第2話 執事をボコれ

 とことんやり込んだ戦略ゲーム。

《乙サガ》において、俺が知らない隠し要素が出てきた。


 他に色々とツッコミたい事はあるよ。

 例えばくずステータスとか、訳の分からんジョブだとか。


 でもまずは、主人公の勇者にはなかった【悪名】だ。嫌な意味ですごくドキドキさせられる。


「むっ、これは触れるのか」


 ちゅうに写し出されたステータス画面。

 手を伸ばしてみると画面が反応し、悪名の解説欄がでた。


《悪名:悪的存在意義を知らしめる数値。頑張れ、あなたの悪行は素晴らしい》


 ……なんか誉められてる。


 それにしても、これまたゲーム的な項目だな。

 更に詳しく知る必要があると、次の項目を開きかける。


 とその時、部屋の扉が勢いよく吹き飛んだ。


「ゴラーーーー、ルイス。それ以上娘をイジメてみろ、ぶっ殺してやるからなーーー!」


 仁王立ちした初老の男性、執事のセバスチャン。アメリアの父親だ。


 スーツを腕まくりして、完全に戦闘モードに入っている。

 長年アルヴァレズ家に仕えてきたが、ついに堪忍袋の緒がきれたか。


「お、お父さん待って。違うの、落ち着いて」


「アメリア、ひどい怪我なんだってな。安心しろ、ポーションを持ってきたからな」


「だから、怪我はルイス様が治してくれたのよ」


「な、なんだって!」


 うん、信じられないよな。


 セバスチャンは赤子の頃からの付き合いだ。

 ルイスのダメさ加減をよく知っている。

 悪童が優しさを持つとはあり得ない。

 だから当然、振り上げた金槌はまだ下ろされていない。



《ミッション発生 生意気な執事セバスチャンをボコボコにしろ (報酬、選べる拷問器具) ☆☆★》


 うわ、また出たよ、性悪ミッション。

 さっきは気づかなかったが、後ろの星はランクか何か?

