遭難日誌11日目

【西田茂の手記】


 なんと、この拠点に新しいメンバーが加わった。

 十八歳の女性で、我々と同じ日本人だ。英語を話せない俺としてはありがたい。

 名は〝桜井美恵さくらいみえ〝と、いうらしい。

 失礼な話だが、お世辞にも美人とはいえない。まあ、田尻さんよりは遥かに可愛いけど。

 でも、そんなことはどうだっていい。戦力が増えて、生存率は格段に跳ね上がったはずだ。

 今まで二人で三人分の仕事をしていたのが、三人で四人分の仕事になるのだから、負担はだいぶ減るはずだ。できれば、余分な一人をなんとかしたいところだが。


 さっそく桜井さんに仕事をしてもらいたいのだが、残念ながらしばらくは無理のようだ。

 彼女が住んでいた集落が近くの集落と戦争になってしまい、命からがら亡命してきたらしいのだ。

 目立った外傷はないが、精神的にもしばらくは休ませたほうがいいだろう。

 田尻さんが猛反対していたが、シカトしておいた。

 別に意地悪をしているわけではない。理由を聞いても、日本語とは思えない金切り声で発狂するのみなので、仕方がないのだ。

 タイミングのいいことに、作物が収穫できたので、女性一人分ぐらいはなんとかなるだろう。


 しかし、一つ問題がある。

 食い扶持が増えたことは問題ないのだが、作物が明らかに少ないのだ。

 キッチリと数を把握しているわけではないが、明らかに減っているということぐらいわかる。

 盗み食いしたであろう田尻さんにそれとなく聞いても、ヒステリーを起こすだけで申し開きさえしてくれない。

 作物が少し減るぐらいわけないのだが、食料に無断で手を出して謝罪すらしないヤツがいるというのが問題なのだ。

 一刻も早く田尻さんを改心させなければ、生き残ることができないかもしれない。

 男が嫌いらしいし、桜井さんが上手くやってくれないだろうか。


 ちなみに部屋はまだできていないので、一旦共用部で就寝してもらった。

 これは宮本さんの判断だ。男の部屋は論外として、田尻さんの部屋に住ませるのも危険だと思ってのことだ。

 とりあえず、この日記を書き終えたら徹夜で部屋作りをしようと思う。

 音が出るけど宮本さんは「全然かまわんで! むしろ必要なら手伝うで!」とまで言ってくれた。本当に頼れる男だが、宮本さんの狩りに支障が出ると全滅の恐れがあるので、気持ちだけ受け取っておいた。

 田尻さんは、よくわからない言語で発狂していた。シカトしておいた。

 桜井さんは「私は共用部で大丈夫です」と言ってくれていたが、十八歳の女性に無理を強いるわけにはいかない。子供が意地を見せるなら、大人はそれ以上の意地を見せなきゃならんのだ。ましてや、男なのだから。



【宮本智の手記】


 ついにこの集落にもニューカマーがやってきました! 至って普通の女の子なんやけど、敦子ちゃんがいるからめっちゃ美人に見える! よっ! 引き立て役!

 なんでも、恵美ちゃんは戦禍から死に物狂いで逃れてきたらしい。

 ってことは、俺のおかげやな。でも、皆には内緒や。自分の功績をひけらかしたりせえへんよ、俺は。縁の下の力持ちってヤツやな、えっへん。


 新人の美恵ちゃんのために、作物が収穫できるってことを西田君に教えてあげた。

 減ってることに気付いたみたいやな。まあ、俺も三個ぐらいつまんだけど、全部敦子ちゃんのせいになってるから、食べてないのと一緒や。敦子ちゃん最低!


 敦子ちゃんは美恵ちゃんを敵視してるから、ジージョを番犬として美恵ちゃんと寝かせることにした。建前としては「美恵ちゃんが寂しいとあかんから」ってことにしてるんやけど、本当の目的は寝てる間に殺されへんためやな。敦子ちゃん大分おかしくなっとるし。

 あ、ジージョってのはワンちゃんのことな。あえてジョージじゃなくて、ジージョやねん。ええやろ。




【田尻敦子の手記】


 殺す。全員殺す。生まれてきたことを後悔するぐらい苦しめて殺す。

 私の野菜を勝手に食べた三人を生かしてはおけない。

 何が共有財産だ。何が助け合いだ。お前らがいつ私を助けた。

 一方的に享受しているヤツらが何をぬかすか。

 あの桜井とかいう女も気に入らない。

 アイツは女の敵だ。ああいう、頭の悪いぶりっ子のせいで、女の品格が下がる。

 戦争に巻き込まれたから逃げてきた? そんなクズをなんで匿わなきゃいけない?

 そんな余裕あるはずないのに、若い女って理由で受け入れるバカ男二人を殺してやりたい。


 そろそろ寝る時間だってのに、西田のバカが桜井のバカの部屋を作るために騒音を出している。

 どうせ作るなら風呂を作れ! 優先順位もわからないのか!

 男ってのは、どうしてここまで無能なのか。

 脱出のために必要な野菜も奪われるし、脱出先の集落も戦争になってるし。馬を手懐けようにも、私だけ近づかせてもらえない。紛れもない女性差別だ。

 どうすればいいの? また男に足を引っ張られて、人生を狂わされるの?

 いくら強い女でも、涙が止まらない。私はいつだって悲劇のヒロイン。

 手遅れになる前に殺すべき? 野菜が残ってるうちに脱出するべき?

 なんにせよ、西田のバカが起きてるから今夜は動けない。ああ、死ねばいいのに。

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