第11章 二度目の現場検証

第41話 二度目の現場検証その1


第11章 二度目の現場検証


第41話 二度目の現場検証その1


 十二月十一日、日曜日の朝。

 ワゴン車に乗った鑑識班を率いて、二台のパトカーが、津田沼駅南口前のYショッピングセンターに到着した。

 二台のパトカーは、YSC付属立体駐車場の屋上九階の、縄張り区画から遠く離れた区画に別々に駐車した。

 縄張りの区画は、事件時に、貝原が駐車していた区画と、竜野が駐車していた区画である。

 二人の車は証拠物件として、既に千葉県警駐車場へレッカーされていた。


 この刑事四名と、鑑識班四名で構成された、八名の現場検証チームを仕切るのは、筋金入りの亀山警部補である。

 富里警視は残念ながら、本部の所用で忙しく参加できなかったのだ。亀山はパトカーを降りると、建物裏側に当る西側で、南西の角近くまで歩んだ。


 亀山は、コンクリート製のフェンス間際で、チームメンバーにそこで待つように指示した。亀山はそこから身を乗り出し、右斜め下を覗き込む。

 そのままの姿勢で指を指し、「コミさん、あそこだ」と声を掛けた。


 小湊は亀山の隣まで進み、建物の真下を見る。

 建物沿いには、コンクリートの地面が、幅二メートルで続き、その外側を一メートル幅の植え込みが囲み、さらに高い金網フェンスで覆う形で、SCの敷地が、隣の墓地の敷地と接していた。

 亀山の指差す先には、コンクリート地面に描かれた、二つの人型のチョークが見えた。


「ここから、ここまで、幅二メートルで縄張りをしてくれ」

 亀山は、立っていた位置から、コンクリートフェンス沿いに、北側へ六メートルほど注意深く進みながら、高滝に指示を出した。

 高滝と夷隅が共同して、縄張り作業を手早く済ませる。


 次に亀山は、一行を引き連れて、あの夜二人が通ったルートを想定する様に、屋上のエレベータホールへ向かった。空で上って来た大き目のエレベータは、装備品を抱えた彼らが乗り込むと、それだけでぎゅうぎゅう詰めになった。


「このエレベータは電光管式だな。後ろ側に鏡もある」

 亀山が小湊に声を掛けた。

 小湊は鏡に映った「9」の数字を見詰める。その「9」は「P」に見えた。


「ここで竜野は、あのトリックを思い付いたって訳か」

 小湊はそう呟いた。


「そう見て間違いないだろうぜ」亀山は渋い声でそう答えた。


 八階に降りた一行は、二人が落下したと思われる、フロアの西側で、一番南に近い奥へ移動した。

 先ほど屋上で縄張りした区域の、丁度真下部分だ。

 第二現場と云う事で、その一帯は入念に縄張りされ、防護柵はビニールシートで覆われていた。彼等は注意深く縄張りの周辺に立ち、現場を荒らさない様に配慮していた。


 亀山と小湊の二人だけが、×印のチョークマーク地点に入り、そこから下を覗きこみ、次いでその前方を眺めた。


「この場所から落ちた時に、二人が叫んだとしても、その声を聞いた者は殆ど居ないかも知れないな」

 亀山がそう言って、小湊を見る。


 SC建物裏側に当る落下地点の向こう側は、屋上でも見た通り広い墓地になっていた。


「七、八、九階の駐車場フロアの、この防護柵近くで、たまたま乗り降りして居た人が居ない限り、叫び声は聞こえないだろう」

 小湊はそう答えてから、次の様に言葉を継いだ。

「まさか墓地の前で死ぬことになるとは、あの二人とも思わなかったろうな」


「不吉な場所だぜ」亀山は、墓地を眺めている小湊の横顔を見やって、ぼそりと答えた。


 亀山は振り返って、その場に待機していた鑑識班に声を掛ける。

「飯島君、先ずこの防護柵を良く調べてくれ。

 二人の衣服以外にも繊維の付着があるかも知れない。あとは、この辺りの床に落ちている頭髪も回収してくれ」


「はい」

 鑑識課の腕章を付けた飯島は、大きなルーペと、ピンセット、透明のビニール袋を用意していた。さらに彼の足元には、大型のバッテリー式掃除機があった。


 次いで亀山は、残りの鑑識班に指示を出す。

「鈴木君は、さっき縄張りした九階へ戻って、このトランシーバを持って待機してくれ。後で下から声を掛けるから」


「はい」鈴木は、飯島と同じ装備を抱えて、エレベータ脇の非常階段へ向かった。


 亀山は、早速ルーペ作業を開始した飯島の背中を横目で見やりながら、残りのチームに対し声を掛けた。

「じゃあ死体発見の第一現場へ降りようか」


「早く行こう」無愛想に小湊が返事する。


「結構楽しそうじゃないか」亀山が小湊の肩を叩く。


「良い勉強だからね」つまらなそうに小湊が答える。


「ふふん」亀山は鼻で笑った。


 彼等は再びエレベータに乗り込む。

 一つ下の七階では、亀山から指示を受けた鑑識の吉原だけが、装備品一式とトランシーバを持って先に降りた。

 駐車場部分は、七階から上の3フロアだけで、六階から下はSC店内である。


 五人を乗せたエレベータが、一階へ向かって降りて行く。

 六階が過ぎた頃、電光管の表示は「5」を示していたが、鏡に映った数字は「2」を示した。

 三階を過ぎると、どちらの表示もさっきと比べて丁度逆になった。

 その時、亀山と小湊の二人は、無言で目配せをした。


 エレベータ一の一階を降りると、そこはSC店内である。

 五人は店内を通過して、南側非常口へ向かった。

 非常口を出た所は、隣の雑居ビルの横壁が、大きく目前を覆っていた。左を向けば少し先に、縦に長い隙間から、僅かに歩道と道路が見える。


 彼らは、逆の右手に少し進んだ。

 SC建物外壁の南西角と、植え込みと金網フェンスが見える。彼らはその角を右へ曲った。その直ぐ先に縄張りした区画があった。


「こっちの人型が貝原だ」亀山が言う。


「こっちは竜野か」小湊が応じる。


 亀山の指示で、高滝が二つの人型の距離を測る。


「揉み合って落ちた割には、死体の距離百五十センチは少し離れ過ぎてないか?」亀山が小湊に問い掛けた。


 人型を見下ろしながら、小湊が抑揚の無い声で答える。

「微妙だな。確かに離れ過ぎの印象はある……」


 亀山はそこから真上を見る。七階に一人、屋上に一人、こちらを見下ろしている男が居た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る