12. 彼女は死体か人形か

 太陽の光に照らされた髪は眩い黄金の輝きを放ち。

 その瞳はまるで黄水晶シトリンのように明るく温かい色に煌めく。


 400年前の勇者シャナク――僕は彼女にすっかり見惚れてしまった。


「ご主人様! 見つめ合ってる場合じゃありませんっ」

「はっ」

「避けて避けてぇ~~~!!」


 マリーの声で我に返った僕は、グールが鋭い爪を突き立ててくるのに気付いた。

 とても避けられる体勢じゃない。

 やられると思ったその時――


「失せろ下郎」


 ――僕の眼前でシャナクがその指を掴み取った。

 さらに、表情を一変させてグールを睨みつけている。


「ナ、ナンダコノ女!?」


 グールが彼女の手を振りほどこうとするも、まったく微動だにしない。


「何ヲシテイル!?」

「フリホドケナイッ! 手ヲ貸セ!!」


 後ろにいたもう一匹のグールがシャナクへと爪を突き立てた。

 しかし、その爪は虚しく空を切る。


「ナッ!?」

「消エタダトッ!?」


 棺の中からシャナクの姿が消えた?

 否。彼女は今の一瞬で跳び上がり、グールの後ろへと着地していた。

 床に降り立つ姿――その一挙手一投足までも、華麗で可憐……心底そう思った。


「我が主に敵意を向けることは許さない。排除する」


 そう言うと、彼女は右の手のひらを広げて手刀の構えを取る。


 グール達はシャナクに脅威を覚えたのか、目の前にいる僕のことなど放置して彼女へと向き直った。

 二匹とも臨戦態勢となってジリジリと間合いを詰めていく。


「気ヲツケロ、タダノ小娘ジャネェ!」

「食イ殺シテヤル!!」


 両者が向かい合うこと数秒。

 二匹のグールが息を合わせてシャナクへと飛び掛かった。


 一方、シャナクは動かず。

 自分より二回りは大きいグールを前にして、まったく動じた様子はない。

 それどころか――


剣閃斬手グリッターソード!!」


 ――舞うようにして二匹の間を駆け抜けた。

 ほんの一瞬、グール達の首筋に光の軌跡がかかったように見えたと思ったら、奴らの首と胴が別れて倒れてしまった。


「……!!」


 一瞬で勝負が決した。

 武器も持たずに、生身の手刀だけでグールの首を斬り裂くなんて、さすが勇者と言うべきか……とんでもない戦闘力だ。


 シャナクは僕の前まで歩いてくると、急に片膝をついてひざまずいた。

 そして、棺の上に乗っている僕を見上げて、ほんのわずかな微笑をたたえた表情へと戻る。


「ご命令を。我が主」


 最初と同じ言葉を口にする彼女に僕は困惑した。


「きみは一体……?」

「私の名は、シャナク・リース・ワルキュリーと申します。聖騎士として、セレステ聖王国に仕えておりました。私を剣聖や勇者と呼ぶ者もいます」

「聖騎士……剣聖……勇者……」

「あなた様は私の主。私が何をすればよいか、どうぞご命令ください」

「……」


 僕の質問に答えてくれたということは、コミュニケーションは可能なようだ。

 でも、初めて会ったばかりの僕を主と呼ぶなんてどういうこと?


