第37話 第1回捜査会議 その2

第37話 第1回捜査会議 その2


 小湊は、ホワイトボードに幾つか簡単な図を描いている夷隅の作業を確認してから、参加者の面々を振り返った。


「それでは、『津田沼Y駐車場複数転落死事件』に付いて、事実関係の概要から、夷隅君が報告いたします」


 図を描き終えた夷隅が、ホワイトボードのある壇上で直立すると、富里よりもさらに長身の彼の顔は、ただ見上げるばかりである。


「はい。本事件は昨日十二月九日金曜日二二時過ぎに、津田沼駅南口前にあるYショッピングセンター西側裏手、建物と植栽の間にある幅約二メートルのコンクリート地面に、同SC上部に付属する立体駐車場八階から落下して、頭蓋骨と首の骨を折って即死したものと推定される、成人男子二名の死体が発見されました。

 事件は二十時五十分から二一時頃発生したと思われます。検死結果によると、二人の死亡推定時刻は二一時頃で、前後一時間の幅があります」


 富里が、図面を見比べながら問う。

「なるほど、死体には他に外傷などは無いのだね?」


「ありません。ただ、二人の衣服には争った後があり、双方の上着のボタンが一つずつ千切れてます。そのボタンは同駐車場八階で発見されました」


 夷隅の歯切れの良い回答が、富里の質問にも、良いリズムを与えているようだ。


「二人の争った位置と、落下死体との位置関係は?」


「あの駐車場は開放型で、コンクリート製の防護柵が設置されています。丁度死体の真上に当る、八階の防護柵付近でボタンは見つかりました」

 夷隅はやや間を取る。


 富里は一つ頷いた。

「続けてくれ」


「同八階の死体真上付近には、フロア地面と、防護柵の辺りに人が争った形跡がありました。

 地面にはうっすらと埃が積もっておりまして、その乱れた足跡と、二人の靴跡は一致します。また埃の成分も同じです。

 防護柵の方にも、擦れた跡があり、そのコンクリート粉などの埃が、二人の上着に付着しております」


 薄目を開けて、頬杖を付く富里は、現場を頭の中に再現しているかのようだ。

「なるほど、そこで二人が争ったことは間違い無いようだね」


「はい。その争いを目撃した者がいます。言い争いの内容に関する証言は、残念ながら得られませんでしたが、かなり激しいやり取りをしていたようで、目撃者は声を掛けて二人に近づきました」


 高滝は、同僚の夷隅による手際の良い現場報告を、羨ましそうに見詰めていたが、夷隅が短い間を取ると、すぐさま富里を振り返った。


 その富里は短い質問をした。

「どうなった?」


「目撃者が付近まで近づくと、二人は衣服の乱れをその場で直し、『少し興奮してしまったようですが、もう大丈夫です。

 こんな場所で、ご迷惑をお掛けして申し訳ない』と、年配の男が言い訳し、もう一人も、頻りに頭を下げていた。

 それから二人は、目撃者の前で、仲直りの握手までして見せたそうです。安心した目撃者は、その後直ぐ、同フロアに停めてあった自分の車に乗り込み、同駐車場を出たという事です。

 二人の言い訳を聞いた時刻は、二十時五十分頃だと思うと彼は証言してます。

 また彼は、駐車場のレシートを持っており、その出場記録が二十時五五分になってましたので、同証言には信憑性があると思われます」


「なるほどな」

 富里が頷くと、高滝も同じタイミングで頷いた。


 説明者の夷隅は、その高滝を見てくすりと笑った。

 亀山が高滝を一瞥すると、高滝が小さく舌を出した。


「死体が発見されたのは、二二時少し過ぎです。駐車場の閉場時刻が二二時で、係員が周辺を見回りに出て、二人の死体を発見して直ぐ通報したそうです」


「周辺の見回りはいつも同じ時刻にやるのかね?」


「ルートも決まっていて、五分とずれる事は無いそうです」


「ふむ」


「死体の衣服から出てきた手帳で、一人は作家の貝原洋であると判明しました。

 貝原は五一歳男性、既婚歴も、子も無い、全くの独身で、自宅電話が全く通じない所から、同居人も無いものと思われます。

 本人の所持していた手帳を見て、大和屋出版へ連絡し担当編集者に来てもらい、同人であることを確認しました」


 富里は、次に進もうとする夷隅を、人差し指を立てて制する。

 夷隅が目を上げて、一旦説明を止める。


「身内による確認はしたか?」


 富里の質問には、小湊が答えた。

「鹿児島の貝原の父が病床にあり、貝原の母も葬儀までは上京できないそうです。貝原には兄弟も居ないそうです」


 富里は、そうかそれでは、止むを得ないなと言った。


 富里は、小湊から夷隅に視線を戻す。

「もう一人の方は?」


「彼も、免許証などの入った財布を所持しておりましたので、竜野信也四十歳男性であることが確認できました。

 同人は、千葉県庁勤続十七年目の地方公務員です。竜野は妻帯者でしたので、自宅に居た妻と、実家の父母に連絡し、夜の明ける前に同人であることを確認させました。彼にも子供はおりません。

 尚、二人の死体と、彼らが乗って来たと思われる、二台の自家用車からは、特に盗難されたものは無いようです。この点からも、第三者による強盗殺人である可能性は、非常に低いと思われます」

 夷隅はたんたんと説明を終了した。


「なるほど。聴いた限りでは、二人は駐車場の八階フロアで、何らかの口論をしていた。そこを人に見咎められて、一旦休戦して見せたが、同目撃者が立ち去った後で闘争を再開した。

 その結果二人とも、防護柵を越えて地上に落下し、頭部を骨折して死亡した。そのように見受けられるね。

 現場検証と目撃証言からは、闘争の結果、誤って転落死したと云う事故の可能性が高いようだな」

 富里は、小湊と亀山を順番に見た。


 小湊は無反応だったが、亀山はそれに答えた。

「そのようですね」

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