遭難日誌20日目

【西田茂の手記】


 ついに……ついにやってしまった……。

 いや、そういうヤッたではない。そっちであればどれだけよかったことか。

 むしろ、そっちのヤッたが遠のいた気がする。

 俺は生まれてこのかた、暴力とは無縁の世界で生きてきた。

 いや、殴られたことは何度かあるが、殴ったことは一度もない。物心がつく前のことはわからないのでなんとも言えないが。

 人を傷つけることなんて絶対にできない。そんな聖人のような俺が、ついに人を撃ってしまった。

 小さい口径の銃、大した威力もない銃だが、人を撃ってしまった。


 全部アイツが悪いんだ。

 田尻が悪いんだ。俺は悪くない。

 アイツはいつも足を引っ張る。この極限状態で仲間に貢献しない無駄飯食い。それだけなら可愛いもんだ、今にして思えば。

 皆の役に立てなんて、そんな厳しいことを言うつもりは毛頭ない。せめて足を引っ張らないでくれ。

 今日の昼頃、アイツが見知らぬ男を連れてきた。

 どこの国の人間なのか、このコロニーで生まれた人間なのか、素性は一切不明で、確実に言えるのは日本人じゃないということ。

 何語かわからないが、ひとしきり何か喚いた後に田尻を羽交い絞めにして、刃物を突き付けた。

 今にして思えば『コイツの命が惜しければ物資を寄越せ』的なことを言ってたんだろうな。

 別に惜しくないし、殺すだけ殺して満足してくれるなら喜んで差し出すんだけど、田尻が死んだ後は俺達に来るに決まってる。

 今となってはわからない、あの男が田尻を刺した後の動きなんて。

 俺は男を撃った。田尻に当たってもいいから、とにかく男を鎮静化させねばという一心で。

 俺は悪くない。田尻の次は美恵ちゃんが狙われるに決まってる。だったら田尻ごと男を排除するのが正解だ。俺は正しいことをした。

 で、悪運が強い田尻に弾は当たらず、男の腕に直撃した。そこで普通に取り押さえれば良かったのだが、恐怖と混乱に陥った俺はさらに銃弾をぶちこんだ。

 足に直撃したので、もう暴れることはできない。

 ようやく冷静になった俺は、武器を取り上げた後に拘束した。

 止血してやったので即死は免れたが、遅かれ早かれ死ぬのではないだろうか。弾が貫通したようにも見えないし、摘出しなければ確実に死ぬだろう。

 だが、そんなことできるメンバーはいない。

 この男が流れ者ならば、このまま死なせてもいいのだが、宇宙海賊の類だったり、蛮族の一員だった場合、非常にまずい。

 言葉が通じない相手を負傷させたのだ、相手との関係は最悪になるだろう。


 珍しく田尻が、仕事をすると申し出た。仕事内容は男の看護だ。

 全く信用できない。ただでさえ働かない女が、自分を殺そうとした相手を看護するなど明らかにおかしい。そもそもアイツに看護なんてできると思えない。

 相手が言葉の通じる相手なら、俺達が世話をして交渉に使うが、言葉が通じない以上それも厳しい。

 もう戦闘は避けられないと思ったほうがいい。あの男を生かしたまま引き渡して和解っていうのは、ワンチャンの奇跡程度で考えておこう。だから、アイツに任せてもいいや。どうにでもなれ。


 とりあえず美恵ちゃんが無事でよかった。俺に言えるのはそれだけだ。

 本当だったら今日はお風呂に入って、同衾する予定だったのに、それどころじゃなくなってしまった。

 明日からどうしよう。

 宮本さんが狩りに行くと戦力が激減してしまうし、かといって行ってもらわないと食料が厳しい。

 夜間の見張りのローテーションもどうしよう。宮本さんを時間短めにしないと色々厳しいよな。かといって俺と美恵ちゃんだけで回し続けるのも無理がある。

 あっ、アイツこれが嫌で看護を買って出たんじゃ? 看護つっても同じ部屋で過ごすだけだろ? 包帯を取り替えたりなんて絶対にしないだろうし。




【宮本智の手記】


 西田君やるなぁ。人を撃ちよった。

 あー見たかったなぁ。狩り行ってたせいで見逃したわぁ。

 さてと、これから本格的な戦いになりそうやな。

 いや、どうしろっちゅうねん。俺が狩りに行ってる間に攻められたら終わりやろ。

 相手の勢力がわからんからなんとも言えんけど、まず勝てんな。

 とりあえず西田君と美恵ちゃんに拳銃を持たせといた。本当なら俺と西田君が持つ予定やったけど、俺は弓矢が使えるからな。

 土嚢と素人の銃二丁、素人の弓矢。いや、負け戦やろ。




【田尻敦子の手記】


 ありえない。

 この前の男が私になびいてきてから、拠点まで連れて帰ったら人質にされた。

 未だに震えが止まらない。

 こんな辺境でも、女は食い物にされるの?

 男ってのは、宇宙でもクズしかいないの? 地球の重力から解き放たれても、野蛮なの? 猿のままなの。

 しかも、西田のヤツが私を殺そうとした。

 普通なら食料と屑鉄とバカブスを差し出して、私を助ける。それが普通。

 なのにあのバカは撃った。私がいるにも関わらず撃った。

 たまたま弾が当たらなかっただけで、私に当たっていた可能性は十分ある。

 許せない。私を犠牲にしようとしたアイツを許せない。


 しかもあの襲撃者を生かそうとかほざきだした。三人全員が同じことを言ってる。

 揃いも揃って頭がおかしい。こんなヤツ生かす理由なんてない。こんな無駄飯食い殺せばいい。

 腹が立ったから、私がその看護の役目を買って出た。勿論、治療する気なんてさらさらない。

 恨みを晴らすため、男に対する恐怖心を乗り越えるため。モルモットとしてだ。

 男のシンボルにひたすら攻撃を加えてやった。

 すると、ろくに動けない体でもがきだした。

 猿轡をしてたから叫び声は出なかったけど、本当ならとんでもない声量だったんだろう。

 マジ? そんなに本気で攻撃してないのに。

 力加減を調節して、反応を観察してみた。

 どうやら演技ではないらしい。

 早押しクイズのような叩き方をしただけで、悶絶した。これだけで?

 上から叩いただけで、こんな痛がるもん?

 面白くなってきたから、上から体重をかけたり、握ったりしてみたら、さらに凄い反応を示した。なにこれ?

 ちょっと圧力加えただけで?


 いける。男なんて大したことない。

 そうだ、女が支配されるのは間違ってる。

 男ってのは、こんなに脆弱な生き物なんだから。

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