11. その死体は斯くも気高く美しい

「ぎゃっ!?」


 ――背中を何か硬い物に打ち付けた。


 僕はその反動でふわりと浮き上がり、階段らしき場所を転がり落ちていった。


「あぐぐ……っ」

「大丈夫ですか、ご主人様!?」

「な、なんとか」


 思いきり背中を打ち付けて、しばらく動けそうもない。

 でも、とりあえず生きている。

 マリーも僕の腕の中にいるようだ。


「霊園の地下にこんな空洞があったなんて……」


 マリーが目をきょろきょろと動かして、周囲の様子を探ってくれている。


 一方で、まだ身動きの取れない僕は真っすぐと暗闇を見上げていた。

 その暗闇の一部からは、外からの光が差している。


 ……高い。

 あの光の差す穴まで20mくらいはあるか? 

 よくあんな高さから落ちて生きていられたと思う。


 シャインにも言われたけれど、どうやら僕は悪運が強いらしい。


「ここ、もしかして祭壇でしょうか――」


 胸の上に乗っているマリーが僕を見下ろしながら言う。


「――見てください。階段の上の方、何かが置かれています」


 僕が動けないことはわかっているはずなのに、鞭打つようなこと言うな……。


 なんとか顔を傾かせて階段を見上げてみると、地上うえから差す光のおかげで頂上がよく見えた。

 たしかに祭壇っぽい雰囲気を感じさせる様式だった。


 祭壇(?)の頂上には石の台座が置かれているらしい。

 しかも、百合の花らしき彫刻が彫られていて、芸術に疎い僕でもどことなく特別感を抱かせる造詣に感じられる。

 そして台座の上には、さらに石の箱のような物が乗せられている。


「くっ。つつ……っ」


 ようやく呼吸が整ったので身を起こしてみた。

 背中の痛みはまだ酷いけれど、なんとか動くことはできる。


 僕はマリーの頭を抱えたまま周囲を見回した。


 下を見れば、階段が闇の中へと続いていて底が見えない。

 まさか地獄まで続いているなんてことはないだろうけれど、下っていくと闇に飲まれそうで気味が悪い。

 しかも、階段の外側は平たんな壁が急な傾斜となっているので、うっかり足を踏み外したら底まで滑り落ちることになりそうだ。


 その一方で、上は太陽の光が照らしていることもあって怖さはない。

 僕は頂上へ向かって階段を登ることにした。


「足は大丈夫です?」

「うん。右足の義足が壊れちゃったから歩きにくいけれど、なんとか……」

「ここは大昔の遺跡か何かでしょうか?」

「さぁね。リース村でそんな伝説は聞いたことないな」

「500年も歴史のある村ですからねぇ。何か凄い秘密があったりして?」

「どうだろう。霊園にあるモニュメントの碑文が読めたら、何か分かったかもしれないけれど……」


 マリーはこの祭壇(?)に興味津々のようだけれど、僕はそうもいかない。


 マヨイ婆さん達は上手く逃げられただろうか……?