 それと報酬がエグいだろ。拷問器具なんて選ばせるなよ。


 イジメぬけとかボコボコにしろだとか、それで星ひとつってマジ鬼畜だな。


 ミッションといえば、ゲームでよくあるシステムだ。

 クリアすれば報酬を貰えるのが嬉しくて、必ずクリアしていたよ。


 だが、誰がこんな悪事を受けるかよ。

 断固として断る、無視してやるぜ。


 俺はセバスチャンと話すため近寄る。


 するとセバスチャンが半歩あとずさったのだ。


「えっ、ル、ルイス様が……あ、歩かれている? いや、まさか。ああああ、歩かれているううううううう!」


「そうなのよ、お父さん。ルイス様は変わられたのよ。一人で『立っち』をされて、上手に『アンヨ』も出来る素敵な男性になったのよ」


「ま、まさか。あのグータラ悪童が自ら動くだなんて、あわわわわわ!」


 えっと、歩いただけで驚かれるって。

 どれだけ怠け者なんだよ、こいつ。


 いや、最近歩いた記憶がないな。……ふっ、そりゃ太るわな。


 それはさておきセバスチャンだ。


「セバスチャン、アメリアの怪我は治ったが、無茶をさせたのもまた事実。すまん、愚かな行為だった」


「えっ、えっ、えええええ。どうされたのですか? いつもなら『目つきが気にくわないから給料ナシな』とせせら笑うのに。どこか具合が悪いのですか?」


 おれ自身がしたことではないが、恥ずかしさでギュンと胸が締め付けられる。


「うん、ひどいよな。アメリアの件を含めて、二度と馬鹿なことは言わないよ。だからこんな俺を許してくれ」


 セバスチャンは俺とアメリアとを交互に見てくる。

 娘に手を握られるも、首を横に振るばかりだ。


「嘘ですな。も、もしそれが本当ならば、深夜の夜食を同じ量を食べろと強要するのは? どうせ今夜もするのでしょ?」


「いや、絶対にしない。みんなも眠いだろし、太る原因だ」


「えええええ! で、ではお仕置きを代行させる者を呼ぶための呼び鈴を鳴らす者の24時間常駐は? 面倒だと言って、いつもさせているではないですか?」


「それもだ。仕置き自体が馬鹿げたことだ。というか、代行を呼ぶ係って何。システムがややこしい」


 なんて湾曲わんきょくした嫌がらせなのだろう。性根の悪さが浮き彫りだな。


 セバスチャンは次の言葉を探しているのか、クチをぽかんとあけ震えている。

 そしてギュッと歯を食いしばり、大粒の涙を流しはじめた。


「き、奇跡。奇跡がおきた……あああああああああーーーーー!」


 泣き崩れるセバスチャン。

 それを支えるかわいい娘と感動的な光景だが、元の原因がルイスの暴挙だからな。


 ツンデレのツンが非道ひどすぎて泣けないよ。


「す、すみませんルイス様。私が間違っておりました。『この最低なクソガキは絶対に改心などしない。全身の骨を砕いて娘と出奔しゅっぽんしてやる』と決めてここに来ました。ですが、あなた様は変わられたのですね、うおおおおおおおお!」


 うはっ、えげつない計画を立てていたんだな。

 でもこの話はどこかで聞いたことがあるぞ。


 たしか勇者とアメリアが出会ったとき、回想シーンでそんな話をしていたな。

 それがきっかけで、ルイスという敵が登場するんだった。


 というかこのタイミングだったのかよ。

 もしこれが決まっていたら、完ぺきに二人は敵側。二度と和解はないって事だ。


「こっわーーー」


 奇跡のファインプレーに、冷や汗をぬぐう。

 ゲームではアメリアが一番ルイスを憎んでいたからな。


 処刑に関しても、断固として譲らなかったのも闇の深さがうかがえるよ。


 間一髪とはこのことだ。


「あれ、もしかしたら死亡ルートが少しは変わったか?」


 いやいや、これまでの悪行が無くなった訳じゃない。


 勇者がルイスの悪行をかぎつけるのも時間の問題だ。

 引き続き努力はいるよな。


《ビーゴン、ビーゴン、ビーゴン!》


 まただ、うるさいな。

 あの不快な音が鳴り響く。


《警告、警告。その行為はミッション達成のさまたげになります。減点対象となるので、ただちに修正してください。繰り返します……》


 誰がやめるかバカヤロー。


 俺は生き残りたいんだよ。


 セバスチャンをボコボコにしようにも、ステータスの低いルイスに勝ち目はない。


 それ以前に、かわいいヒロインの父親を敵に回したくはないんだよ。

 ずっと見てきたアメリアだ。極力仲良くなりたいよ。

 つまり、これはゲーマーとして、男としても正常な行動だ。


 そう高らかに拳を天につきあげる。


《ミッション失敗 これより結果発表いたします》


 ◇◇


 名 前:ルイス・ウォルター・アルヴァレズ

 職 業:怠惰でクズな御曹司

 H P:2/2

 M P:4/4

 レベル:1

 体 力:1

 魔 力:2

 スキル:なし


 悪 名:9,990⇒9,980


《残念ながら、またミッション失敗により減点です。次回の挑戦をお待ちしております》


 ◇◇


「はっはっはー、俺の勝ちだな。ざまあみろ」


 数値的にはまだまだではあるが、確実に悪名は減っている。


 これを続けていけば、いつかは悪役の呪縛から解かれるかもしれない。


 そう信じるのが一番だな。


《ビゴーン、ビゴーン。今回は引き下がります。次のミッションを楽しみにお待ちくださいませ》


「なっ、予告?」


 やけに挑発的な文言だ。

 もしや、俺の独り言に反応したか?


 どちらにしても、悪名やらを知る必要があるな。

 じっくりと考察してみるか。

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