15、そういうお前は?


並木なみきくん、おはようございます」


「おはよう」


 他校のJKとやりあった翌日、登校するなり高嶺たかみねが近くまで来て深々と頭を下げてきた。隣には虎門こもんも立っている。


「じゃあおれは、普通に教室で喋っていいんだな?」


「はい。普段の竹内たけうちくんとして、話してください。もう、大丈夫だと思うので」


「嫌だったら言えよ」


「わかりました」


 念押しに対して高嶺がはっきり頷いたのを見て、虎門がこちらに向き直る。


「そういうわけだから。今日からは普通に大河たいがと喋るよ。もっとも、俺が喋る相手なんて大河くらいなものだけどな」


「寂しいこと言うなよ。私は混ぜてくれないのか?」


 七海ななみが横から口をはさむと、虎門はあきらかに嫌そうな顔をする。


「俺は女子とはあまり関わらない主義なんだ」


「何だ、冷めているね。思春期の本能と逆行しているんじゃないのか」


「余計なお世話だ」


「なー虎門、オレならいいだろ?」


 虎門と七海がやりあっていると、虎門の後ろから手が伸びてきて首に巻き付いた。野口のぐち……いや野間のまだ。


「別に構わんが、お前の体勢はどうかと思うぞ」


「え、何が?」


 きょとんとしている野間はわざとなのかそうではないのか。クラスいちの巨乳である野口の胸が、思いっきり虎門の背中に押し当てられている。ちらりと野間越しに野口の方をみると、彼女は顔を赤くして俯いている。本人が目の前にいる状態でストレートに言うべきではないと思うので、俺はなるべく言葉を選んだ。


「いや、野口の体格的にな。わかるだろう虎門」


「ああ、野口のためにもやめたほうがいい」


「何だよ二人して」


 野間は口をとがらせつつも、さっさと虎門から離れる。野口がぺこぺこと頭を下げているのが見えたが、野口的にはもう手遅れな気がしないでもない。まあ、他人のことだからあまり気にしすぎても仕方ないが。


「話戻すけどさ、オレ、大河とは話すけど虎門とはあんまり話したことないからさ。お前ら普段どんな話してるの」


「別に普通だぞ。試験の話とか、授業のわからなかったところを大河に聞いたりとか」


「ああ、大河勉強できるもんな」


「そうなのかい?」


 横から七海が口をはさんでくる。野間は彼女のほうに顔を向けて頷いた。


「大河はどっちかっていうと理系だけど、文系科目も平均点ちょっと上くらいはキープしてるだろ?」


「それは先週の小テストの話だろう。範囲が広い中間試験で同じ点が取れるとは限らない」


「またまた。今のは勉強できる奴の発言なんだよ。虎門、大河と同じ中学だったんだろ? 大河の成績ってどうだったんだ?」


「学年でも上の方だったぞ」


「ほらな」


 しれっと俺の個人情報をばらした虎門を横目で見やると、彼はどこ吹く風といった様子で淡々と言葉を続ける。


「別にいいじゃないか。悪いことじゃないし。そのうちわかることだし」


「中学と高校のテストは別物だろう」


「おれは大河が燃え尽き症候群になるとは思っていないぞ」


「先のことはわからないからな」


「ずいぶん悲観的じゃないか。だったら君の考えを覆そう。せっかく同居しているんだ。今度一緒に勉強会をしよう」


 七海の提案に、野間は目を輝かせる。


「いいな、それ。そっか、七海ちゃんと大河は同居してるのか。オレたちもやろうぜ、野口ちゃん」


「で、でも、わたしあんまり人に教えたことがなくて……」


「いいじゃんいいじゃん。ほら、人に教えたほうが勉強になるっていうし? たぶん野口ちゃんオレよりは勉強できると思うから。お互いに教えあって最初の中間テスト、いい点とろうぜ」


「わ、わかりました」


 頷く野口は素直なのか、押しに弱いのか。たぶん後者だろうなと思いつつ視線を横に向けると、野間が虎門のほうに向き直る。


「虎門、オレたちと一緒に勉強しないか? あ、でも大河たちとやったほうが勉強になるか?」


「華は勉強が得意だぞ。彼女と一緒にやれば……」


「遠慮しておく」


 虎門は七海の言葉を遮り、背を向けた。


「俺は必要以上に女子とかかわる気はない。それは今後も変わらない」


 自席に戻っていく虎門の背中を見送り、野間は嘆息した。


「なんだよそっけないな。せっかく高嶺ちゃんと仲良くなるチャンスだってのに。オレならこの機会を逃したりしないね」


「同感だな。せっかくの機会を楽しまないなど勿体ない」


「虎門にも色々あるんだよ」


 妙に意気投合している野間と七海をたしなめつつ、俺は昨日の虎門の発言を思い返していた。


『黙っているだけじゃ、何も変わらないからな』


(そういうお前はどうなんだよ、虎門)


 虎門が女子とかかわりたがらない理由は、高嶺が声を出したがらなかった理由に似ている。しかし、本人の心持ち次第で考えが変わるのかどうかは微妙なところだ。


(何とか、してやれないかな。高嶺のときみたいに)


 会話が弾んでいる野間と七海の声をバックグラウンドにしつつ、自席に戻る虎門の背中を、俺は始業のベルが鳴るまで見守っていた。

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