勇者サイド 4
ある夜、ある森林地帯にて。
「くそがぁっ!! ヤンの役立たずが、あっさり死にやがってぇぇぇ!!」
燃え盛る森の中を走りながら、勇者シャインが絶叫する。
「シャイン様、人形はどうするのです!?」
「あんなもん放置だ! 持って帰る余裕はねぇ!!」
併走するベルナデッタを怒鳴りつけた直後、激しく燃え上がる巨木がシャインへと倒れ込んできた。
「うおおおおっ!?」
普段の彼なら躱すことなど造作もない。
しかし、切羽詰まって冷静さを欠いていたシャインは、とっさに回避行動に至らず、迫りくる巨木を見上げるばかり。
巨木に圧し潰されたシャインは、燃え盛る火に体を焼かれながら、口から内臓を吐き出した。
それを目の当たりにしたベルナデッタは――
「〝
――とっさに逆回転する時計の針を強くイメージした。
「――って帰る余裕はねぇ!!」」
併走するベルナデッタを怒鳴りつけた直後、激しく燃え上がる巨木がシャインへと倒れ込んできた。
「うおおおおっ!?」
巨木を見上げるシャインへとベルナデッタが飛び掛かる。
間一髪、二人は倒れる巨木の先へと倒れ、圧し潰されることを免れた。
「はぁっ、はぁっ……!」
「シャイン様……」
「くそっ! こ、この俺が……勇者シャインが……なんて無様だ!!」
「……」
ベルナデッタは屈辱に顔を歪ませるシャインを見つめながら、そっとその背中を抱きしめた。
「シャイン様、どうかお気を確かに。あなた様のギフトは〝
「だが、
「そ、それは……」
「今回も準備は完璧だった。今度こそ魔将を討ち取るために、セレステの魔導士部隊と魔導ゴーレム部隊まで率いて打って出たのに、なんでこうなる!?」
シャインは先頃の失態を挽回するため、軍将と侯爵の権限で大規模な討伐隊を結成し、生涯二度目の魔将討伐に挑んだ。
魔将率いる魔王軍との戦いは凄絶を極め、戦いの舞台は敵に占領された領土から拡大し、多くの町や村までもが戦火に包まれた。
国民の死者だけでも数千、討伐隊の殉職者も含めれば、ゆうに万は超えている。
完膚なきまでの敗戦と言う他なかった。
途方もない敗北感に打ちひしがれるシャインの元に、空から箒にまたがったジジが下りてきた。
「ちょっとちょっと! こんなとこで何してんのさ!?」
「ジジ……生きていたか」
「せっかく囮を使って追手を巻いたんでしょ! 呑気してる暇なんてないよ!?」
「わかってる!」
「急ぎなよ、魔将の手下が大挙して追ってきてるんだから!!」
「くそっ。この俺が逃げるばかりとは……」
「あー! もうすぐそこまで迫ってきてるじゃん!」
浮遊するジジの目からは、炎上する森を掻き分けてくるサイクロプス兵の集団が見えていた。
そのさらに後方からは、飛翔するワイバーンの群れまでも。
本来の〈暁の聖列〉の実力ならば瞬殺できる連中だが、疲労した今の状態ではそれも難しい。
何より、シャイン達が反撃して、魔将に居場所が割れてしまうことがもっとも避けるべきリスクだった。
「ジジ、縮地の魔法を使う魔力は残っているか!?」
「えぇ~! これ以上の魔法はちょっとキツイんだけど……」
「〈暁の聖列〉以外にお前の引き取り手があると思うか! さっさと使え!!」
「ったく、勇者様は人使い荒いなぁ~!」
ジジは地上に着地するや、シャインとベルナデッタの元へと駆けた。
彼女が二人の元にたどり着く頃、木々を薙ぎ倒しながらサイクロプス兵が顔を覗かせてくる。
「ちょっくら遠くまで跳ぶよ!」
ジジが叫ぶや、三人の足元に魔法陣が輝いた。
サイクロプス兵が鋼の棍棒を振り上げた瞬間――
「
――勇者達の姿は消えた。
◇
数日後、戦地より遥か離れたセレステ東方の国境都市にて。
「くそっ。この土地の飯は体に合わねぇ!」
「東方の国々が近いですから、味付けもそちら寄りなのでしょう」
「黒髪の連中ばかり目につくな。……イライラしてくるぜ」
「気をお静めになってくださいまし。ヤンは確かに無能でしたが、今は身を潜めて再起をうかがうことが大事です」
「わかってる!」
シャインは苛立った様子でテーブルを叩いた。
その衝撃でコップが倒れ、注がれていた葡萄酒がぶちまけられる。
それを見てウェイトレスが駆けつけてくるも、シャインに睨みつけられて逃げだしてしまった。
「ちっ。この俺が人目を忍んでこんな庶民のレストランを使うはめになるとは」
「たまには庶民の生活もよろしいのでは? 底辺の事情を知るというのも、旅の醍醐味ですわ」
ベルナデッタは手際よく皿の上に置かれた肉をナイフで裂きながら、フォークで口に運んでいく。
落ち着き払った彼女とは裏腹に、シャインは焦燥と苛立ちが収まらなかった。
