第34話 各担当編集者の聴取その3と、巽龍介の聴取

第34話 各担当編集者の聴取その3と、巽龍介の聴取


 高橋は表情を変えずに答える。

「そんなことはありませんよ。捜査に必要なことでしたら、例え町村さんのことでも、他の編集者のことでも、あるいは黒木先生のことでも協力はいたします。

 所で町村さんに何かあるんですか?」


「いいえ、今の所何もありません」


「そうですか」


「今日はこれで結構です。お手間を取らせました」


「失礼します」


 小湊が丁寧にお辞儀すると、高橋も釣られるように深々と礼をした。

 会議室を出て行く高橋の後姿は、やや小首を傾げている様に見えた。


 一方、夷隅による、花田薫への事情聴取も既に終わっていた。

 夷隅は花田に対し、巽龍介と貝原洋が仲が悪くなった事情を中心に質問した。

 また、二人が対立するようになってからは、どの様なトラブルがあったかについても詳しく訊いた。

 花田が協力的だったおかげで、大体必要な情報は得られたようだ。

 花田薫は夷隅の質問を、結構おもしろがっていたのである。


 小湊はその場から、県警本部総務部文書課へ電話を入れた。

 その依頼内容は、一九九五年に発行された写真週刊誌「シャッター」の中から、貝原洋と黒木アユのゴシップが掲載された号の取り寄せである。

 文書課は、相当古い雑誌なので、雑誌そのものが残っている可能性は低いと回答した。

 小湊は、現物が見つからない時は、雑誌社から記事のテキストファイル等を取り寄せるよう依頼し、併せて担当記者の住所氏名の情報収集も頼んだ。



 次に小湊は、夷隅に、花田薫から聞いた巽龍介の携帯へ電話させた。

 巽は自宅にて執筆中という事で、三十分程度であれば時間を割けると云う。小湊と夷隅は総武線国立駅へ向かった。


 電車移動中、小湊と夷隅は、それぞれが個別に事情聴取した、高橋良太と花田薫からの情報を交換した。

 花田の話によると、巽龍介が貝原洋に良くない感情を持っているとしても、それは先輩後輩の礼儀上の問題だけで、トラブルはいつも些細な事からの口論で始まり、それ以上に発展したことは無い。

 今回の盗作問題の追及のような大事は、初めて聞くと云う。

 巽は言葉が辛辣しんらつなので嫌う人も多いが、自分から見れば相当の人格者だとも花田は述べたそうだ。



 巽邸は、JR国立駅からタクシーで五分ほどの所にあった。大きな庭のある平屋建てで、建物はかなり歴史を感じさせるものだ。

 書生風の若い男が案内した居間に、痩身の巽は和服姿で待っていた。

 突然の訪問者に対して、巽の応対は非常に丁寧である。


「始めに申し上げておきますが、締切が迫っておりますもので、長くても一時間内でお願いいたします」

 始めの挨拶も、巽は実に紳士的だった。


 小湊は自己紹介と、訪問の用件を簡単に説明した。

 巽の方も、貝原洋の転落死の件で、警察が事情を訊きに来たことは、うすうすわかっていた様だ。


 小湊は先ず、貝原洋の盗作疑惑の件について質問した。

「巽先生は、貝原洋さんが、クリスマス賞に応募して来た役所信也の作品から、盗作したとお考えですか?」


 巽は腕組みをして、一つ一つ考えるように答えた。その目が人を睨みつけるように見えるのは、頬がげっそりとこけて、目が大きい為だろう。


「ううん、それは実の所、私にも良くわからんのですよ。

 貝原君は確かに、一般常識とか、礼儀の欠ける面はあるが、作家としては優秀な人だと私も思っております。

 その彼が、いくらスランプ中とは云え、自分が選考委員を勤める文学賞で、しかも選考中の応募作の中から、そのアイデアを拝借するなどとは、とても考えられませんからね」


「しかし先生は、最終選考委員会第二回会議の席上で、貝原氏を盗作疑惑で追及したと伺っておりますが」

 小湊はポーカーフェイスで、そう訊いた。


 巽は、やや困惑するように答える。

「確かに追求しました。

 貝原君の新作を読んで、私は非常に驚きました。役所信也君の『欲望の罠』と、全く同じトリックが使われてましたからね。

 でもあの追求は、ただ私が抱いた疑問を解きたかっただけで、あの時点では、役所君が盗作したのかも知れないと思っていました」


「追求の結果、どう思われましたか?」


「貝原君に分が悪いなと思いました。

 その後は、選考委員長として、役所作品の盗作疑惑が薄れた以上、彼の作品を選考から外すべきではないと考えました。その作品の質も高いですからね。

 しかし、貝原君をそれ以上追及することも避けたかったので、その場では、後日再釈明することを、彼に言い渡しました。

 でも次の会議で、そのことをもう一度持ち出すつもりは、私にはありませんでした」

 巽はたんたんとそう述べた。


 小湊は無表情に、巽の微妙な変化を探っている。

「ほお、そうですか…… 巽先生は、貝原氏の新作をいつ頃お読みになったのですか?」


「あれを読み終えたのは、あの最終選考委員会第二回会議の直前でした」


 小湊はもう少し攻めてみる。

「巽さんは、貝原氏の作品をいつも読むのですか?」


 巽は、その質問になにかしら意味合いを感じたようだ。

 一つ頷いてから、彼は答え始める。

「彼と私は、決して仲が好いとは言えませんからね。

 それで、彼とは色々な局面で論争することがある。そういう訳で、私は彼の作品が出れば、必ず読むようにしています。貝原君も私の作品を必ず読んでいましたよ。お互いの作品の欠点を指摘し合う事は、しょっちゅうでした」


「それなのに、今回はすぐ読まなかった。何故ですか?」

 小湊は無表情に、和服の男を見詰めた。


 相変わらず、夷隅は手帳にメモを取り続けている。

 書生風の男がお茶を運んで来た。一通りお茶と茶菓子が並べられるのを待って、巽は刑事達に、どうぞと言った。

 小湊は、相変わらずのポーカーフェイスで、菓子をつまんだ。

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