 僕の〝人形支配マリオネイト〟なら、距離が離れてもデクは遠隔で動かし続けられる。

 今はまだ破壊されることもなく動いているようだけれど、デクの周囲の状況までは把握できないので、心配と言えば心配だ。


 ……頂上に着いた。


「これは……!」


 僕は頂上に着いて早々、石の台座に置かれている箱の正体を察した。


「これは石棺だ!!」


 まさかの石の棺の発見。

 しかも、こんな巨大な祭壇の頂上に祀られているなんて、よほど特別な人物に違いない。


「あらら。ご主人様ったら、この上に落ちちゃったんですね」


 マリーの言う通り、どうやら僕は石棺の上に落下したらしい。

 石蓋が砕けて真っ二つになってしまっている。

 どうやら棺の蓋がクッションになったことで、僕は背中を痛めるだけで済んだようだ。


 棺に近づいてみると、石蓋の表面に碑文が刻まれているのがわかった。

 セレステ聖王国でも使われている大陸統一言語ユニティワードと同じ文字なので、読むことができる。


 その内容は――


 剣聖にして華麗。勇者にして可憐。少女にして苛烈。


 シャナク・リース・ワルキュリー


 我らが尊き国家を救い給うた救世の君、ここに眠る。


 その名はこの地に墓守を残し、未来永劫に護り続けよう。


 邪竜の毒が清められるその日まで、どうか安らかならんことを。


 ――というものだった。


「シャナク・リース・ワルキュリー。リースって……」

「この村の名前、ですよね」

「それに邪竜って、400年前の邪竜戦争に出てくるエビルドラゴンのことか? もしかして、この棺の中には当時邪竜を倒した勇者の亡骸が……!?」

「あらまぁ。これは世紀の大発見」


 ……驚いた。

 まさか自分の故郷に、邪竜戦争の英雄――当時の勇者の遺体が眠っていたなんて。

 このシャナクという人物が邪竜を倒したから、その名を後世に残すためにリースの名を村に戴いたわけか。


 でも、リース村の開村時期とは若干時期がズレるな。

 まぁ村に500年の歴史があるって言っても、当時の文献はないし、口伝で伝わってきたようなものだからな。

 何代か前の司祭か村長が、年代を多めに見積もったのかもしれない。

 300年や400年より、500年の方が聞こえがいいし……。


「はっ」


 不意に、僕は割れた石蓋の隙間に目が留まった。


 ……唇が見えた。

 祭壇の頂上を照らす光が、にわかに棺の中にまで差し込んでいるのだ。


「どうしました、ご主人様?」

「……」


 僕はマリーを無視して、棺の蓋に手を掛けた。


 隙間から覗く唇は、嫌に瑞々しく感じる。

 まるで生きた人間が入っているかのような……。

 そんな馬鹿なと思いつつも、僕は石棺の中身が無性に気になってしまった。


「ちょ!? まさか棺を開く気ですか!?」

「……見てみたい」

「あぁっ! 仮にも墓守の末裔がなんて罰当たりな!」

「うるさいな。ちょっとくらいならいいだろう」

「ダメです! ご遺体を辱めることになりますよ!?」

「それでも――」


 どうしてかわからないけれど、僕の好奇心が収まらない。


「――見たい!」


 力いっぱい石蓋を押し退けた。

 割れていた蓋は非力な僕の力でも棺からずり落ち、大きな音を立てて砕け散る。


「……!?」


 開かれた石棺の中を見て、僕は息を飲んだ。

 そこで目にしたのは信じられないものだったからだ。


「そんな……まさか、どうして!?」

「嘘だろ!? これが本当に400年前の遺体だって言うのか!?」


 棺の中には少女が横たわっていた。

 白骨化どころか、ミイラ化すらしていない。

 唇も、肌も、髪も、すべてが生きているかのように瑞々しい姿のまま、棺の中に納まっている。

 副葬品として、鏡や宝石、黄金細工やモミの木で彫られた彫像までもが敷き詰められていて、もはや疑う余地はない。

 この少女は、間違いなく勇者シャナクその人だ。


「セレステ教の聖人は死後、遺体が腐らないと聞いたことはありますが……」

「世界を救った勇者なら、聖人と言って差し支えない。でも、まさかこんな女の子が……!」


 歳の頃は僕とほとんど変わりない。

 しかも、十七年間生きてきて、これほど見目麗しい女性は見たことがなかった。

 こんな美しい死体がこの世に存在するなんて……!


 感動の余り、心臓の鼓動が早くなっている。

 僕は無意識のうちに少女の顔に指先を触れていた。


 人の肌に触れた時と同じ感触。

 でも、寒空の下に晒された布団のように冷たい。


 聖人の遺体――見た目は生きているようでも、これほど冷たいものなのか。


「……?」


 パラパラと何かが落ちてくる音が聞こえる。

 何やら土くれが降りそそいでいるようだけれど……。


 気になって見上げてみると――


「あ、あいつら!?」


 ――なんとグール達が穴から縄を下ろしているじゃないか。


「や、ヤバい! あいつらが入ってくるっ」

「おお、落ち着いてくださいご主人様っ! とにかく祭壇の下へ逃げましょう!」

「祭壇の下って……」


 僕は暗闇へと続く階段を見下ろした。


 真夜中だって、星の明かりのおかげでこれほど暗い場所はない。

 まさかランプもなしにこんな真っ暗な階段を下っていけって言うのか?

 しかも、僕は義足が壊れて満足に歩ける状態じゃないんだぞ!?


「イタ! 下ニイタゾ、リーダー!」

「よぉし! 逃がすなよぉ!?」


 上からワイズマン達の声が聞こえてきた。

 奴らは縄を下ろしつつ、それにはすでに何匹かのグールがしがみついている。


 ここにいたら捕まって殺される。

 かと言って、暗闇の中この階段を駆け下りていって、無事に底までたどり着けるものだろうか?

 そもそもちゃんと出口があるんだろうな……!?


「ご主人様、急いでっ」

「わかってるよ――」


 その時、棺の周りにグール達が飛び降りてきた。


 ……ダメだ。

 もう階段の下へ逃げることもできない。


「ククク。逃ゲラレナイヨ」

「若イ人間、美味ソウダ……!」


 グール達は舌なめずりをしながら近づいてくる。


「くそっ! 戦闘向けの人形さえあれば、こんな奴ら……!!」


 たらればを言っても仕方ないとはわかっていても、言わずにはいられない。

 これで終わりかと思うと、やっぱり口惜しいのだ。


 後ずさる際、僕は石棺に沿えていた手を滑らせてしまった。

 支えを失った僕の体は棺の中に倒れ込んでしまい――


「!?」


 ――僕をじっと見下ろす黄金の瞳と目が合った。


 目の前にあるのは、眠っていたはずの少女の顔。

 彼女はいつの間にか身を起こし、膝の上に倒れた僕の顔をじっと見つめている。

 口元にはほんのわずかな微笑をたたえて、まるで僕からの言葉を待っているかのよう。


 死体が起き上がった。

 その事実を目の当たりにしてもなお、僕に恐怖はなかった。


「ご命令を。我が主」


 彼女の口から漏れた声は、想像していた通り――否。それ以上に美しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る