10. 弱者の抵抗
義足の付け根に痛みを感じながらも、なんとか村が一望できる場所までたどり着いた。
茂みに身を隠して村の様子をうかがってみると、家屋には火がつき、通りには大勢の村民が倒れていた。
……体の損傷を見る限り、彼らはもう死んでいる。
「なんて酷いことを……っ」
襲撃してきたのはグールだ。
その数は二十匹をゆうに超えている。
対して、リース村の戦力は駐屯している王国兵数名。
こんな片田舎の村は王国にとって重要度が低いため、最低限の兵力しか派遣されていないのが常。
村民にとっては絶望的な状況と言える。
「ご主人様、どうするのです!?」
「ど、どうするって……どうしよう」
「ここまで来て何を弱気なっ」
「そんなこと言ったって!」
マリーに急かされて、焦燥ばかりが募る。
勢いでここまでやってきたのはいいものの、実際の惨状を目にして僕は萎縮してしまった。
グールはモンスターの中でも戦闘力の低い部類で、僕も過去に何匹か討伐した経験がある。
でも、それは僕にフェンサーとウルファーという戦闘力の高い人形がいたから。
今とはまったく状況が違う。
現状、こちらの戦力――になる可能性があるもの――はデクだけ。
しかも、普通の
僕自身も武器なんて扱えないし、今は片足義足の上、利き腕も失って隻眼の身――相手がグールでも勝機はない。
「司祭はどこだ!? あの人の奇跡なら、グールにも対抗できるはず!」
「それは無理そうです。入り口の方をご覧ください」
マリーの言う通り村の入り口に目を向けて、僕は唖然とした。
バリケードの向こうには、堀に架かった橋を渡っていく馬車の姿が見える。
荷台には教会の助祭達と司祭らしき人物の姿が。
「村を見捨てたのか……!?」
なんて司祭だ。
自分の教区の村を捨てて逃げ出すなんて、ふざけている……っ!!
「あの司祭様は昔から気が小さい方でしたから」
「これじゃもうどうしようも……」
「あっ! 目抜き通りの方を見てくださいっ」
「!?」
次に通りへと目を向けると、グールの群れに追い詰められる集団が見えた。
王国兵が剣を振り回してけん制しているものの、グール達はまったく動じた様子はない。
あれでは皆殺しにされるのも時間の問題だ。
そう思った矢先、僕はその中にマヨイ婆さんの姿を見つけた。
「……っ!!」
心臓が跳ね上がった。
僕にとって、マヨイ婆さんは顔見知りの村民の一人に過ぎない。
祖父に良くしてくれたからって、命を懸けてあの人を助ける義理なんてあるか?
どの道、この村はもうダメだ。
僕もさっさと逃げ出す方法を考えた方がいい。
……そんな理性的な考えが頭を巡る傍ら、どうにかして彼女達を救いたいという矛盾した気持ちが湧き起こってくる。
「ご主人様。私はあなたの選択を尊重します」
「マリー」
「どんな選択をしようとも、私はずっとあなたについていきますから」
「……僕は――」
マリーに優しい笑みを向けられて、混乱していた心が落ち着いてきた。
どんな選択をしようとも、誰かが一緒に居てくれるなら……。
僕は自分のやりたいことをしたい。
「――みんなを助けたい!」
僕は覚悟を決めた。
◇
僕が通りの近くまでやってきた頃には、状況は悪化していた。
抵抗していた最後の王国兵がグールに喉元を嚙み千切られ、残された村民達が悲鳴を上げている。
「ははははは! そうだ、喚け! 泣き叫べ! お前達の絶望は、我々にとって最高のスパイスになる!!」
グールの一人が声高に叫んでいる。
ぼろ布を纏っている他の連中とは違って、あいつだけ良い生地の服を着ているところを見ると、グール達のリーダーだ。
しかも、大きな鎌を肩に担いでいる。
あれはきっと冒険者を殺して取り上げた武器に違いない。
武器が扱えて流暢な人語を操るとなると、グールの中でも知恵の働くワイズマン種か……厄介だな。
「この悪鬼ども! 貴様らの非道な行いにはセレステ様もお怒りじゃぞ!!」
ワイズマン――便宜上こう呼ぶ――に向かって、マヨイ婆さんが啖呵を切った。
「活きのいい婆さんだなぁ。で、そのセレステ様が怒ったからどうなんだ?」
「今に見ておれっ! セレステ様の神罰が貴様らを――」
「笑わせるんじゃねぇよ、ババア!!」
ワイズマンが鎌を地面に突き刺した瞬間、威勢の良かったマヨイ婆さんも顔を真っ青にして黙り込んでしまう。
「俺は生まれてから人間を100人以上食ってきたが、いまだに神罰とやらは降りかかっちゃいねぇぞ!?」
「ぐぬ……っ」
「信仰なんてものは弱者の言い訳だ。お前ら弱者は、強者に食い荒らされるだけの哀れな子羊なんだよぉ!!」
「黙れっ! セレステ様を侮辱するでない!!」
「ババアの四肢をもぎ取って黙らせろ! 頭は俺が食うからな!?」
ワイズマンの命令でグール達が動き出した。
……もう時間がない。
即興で考えた作戦だけど、敢行するしかないな。
上手くいけば、マヨイ婆さん達だけでも逃がすことができるかもしれない。
「マリー、頼んだぞ!」
「お任せください!」
僕はマリーの頭を路地裏に残して、デクと共に家屋を回り込んだ。
「短い間だったけれど、お前がいてくれて助かったよデク」
併走するデクに話しかけたところで、当然返事はない。
それでも声を掛けておきたかった。
もっと一緒にいられれば、真っ当な使い方もしてやれたろうに……。
そう思うとデクには申し訳ないけれど、村民を少しでも多く生かすための選択なんだ――許してくれよ。
「行け、デク!!」
命令を受けたデクは、僕を追い抜いて路地裏をさらに先まで駆けていく。
……だいぶ速く走れるようになったな。
デクが走り去った後、僕は路地口で足を止めて外の様子をうかがった。
ここからだと、ちょうど婆さん達に近づいていくグール達の姿がよく見える。
その時――
「勇者様! こちらです、この先でグールが悪さを!!」
――マリーの声が通りに響き渡った。
勇者。
その名は、知恵あるモンスターにとっては魔導士の呪文よりも効果的な言葉だ。
「何いっ!? 勇者だとぉ!!」
ワイズマンを含めたすべてのグール達が、マリーの声が聞こえた方向へと振り返る。
完全に奴らの意識がマヨイ婆さん達から離れた。
……今だ!
