第10章 第1回捜査会議
第36話 先ずは事故としての捜査体制で
第10章 第一回捜査会議
第36話 先ずは事故としての捜査体制で(第1回捜査会議)
「津田沼Y駐車場複数転落死事件」捜査本部には、刑事部捜査第一課から廊下を挟んだ、向かい側の小会議室が
六時丁度に、小会議室で第一回捜査会議が始まった。
本事件の捜査主任担当官には、刑事部切っての敏腕刑事と噂される、富里警視が、自ら望んでその任に就いた。
富里は、身長、体重とも十分な巨漢で、ヘアスタイルは大学ラグビー部時代から、今年四十になるまでずっとスポーツ刈りで通して来た。若い時分には、その大声と、人を射竦める視線で周囲を圧倒して来たが、三五を過ぎた頃から、声も目付きも穏やかになり、行動の全てがソフトになった。それでも、仕事に対する情熱や能力は、若い頃以上であると評判が高い。
「富里警視、書類には目を通していただけましたか?」
部屋で待っていた小湊警部補が、六時ジャストに入室した富里に声を掛けた。
小湊の顔は至って無表情で、富里を満足させた。
「一通りは読んだが、小湊君の簡潔な報告を、この場で直に聴いて、理解を深めようかと思っているよ」
富里は、ファイルされた議事録関係の書類と、太平洋書店で、小湊が町村から貰って来た、役所信也の簡易製本された投稿作品と、貝原の新刊をデスクへ置いた。
役所作品の、もう一つの簡易製本は小湊が持っており、他の三人の刑事達は、文書課で作らせたコピーを所持していた。
「では、事件の概要から報告を始めたいと思います」
小湊警部補に対し、片手で拝むようにして、富里は会議開始の挨拶を遮った。
「その前に、少しだけ良いかな? こんなことを会議前に訊くべきことじゃないのだが、小湊君の印象で構わない、本件は単なる事故だと思うかね?」
小湊は、富里警視が何を考えてるのか、探るように見詰めた後、抑揚の無い話し方で答える。
「いいえ、私は殺人事件だと思います」
「そうか、ありがとう。亀山君はどう思う?」
続いて、富里は亀山警部補の意見を求めた。
亀山は少しの間、目を閉じた。その目を静かに開くと、富里と小湊の顔を交互に見ながら、考え考え、亀山は答え始めた。
「そうですね。貝原と、竜野の話し合いが不調になって、揉み合っている内に、両者一体となって転落死したとも思えますが、貝原か竜野の何れかが、相手を殺す目的で呼び出して、誤って自分も転落した可能性も大きいと思います。もし、そうであれば殺人事件でしょうな。明日、明るい内に、もう一度現場検証を行えば、もう少し確信を持てると思うのですが」
亀山は現場検証に拘っていた。暗い時間の現場検証は、見落としたものも、少なくないだろうと感じていたからだ。
富里は満足したように、自分のあごを撫で回した。
「なるほど、慎重派の亀さんの見方も、殺人事件に傾いているようだな。実は本日、警視庁の方から、捜査に協力したいと云う申し出があった」
「断っていただけたのでしょうね?」
小湊は即座にそう訊いた。
富里はにやりと笑う。
「うん、本事件は事故とみて捜査していると言って、丁重にお断りした」
亀山は、富里の話が切れる間際を捉えて質問した。亀山にしては、それは珍しいことなのだ。
「いつ頃まで、事故で通すおつもりですか?」
富里は、その亀山の考えを探るように、ゆっくりと答える。
「動かぬ証拠を握るまでだな。さもないと、後から入って来る警視庁に、俺達の方が指図を受けるようなことにもなりかねない」
「捜査体制は、どうなりますか?」
亀山は即座に次の質問を投げ掛けた。
「捜査方針が事故のままでは、増員は恐らく不可能だ。私を含めた五人体制でやって行くしかない。どうだろう、人員不足かな、亀さん?」
富里の問い掛けに、亀山は一層渋い顔になった。
二人も死んでいるこの事件が、もし殺人事件だとしたら、たったの四人で捜査するには、現場のデカに負担が掛かり過ぎることを懸念しているのだ。
それでも、外部からでしゃばられるのは亀山も大嫌いだった。
捜査協力を申し出ている警視庁も、千葉県下で起きた事件を管轄する県警から見れば、外部の邪魔者に過ぎない。
「本日の会議と、明日の現場検証次第ですな」
苦虫を噛み潰したような顔を見て、富里は苦笑する。
富里は小湊に視線を移した。
「コミさんは、どう思う?」
天才肌の小湊は、亀山に一瞥を与えてから即答する。
「このチームには、亀さんと私が居る。頭数は少ないが、現状ではベスト編成でしょう。このままでも十分行けると思います」
その答を聞いた富里は、亀山に視線を戻し、すまなそうに話し掛けた。
「亀さん。現場に負担を掛けて悪いとは思うが、俺は暫く、このままの体制で行こうと思う」
「了解いたしました」
亀山は予想通りの答えに、渋々同意した。
自分と小湊を組み合わせたベストチーム編成で、富里警視が、最少人員で高いパフォーマンスを狙っていることは、初めからわかっていた。
「夷隅君も、高滝君も、捜査体制に不満はあるかも知れんが、理解してくれ」
富里は、現場で最も負担の掛かる、相棒刑事達にも十分気を使って、そう言葉を掛けた。
「はい」夷隅も高滝も、即座に返事した。
一つ頷いてから、富里は小湊を見た。
「では、会議を始めよう。頼む、コミさん」
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