手痛い敗北を喫した〈暁の聖列〉は、国境都市に身を潜めていた。
それは、セレステ国民から大敗を喫した勇者への糾弾を避けるためであり、追手から逃れるためでもある。
追手とは、魔王軍からの刺客に限らない。
勇者の権威は、無数の武功を築こうとも一度の敗北で瓦解する。
二度目の失態を犯したシャインにはもう後がなく、
「当代勇者の座は俺のものだ。絶対に他の奴らには渡さねぇ……!!」
その時、旅人風の女性が彼らのテーブルの前を通りかかった。
そして――
「あっ! ご、ごめんなさいっ」
――わざとらしくテーブルの縁にぶつかり、持っていたジョッキから酒をこぼしてしまう。
女性は慌てて懐から取り出した布でテーブルを拭き始めた。
「本当にごめんなさい。旅の疲れかしら……」
「いいのですよ。誰にでもミスはあるものです」
「服を汚さなくてよかった。それでは、失礼します」
「ええ。良い旅を」
ベルナデッタが応対した後、女性はレストランから出ていった。
テーブルには、彼女が置いていった布がそのまま。
「今の、神官庁の人間か?」
「はい。大神官様からのメッセージを届けてくれました」
「まだ連絡を取っていないのに、もう俺達の居場所を突き止めるとはな」
「セレステ教の眼は国内のどこにでも開いておりますから」
ベルナデッタはテーブルの布を取り上げる。
布には彼女だけが解読できる秘密の暗号でメッセージが刺繍されていた。
「……厄介なことになっていますわ」
「ちっ」
ベルナデッタは身を乗り出して、シャインに小声で話しかける。
「現在、セレステの勇者評議会では、シャイン様から勇者特権を取り上げるべきだという議論が始まっているそうです」
「だろうな。二度の失態を見逃すほど、あのジジイどもはボケちゃいねぇ」
「すでに十二聖家のうち七家から後継者の推薦がなされているようです。聖光剣クンツァイトの返還要求も出されているとか」
「大したギフトも持たないザコどもが、この俺を差し置いて勇者などと……ふざけやがって」
「どうされますか、シャイン様?」
すでにシャインの中に答えは出ていた。
ここまで失墜した自分の信頼を取り戻すには、魔王打倒しか道はない。
いかなる経緯も結果次第で覆る。
魔王さえ倒せば、自分を批判する国民も評議員も、手のひらを返したように自分を崇める――いつの時代も勇者とはそういうものだった。
「いつまでも隠れているつもりはない。
「さすがシャイン様。卑しき者どもに自分の立場をわからせて差し上げましょう」
「だが、問題は戦力だ。使える人形使いがいない以上、少しでも強い奴を搔き集める必要がある」
「その点でひとつ、気になる情報が」
「何?」
「セレステ北方のある町に、わたくし達が討ち損じた魔将ザリーツが現れたと」
「なんだと、あいつが!?」
「なんとそのザリーツを、現地の冒険者パーティーが倒してしまったそうです」
「馬鹿な! 何の冗談だ!?」
「冗談ではありません。それに、驚くべきことに……そのリーダーの名が……」
「なんだ?」
「……マリオだと名乗ったそうで」
「なっ!?」
驚きのあまり、シャインは席を立った。
周りの客から奇異な目を向けられる中、我に返ったシャインは腰を下ろしてベルナデッタを問いただす。
「どういうことだ。あいつは死んだはず!」
「実は、以前から妙な噂を聞いていたのです。打ち棄てられた教会に、軍将が食料や薬を運び込んでいたという噂を」
「何の話だ」
「それが、シャイン様がマリオを断罪したあの町の近くなのです」
「……軍将がマリオを助けたってのか? 一体何の得がある」
「彼は元人形使い。同類のマリオに対して、情が湧いたということも……」
「なるほどな。天は俺を見放していなかったってわけだ」
セレステ聖王国において、勇者が魔王討伐の障害となると判断した存在をかばうことは法に反する。
それは場所しかり、モンスター然り、人間然り、である。
この時、シャインにはある展望が見えていた。
法を犯した軍将を
神官庁の支援に軍の情報力が加われば、彼の目的も現実味を帯びてくる。
そのためにも、
「ジジはどこにいる?」
「モンスターを相手に鬱憤晴らしでしょう。夕方までには戻ってきますわ」
「すぐに呼び戻せ! 直ちに中央へ戻り、マリオの足取りを追う!!」
「またあの男をパーティーへ?」
「改めて
「まぁ。悪い顔ですわね、シャイン様ったら」
自分を狙う者が現れたことなど、マリオには知る由もなかった。
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