4章 俺たちは変わり続ける
32、嵐はまだ去っていなかった
パソコンが並ぶ情報教室にて、俺は
情報の授業は、基本的に三人一組で行われる。最初の授業で引かされたくじを基に作られたグループなので、あいうえお順は関係ない(教室の席が前後の野間と同じ班になったのは偶然だ)。俺と
今日の課題は「検索結果が一件だけになるような検索ワードを見つけ出す」だ。グループ活動とはいえパソコンはひとり一台ずつ支給されている。「意味が分からない文字の羅列」は駄目だと言われてしょげかえっている野間の横で、俺は珍しそうな名前の料理名を調べて、「料理名+しぼり方」等の謎の組み合わせを作るという地味な作業を繰り返していた。
「赤時ちゃん、さっきからめちゃくちゃ文字入力してるけど、苦戦している系?」
検索に飽きたらしい野間が、赤時のパソコン画面をのぞき込む。確かに俺の右横から、絶え間ないキーボードの音が響いていた。この課題において、そんな操作が必要になるとは思えないので俺も気になり横を見る。
赤時のパソコン画面には、某文字入力ソフトが立ち上がっていた。画面いっぱいにびっしり文字が入力されている。俺たち二人の視線を受けて、赤時が顔を上げた。
「ああ、検索の課題ならすぐに終わったよ。今は
「えっ、課題もう終わったの? ちょっとコツ教えて! オレかなり行き詰ってるからさ」
「簡単だよ。ちょっとそっちに行くね」
赤時が席を立ち、野間のパソコンの前へと向かう。残された俺は、開かれたままのテキストファイルを睨みつけていた。
彼女は「蒼先生に送る」と口にした。俺がギリギリ覚えていた記憶によると、蒼とは
彼女は先に書く部分を多く残して文字入力をしたい主義なのか、読み取れるのは二~三行だけだった。さすがに他人のパソコンを操作してスクロールするのはためらわれたので、短い文章から主旨をくみ取るように努める。
『~野間・
「なんだよ、これ」
俺の声は自然と低くなっていた。席に戻ってきた赤時を睨みつける。もはや、勝手に覗き見して悪いなどという気持ちはすっかりなくなっていた。
「赤時、この文章を漁火に送るつもりだと言っていたな。それが本当なら、人権侵害だぞ。漁火は一か月間俺たちのクラスを担当していただけの他人だ。俺たちのプライバシーに関わることを、そんな奴に垂れ流していいわけがない」
「ああ、
俺がかけているつもりの圧に全く動じた様子をみせずに、赤時はすっと席につく。顔を上げて、俺と目を合わせた。彼女の表情からは何ら感情が読み取れない。
BIG4の一員として、男子同士の会話の俎上にのぼることはままあれど、俺自身は赤時とあまり話したことがない。教室での席が遠いこともあるし、何より淡々とした口調と乏しい表情から、何を考えているのかわからないわずらわしさがある。
だが、今はそんなことは言っていられない。赤時と漁火がグルならば、その内容を詳らかにしなければならない。彼らの干渉から逃れないかぎり、俺たちの平穏な学園生活は成り立たない。
「蒼先生からも、並木になにか勘繰られたら言葉を尽くして説明したほうがいい、と言われている。並木、放課後時間はあるかな。私と先生とのやりとりの経緯についてきちんと話すよ。今は授業中だから後回しにさせてもらうけど、私は逃げも隠れもしない」
「わかった。野間も一緒でもいいか? この話、俺だけではなくクラスの皆が知っておくべきだろう」
とりあえず説明をしてもらえるらしいので、俺はいったん怒りを一段階抑えた。ただし話を聞くにあたり、なるべく俺に有利な空気感をつくっておきたい。野間は漁火のしたことに対して肯定的だったが、自らの人間関係を垂れ流しにされていると知ったらさすがに看過できないだろう。であるならば、彼に同席してもらったほうが二対一の構図を作れるので数的有利が取れる。しかし、赤時は首を横に振る。
「いや、この話は並木にだけするよ。話を聞いたうえで、他の人に伝えるかどうかの判断は任せる。でも、私と蒼先生の約束では、私たちのやっていることを質された場合、並木にだけ事情を説明するっていうことになっていたから。だから並木は放課後ひとりで、この情報実習室に来て欲しい」
「なんで」
「約束が守れないのなら、私から並木に話せることはない」
にべもない赤時の答えに、俺は言葉を失いかけるが今引くわけにはいかないと己を鼓舞する。
「俺が赤時の話をサシで聞いた後、他の人に言うべきだと思えば言ってもいいんだな」
「そうだね。そこの判断は並木に任せるよ」
大事なところなので再度念押しをしてから、俺は頷いた。
「だったら俺も約束を守る。放課後な」
「うん……私からも並木に聞きたいことがあるし」
「何か言ったか?」
「別に」
何かぼそりと呟いているような音が耳に届いたが、何を言っているかまではわからなかった。やはり俺は赤時が少し苦手だ。さばさばした物言いは七海に似ている気がしていたが、とっつきやすさに天と地ほどの差がある。
俺は小さくため息をついて、先ほどから放置していた野間の方を見やる。奴は赤時に教えてもらった検索方法が面白かったとみえて、ひたすらパソコンとにらめっこをしながらふんふんと頷いていた。俺たちの会話は全く聞いていなかったようだ。これも、赤時の計算の内なのか。深く考えるとまた彼女の恐ろしさを感じるだけな気がしたので、残り時間は黙って授業に集中することにした。
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