3話 結成

 レオノーラとリリアが酒場に着いたとき、すでにエルネストは酒場の入口で待機していた。


「こんばんは」

「悪い!待ったか?」

「いえ、僕もさっき来たところです」


 エルネストはローブではなく普通の私服を着ていた。


 対してレオノーラは戦闘着のままではなく、実はちゃんとお洒落をしてきていた。

 そのままの恰好で行こうとするレオノーラをリリアーヌが全力で止め、服を選んで着せ、化粧までほどこしたのだ。綿のタートルネックが薄紅色のローブからのぞいており、下は男物のショートパンツを合わせている。寒くないよう黒いタイツも履いており、首にはネックウォーマーのような形の防寒具を着けていた。


 スレンダーなレオノーラの美しさを、最大限に引き出すコーディネートだった。実に美人である。


「な、なんだよ。ジロジロ見るなよ」

「あ、いや、すいません」


 エルネストが慌てて謝ると、レオノーラの影から小さな女の子が飛び出してきた。


「あなたが例のエルネストね!」


 ビシッ!と人差し指をエルネストに向ける。


「おいリリア。やめろ」

「レオノーラさん、この子は・・・?」

「妹のリリアーヌだ。ごめんな、まだ礼儀がなってなくて」

「いえ、構いませんよ。それよりも、かわいい妹さんですね」


 初対面でいきなり指を差されたことには全く気にしないエルネスト。

 その態度にムカついたリリアは、怒り始めてしまった。


「何よその余裕ぶった態度は〜!お姉ちゃんを助けてくれたことには感謝してるけど、まだあたしはあんたの事認めていないんだから!お姉ちゃんを騙したりしてないかどうか、あたしが見極めてやるんだからね!」

「騙してなんかないよ。リリアちゃん、これからよろしくね」

「よろしくしないわよ〜!」


 地団駄を踏むリリア。レオノーラは苦笑いするしかない。


「ごめんなホント」

「大丈夫です」

「あのさ」

「はい?」


 耳にかかる髪を恥ずかしそうにかきあげながら、レオノーラは口を開いた。


「助けてもらったお礼に、今晩一緒にご飯食べないか?私が奢るからさ」

「本当ですか?ありがたいです。実はいま新しい魔法を開発していて、お財布が薄くって」

「そりゃーあたしにとっては好都合だ。さ、中入ろうぜ」

「はい、ではお言葉に甘えさせていただきます」

「お姉ちゃんの隣はあたしだからね!」


 そうして三人は酒場で同じテーブルに座った。レオノーラはビーフステーキを、エルネストは海鮮風のパスタを、リリアは肉団子のスープを注文した。


「エルネスト、そんなんでいいのか?遠慮しなくていいんだぞ」

「いやぁ、遠慮してる訳じゃなくて、牛とか豚の油が苦手なんです。こういう時はいつも鶏肉か海鮮のものを食べてます」

「そうなのか。通りでそんなに細い訳だ。羨ましいぜ。私は肉ばかり食べてるからすぐ太っちゃうんだよなぁ」

「でもレオノーラさん、すごく鍛えてらっしゃいますよね?筋肉が付くと、痩せやすくなるってどこかで聞きましたよ」

「そうなのか?ってことはそれを上回るペースで食べてるってことかー。うわぁーちょっとは量を抑えようか・・・いや待てよ?もしかして、食べるものを変えれば量を減らさなくて済むかも」

「鶏肉料理やマメ類は、他のものより筋肉に変わりやすいらしいですね。」

「そうなのか。それはいいことを聞いた」


 仲良く談笑する2人の横で、リリアは怒った表情のままこんなことを考えていた。


(お姉ちゃん・・・気になってる男の前でなんでステーキ頼むのよ・・・)


 リリアーヌは、何も考えずにステーキを選ぶ姉にちょっと呆れてしまった。

 妹の思いをよそに、ふたりの会話は弾んでいく。


「そういえば、新しい魔法の開発ってどんなことをするんだ?」

「補助効果を持つ薬草や鉱物を調べて、それら性質を術式スペルに変換するんです。レオノーラさんに使ったキアリクはお月見草から作ったものですし、キアリーは毒消し草から取ったものです」

