第4話 オタクに優しいギャルから殴られる100の方法 その3

「うぇいうぇいうぇい!にゃんぱすーのりを君。」

 朝一番のサトシの声は眠気とかダルさとかそういうのをため息に変えて吐き出させてくれる。

「はぁ…あいも変わらず朝っぱらから元気ですなぁ、前世太陽ですって言われても今なら信じるぜ。それか田舎の小1女児だな。」

「てか、のりを昨日来れなかったのか?掃除ってもそんなに時間かからないだろ。…あっ、さてはお前帰ったなー?駅と反対方向だもんなお前ん家。友人のありがたーーい誘いを断って真っ直ぐ家に帰りやがってよー。」

「まてまてまて、話を聞けっての。実は—」

話が変な方向に飛躍する前に昨日の出来事を説明した。


「ふーん。てか、やっぱ立候補するんだ。安達さん。最近の若者にしちゃいいチャレンジ精神だけどよぉ、正味難しいのが現実だぜぇ?」

「40代半ばの嫌な上司みたいなこと言うな。」

「それに、やっぱり日村達と仲良くしてたのもそういうことだったのか。やっぱりいないもんだな。本当の『オタクに優しいギャル』ってのは。」

「いや、それは—」

 それは違う。と言えなかった。裏があったのは本当だし、なにより言い出したのは僕自身じゃないか。

 でも、対峙して感じたのは思っていたよりずっと心地よい胸の内だった。


 投票までの数日は特に騒がしいこともなく、あっという間にすぎていった。


 当日、帰りのホームルームにて。

「はーい。えーと今日は生徒会役員の投票日です〜。今から用紙を配るので書いてある立候補者の中から選んで枠の中に書いて下さい〜。」

 用紙には会長、副会長、書記、会計、その他役員と記載されている。

 石川先生は「選んで」と言っていたがそれは間違いだ。最初から選択肢が与えられていないものをどう選べというんだろう。まるで、『新しい生徒会役員はこの人達です』と言わんばかりに、各役員の下には名前が一つ書いてある。


 どこにも彼女の名前は見当たらなかった。今、彼女の方を向いてはいけないと思った。


「はーい。書けた人は用事を先生の所に持ってこの箱に入れてね〜。終わった人から随時解散していいですよ〜。」

 1人また1人と教室から出ていく。僕は最後に出そうと思った。先生に聞きたいことがあるし。

 数秒で終わるはずの記入に対して、数分経っても残っていたのは安達と日村とサトシと僕だけだった。

「そろそろ書けた?」

「…あの、」

口を開いたのは日村だった。

日村に視線をやる。サトシも日村を見ていた。

同時に、安達の姿も映る。俯いて表情は見えないが背中は丸くなり快活とはかけ離れた感じだ。

「役員って…これだけですか?」

「んー、そうみたいね〜」

「あだ、エリカさんの名前が」

「日村君…やめて。」

微かだが、冷徹で鋭利な声が静かな教室を切り裂いた。

「で、でも!先生!エリカさん生徒会に入りたかって毎日頑張ってたんです!先生も話くらい聞いてたはずですよね!なのになんで立候補者の中にエリカさんの名前がないんですか!」


「やめろっつってんだろぅがああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 聞いたことのない怒声とともに、椅子を吹っ飛ばして安達エリカは立ち上がった。ここにいる全員が一瞬なにが起こったのかわからなかったに違いない。

 鬼の形相で日村を睨むその鋭い目は、赤く腫れている。

「ああ、あ、ご、ごめんなざいいいい!!」

恐れのあまり腰を抜かしたようにガクガクと教室から逃げていく日村。8bitアニメみたいだなおい。

 冷静さを取り戻すためにサトシに視線を送るとサトシもこちらを見てきた。一呼吸おいて僕は口を開く。

「あ、あだ、あだだだだ!安達さん!一旦おち、おちり、おちついて」


 あー!もう!ガクブルで呂律がまわらねぇ!

てか僕ヤンキーとか大の苦手なんだっての!なにあの顔!怖っ!目怖っ!あれ?元からあんな顔でしたでしょうかねー?ビフォーアフターにしてはちと劇的すぎな気がすんだけど?