僕は鞄から
そして路地から出て早々、グール達に向かってそれを構える。
「なんだ、こいつはぁ!?」
ワイズマンを始め、グール達の視線を一斉に浴びた。
まるで刃物の切っ先を突きつけられているかのような冷たい眼差しに、危うく腰を抜かしそうになる。
チラリと奴らの後ろに目を向けると、デクがマヨイ婆さん達を路地へと誘導していくのが見えた。
上手くいったな。
「驚かせやがって。勇者ってのはハッタリかよ!」
「さぁね。僕が勇者かもしれない」
「……ははっ! 面白い冗談だぁ!!」
僕は抱えていたマリーの腕をワイズマンへと向けた。
そして、壮大なハッタリをぶちかます。
「隣国ガンパーダーの火薬銃だ! 一歩でも動けば、こいつの銃口が火を噴くぞ!!」
火薬銃と言えば、セレステ聖王国でもモンスター対策の一環として輸入が始まっている実用的な兵器だ。
昨今、王国が前線の魔導士不足を補うために実戦配備しているとも聞いている。
知恵のあるグールなら、それを知らないわけがない。
バラバラになったマリーの腕が、ちょうど火薬銃の銃身っぽい大きさだったのは幸いだった。
火薬銃を装ってみたけれど……どうだ!?
「火薬銃とはな。てぇことは、てめぇは王国の銃士か?」
「そうだ。この距離からでも、お前の頭を吹っ飛ばすことくらいはできるぞ」
「……そいつぁ怖いな」
ワイズマンが顔をしかめている。
効果あったか……?
「しかし妙だなぁ。火薬の臭いがしねぇのは、どういうわけだ?」
「うっ」
「ハッタリかますんなら、せめて火薬くらいは用意しろや小僧ぉ!!」
……ダメだったか。
足を止めていたグールが、一斉に僕へと迫ってくる。
ハッタリは通用しなかったけれど、成果は十分だ。
「リーダー、人間ドモガ消エテイル!」
「何ぃっ!?」
今さら気付いても、もう遅い。
すでにマヨイ婆さん達はデクが路地裏に連れ込んで、入り口へと向かっている。
グールは目抜き通りに集まっていたから、逃げだすチャンスは十分ある。
「なるほど。大したタマじゃねぇか、小僧ぉ」
怒りの形相――言葉とは裏腹に、ワイズマンの本音が表情に表れている。
「半分は逃げた人間どもを捜せ。もう半分はついてこい。このガキ
ワイズマンが鎌を振り回しながら僕へと向かってきた。
もうこの場に長居は無用――僕は踵を返して、一目散に逃げだした。
逃げ道を阻むグールにマリーの腕を投げつけて、間一髪で通りを脱出。
義足の痛みも忘れて、丘の道を駆け上がった。
……気付けば、僕は霊園の中へと逃げ込んでいた。
よりにもよって逃げ場のないこの場所に駆け込んでしまうなんて。
「ぐあっ!?」
霊園の中を走っていると、突然僕の頭に衝撃が走った。
地面に突っ伏した直後、僕に衝突した何かが目の前に落ちてくる。
「あうぅ~」
それは、目を回したマリーの頭だった。
「てめぇ、人形使いだろ。頭だけの人形ってのは妙な話だが、そんなもんで俺を騙せると思ったのかぁ!?」
「……!」
グール達はすでに霊園の中へと入り込んでいた。
僕はマリーを抱えて逃げようとしたけれど、囲まれていて逃げ道はなかった。
「墓地を死に場所に選ぶたぁ、いい心がけだなぁ小僧ぉ!?」
ワイズマンから向けられる殺気に気圧されて、僕はただただ後ずさるばかり。
でも、僕の背中はすぐに石の壁へとぶつかってしまった。
それは霊園のモニュメント――皮肉なことに、じいちゃんが事切れた場所だった。
「そそるぜぇ。子兎みてぇに怯えるその顔、美味そうだなぁ!」
じいちゃんと袂を分かった僕が、この場所で最期を迎えるなんて皮肉だな。
……でも、それも悪くない。
「ふざけた真似をしてくれた礼に、たっぷり拷問してやるからなぁ!?」
そう言うと、ワイズマンは振りかぶった鎌を僕の右足へと振り下ろした。
鎌が足の甲に突き刺さり、義足が砕け散る。
同時に、奴の一撃は地面を――僕の足元に大きな亀裂を生じさせた。
「ああ!? てめぇの足、一体……ってか、なんだこりゃあ!?」
驚くワイズマンをよそに、地面の亀裂は瞬く間に拡がっていく。
それは裂け目――と言うか穴となって、僕の体を飲み込んだ。
「うわああぁぁっ!!」
僕はマリーを抱きしめたまま真っ暗な空間へと落ちていき――
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