第5話 電波幼女はいちごパンツの夢を見るか。

 日に日に暖かさを取り戻し、冬の寒さなど幻惑だったのではないかという過ごしやすい春この頃。高校生活はじまって最初の朝寝坊をかましてしまったこの僕、只野のりをは一足先に真夏のような滝汗を振り払いながら猪突猛進に学校へと疾走していた。

 いつも見かける黒く長いリムジンも流石に今日は見かけない。午前8時50分。ようやく学校に着いた。授業中に教室入るのはちょっとなぁ…

チャイム鳴るまでどこかで暇でも潰すかぁ。


 どこかといえばあそこしかない。そう、屋上だ。今日は天気のいい春日和だ。桜の残香を感じながら日向ぼっこでもしよう。


 昼休みは人で賑わう屋上も今はその気配を感じないほどカラッとしている。僕の考えた最強の屋上スポットは芝生でも並んだベンチでもない。このデカデカとした給水塔の裏。スペースも申し分なく寝っ転がっても余裕がある。まさにVIPルーム。ここが僕のお気に入りだ。カバンを枕にでもすれば爆睡待ったなしってわけだ。「春だけにサクラバクスイオーってね!」

…春風がキレるように強く吹き抜けた。

 そして僕は異変に気づく。僕だけのVIPルームに見えた足の陰。近づくたびに見え始める人の姿。そして全貌。こ、これは……!

「み、見事な女の子じゃ…」

 春に愛されたようなポカポカしたオーラを纏い、可愛らしい小柄な、というか幼女がスヤスヤ眠っていた。枕元でチュンチュンと歌い踊る小鳥達、足元に揺れる一輪のたんぽぽ、その雰囲気たるや、まさに眠り姫のそれだった。

 

 

 はっ!!!

 

 幻想的な光景に数秒固まってしまった。てか誰だろこの子。てか高校生か?明らかに成長期来てるとは思えないけど…でもウチの制服着てるしなぁ…うーむ。

 あれか、合法ってパターンか。はいはいありますよね最近。でもよぉ、ロリコン諸君。それで君たちは満足なのかい?合法ならおけ笑。ってのは結局外見でしか判断してない証拠なのではと思うんだ。うん。だが合法とはいえそいつは偽物だ。君たちが真の幼女愛好家ならば!

見過ぎず、邪魔せず、手を出さず。この原則3箇条のもと本物を愛するべきなのではないだろうか!!…ないだろうかっ!!

 僕の力説が終わったところでチャイムが鳴った。そのチャイムによってムニャムニャと目を擦り眠り姫がゆっくりと目を覚ます。そして、僕に気づいたのかこちらをぼーっと見ている。大声だけは勘弁してくれよ。なんか高校生活の危機を感じるから。

「お兄ちゃん、誰?」

「まず、僕は君のお兄ちゃんではないし、既に僕は妹のお兄ちゃんをしてるんだ。だから君のお兄ちゃんにもなれないんだ。僕の名前は只野のりを。普通科の1年だよ。そんな君は?」

 至って冷静沈着に言葉を紬ぎ、自分の名前と所属を明かす。

「なーの名前、ここな。」

なー?なーってなーんだ?なにアビス出身?

「ここなちゃん…はその、この学校に通ってるの?」

「うん。1年生。」

見たことないし、こんなのがいたら入学早々話題になってるはずだよな。

「ここなちゃんはーあれかなー?合法的なやつかなー?何才ー?」

「12才。合法ってなんの話?」

「ごめん忘れて。」

この時、僕は今すぐ屋上から大声でなにかよく分からないことを叫んでやりたい気分だった。

「なーは高校生。みんなお兄ちゃんみたいに心配する。」

「んーたしかに制服着てるもんね。あとお兄ちゃんではない。もしかしたら別の科なのかなー。ここなちゃん。いつもどんな授業受けてるとか教えてくれる?」

 普通科以外なら特徴的な授業がきっとあるはず。そこからわかることがあるかもしれない。

「絵描いてる。なーはいつも絵描いてる。」

 なら多分芸術科の生徒か。

「芸術科の棟はあっちだよ?」

「わかんなくなった。だから1番高いところに来たの。」

「迷ったってこと?」

 小さな頭がコクっと動いた。まぁ学校自体広いしなぁ。ボクも最初はダンジョンかと思ったくらいだし。つい最近まで小学生だった子にはなおさら広大に見えるだろうな。

「よし。んじゃ僕が連れてってあげるから一緒に行こう!次の授業には間に合うよ。」

 チャイムも鳴ったし、僕もそろそろ行かなきゃいけないしね。

「…いや。まだここにいる。」

「授業始まっちゃうよ?」

「ここでも絵描ける。ほら。」

 枕代わりにしていた鞄からガサゴソ漁って、体型には似合わない大きなスケッチブックを取り出した。

 丸く可愛らしい字で名前が書かれた表紙をめくると、自然や動物など僕たちが普段観ている当たり前の風景が描き綴られている。でも、僕の目とは見る世界が全く違う。花の蜜を吸う蝶はこんなにも美しく、山の緑は新鮮な空気すら感じる。光る信号も、広がる空も。なにもかも生まれて初めてみた光景のようなキラキラした世界だ。