 ごちゃごちゃな頭を整理しなければ。聞かなきゃいけない。日村が言いたかったことの続きを。おっかない顔してるけど、彼女は…

彼女は泣いていたんだから。

 

 黙って席に座り込む安達を見て、僕も少し冷静になってきた。

「それで先生。まず、僕、と日村君も安達さんが立候補するって聞いていたんですけど。それは本当ですか?」

俺も俺もと手を振るサトシ。

「んーあんまりそういうことは他言しないほうがいいんだけどー…まぁ、本人もいるし、いいわよね、うん。本当ですよ。」

「なんで名前がないんですか?」

「んーとねー。確かに安達エリカさんは立候補しておきました。多分他のクラスも立候補した生徒はいるとたくさんいると思いますよ。でもねぇ。私達担任の役目はそこまで。その後学校側はその中からもう一度候補者からふるいにかけてるみたいなのよ〜。適正あるのどうか調べて判断してるんだと思うわ。ほら、なんとなくとか遊び半分で立候補する生徒もいるかもしれないし〜。」

「あぁしは遊び半分なんかじゃ!」

「安達さん。」

サトシが今は話を聞こうと安達の言葉を遮る。

「…それでね〜学校側が判断した結果、生徒会に見合うのはそこに書いてある子達に決まったってことね。」

「そんな…こんなの既に決まりきったようなことなのに、わざわざ投票する意味ってあるんですか?」

「んー、たまーに優秀な子が多くて学校側でも候補者を一人に絞れないことがあるのよ〜。そんな時は君たち生徒の投票数でどちらかを決定するの〜。今回は各役職で一人に絞れたみたいだけど〜。」

 簡単な話、安達エリカは見限られたのだ。僕たちがゴミを分別するみたいに、本人の意思など関係なしに、適性なしとみなされたわけだ。

「…っ」

言葉にならない言葉を溢し、勢いよく安達エリカは教室を飛び出した。次いでサトシがその後を追いかける。

「安達さんには悪いと思ってるのよ?私がはじめから立候補を諦めさせていたら、期待させるようなことをしなかったら、悲しむことなんてなかったのかもしれないってね。」

 弱々しい声から察するに石川先生にもこの制度に思うところはあるんだろう。それに安達エリカに対する負い目も。

「先生が悪いわけじゃないですよ。制度自体も生徒会の威厳を保つためにできていったものでしょうし。…誰かが悪いということではないんだと思います。」

 強いて言うなら、高嶺の花に届くと錯覚し手を伸ばしてしまった安達エリカの自業自得だ。

 でも、だからって、できないこと、なれない者になろうとすることを諦めてしまったら、人間はなにを糧に生きていくのだ。手を伸ばすことそれこそが生ではないのか。

 ましてや、僕らは青春の徒だ。夢を見ないでどうするのさ。


 ポケットのスマホのバイブレーションが伝わった。通知はサトシからのメッセージだった。

『屋上』

 そこに安達もいるということだろう。荷物をカバンに入れて僕もそこに向かう準備をする。飛び出していった安達とサトシのカバンも持ってかないとな。

 じゃらじゃらとしたカバンだ。こういうの邪魔にならないのか?



 放課後の屋上、空を覆う夕焼けの下に安達とサトシは立っていた。

「お、来たか」

「………」

僕やサトシがここにいたとしても、今の彼女の傷心をどうこうすることなんてできない。

「はぁーーーー。あーあ、あーもーぜーんぶダメ」

 叫びとも、呆れとも、諦めとも、怒りとも、悲しみとも、どれともとれてどれともとれないような、そんな声だった。

「安達3」

「気安く呼ぶんじゃねぇーよ!!!」

「ううぅぅう…サトシーー!!!ただ呼んだだけなのにー!!」

「おーよしよし」

「何しに来たんだよあんたら…笑いにでも来たの。」

いやいやキャラ変わりすぎだろ。こえーよ。あの頃のやさしいギャルは何処へ?ギャンキー?ヤンギャル?ヤンギャー?

「そういうんじゃねーよ。少なくともお前が真剣だったんだから僕たちは笑わねーよ。それに誰だってあんなのはい納得しました。で切り替えられるわけねーよ。」

「……ねーあんたらさぁ。正直いって、あぁしが生徒会役員だなんて馬鹿らしいと思う?」

「いやーあはは。そんな安達様が似合わないわけが」

「正直に。次舐めた口開いたらタマもぐぞ」

 背筋にぞわっと寒気が走る。ちょ、安達さん目がマジなんすけど。


「んん、正直言って、不相応だ。」

 こういう時のサトシを僕は見習いたいとたまーに思う。怖いもの知らずというか、はっきりしているというか。

「ん、あんたは?只野。」

「んーまぁ正直、能力みたいな話でいうと、適当ではない。かな。残酷なようだけど、優秀な生徒を生徒会に入れるためならよくできたやり方だと思う。」

正直に思っていたことを伝えた。悪意のない正直なことを包み隠さず告げた。

「…はぁ。まぁ、そーだよね。あぁしも思う。似合ってないって。見合ってないって。そんでもさ、せっかくの青春じゃん。夢くらい、見るだけなら誰だって権利あるっしょ。」

夢。彼女の夢。

「みんなから頼りにされてさぁ。誰からも好かれて生徒会にも入ってるクラスの学校の人気者。そんなのになりたかったなぁ。」

 夕日によって彼女の目元の涙に気づいてしまった。

「せっかくキャラ保ってたのになぁ。板にもついてきたのに。高校に入ったら変わりたくて、慣れないやつにも話しかけたりして、作り笑いとかおだてるのとか練習して…それでも、やっぱ人間の能力ってのは取り繕えないもんなんだね。まぁ、もう取り繕う意味もないか。もうなんにも意味なくなっちゃったか。」

