいな、それ」









 僕は大いなる希望と前向きな目標を手に入れた。


 それはきっと、父にも、祖父にも、そして生きているかもわからない母にも、誇れるものだと思う。


 今この瞬間から、僕の新しい旅は始まった。

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