第39話 小湊の報告1

第39話 小湊の報告1


「では次は、コミさんだな」


 小湊は、神田の太平洋書店本社で行った、貝原洋担当編集者、町村博信の事情聴取を中心に、『交差点推理新人賞』の選考に関わった、外の四人の編集者からの事情聴取と、国立の自宅で行った、選考委員会委員長の巽龍介からの事情聴取に付いて、一通りの報告をした。


 富里は、報告の間一貫して、腕組みと薄目を保持していた。

 小湊は、報告終了後も着席せずに、その無表情な目を富里に向けていた。


 富里は、薄目を開いて小湊を見る。

「町村博信と云う奴はかなり臭いな」


「彼が事件に直接関わっているかどうかは別として、根深く影響を与えていることは間違いありません」

 小湊はたんたんと答えた。


 富里は呟いた。

「殺人教唆きょうさくらいしてるかも知れんな」


 四人の刑事の目が、富里に注がれる。


 小湊は、抑揚の無い響きで応じる。

「可能性はありますね」


 富里は、小湊の表情を探るように問い掛ける。

「町村が殺人教唆していると仮定した場合、どっちに対してだろうな?」


「貝原に対してでしょうね」小湊は即答した。


「竜野が貝原を殺す動機は考えられないか?」富里が薄目になる。


「今の所、そこまでの動機は、竜野には無いでしょう」

 小湊はにやにやと答えた。その線には全く興味が無いようだ。


「そうかもな」富里はちらりと、亀山を見やる。


 亀山は、富里と小湊を交互に見てから、手許のファイルに目を落とした。

 亀山には、富里の仮定の話がおもしろくなかった。


 小湊は、貝原の本と、役所信也の本を両手に取って示した。

「では次に、二人の小説に使われた、類似性の高いトリックについて検討してみたいと思います。警視、二つの作品を読み比べた印象は如何でしょうか?」


 富里は、その質問に答えず別の提案をしてみる。

「さっと目を通しただけだからな。どうだろう、少し時間を取って、その部分をここで朗読してみてもらえないかな。二つ朗読しても三十分も掛からないだろう?」


 富里が亀山に視線をやると、亀山が答えた。

「賛成ですな。私も耳からの方が、情報が良く入りますからね」


「そうだろう、亀さん」

 富里は小さく頷きながら、そう言って、小湊に視線を戻した。


 小湊はにやりと口の端をゆがめ、相棒の夷隅巡査部長に、役所の本を手渡した。

「わかりました、夷隅君、朗読を頼む」


 指名された夷隅が、先ず役所信也作品『誘惑の罠』から、該当箇所の朗読を始める。

 始めは慣れない事で緊張気味だったが、五分もすると興が乗ってきたのか、夷隅の朗読はなかなかのものだった。夷隅の声は良く響き、聴く者の耳に良く届く。


 続けて、貝原洋の『トゥワイライトの悲劇』の一場面を読み上げる。

 朗読が進むと、外の四名の顔に困惑と冷笑が浮かんで来た。


「おいおい、ここまで同じものになると、盗作と言うよりはコピーだな」

 富里は愉快そうに笑った。


「そうですな」

 単にそう応じた亀山だが、彼はトリックの盗作そのものよりも、二つの小説の殺人のステージが、共に立体駐車場であることに注目した。

 小説の殺しの手口は刺殺で、死因に共通性は無いが、今回の転落死事件と微妙に重なって見えた。


 小湊は、話を先に進めるために、富里に問い掛けた。

「議事録の方はどうしますか?」


 つまらなそうにファイルを捲った富里は、うんと、伸びを一つ入れてから答えた。

「これは順番に目を通して、意見交換する位でいいだろう?」


「箇条書きの報告では、朗読し甲斐がありませんからね」

 小湊はそう言って、夷隅の腰を、ご苦労さんと云う感じでぽんと叩いた。


 夷隅はほっとしたように着席する。

 高滝が、そんな夷隅を冷やかすように見ていた。


 合同会議三回分の議事録も、最終選考委員会の二回分の議事録も、町村編集者の説明通り、非常に簡単な記録だけで、実際に参加した者でなければ、会議の内容を想像することはできないだろう。

 はっきりしているのは、全ての会議で、町村編集者代表が議長役を勤めていたこと。

 会議の出席者が誰と誰であるか、何日の何時に始まって、何時に終了したかと云うことだけだった。

 外の情報については恐らく、毎年繰り返される会議の議事録から、候補作品のタイトルと、作者の名前だけを変えれば、会議に参加しなかった者でも容易に作成できそうである。


 例えば、八月末に行われたと云う、第三回合同会議の議事録冒頭部分は、次のように記述されていた。

【町村議長より冒頭の挨拶あり

 風見新一委員より若干の質問あり

 神林英彦委員より意見あり、風見委員了解す。

 午前十一時五分より、第二次選考の最終審査が開始された。

 一番目に、紅香織くれないかおりの『波の彼方』が紹介された。

 黒木アユ委員から、ヒロインの心理は良く書けているが、男性心理の描写が希薄であると指摘された。外に意見は特に無し。

 二番目に……略……    】


 風見新一が、第二次選考の方針説明に関して、町村議長に噛み付いた様子も、重鎮の神林英彦が彼をたしなめた事も、この議事録からは、一切伺い知ることはできなかった。

 投票前の竜野信也作品の紹介時に、貝原洋から出た、問題のクレームに付いても、

【七番目に、役所信也の『欲望の罠』が紹介された。貝原洋委員より、本作品中には、個人攻撃を意図した文章があり、感心しないとの指摘があった。

 黒木アユ委員がこれに同調した。巽龍介委員長より反対意見があった。神林英彦委員から調整意見が出た。

 八番目に、……略…… 】との簡単な記述で済まされていた。


 富里警視はぼそりと言った。

「こんなんでは、アリバイ資料位にしか使えないな」


「そのようですな」小湊が答えた。

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