「へえ、そうなんだ。お前は本当に物知りだなぁ」

「えへへ。補助魔法や回復魔法は大体そんな感じです。今回ぼくがレオノーラさんと出会った時も、その新しい魔法のために色々な種類の薬草や鉱物を調べて、サンプルを持って帰る途中だったんです。採集依頼を受注するついでに、そうやって研究の材料を集めれば一石二鳥なので」

「なるほどな。でも採集の依頼は報酬かねが少ないから、金欠で困ってるってわけか」

「お恥ずかしながら、その通りです」

「ふーん、そっか・・・」


 そこでふたりは一旦会話を止めて、食事を進めた。

 短い沈黙の後、次の話題に移る。


「リリアちゃんは何歳なんですか?」


 とりあえず、リリアの話でを持たせようとエルネスト話題を振ってみた。


「8歳だ。一緒に住み始めたのは、6歳の時かな」

「あたしとお姉ちゃんは血が繋がってないの。あたしのお母さんはあたしが生まれた時に死んで、6歳の時にお父さんが死んで、路地をさまよってたらお姉ちゃんに拾われたってワケ」

「そ、そうなんだ・・・」


 完全に話題選びを間違えた、と思い、冷や汗をかくエルネストだったが、姉妹ふたりは特に気にしていないようだった。

「でもお姉ちゃんと一緒に暮らすのはとっても楽しいよ。学校に行かせてくれるし、生活能力の無いお姉ちゃんのお世話もあるし。ねえ聞いてよ、あたしが来た時のお姉ちゃん、掃除も洗濯も料理もなーんにも出来ないダメ人間だったんだよ」

「だ、ダメ人間て言うな!アレでもそれなりに生活出来てたんだよ!」

「あのままだったら、数年後には病気になってたよ?」


 ジトーっと白い目を向けるリリア。


「うぅ、そりゃそうかもしれないけどさぁ」

「ふふふ、どっちが姉か分からないですね」


 やりとりを横から見て、ほほえましい気持ちになるエルネストなのだった。


 その後も3人は時間を忘れて喋った。食事が終わると、リリアはスイーツを注文し、レオノーラとエルネストはエールと蜂蜜酒ミードとおつまみを注文した。


「酒は飲めるのか?」

「ええ、そんなに強くないですけど」

「いや、歳は大丈夫なのか?」

「16歳ですから、大丈夫です」

「じゅっ、16か・・・」

「あれ、もっと幼く見えました?」

「い、いや、そういうわけじゃ・・・」


 レオノーラは今年22なので、6歳差だ。急に頭が痛くなってくる。


「でも、美味しいですね。こうやって誰かとお酒を飲むのは初めてです」

「初めてだったのか。ごめんな、こんな女らしくないのが相手で」


 さっきステーキなんか頼んじゃったし、と口ごもる。


「何言ってるんですか。レオノーラさんは凄く綺麗ですよ」


 ブフォッと酒を豪快に吹き出すレオノーラ。


「げほっげほっ」

「だ、だいじょうぶですか?」

「な、何言ってんだよ!ああああああああああたしが綺麗!?」

「ええ、今日の服、とても似合っていて素敵だと思います。可愛いです」


 そう言い切ってから、年上の女性に「可愛い」と言うのはどうなんだろうかとエルネストは逡巡しゅんじゅんした。

 ビールの泡を鼻先に付けながら顔を真っ赤にしてわなわなと震えるレオノーラを見る限り、失礼にあたってはいないようだと思った。


「こっ、この服は、っていうか化粧も、リリアがしてくれたんだ。だから服のセンスがいいのはリリアのおかげで、き、綺麗とか可愛いとかお前が勘違いするのも服のせいだから、つまりその、ええと・・・」