「きみは僕を知っているのかい?」

「存じません。この場にて初めてお会いしました」

「初めて会ったばかりの僕を、どうして主だと思うの?」

「そう感じるのです」

「感じる……?」

「はい。理屈ではなく、私の中にその確信があるのです」

「なるほど――」


 初めて会った相手を主だと確信して、命令を求めている。

 この状態について、僕には心当たりがあった。


「――ちょっと待っていてくれないかな」

「承知しました」


 僕はマリーを抱えて台座の裏へと回り込んだ。


「急にどうしたのですか、ご主人様?」

「多分だけれど、シャナクに何が起こったのかわかった」

「本当ですか?」

「彼女は僕の〝人形支配マリオネイト〟の影響を受けているみたいだ」

「〝人形支配マリオネイト〟の? でも、そのギフトは人形を操るものですよね。どうして彼女に影響があると……?」

「推測だけれど、僕の価値観が〝人形支配マリオネイト〟の解釈範囲を広げたのかもしれない」

「それってどういうことです?」

「例えば、僕は死体も人形も大差ないという考えがある。人間は死ねば人の形をしたただの肉塊になると思っているし、人の形をした人形と何ら変わらないとも思う」

「……人の考え方は千差万別ですから、その点についてはノーコメントで」

「何か棘がある言い方だなっ。とりあえず、僕のそういった認識が死体にまで影響したんじゃないかってこと。あくまで推測だぞ」

「死体を操るとか、それって伝説でよく聞くネクロマンサーじゃないですか。生ある者の敵ですよ! 外道ですよ! 本気で言ってます?」

「外道扱いやめて。ただ、現状を踏まえるとそれしかないだろって話だよ!」


 ネクロマンサーなんて実在が確認されていない伝説の存在じゃないか。

 そんなものと一緒にされても困る。


 それに、人形使いにとって、人形の定義こそまさに千差万別だ。

 僕の知る人形使いには、ぬいぐるみを操る人もいるし、動物の模型を操る人だっている。

 逆に、僕はそれらを人形・・と認められないからか、操ることができない。

 操作対象の範囲が本人の認識次第ならば、僕が死体を動かせても理屈としてはおかしくはない……はず。


「論理的には色々とまずそうな気はしますけど」

「うるさいなっ」


 今までの人生で染みついた価値観なんだから仕方ないじゃないか……。


「原因はどうあれ、動きだしてしまった以上は放っておくわけにはいかないよ。それに、彼女の強さならグール達を殲滅できる!」

「たしかに。まずはリース村を救うことが最優先ですね」


 やることは決まった。

 まずはシャナクにグール達を殲滅してもらおう。


「ただ、問題は……」


 台座から身を乗り出してシャナクの様子をうかがってみると、彼女はひざまずいたままじっと僕を見つめている。

 熱い視線に耐えられなくなった僕は、慌てて顔を引っ込めた。


「どうしました?」

「……問題は、ちょっと可愛すぎる点だな」

「はぁ?」

「あんな可憐な女の子を戦場に送り込むのは気が引けると言うか……。さっきの戦闘で強いのはわかっているんだけれど」

「ご主人様! 私とあの子で、ちょっと扱い違いません!?」

「え? そうかな」

「そうですっ」


 マリーが頬を膨らませて怒っている。


 扱いが違うのは当然じゃないか。

 マリーは人形、シャナクは死体とは言え人間なんだから。

 ……とは言わないでおこう。


「グールを殲滅する前に、まずは地上うえに戻らないとな」

「あっ。誤魔化した!」


 マリーを無視して、僕はシャナクの前に戻った。


 命令をする前に、念のために確認しておかなければならないことがある。

 それは、彼女が自分の死を認識しているかどうか、だ。


「シャナク。聞きたいことがある」

「なんでしょうか」

「きみは、自分が死んでいることを認識しているか?」

「はい。その認識はあります」

「どうやって死んでしまったのか、聞いてもいいかな?」

「私の最後の記憶は、邪竜エビルドラゴンとの一騎打ちです。私の剣が奴を斬り裂いた時、奴の攻撃もまた私の胸を貫いていました。その時、私は死を迎えたのだと思います」

「……そう」


 邪竜エビルドラゴンと言えば、今でいう魔王に相当する怪物中の怪物。

 邪悪なドラゴン達を率いて大陸支配に乗り出したけれど、当時の勇者によって倒されたとセレステ史には書かれていた。


「ご命令を。我が主」


 シャナクからまた同じ言葉が出てきた。

 僕の操る人形はゴールドマリーごく一部の例外を除いて命令しないとずっと静かにしているけれど、シャナクには口がある分、命令を急かしてくるんだな。

 これが人間の死体と人形の違いか。


「今、僕の故郷の村がグールに襲われているんだ、それをなんとかしたい」

「……」

「……? 聞いてる?」

「はい」

「村をグールから救いたいんだ」

「しっかり聞こえております」


 ……ん?

