33.いつかのセカイでの失敗を糧にして。

「キ……」


 明日香あすかが絶句する。


 いやまあ、言いたいことは分かる。分かるけど、その種を蒔いたのはお前だからな。自分で蒔いといてそれはないだろうよ。


 固まっている明日香の代わりに俺が、


「それ、恋人の証明になるのか?」


 反論する。別にキスが嫌なわけじゃない。幼馴染とはいえ、明日香だって立派な女の子だ。しかも顔だっていい。それとキスを出来るなんてシチュエーションはそうそうあるもんじゃない。


 が、それとこれとは話が別だ。


 俺が納得すればいいって話じゃない。


 相手が、いるんだ。


 だからこそ反論する。が、高島たかしまはさらりと、


「では逆に、それ以外に選択肢があるか?」


「それは……」


「言っておくが、店内でいきなり性行為を始めるのは無しだぞ。世のカップルがそんなことをするわけがないからな」


 そのするわけがない行為を、一瞬でも要求しようとしたのはどこの誰だよ。


 高島はそんな俺の脳内反論などどこ吹く風で続ける。


「お互いの良いところを言う……という手もあるが、これは幼馴染や親友でも成り立つことだ。従ってなし。手をつなぐのも、友達同士だってありえることだ。だからなし。と、まあ、こうやって考えていけば、恋人の証明にふさわしいのは、やはりキスしかなかろう」


「その理屈で言ったらキスも親しい仲ならするんじゃないのか?欧米だったら挨拶みたいなもんだろ?」


「ここは欧米か?」


「……違うけど」


「なら、駄目だ。日本にそんな文化は存在しない。片方が帰国子女というのであればまだ理屈が通るが、残念ながらどちらも日本生まれ日本育ちの生粋の日本人だ。外国の生活習慣が染みついているとは思えない」


「それは、そうかもしれないが」


「ならいいじゃないか」


「で、でも!それだって証明にはならないんじゃないのか?お前はそれでいいのか?」


「ふむ、確かに。可能性は高くなるが、決して証明にはならないな。しかし、そうなると、付き合っているかどうかを長期的に観察する必要性がある。この場は私がまとめればそれでいいが、その後、本当に付き合っているのかを確認しなければならないな。具体的にはちゃんとデートに行っているか、とか。お昼は、恋人と時間を共にしているか、とか。家にお邪魔しているか、とか。きちんと大人の階段を登っているか、とか。ちゃんと避妊はしているか、とか。そんなことを全て確認しなければならないな」


「そ、そんなことしてどうするんだよ」


「決まっているだろう。偽物だったと分かり次第、店に報告だ」


「そ、そんないつのことかも分からない内容を」


「受け取ってもらえない。そんなことあるはずない。うやむやに出来る。そう思うか?」


 そりゃ思うさ。


 だって、そうだろう?一体いつの客かも分からない二人が実は偽装カップルでしたなんて報告。店側がいちいち聞き入れるはずがない。しかも、その報告をするのは一介のアルバイトだ。きっとうやむやに出来る。


 そう。


 普通ならば。


 今、俺の目の前にいるアルバイトはただのアルバイトではない。「立花たちばな家に居候しているという設定」を作り出して、ナチュラルに転がり込んだ女だ。そいつがこれだけ釘を刺しているんだ。


 もしここでうやむやにしたとしても、今後しばらくは観察されるに違いない。それがいつまで続くのかは分からない。最悪、二人が本気で付き合うまで続くかもしれない。どころか、それを目的としているような節すらある。


 どうする。


 素直に高島の言うことに従って、ちょっと気まずい、けれど別に嫌ではないキスをして、この場を乗り切り。その時のドキドキ感をお互いの胸に抱えて、それが一つのきっかけとなって、恋愛感情にまで発展するか。そうでなくともお互いの間にわだかまりなく、ハッピーエンドを迎えるか。


 それとも、高島の言う事に従わず、暫くの間、付き合ってるというていで過ごし、高島から観察と冷やかしを受け、最終的には付き合うことになるも、キスをすることを拒むという選択が尾を引くかのように二人の間に溝が生まれるというバッドエンドを迎えるか。


(…………待て、今、俺はなんで、その先の展開が分かった?)


 立ち止まる。


 もちろん、可能性としてはあり得る話だ。


今ここで、俺が頑なにキスを拒否する、ということは、俺自身が明日香という幼馴染と、それ以上の関係になることを拒むことを意味している。その状態のまま、カップルを偽装したとして、最後に“偽装”が取れることはあるだろうか?


 それだけじゃない。もし、俺がここで踏み込まなければ、高島の言う通り、四六時中俺らは「ちゃんとカップルしているか」を観察される。


 何を馬鹿なと思う一方で、今日、このタイミングで、前触れもなく俺らの前に出現した高島のことだ。神出鬼没に俺らの前に現れては、その関係性を引っ掻き回すくらい恐らくは朝飯前だろう。


 その状態で過ごしていれば、当然ながら小峯こみねとの関係性を詰めることなんて出来るわけがないし、その才能を開花させるなんて夢のまた夢となってしまうに違いない。


 だからこそ、ハッピーエンドを選ぶなら、ここでは高島の指示通り、明日香と、この場限りの恋愛関係を偽装するキスをしておいた方が良いのは明白だ。それくらいのことは論理的に考えていけば分かる話だ。


 が、今のは違う。


 間違いない。今のは理屈じゃない。もっと根源的な“なにか”だ。


 分からない。


 分からないことだらけだ。


 が、ひとつだけ分かることがある。


 今、ここで逃げたら、きっとハッピーエンドにはならない。


 だとすれば、答えはひとつだ。


「……分かった。すればいいんだろ?」


 この場限りの偽装。その選択を聞いた高島は、今にも泣き崩れそうな不安定な笑みで、


「…………そういうことだ」


 そう、言い切った。

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このセカイの偽りを俺だけが知っている 蒼風 @soufu3414

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