第7話 因果
いつものように昼ご飯を食べに行くため、中庭に出た時だった。
購買のパンを手にした加藤と出くわし、「ぼっち飯か」と声をかけられた。
斜め上に浮いていた理の顔が明らかに強張る。
杉本や原田と対面したときとは違う。
怒りと、やるせなさと、言葉にできない様々なものが溢れ出しているのか、じっと加藤に目を向けていた。
「まあな。いまだにかまってちゃんな奴がいるもんで」
加藤は人に命じることはなくなったが、行動を変えはしなかった。
ただし、何かしようとすればクラスメイトにスマホをそっと構えられるようになり、人目のあるところでは何もしなくなった。
さすがに録画を親や学校に見せられるのは避けたいらしい。
加藤はあくまで自分自身の生活は平和に保ったまま、刺激を得たいのだ。
そういう加藤にとって、クラスメイト達の態度の変化は自由を奪うものになったことだろう。
「そういうおまえは?」
そう問い返せば、「陸上部の部室に行くんだよ」と手にしたパンを放り投げてはキャッチする。
「最近入部したんだってな」
「誰かのおかげで教室がつまんなくなったからな」
発端が俺だとどこかからか話は聞こえてきているのだろう。
杉本や竹中のことも俺が絡んでいると気が付いているかもしれない。
「リスクしかなくなったもんは捨てるに限る。だからおまえのことはもういいよ」
そう言いながらニヤニヤと笑う。
「次のターゲットは陸上部ってことか」
「スポーツと青春。むさくて暑苦しいもんに夢中になってる奴らをかき回すの、楽しそうだろ?」
「本当に悪趣味だな」
「人生があまりにイージーモードだからな。つまらねえんだよ」
幸せにする方法がなかなか見つからないのは、桜井だけではなく、加藤も同じだった。
だが桜井と違うのは、加藤は最初から満たされていたことだ。
それは隙がないほど、完璧に。
両親は夫婦円満、親子関係も悪くない。
勉強もできるし、運動神経もいい。他校に彼女もいて、およそ不幸なんて見つからなかった。
杉本や原田という一緒につるむ『友人』は少しずつ距離を置き離れていったが、加藤にとってはさして大きなことでもないようだ。
加藤は満たされていない鬱憤を晴らしていたのではない。
単に理で遊んでいただけなのだ。
順調すぎる人生の、暇つぶしに。
「退屈しのぎで人を殺したのか」
まっすぐ向かい合う俺に、加藤はせせら笑った。
「俺が殺したんじゃねえよ。自分で落ちたんだ」
頭上で理が歯噛みしたのがわかった。
「追い詰めて『落ちさせた』んだろ」
「そう言われると思ったが。ちゃんと証拠もある」
そう言って加藤はパンを持っていないほうの手でスマホをいじり始め、すぐに音声が流れた。
『おい。それ以上下がると危ねえぞ』
『加藤くんが僕に詰め寄ったからだよ』
『もう俺は一歩も動いてない。だから――、おい、危ない!』
それだけで音声は途切れた。
その前も後もない。切り取られた会話だ。
「
そんなたまたまがあるわけはない。
あらかじめ起動しておき、自分に都合のいい部分だけを切り取ったのだろう。
理は唇を噛みしめ、せせら笑う加藤を見ていた。
「だから警察にも事情を聞かれただけで終わったのか」
「通報したのは俺だからな。『白崎くんに話があるって連れて来られて、話をしてました。途中で喧嘩にはなりましたが、俺は落としたりしてません。白崎くんは両親に会話がないとか、何か家のことで悩んでいたみたいで、自分から落ちたんです。助けようと手を伸ばしたけど、離れて立っていたので届きませんでした』って、ちゃーんと話したし」
自殺といじめの因果関係の調査を第三者機関に依頼したのに、いじめだけではなく家庭にも問題があったと結果が出されたというニュースを見たことがある。
家庭の問題なんかどの家でもほじくれば出てくるし、どんな小さなこじつけも、そう見ようとすればそう見えてしまう。いじめが原因であると認められるのは、実は難しいのかもしれない。
加藤はそれをわかっていてそんな話をしたのだろう。
両親が不仲だと言われれば、調査してそれらしい結果が出なくとも、家庭の中のことは他人にはわからないのだからそういうこともあったのかもしれないと思われるだろうし、そこから悩んで自殺した可能性として結びつけることもできてしまう。
たとえば白崎家であれば、両親が共働きで一人の時間が多く、思春期でありながら特に父親が仕事で不在がち、というのが事実として出てきた時に、そこから「相談できる相手がおらず、家庭の中でも孤立し、悩んでいた可能性がある」とかなんとかこじつけることもできてしまう。
つまりは、いじめのせいにしたくない人が意図的にその『要素』を粒立てて話して回ればいくらでも世間に『家庭のせい』という論調を作れてしまうのだ。
実際にそうして家庭の『要素』を話した加藤は、今も平穏に登校し続けている。
竹中の父親の権力で握りつぶされた面もあったのだろう。
そうやって第三者というものは簡単に踊らされてしまうのだという現実をまざまざと見た気がした。
「まあそんなわけで、俺はちゃーんと『幸せ』だよ、白崎くん。俺の幸せが何かを知ってそれを奪えば復讐できるとでも考えたんだろう? 残念ながら俺は何かが欠けてもそれはそれで楽しいと思っちゃうから、絶望なんてしないんだよ」
こいつに理が何故幸せを探っていたのかなんてわかるわけもないし、本当のことを話してもきっと理解はできないだろう。
そうして加藤はへらへらと笑いながら、俺の方へと歩き出した。
通り過ぎざま、肩をぽんと叩かれる。
「わざわざ自分から落ちて俺に罪をかぶせようと思ったんだろう? 思惑に乗ってやれなくて悪かったな」
そう小さく囁いて。
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