 もしかして、具体的に言語化しないと察してくれないのか?


「きみには、そのグールを殲滅してほしい」

「承知しました」


 ……やっぱり。

 複雑な命令でない限り、人形には人形使いの意思が直接伝わるのに、シャナクの場合は勝手が違うみたいだ。

 普通に人間とコミュニケーションを取る形で接しないとダメなのか。


「で、そのためにはまずここから脱出したい。この地下祭壇(?)は昔の人がきみのために作ったお墓だと思うんだけれど、出口はわかる?」

「申し訳ありません。この場所についての知識は何もないのです」

「そうか……。それじゃあ、やっぱり階段を下って出口を探すしかないか」

「出口はわかりませんが、出口を作ることはできます」

「え? 出口を作るって……どうやって?」

「実践してもよろしいでしょうか」

「あ、うん」


 僕が受け応えしてすぐに、シャナクが立ち上がって天井を見上げた。

 何をする気かと思っていると、彼女の体が金色に輝き始めた。


 シャナクの全身を覆うその輝きは、次第に右腕へと収束していく。

 彼女は光る腕を頭上へと構えるや――


聖なる光の剣閃シャイン・グリント!!」


 ――まるで剣を斬りつけるかのように振り下ろした。


 眩い光が天井の岩盤を照らす。

 直後、岩盤がバックリと裂けて、裂け目の先に青空が見えた。


「今のはまさか……!?」


 あの技・・・を見慣れている僕には一目でわかった。


 たった今シャナクが使ったのは、シャインと同じ勇者の闘技だ。

 しかも、剣も使わずに何十mもの範囲の岩盤をぶち抜いてしまうなんて――その威力はシャイン以上か……!?


「出口を作りました」

「あ、ああ……。ありがとう」


 これほどのことをやってのけたのに、シャナクは自慢げな顔をすることもない。

 冷徹な表情を崩さず、相変わらずの熱い視線を僕に向けている。


「出口ができたのはいいけれど、どうやって上に登れば……?」

「……」

「シャナク、なんとかできないか?」

「承知しました」


 そう言うなり、シャナクが僕を抱きしめた。

 突然のことにびっくりしたのも束の間、一瞬後には、僕の体は宙に浮いていた。


「うわああぁぁ!?」

「ぎゃああぁぁ!!」


 自分の悲鳴に混じってマリーの悲鳴が聞こえてくる中、空に投げ出されたような感覚に襲われて全身が総毛立つ。


 気付いた時には、見慣れた霊園に降り立っていた。

 否。霊園はシャナクによって作られた地割れのせいで、見るも無残な有り様になり果てていた……。


「地上に着きました」


 シャナクは僕から離れるや、再び膝を折ってひざまずいてしまう。

 ……この構図、どうにも慣れない。


 目の前に出来ている地割れを覗いてみると、地下祭壇(?)を太陽の光が照らしだしていた。


 上から見て初めてその全貌がわかる。

 僕達がいた祭壇は、四角錐の形をした巨大な建造物の上方部分だった。


「あそこから地上ここまでジャンプしたのか……」

「し、死ぬかと思いました……っ」


 ほんの一秒足らずの空中遊泳は生きた心地がしなかった。

 しかし、安堵したのも束の間――僕はすぐにまたその心地に引き戻された。


「小僧ぉ~! てめぇ、一体何をしやがったぁ!?」


 僕達は、ワイズマン率いるグール達に取り囲まれていたのだ。

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