「へえ、リリアちゃんが選んだんですね」

「あ、あぁ。そうなんだ。なぁリリア」


 話題が逸れたのでホッとしたレオノーラが、顔を赤くしたまま隣に座るリリアを見ると、もうこっくりこっくりとふねいでいた。

 今までぱっちりと開いていた目はほとんど閉じられていて、今にも机に突っ伏して眠ってしまいそうだ。


「あー、今夜はこのくらいにしておくか」

「そうですね」


 会計を済ませ、酒場を出る。まわりの客は、これからが本番だと言わんばかりに酒をがぶ飲みし、騒々しく愚痴や夢や未来などを語り合っている。


「騒がしくて、うるさくて、でも賑やかで明るくて・・・いい所だよな、酒場ここは」

「そうですね。ぼくは今まで静かな所の方が好きだったんですけど、こういうにぎやかなところも良いなって思うようになりました」

「そっか。今日はありがとうな」

「こちらこそ。もしよかったらですけど、家まで送りますよ」


 エルネストは、見送りを固辞こじしようとするレオノーラを「寝ているリリアちゃんをおんぶしている状態で、もし何かに襲われたら動けますか?」と説得し、帰り道を並んで歩く。


「なぁ、エルネスト」

「なんですか?レオノーラさん」

「今まで私はずっと、人を避けて来た。それは、誰かを信じる事が出来なかったからだ」


 そう言うレオノーラの横顔は美しかった。同時にとても儚くて、寂しそうだった。


「それは・・・」

「まぁ色々原因はあって、私の努力不足もあるし、生まれ育った環境の悪さもあるんだけどな。でもそれは、今はどうでもいい。大事なのは、一人じゃ限界があるってことだ」

「・・・」

「今日家に帰って来た時、リリアが私の胸に飛び込んで来たんだよ。その時、こう思ったんだ。あぁ、私はこいつを置いて死ねないんだなぁって。死にたくないなぁって。

 今までだってべつに死ぬつもりはなかったけど、頭のどっか片隅で、『死んでもいいや』って思ってたような気がするんだ。

 でももうそれじゃいけない。私には帰る場所が出来た。いや、出来てたんだ。とっくの昔に出来てたのに、バカな私は今日までそれに気づかなかった。

 一人じゃ限界がある。このままじゃあ、いつかリリアの元に帰れなくなる日が来る。だから、だからさ。私と、パーティを組んでくれないか?」


 レオノーラは上目遣いで、不安そうにそう言った。

 エルネストはその可憐さに、心を奪われそうになった。

 一瞬だまってしまったエルネストを見て不安になったのか、レオノーラは早口でまくしたてた。


「ほっほら、討伐の依頼なんかを一緒に受けてさ、途中で寄り道すれば研究に必要な素材を集められるし、報酬は二等分しても今までより増えるだろうし、私はエルネストに回復してもらえて安心だし、お互いにメリットがあると思うんだけど・・・」


 徐々にその勢いはなくなり、レオノーラはまた弱々しくつぶやいた。


「どう、かな」

「・・・安心しました」

「へっ?安心って、何が?」

「実は、レオノーラさんの戦い方を見ていてとても不安だったんです」

「・・・?」

「自分なんかどうなってもいいって思いながら戦ってるんじゃないかって。すごく投げやりな印象を受けたんです。でも、リリアちゃんがきっかけで、それを払拭ふっしょくできるようになったのなら、本当に良かった」


 胸をろして、エルネストはレオノーラに右手を軽く差し出した。


「これから、よろしくお願いします」


 そのときのエルネストは、にこやかで力強い笑みを浮かべていた。


「本当か!?ありがとう!これからよろしくな!」


 レオノーラは満開の笑顔で、リリアの膝裏ひざうらに通していた右手を外し、エルネストの手を握って上下にぶんぶん振り回す。


「あ、危ないですよ!リリアちゃんが落ちちゃいます!」

「おっと、そうだなっ」


 こうしてふたりは名実ともに、パーティを組むことになったのだった。

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躍る娘とマギークナード 無記名 @nishishikimukina

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