「なーの絵。どう?」

 なんと伝えればいいんだろう。上手いとか色んな言葉が浮かんできたが、そういうことを伝えたいわけじゃない。

「見せてくれてありがとう。1人の人間として君を尊敬するよ。」

 動かされた心に素直に、目の前にいる華奢な幼女をこの時だけは、1人のアーティストとして敬意を表した。

「うむ、良きに計らえ。」

「なにそれ?時代劇かよ。」

 クスクスと口をおさえて笑う姿は絵にぴったりだと思った。

 

 ふと、絵の中にあった違和感に気づき尋ねてみる。

「そういえば、人物はあんまり描いてないんだね。描かないの?人。」

 映る世界をありのままを描くなら、人が映らないのはおかしい。彼女が少なからず対象を選んでいるのではないかと思った。

「描かないわけじゃない。描けないわけでもない。前はよく描いてた。描きたかったから。でも最近はあんまり、キラキラして見えない。きれいなだけじゃなくって、やなところも見えちゃったから。」

 彼女なりの基準があるんだろう。とてもわかりやすい基準が。


 膝を抱き抱え呟くように彼女は言う。

「あとね、あんまり行きたくないかも、教室。なーは絵描きに来たのに、授業も教科書見てる時間の方が多い。絵描く時間も、好きなもの描いちゃダメなんだもん。ここはいろいろ大きいのに狭くて窮屈。人も教室も。」

 どこかのあずまんがみたいな話ではないけど、この年で高校にいるということは、そういうことだ。でも、話しているとただの12才の女の子だ。なにもかも高校生レベルに成長しているわけじゃない。それに周りにいるのは数年年上の人ばかり。天才だからって僕たちがこわいと思うことは同じように感じるもんなんだろう。

「ここは、そんなに窮屈じゃないね。」

 見上げて彼女はそう言うのだった。彼女は道に迷ったと言ったが、本当のところはどうなのだろう。



「それじゃ、もう少しここによっか。」

 2時間目開始のチャイムが鳴った。

「いいの?行かなくて。」

「こんないい天気の日なんだから。たまには授業すっぽかしてお気に入りの場所で日向ぼっこしたって許されたりしないかな?」

「そんな理由で許されるわけないじゃんか。」

「じゃあ、ここなちゃんも教室連れてくけど、それでもいいの?」

「えー」

「なら決まり。」

「ふふふ、悪い子なんだね。えっと、のりを。」

「さんをつけろよデコ助野郎。」


 僕たちは仰向けになってぼーっと空を仰ぐ。

綺麗な青と真っ白な雲が広がっている。彼女の目に映る景色が今なら少し見えた気がした。ひょっとしたら、仰向けという言葉は空の青を向くという意味で青向けから仰向けに変化していったのではないか………

 そんなどーでもいいことをぼやぼや考えているこの一時は幸福感に満ち溢れ、春の陽気も相まって、僕の意識と瞼はじわじわと閉じていった。


 

 誰かを呼ぶ声がする。それに答える声も。

「じゃあまたね、のりを。」

 眩しい光が目に差し込み、薄目になりながら声の主を目でとらえる。彼女を迎えにきたのだろう。制服の女の子が幼女と手を繋ぎ屋上のドアから出ていった。とりあえず友達がいてよかった。

 眠った身体をゆっくり起こして、大きな欠伸が出た。全部飲み込んじゃうくらい大きく口を開けて。気持ちのいい目覚めだった。午後12時30分。腹も空いてるし、パンでも買って教室に向かおう。サトシにノート見せてもらわなきゃな。

 枕代わりにしていたカバンを持ち上げると、カバンの下に挟んであるものに気づく。それは紙きれだった。スケッチブックからちぎられた紙切れ。そこには男が描かれていた。ただの、なんの変哲もない、寝ている普通の男の子。

幸せそうな馬鹿面をして寝ている普通の男の子の絵だった。


「もっとかっこいいだろ、僕。」



電波幼女はいちごパンツの夢を見るか。完。



——今回は1話完結です。1話完結キャラは今後も登場しますので来るべき日を待っててね——

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