「意味ないこともないと思うぜ。もう終わっちまったみたいな顔しやがってよぉ。まだ始まったばっかじゃんか!俺たちの高校生活はさぁ!終わったならまた始めればいいんだよ!」

 こ、こいつっ!いきなり主人公っぽいこと言いやがって!なんか照れ臭いじゃねーかよ。

ゼロから!ってか。どっかの青髪メイドなのかサトシ。

「それに、もう俺たち安達さんの本性?ていうか安達さんがそういう人ってこと知っちったし、その上でさ!これから仲良くしていこうじゃないの!!俺たちゃ隠し事も取り繕いもなーんにもない、本当の友達だぜ!安達さん!」

「いや、サトシ。隠し事くらいはあってもいいんじゃ。」

「なんだ?のりを。お前なんか俺に隠してることあんのか?」

「ね、ねーよ?お前こそねーのかよ?嘘や隠し事?」

「ギ、ギクッ!?ね、ねーよ嘘や隠し事なんて。」

「嘘だッ!!!!」

ガラスが僕の後ろで飛び立った気がした。

「いーぜ、じゃあ見せてやるよ!!俺のありのままをなぁ!!」

そう言ってサトシは制服を脱ぎ出した。

「ちょ、あんたらッ!なにやって」

 赤面したヤンキー安達はなんだ、こう、萌え。ってやつだと思った。

「ほれ見てみろ!この夕日に輝く我がイチモツを!!」

わかった。こいつは頭がおかしいんだ。そうに決まってる。

「貴様も見せてみろ!ありのままの貴様の姿を!!」

 やめろ!ズボンを脱がそうとするな!シャツも伸びちゃうだろーが!あ、アー♂!!!

「いい加減にしろーー!」

ゲンコツ!!

今の時代コンプライアンスに引っかかって放送できない効果音が僕とサトシの頭上に浮き上がった。

「馬鹿か!アホか!頭おかしいんじゃねーのか!そんなくだらないことで唐突に脱ぎだしやがって!」

目元の涙は引っ込んでいた。

「…ふふ、ははは!ほんと、馬鹿なやつらだよ。落ち込んでるやつの目の前でやることじゃないっつーの。はー。でも、もう、なんか、吹っ切れたよ。あんたらみたいな馬鹿見てたら。意図せず慰められちゃったな。正直ムカつく。だからもう一発。」

 咄嗟に目をつぶって衝撃に備えたが、遅れてきたのはちょこん、といった軽い拳だった。

「貸しにしといてやるよ。じゃまた明日。」

サトシと僕の間を通り抜けた彼女は、やはりムンムンとしたいい匂いがした。取り繕っていた重たい装備が外れて、凱旋した兵士のような、威風堂々といったような様子で屋上から出ていった。いつしかみた、彼女の笑顔と同じ顔で。

作りものではない純な表情は綺麗だと思った。


少し横になろう。

「…なぁサトシ。お前これ、わざとやったのか?」

「ん?んー、まぁ半分くらい?半分はふざけた。すまねーな。茶番に付き合わせちまって。」

「なーに、いいさ。僕とお前の仲じゃないか。てか、とりあえずパンツ履こうぜ。」

 なーにスッポンポンでやりきった感出してんだよ。しまらねーな。




 青春は劇的なもんじゃない。ある日突然人気者になんてなれない。頭が良くなったり、足が速くなったり、異性からモテたりなんかしない。

次の日

 劇的でなくとも青春に身を置く限り、少しずつだが日常は変わっていく。新しい日常へ。

 例えば、そう。いつもの昼食に親友以外にヤンキーが1人増えた。親友にミートボール取られた僕に卵焼きをくれる、そんなやさしいヤンキーだ。着崩した制服からチラリと見える豊満な谷間と相変わらずのムンムンとした匂いを堪能していると、拳を顔面にストレートしてくる、そんなやさしいヤンキーだ。



——オタクにやさしいギャルから殴られる100の方法、これにて終幕!

次回、芸術科のあの子は小学生!?

がんばえー!!のりをおにいちゃん!!——

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