27、人間関係って、もっとシンプルなものだと思うぞ

「それは竹内たけうちのエゴだろう?」


 今まで黙って俺の通話を聞いていた七海ななみが、突然立ち上がり声を発した。どうやら通話越しの虎門こもんの声も、それなりに拾われていたらしい。それは相手も同じだったようだ。


『今の声は、七海か? 今一緒にいるのか?』


 虎門の声が若干低くなる。俺もなぜ割り込んできたのだと目線で抗議の意を示したが、七海は構わず近づいてきてスマホに向かって声を発する。


「ああ。君も知っていると思うが、私たちは時折互いの家を行き来しているからね。ただ、大河のために言っておくと、彼が私に最初から会話を聞かせていたわけではない。通りすがりで聞こえただけだ」

『そうか……まあ大河の家の壁は薄いからな』


 一応納得してくれたらしい虎門に、七海が頷いて右手を差し出してくる。おそらくスマホを渡せというジェスチャーなのだろうと解釈したが、であれば二対一で会話すればいいだけのことだ。俺はスマホをスピーカーモードにして、机の上に置いた。


「ともかく、竹内がはなに対してどう思っているのかは分かった。それを尊重したいという大河の考えもわかる。だが、君の考えはやや自己中心的なんじゃないか」


 虎門と七海が直接言葉を交わしたことはあまりないはずだ。そのわりにずばずばと言葉を発する彼女の様子に冷や冷やするが、虎門が言い返す様子はない。


「君は『自分と関わることで、不快な思いをしてほしくない』と言っていたが、不快な思いをするかどうかを決めるのは相手であって、竹内ではない。どんな言動を不快に思うかなんて人によって大きく異なる。だから勝手に相手の考えを気にしすぎて、自分から関わるのをやめるのはナンセンスだろう」

『だが、中学時代のおれは明らかに失敗した。不快の基準が違うからこそ、おれと関わらずに生きたほうが幸せな人の方が多いだろう。そもそも人と関わらない限り、快も不快も生まれないからな』


 七海は深くため息をついた。


「竹内。今のその発言、大河に対して失礼だぞ。そもそもそれで言うなら、男女で関わり方を変えていること自体がナンセンスだ。自分が関わっていい人を自分で決める。ある程度はそれも悪くないだろう。わざわざ相性が合わない人と無理に仲良くなる必要はないからな。だが人間関係は相手あってのものだ。相手のことをまるきり無視して、関係性の構築をはなから拒否するのは違うと思うぞ」

『……そうだな。今のはおれと関わってくれる大河に対して悪かった。ごめん、大河』

「いや気にしていない」


 そもそも七海の指摘を受けるまで、虎門のポリシーが男女不平等であることに俺は気づいていなかった。そもそも彼は同性の友人も少なくて、俺以外の男子と話しているのもあまり見かけないからだ。だが言われてみれば、関わった女子が不登校になったからといって「女子」を理由に避けるのは違うような気がしてきた。


「ともかく、私が言いたいのは、自分と関わり合いたいと思ってくれている人の存在を、頭ごなしに否定する必要性はないということだ。明らかに嫌がらせ目的で近づいてこられたなら話は別だが、華はそうじゃないだろう?」

『まあ、そうだな』

「だったら、彼女と話すことに何ら問題はないだろう」


 俺は二人の話を聞きながら、そもそも虎門は何を懸念しているのだろうかと思考を巡らせた。もちろん、己と関わることで高嶺たかみねに嫌な思いをしてほしくないと考えているのはわかっている。しかし、彼女と話すことは嫌ではないと虎門は言った。ならば、もっと話がしたいといった高嶺を拒絶したわけではないだろう。


「虎門、今お前が気にしているのは、今後高嶺が中学時代みたいな目に遭うかもしれないということか?」

『ありていに言えば、そうだな」

「それは起こりえないよ」


 俺の質問を肯定した虎門に対し、七海が速攻で否定してくる。


「色々ごちゃごちゃと言ってしまったが、人間関係はもっとシンプルに考えていいんじゃないか。自分が信頼できる人たちと仲良くすること。困った時はお互いに助け合うこと。それだけでいいじゃないか。例えば華に何か起これば、私はできる限り力になりたいと思う。大河も、竹内がトラブルに見舞われたら助けようと思うだろう?」

「当たり前だ」


 即答した俺ににやりとした笑みを向けてから、七海はスマホに向き直った。


「そういうことだよ。確かに中学時代は、女子側の仲間がいなくて竹内はうまく問題解決できなかったのかもしれない。だが、今は私もいるし、華もいる。女子側が一人じゃなければ、より色々な困難に対処できると思わないか?」

『おれのせいで高嶺がクラスで孤立するようになることになったら、七海が味方をするということか?』

「そうだね。少なくとも私は、入れ替わりの一件から華とは少し仲良くなれたと思っているよ。だから、よっぽどのことがない限り、私は彼女の肩を持つ」

『そうか……』


 はっきりとした七海に対し返答に窮したのか、スマホの先から声が聞こえなくなった。そこに向けて、彼女は再び言葉を放つ。


「とはいえ私は竹内も大河も仲間だと思っているよ。だから相談されたら力になりたいと思うし、それが叶わなくても話ぐらいは聞くつもりだ。男だ女だと範囲を狭めずに、臆せず声をかけてほしい。かえってそのほうが、華に迷惑をかけないという結果に結びつくかもしれないからね」

「俺は七海ほど、虎門に何かを強制するつもりはない。ただ、高嶺の件に関しては七海と同意見だ。虎門と高嶺の間に何かあったり、クラスの奴らが何か言ってきたりしたら対抗するつもりはある。そしてそれは、全く苦痛じゃない。自分にとって大事な奴を守ることは、誇らしいことだからな」


 電話の向こうの沈黙は長かった。焦れたらしい七海がスマホに手をかけようとしたとき、ようやく聞きなれた低い声が響く。


『そうだな。確かに、大河と七海の言う通りだ。おれは自分のエゴで、関わる人を極端に選別しすぎていた。高嶺の件、二人がそこまで言うならもう少し、話す努力をしてみる。ありがとう』


 そのまま通話が切れた。彼の性格からいって、女子にお礼を言うのが恥ずかしかったのだろう。七海はスマホを持って俺に手渡しつつ、にやりと笑みを見せる。


「なかなかかっこいいことを言うじゃないか。『大事な奴を守ることは、誇らしい』ね」

「茶化すなよ。だが虎門を説得してくれて助かった。ありがとう」


 受け取ったスマホを尻ポケットにしまいながら、頭を下げる。通話の途中で七海を招き入れたのも、実は彼女がアドバイスをしてくれるのを期待してのことだった。まさか途中で話に割り込んでくるとは思わなかったが、結果的に虎門が高嶺と話すことを受け入れたのはよかった。きっとそのほうが、今後の彼の学校生活においてプラスになるだろう。

 顔を上げると、七海はあっけらかんと笑う。


「大したことはしていないよ。そもそも竹内は、華と話すこと自体は同意していたんだ。ただ自分の中で腹落ちしていなかっただけで。彼女ともっと関わるようになったら、それが普通になって違和感を覚えることはなくなっていくだろう」

「そうだといいな」


 心の底から頷くと、七海は再び笑みを浮かべる。


「ところで、この話の流れで君に提案があるんだが、聞いてくれるかな?」

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