1.失敗する者、失敗を恐れる者

 星花女子学園は夏休みの真っ最中である。

 が、学園は文化祭である星花祭に向けて頑張る生徒や部活に勤しむ女の子たちで賑わっていた。

 ある日のお昼過ぎ。

 星花祭での演奏、その練習に向けて吹奏楽部のチューバ吹きの一人、高等部1年1組の鉄木志保は自らのチューバ相棒を体育館へと運んでいた。

 1メートル弱はあるリュックのようなソフトケースにチューバを収め、楽譜や譜面台等も持って階段をゆっくりゆっくりと降りていく。

 と、そこへ。

「や! 志保殿!」

 志保と同じクラスの女の子、弓道部の葛城直葉が現れた。

「ああ。葛城さん。」

「む。その背中のそれ、とても重いと見た! よし! 一緒に持とう!」

「あ、いや、その。見た目ほど重くないしむしろこんな階段で外すの危ないしあああっ!!」

「きゃあああああ!」

 なんということ。

 直葉は階段を転げ落ちていってしまった。

「とりあえずこの子(※背中のチューバ)は無事……いやそれより!」

 志保の相棒が無事なのは何よりだが、目の前で転げ落ちていったクラスメイトの安否を確認しなければならない。

 志保はチューバを背負ったまま、バランスを崩さないようにゆっくりと一歩一歩確実に階段を降りて直葉の元へと急ぐ。

「あいたたた……。」

「葛城さん、大丈夫? ずいぶん派手に落ちていったね。」

 直葉は一切気にも留めていないそぶりで立ち上がり志保に向きなおる。

「た……こんな苦難、生徒会長になるための試練に過ぎないぞっ!」

「………。」

「あああッ! 私がドジ過ぎて呆れられているのかッ!」

「いや、あの……。」

「否! 私のドジさに怒ってるのかッ!」

「……申し上げにくいんだが。」

「怒られても呆れられても私はへこたれないッ!」

「……いまのでたぶん。……スカート……捲れてる。」

「なッ!」

 なんということ。

 転げ落ちたはずみであろうが、直葉のスカートはものの見事に捲れあがっている。

 ……直葉がスカートを短くしていないおかげで、見えてはいけないものがギリギリ見えていないのが救いであろうか。

「……大丈夫。中は見えてない。たぶん。」

「んなッ!? あ、ぅッ。ウゥぅぅッ。」

 志保のフォローも虚しく、さっきまでの威勢が嘘であったかのように直葉は崩れ落ちてしまった。

「えっと。合奏があるから私はもう行くね。……お大事に? ね。」

 直葉の捲れたままだったスカートをしれっと直していくと志保は立ち去って行った。

 さて。その場には直葉だけが残された。

 周りに人気ひとけはない。

「……私はドジ、生徒会長になんかならないんだ。グスン。生まれ変わったら蟻ん子になるんだ。ふふ、ふふふふ。ふふふふふふ。」

 あの威勢は完全に消え失せ、心が折れてしまったのか、直葉はその場に三角座りでへたり込んでしまった。

「ウゥぅぅッ。こうなったら麺類だ。角源ラーメンだッ。」

 その日の昼下がり、角源ラーメン学園前駅前店には、とんこつラーメンチャーシューマシマシを平らげている直葉の姿があったとか。


 

 ―一方、昼下がりの同じ頃―

 星花女子学園、体育館ステージにて。

「流石、鉄木さんね。私の指揮に本当に正確に着けてくるわ。」

 吹奏楽部顧問の眞利子まりこ花鈴かりんこと、マリリン先生と吹奏楽部員が合奏練習をしている。

 この吹奏楽部のレベルは高く、まだ星花祭まで一か月はあるというのにもうなかなかの仕上がりである。

 合奏練習が終わり、マリリン先生は個別のアドバイスのために部員たちに声をかけていく。

 その中には志保もいた。

「鉄木さん。貴女の技術は素晴らしいわ! 今まで指揮してきて、ズレたことは一度も無いですもの。」

 マリリン先生は志保の目を見て、穏やかに語りかける。

「星花祭ですもの。もっとにこやかに演奏できたら先生は嬉しいな。笑顔やリラックスって大事よ?」

「はい。頑張ります。」

 返事はするものの、志保の表情は固いままだ。

「うーん。やっぱり鉄木さんは、堅いのが無くなるともっと良くなると思うの! リラックスね!」

 そう言ってマリリン先生は次の生徒たちの所へ向かっていく。

「鉄木さん。」

「ああ。風原さん。」

 志保に話しかけたのは、隣のクラスである高等部1年2組の風原かぜはら美音みねである。

「マリリン先生も言ってたけど、鉄木さんはもっと自信もっていいし、もっと笑っていいと思うよ。中3のコンクールでも私はマリリン先生に言われたんだ。もっとリラックスしてって。言われてもそう簡単にできるものではないと思うけど、せっかくの星花祭だから楽しんでほしいな。」

 高等部1年から編入学した志保にとって、中等部1年の2学期から編入学そして内部進学したという美音は、同じ高等部1年でありながら星花生および吹奏楽部員としては先輩という立場だ。

「う、うん。……頑張ってみる。」

 会話が終わると美音はトランペットパートに戻っていった。



 その日の練習終わりにて。

 志保、美音と同じ高等部1年生で、志保と同じチューバパートである竹田たけだ輝夜かぐやに美音は声をかけて尋ねる。

「どこで見ても鉄木さんって堅苦しいんだよなあ……。パート練習でもそうなの? 竹田さん。」

「志保さんはずっとあんな感じだよ。まるでメトロノームみたい。」

「そうなんだ……。」


 『人間メトロノーム』 

 いつの間にか、それが吹奏楽部での志保の二つ名となっていた。

 志保の演奏は正確性・精密性を持ち、失敗はまずしなかった。

 まるで機械であるかのように。

 そして志保の演奏には欠けていた。

 遊びや揺らぎ、そして表情の変化といったものが。

 


  

――「失敗しなければ、いいんだ。誰にも迷惑が掛からないから。」――

 志保の心の奥底、志保の心を支配するものを、今はまだ誰も知らない。

 



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【ゲストキャラクター(敬称略)】


眞利子花鈴、風原美音、竹田輝夜:藤田大腸様 考案キャラ。


3人の登場作品→君と共に綴る音色(藤田大腸 様 作)


https://ncode.syosetu.com/n1150ig/

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葛城(かずらじろ)の姫は鉄(くろがね)の騎士に頬を紅葉(あから)めて 星月小夜歌 @hstk_sayaka

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