第33話 各担当編集者の聴取 その2

第33話 各担当編集者の聴取 その2


「すみませんね、答え難い質問だったようです。

 もう一つ全員への質問ですが、文学賞の候補作品と、選考委員の方の作品で、盗作またはそれに近い問題が発生したことはありましたか? またそういう話を聞いたことはありますか?」


 皆、お互いの様子を見ている。


 小湊は四人を順番に見渡し、その内の一人を指名した。

「今野広子さんは、風見新一さんのご担当でしたね、確か」


「はい」


「どうでしょうか、そういう話を聞いたことはありますか?」


「当社では聴いた事はありません。他社でそんなことがあったと耳にしたことはあります」


「どこの出版社ですか?」


「それはちょっと言えません」


「では社名は訊かずにおきましょう。その話の場合、どちらの側が盗作あるいは盗用したのでしょうか?」


「選考委員だったと思います」


「ありがとうございます。他に似たような話を聞いた事がある方はいらっしゃいませんか?」


 花田薫の手が挙がった。


「花田薫さんは、巽龍介さんのご担当ですね?」


「はい」


「花田さんが聞いた話では、どちら側が盗用したのでしょうか?」


「同じく選考委員です。

 先ず文学賞で、応募者が選考委員の方の作品から盗用することは考えられません。居るとしたらよっぽどのおばかです」


「そう、それは良くわかります。しかし、選考委員が応募作品から盗用したとしても、そんなことはすぐわかってしまうのではないですか?」


「その文学賞選考をしている最中に盗用すれば、すぐわかるでしょう。だから、そんなおばかさんも私は居ないと思います」


「先ほどと同じ理由ですね?」


「そうです。選考委員が盗用するとしたら、落選作品の中からでしょうし、直ぐにはやらないと思います」


「何故ですか?」


「授賞作品はやがて出版されますから問題外です。落選作品からの盗用も、直ぐやれば、他の委員達に知られる可能性が高いし、言い訳できません」


「なるほど。時間が経てばそれはクリアできますか?」


「時間がある程度経てば、思い違いで済むでしょう。大体、人は気が付かない内に、昔読んだものから似た様なアイデアを思い付くものですよ」


「なるほど、皆さんもそう思いますか?」


 全員が、苦笑いしながら挙手した。


「ありがとうございました。ではここからは、個別の質問をいたします。斎藤純一さんは神林英彦さんのご担当ですね」


「はい」


「神林さんから、今回のクリスマス賞に関して、何か変わった意見などを聞いた事がありませんでしょうか?」


「特に無いですね」


「神林さんは、役所信也氏の作品をどう評価していましたか?」


「まあまあだと言ってました。神林先生は、中間投票では役所信也を第二位にしたと聞いてます。

 先生は上杉直哉の作品を高く評価していましたから、彼を一位に推したと思います」


「神林先生と、その上杉さんの間には、個人的な面識は無かったようですか?」


「全く無いと思いますが、訊いておきましょうか?」


「いいえ、それは私から後で訊きましょう。神林先生と貝原氏の仲はよろしいのですか?」


「特別良くも悪くも無いです」


「ありがとうございました。今の所、斎藤さんに訊くことはそれ以上ありませんので、お仕事に戻っていただいて結構です」


 斎藤純一は他の三人に、お先にと言ってから退室した。


「今野広子さんにお伺いします」


「はい」

 今野広子に対して小湊は、風見新一に関する似たような質問をしたが、その答えも斎藤純一が神林英彦に関して答えたものと殆ど変わらなかった。

 違っていたのは、風見が役所を一位に推し、上杉を二位に推したことだけだ。


 事情聴取の終了した今野広子も、他の二人にお先にと挨拶して出て行こうとしたが、女性だけ特別扱いするつもりなのか、小湊は彼女をドアの外まで送って行った。


 ドアを出ると、小湊は小声で今野に訊いた。

「高橋さんの机の上に『トゥワイライトの悲劇』があったのを何度か見たんですね?」


「そうです。良くわかりましたね」


「ありがとう。お疲れ様でした」小湊はニヒルに笑った。


 今野はふふと笑って踵を返すと、廊下に靴音を響かせながらエレベータに向かった。


 小湊が会議室に戻ると、高橋良太と花田薫が、時計を見ながら退屈そうな顔でおしゃべりを始めていた。


「さて、お待たせしました。高橋さんはこちらへ来て下さい」

 小湊が演壇のある方の席へ誘導した。


 花田薫さんこちらへお願いしますと、夷隅は楕円形テーブルの反対側の方へ彼女を誘導した。


 大きな赤いテーブルの長円方向両側で個別の事情聴取が始まった。

 小湊は、高橋良太に対し、黒木アユ女史の略歴を一通り訊いた後で、貝原洋と黒木アユが一緒に食事に行く店のこととか、文学論を戦わせたことがあるかとか、色々細かいことを訊ねた。

 例のゴシップ誌の一件も訊いた。高橋はそれを一笑に付したが、その雑誌の名前と、記事が出た年を覚えていた。


 最後に小湊は、所で高橋さんは町村さんと親しい方ですかと質問した。

「はあ、仕事では色々お世話になってます」


「仕事上で何か難しいことがあった時は、他の編集者や上司に訊くよりも、町村さんの方が訊きやすいですか?」


「まあ、そうですね」高橋は一拍置いて答えた。


「町村さんの不利になるようなことがあったとして、そういうことはあまり言いたくないですか?」

 小湊が高橋の目を覗き込む。

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